写真を消すアプリ
実在するいかなる個人や団体とも、実在しない個人や団体とも全く関係ないです。
『この写真はすぐに消す。』
某日某時刻、ふと携帯電話の画面を見た時に、そんな題を与えられた画像データがタイムラインに流れているのを発見した。その文言通りに数分後、再度見たときにはその書き込みはなかった事になっていた。
勿論そんな投稿に興味は無い。いや、すぐに消すという写真のその内容が全くもって気にならないという訳ではないのかもしれないが、やはりそれを確認しようとは思わなかった。所詮は何処かの誰かが注目あびたさに犯した暴挙だろう。それに、すぐにそこから消したとしても、きっとどこかにそのデータは残っていて、投稿者の知らない所で存在し続けるのだろう。私には関係のない話だが。‥‥さて、そろそろ仕事に戻るとするか。深呼吸をしながら軽くストレッチをし、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
1
私の名前は境奈津芽。自分で言うのもなんだけど、私はどこにでも居るような女子高生。最近はクラス内でもP-pickerでフォロワーを伸ばす事が流行っていて、私も乗り遅れないように頑張ってる。P-pickerっていうのはソーシャルネットワークのアプリの一つで、今一番流行ってるヤツ。略してPp。みんなも思い思いのやり方でPpをやっているみたいで、それは親友のチカも例外ではなく、やっぱりフォロワーの数を伸ばす事に苦心しているみたい。
「はぁ‥‥。」
「どうしたの?」
「なぜだか全然伸びないのよね。フォロワー数‥‥。うちの猫の写真じゃダメなのかしら。」
「私はカワイイと思うけどね、こじろう。」
「やっぱ猫の写真は言っちゃえばありきたりだもんなぁ‥‥。はぁ‥。」
チカの家では、『こじろう』という名の猫を飼っている。猫を飼っていない私からしてみれば、それはとてつもないアドバンテージで、もっとやり方次第では数を稼げると思うのだけど‥‥。たしかにチカは親友でもあるけど、ライバルでもある。私は正直あまり助言はしたくはない。これって本当に親友なのか。と、時々思うこともあるけど、別にそのせいでケンカする訳でもないし、うん。きっと私達は親友だよ。
「ねぇ、なっちゃんは何やってるの?この前からフォロワーの数がウナギノボリじゃん?その割に特に何かしてるようでもないみたいだし。」
「え?うん。ええっと、なんでだろうなぁ。」
ふっふっふ、それもそのはず。チカも私がそんな早朝に活動しているなんて気が付かないだろう。皆が起きる前に私の投稿は終わってる。そしてそれはきれいさっぱりなくなってる。
『この写真はすぐに消す。』
そうやってフォロワーを増やすという試みを始めた私は、毎週日曜日の明け方に、こうやって期限付きの写真を投稿している。4時ちょうどから4時01分までの1分間、消すまでに掛かるラグがあっても精々2分間だけインターネット上に存在する写真は、私のフォロワーを増やすという思惑を見事に達成している。
これを始めてから一ヶ月、それ以前と比べると、その数は2倍になっている。先々週から先週にかけては、その数の増加が顕著で今までにないほどに伸びている。
まだ6回目の投稿だが、変動の推移を研究するために記録し始めた折れ線グラフも右肩上がりで、かつてないほどにフォロワーを獲得してきている。この調子で行くと来週にはさらに倍になるかもしれない。
反響があるというのはとても楽しい。そう、最近はいつどこで何をしていても、次はどんな写真を載せるかを考えている。私はもしかしたらこの方法でもっと人気者になれるかもしれない。
私はチカの質問に対してとぼけた返事をしながらも誇らしかった。だってこの数値化された目に見えるフォロワー数が、私の価値として認識されているから。この数が増える事によって、皆から一目置かれる存在になれるから。
と、そんな回想から戻ってきた私の顔が、正面に座っているチカの目にはなにやら変に映ったようで、怪訝な顔をしながらも、じぃっと私の目を覗き込んできていた。私はとっさに軽く目を逸らしながら話題を変えようと考える。
「まぁ、なんというか‥‥、そういえば!今日お弁当作ってきたんだよ!」
「‥‥‥そう。だったらお弁当の写真はアップしないの?」
「あぁ‥‥。うん。食べる時にしようと思ってたの!」
なんとかごまかせた‥‥かな?と、まぁ少し考えれば、別に隠すような事でもないか。とも思う。特にやましい事をしているわけではない。『すぐに消す写真』と言ったってそんな怪しいものでもない。それまで投稿していたものをそういう風に題打って流しているだけ。すぐに消すと謳えば、それに釣られて来る閲覧者が居る訳で、あわよくば‥‥というもの目当てで来る人たちを足がかりに、さらにフォロワーを伸ばせばそれで目的は達せられる。私のようなリアルな女子高生の『すぐに消す写真』が気になる人間は一定数は居るだろうという考えだ。
そう、すぐに消すと言っても特別にセクシャルな内容の写真を上げているわけではないんだ。別に隠さなくてもいいことの筈なのに、なぜか後ろめたさがある。なぜかは分からないがそう感じてしまう。
お弁当の写真。その日のお昼に撮った写真。私はそれをPpに投稿した。反響はある程度あった。でも、私はそれ以上を望んだ。もうすぐ週末。そうこうしているうちに次の日曜日が来る。次に投稿する写真を撮らなくっちゃ。解放された窓から吹き込んでくる生ぬるい風が芽吹きの香りを運んでくる。うん。いい季節になってきた。
2
『すぐに消す写真』の投稿を始めてから3ヶ月が経過した。一ヶ月目を終えて以降、フォロワーの数は横ばいで、当初に思い描いていたような変化はここへきて訪れることはなかった。そんな残念な結果を示したグラフの数字を見るたびに憂鬱になった。私はこの状況を打破する為にはもう一歩踏み出さなければならないと考えていた。
少しくらいいいかな?そんな甘い考えだった。どうせ1分も存在しないデータ。これまでに上げた写真も、特に問題が起きる事はなかった。私自身もどこかで軽く考えていた。そう、少しくらい肌を見せてもいいかなって。少しくらいの冒険をここでやってみてもいいかなって思った。動機はただそれだけ。勿論、顔は見えないように写真を撮った。そう、始めはそんなつもりは毛頭なかったのに‥‥‥。
あまりにも馬鹿な事をしたと思ったのは、次の日の朝の事だった。愚かな私は目覚めからその反応に鳥肌が立った。
「フォロワーが‥‥‥‥!」
昨日まで百人そこそこがいいところだったその数が、一夜を明ければその百倍。一万人にも届きそうな数のフォロワーがついていた。勿論何かの間違いだと感じた。単純にこの数字を見るだけだと自然と笑みがこぼれた。しかし同時に嫌な予感もあった。ここまでの反響があったというのは、勿論昨日投稿したあの写真のせいに違いない。私はとんでもない事が起こるのではないかという不安感を、注目されて嬉しいという気持ちで封じ込め、家を後にした。
クラスルームに入ると、みんなの視線が今までと違うように感じた。私が教室に入った瞬間に静寂が訪れ、みんなの視線を釘付けにした気がした。
不安と喜び、どちらを感じたいか?と質問されて『不安』と答える人間はまずいないだろう。私だってそうだ。ともあれ、この空気を、みんなの視線を、有名人になった私を称えるものだったらどれほど幸せだっただろうか。みんな私に傅き、褒め称えたら、どれほどまでに幸せだっただろうか。
しかし、現実はそうではない。そんな事は一瞬で察知できた。私はそれ以上その場に居られなかった。それ以上みんなの視線に耐えられなかった。それ以上みんなのひそひそ話を耳に入れたくなかった。私は一心不乱に逃げ出した。そうする事しかできなかった。
後悔という二文字がちらつく。どうしてこんな事をしてしまったのだろう。逃げるように家へ帰り、自室に篭った私の頭にあることといえばその事ばかりだった。思考はぐるぐると同じところを回り続け、その度に叫び、わめき散らしたかったがなんとか我慢した。それでも呻き声は漏れ出ているのが自分の耳にまで届いた。
気が付けばもう夕方になっていた。何をやっているのだろう。私が一番その答を聞きたかった。勿論私の家族は私に何が起きたのかも知らない。ただ、母にはすれ違いざまに体調が悪いから早退したと言い、学校にはなんとか自分で休みの連絡を入れた。今日はこれでいいかもしれない。でも明日は?明後日は?どうしようもない不安感が襲ってきた。
「千佳ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ。」
母が扉を敲いて声を掛けてきた。チカちゃん‥‥、きっと知ってるんだろうな。私の愚かな行為を、その行為に及んでしまった私を。あぁ、もう顔も合わせたくない。見られたくない。私は今泣いている。涙が止まらない。もうどうすればいいかわからない。
扉を開けたチカちゃんが私の姿を見る。あぁ、母は彼女を招き入れてしまったようだ。私の泣いている姿を見ている。あぁ惨めだ。でも、何かを言う気持ちになれない。本当に。もう、帰ってほしい。でも言葉には出来なかった。そして考えれば考えるほど涙が溢れてくる。
「なっちゃん‥‥。」
私は精一杯首を横に降った。私の意志は伝わっただろうか。チカちゃんはそれ以上の事を言わなかった。
もう夕ご飯の時間だった。母が心配して来てくれたけど、私は孤独を望んだ。こんな状況でご飯なんて食べられない。
「千佳ちゃんがお手紙を書いてくれたから、ここへ置いておくわね。おなかが空いたら出てきなさいよ。」
母は優しかった。自分の子供がこんな風になっていたら、その理由が知りたいだろうに、でも深入りはせず、放っといてくれている。私はそれに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。気分が少し落ち着いて、チカちゃんからの手紙に目を通したのは、日付が変わったころの事だった。どうせこんな状況では明日も学校へは行けやしないだろうし、すぐに眠れるほどの精神状態でもない。でも、チカちゃんからの手紙に何が書いてあるのか少し気になっていたから。
『なっちゃんへ なっちゃんの身に起きた事は何となく聞きました。きっと嘘だよね?私はそう信じています。もしかして役に立てればと思って、調べてみたんだけど、本当にこんなもの信じてもいいものかもわからないのだけれど。「写真を消すアプリ」というものがあるみたいです。信用していいものなのかわからなかったけど、とにかく、早く元気になってください。 千佳より』
チカも私がやった事を知っている。その事実は一層暗い影を落とした。はぁ、でも、もしかしたら汚名をそそぐチャンスがあるのかもしれない。『写真を消すアプリ』か。名前はそのままだし、写真を消すだけならアプリなんて必要ないと思ったけど、チカがわざわざ手紙にしたためたということは、もしかしたらそれ以上の何かがあるのかもしれない。文面から察するに信用しないほうがいいものなのかもしれないけど、調べてみる価値はあるかもしれない。私は一縷の望みをかけて携帯電話を手に取った。
3
『写真を消すアプリ』と検索すると数多のアプリが画面に溢れてくる。チカが言っていたものはどれなのだろうか。信用できないという言葉から察するに、レビューや評価が低いものなのかもしれない。画面を下へ下へとスクロールしていくと、ひと際に、見るからに怪しそうな黒いアイコンのついたアプリが目に留まった。
「もしかしてこれかしら。」
恐る恐るそのページを開いてみると、確かに『写真を消すアプリ』と書いてある。どうしてその名前をそのまま検索しているにも拘らず、他のアプリの方が検索上位にあるのだろう。そう思いつつもアプリの情報に目を通す。
「なになに、『効果には個人差があります。根気よく頑張りましょう。』‥‥?」
これでは本当によく分からない。レビューや評価はどうなっているのだろう‥‥。画面を下にスクロールすると評価を表す星が目に留まる。
「確かにこれは‥‥。」
アプリの総合的な評価を表す星が一つもついていない。レビューは‥誰も書いていない?どういうことなのだろうか。そもそもダウンロードされているのだろうか?少し気になってダウンロード数を見る。
「10ダウンロード‥‥‥。」
確かに信用していいのかわからない。因みにこのアプリが公開されたのは3年前の日付になっている。
「三年間で10ダウンロードって‥‥‥‥。」
本当に信用できない。そうだ、権限だ、権限をみてみよう。アプリのページの一番下にある権限の確認をタップする。すると、出るわ出るわ今まで見た事のないような量の要求が記されている。電話帳の引用からデータへの干渉、自動的な操作やデータのダウンロードやアップロード、他アプリとの連動や連携、カメラやマイクの起動にインターネット通信を含むあらゆる通信。それに他端末への干渉?意味が分からない。これってヤバイ奴なんじゃないの?やっぱりこのアプリを使うのは危険なのでは?
「あれ?レビューに書き込みが追加されてる?今の今、書かれたみたいだけど‥‥。なになに『このアプリを使って暗く閉ざされかけていた人生が変わりました。製作者様には感謝の言葉しかありません。本当に、本当に有難うございました。また、自らの過ちを正したいという方があれば、このアプリは力になってくれると思います。根気よく頑張ってください。私は三年かかりました。』‥‥。」
おっと、無意識に声に出して読んでしまっていた。しかし根気とは‥‥?この言葉、アプリの説明にもあったけど、どういう意味なのだろう。でも、仮にこの人が書いた内容を信じるとするなら、今の私にぴったりなような気もする。うん。ちょっとやってみてもいいかもしれない。
私はこのアプリをダウンロードする事にした。少しでもおかしいと思ったらアンインストールすればいい。そんな軽い考えで、奇しくも私はこのアプリの11人目の利用者になったというわけだ。全世界の中で11人目っていうのも可笑しな話だ。
『写真を消すアプリ』のインストールが終わる頃には、時計の針は深夜1時を回っていた。すっかり遅くなってしまっているが、やっぱり眠る気になれない。このままアプリを起動してみよう。
始まりは他の色々なアプリのように、アイコンやライセンスなどが表示された。本当にこれでうまくいくのだろうか。少し考え事をして上の空になっていた。ふと画面を見ると画面が暗転したままで一向になにかが浮かび上がる様子はない。壊れたのかしら?でも、無闇に切るのはあまりよくないのではないか?なにせあんな量の権限が必要なアプリなのだ。多少動作が重いというのも頷ける。もう暫く待ってみようかしら。
5分くらい経ったかな?やっぱりもう今日は眠ろうかな?深いため息を吐き、ベッドに横たわった。そのまま目を閉じたけど、やっぱり眠れるような気がしなかった。
10分くらい経ったかな?ちらちらと暗転したままの端末の画面を見てはその都度画面がオンになっている事を確認した。
結局30分ほど経った頃にやっと画面に光が戻った。「根気よく」とはもしかしてこの事なのかしら?多少の安堵と共に、そのアプリをインストールした動機も思い出した。ふぅ、これで問題が解決できるのかしら?
「236 left?うん?残り236?どういう意味だろ。」
画面をタップしてください。か。画面に触れると、さっきまでの文字が崩れていき、今度は新たにSTARTという文字が現れた。深く考えることなくその文字をタップした。
4
「あれ?」
あくまでも自然。そこに違和感はない。自分が居る場所がどこなのかは分からないけれど、自分がどういう状況なのかも分からないけれど、それがまさしく正常な姿なように。しかし思い返してみると、やっぱりどこか不自然で、本当の私はそんなものじゃないと思い直した。でもやっぱりおかしい。私、今、飛んでるし。
飛んでいる。まさしくこの状態を表すのに適切な言葉。でもその行く先が上なのか下なのか。それともそのどちらでもないのか全く見当も付かない。
見回してみれば見るほどに不思議な空間。狭い場所を進んでいるようでもあり、どこまでも続く宇宙空間のような所を落ちているようにも思える。そもそも空間という表現すらも違うような。しかしながらもしここが宇宙なら、私は星か、或いはそれが生み出した光なのか。そう考えるとそうなのかも、体も光ってるっぽいし。
赤や緑や青色の、それに黄色いのもあったかしら。そんなきらきらとしたつぶつぶが流れていく中を、逆らうように、また或いは流されるように飛んでいる。
強い光に包まれたと認識した時には、既にどこかに立っていた。立っていたというのも不思議な感じ。どこかという表現も違うのか。本当にどこだか見当も付かない場所だったから。場所というにも違うような。でも強いて言うなら広いようで広くない。狭いようで狭くない。どこへでも、何にでも手が届きそうなのに何にも触れられない。そんな感じ。
使命感。それは今、私の心の中から込上げてくる感覚を言葉にしたとすれば、そのようになるのかと感じるもの。しかしその感覚がどこからどうやって訪れたものなのか、不確かである。ただ、確かな事は、ここに私が求めるもの、いいえ、唾棄すべき事実があるということ。
私がここへ来た理由。それを思い出した。それは愚かで浅はかな自分自身の後始末。投稿サイトからほんの一分の間にダウンロードされた画像データの消去。私はなぜかデータの宇宙を飛び越えて、何処かの誰かが所有する端末の中に来た。そう直感した。
右手をかざせば捜すべきデータバンクを閲覧できる。左手をかざせば、端末にインストールされているあらゆるアプリを作動できる。私はそれを知っている。それをいつ知ったのかは定かではない。例えるなら食べ物は口から入れるとか、歩くのには足を使うといったものの様に。
「なにこれおもしろい!」
思うが侭にいじくれる。カメラを通して外の状況が見える。マイクを通して外の音が聞こえる。おっと、さっきの声がスピーカーから漏れてたみたい。それを不思議がる様子の男の顔がカメラを通して認識できる。
私の露な姿をダウンロードした不届き者には罰を与えたい。そう思った私は、端末のメッセージアプリの中からこの男の彼女らしき人物とのやり取りを見つけ出した。全く、彼女が居るのに一体全体どうして私の写真を‥‥‥。まぁ私も悪いのは認めるけど!でもなんだかやっぱり腑に落ちない!そうだ。勝手に何かメッセージを送りつけてやろう。どれどれ‥‥。どうやらデートの約束をしていたみたいね。だったら‥‥「今度の週末、○○ランドへ行くって言ってたけど、やっぱパス。なんか見ててむかつくし」っと。
その直後、怒涛の勢いで鳴り響くメッセージの着信音に男はびっくりした表情をこちらに向けた。おーやってるやってる。目的も果たしたしすっきりしたー。かーえろっと。
私は鳴り止まぬ着信音と男の困惑した顔に背を向け、その場を立ち去った。
データの宇宙を飛び越えて私は自分の部屋に戻ってきた。これなら楽しいし何とかなりそう。暫くほとぼりが冷めるまで学校は休んでこっちの片付けをしよう。
携帯電話の画面を見るとその数字が235になっていた。うん。そんな事だろうと思ってた。
普通、Ppのシステムとして、一度アップロードしたデータを取り消す事は可能で、その場合、とり消された内容やデータを閲覧、拡散する事が出来なくなる。それと同時に、すでに拡散していたものも例外なく取り消される仕様だ。しかし、端末へダウンロードされ、保存された画像やデータは、普通の方法では消える事はない。それはそういうものだし、私自身もそういうものだと分かっている筈だった。それでもあんなことをやってしまったのは、注目されたいと思う一方で、到底注目されないとも思っていたから。
「残り235台の端末に潜入してデータを消さなければならないのか。少し気が遠くなるけど、根気があれば何とかなる数字ともいえる!そう、根気が‥‥‥、はぁ‥‥。」
『根気が必要』という言葉の意味が理解できた所で、今日はもう休もう。明日朝から頑張れば、何とかなる気がするし、母にも暫く篭って心の傷を癒したいと言えばきっと平気だろう。チカちゃんには‥‥お礼を言わなきゃね。
5
朝、起き抜けに一つの端末のデータを消去し、それから部屋を出た。ふふふ、朝飯前の仕事というわけよ。上機嫌に朝の食卓に着くなり、母には暫く学校を休むと言う事と、心配しなくてもいいということを告げた。完全に納得した様子ではなったものの、ある程度の理解は得られた‥‥と思う。朝食を終えると直ぐに写真消しを再開した。
「はぁ~。ちょっと休憩!」
3時間ほど経っただろうか。幾つかの端末をやっつけた。この調子だとどれくらいかかるかな?幸いにも、Ppから直接ダウンロードされた画像はコピーが出来ない。元の投稿が残っている場合にはそこから落とし直せるけれど、そうでない場合はそれ以上に増える事はない。この機能は一般的には著作権だかなんだかの問題という話だが、その仕様のせいで写真を他端末へ移したりしたいのなら、通常はその端末で画像のダウンロードをやり直さなければならない。私もその機能については気に入ってるポイントだったし、今となっては心底それに感謝している。つまるところ現状から写真が、この数字が増える事はない。仮に画像をコピーできたのなら、この作業は全く無意味で、増え続けるあの数字を眺めて絶望するしかなかったでしょう。うん?まって、仮にそもそも保存出来ないような仕様であったら、こんな労力必要なかったのでは?‥‥って文句言っても仕方ないか。
でもどうやってこんな事できるのだろう?自分自身がデータの中に入るだなんて‥‥‥いや、深いことは考えないでおこう。きっとあのアプリは本物で、私みたいに取り返しのつかないものを取り返すための、駆け込み寺?みたいなものなのよきっと。そうそう。世の中には科学的な証明が出来ない事だっていっぱいあるじゃん。さて、次の端末っと。
もうデータの宇宙を飛ぶ感覚には慣れた。そして最初の時のような無駄な事はしない。目的を果たしたらすぐに帰る。そうでないと時間がもったいない。それに見たくないものもかなりあることに気がついたから。グロ画像やエロ動画。人間が持ってるドロドロした部分を記憶させられているこういうデバイスに、ある種の哀れみを感じることも少なくなくなってきた。彼らに意志があるわけではないけれど、もし、意志があったなら怒るだろうか。嘆くだろうか。通信の中を移動中、きらめき、飛び交う星達を眺めながらそんな事を考えていた。
端末の中での動き方も無駄がなくなってきた。というのも、私は私の写真のデータのコードを覚えてしまったから。如何に大量のデータがそこにあろうともすぐに検索が出来る。画像を直接見なくともそのデータであるということを推測できる。観測できる。この調子なら思ったより早く終わりそうだわ。期末テストにはもう厳しいかもしれないけど、補習なら行けそう。もう一週間あまりで夏休みに突入する。夏休みまでには片付けて夏を満喫しよっと。
さぁて、次の端末に到着!こうやって右手をかざして、素早く動かす。あれ?この写真、見たような顔が‥‥‥。ってこれ、一樹じゃない?市原一樹。彼はクラスメイトの男子の一人。なんでよりによってこんな近くに‥‥‥。ちょっとカメラを作動させてみよう。
何人かの男子が画面を覗き込んでいるのが見える。何かを喋っているみたい。マイクもオンにしてみよう。
「ヘーこんな写真をねぇ。」
「顔真っ赤だったもんなあいつ。」
「すぐに消すって言っても、こうなったらもう消えないよな。」
男子達の笑い声に体が震える。あいつら私の写真を見て愉しんでる!恥ずかしさの次には怒りが込み上げる!もう許さない!脅かしてやる!右手を素早く下に動かし、すぐに画像を消して見せた。
「あれ?なんだ?」
「消えた?なんで?」
「お前らふざけんな!」
怒る心を抑えきれず叫んだ。我ながらなかなかの声量で、それと同時に画面にテキストを表示する処理をする。するとまるで地震でも起きたような揺れと衝撃を感じ、カメラは天井の映像を写したまま静止し、マイクはドタバタと騒がしい音を拾った。
「はーっはっはっはー!」
大笑いだ。あいつら皆して逃げてやんの。そりゃあ携帯電話が勝手に怒鳴ったりしたらびっくりだぜ。さて帰ろう。
帰路。冷静になると気になるのはあの衝撃の事だ。今の今までアドレナリンがドバドバで考えなかったけど、あれは恐らく一樹が携帯電話を落としたときの衝撃なのだろう。もし、私が滞在している間に、その端末が故障したらどうなるのだろう。電池切れや電源の問題で動作終了した場合はどうなるのだろう。モバイルが通信状況の悪い場所に移動したら‥‥‥。いや、やめやめ考えない。まずはこの状況を何とかする事を一番に考えるんだ。
そうやって頭から嫌な予感を打ち消したが、やっぱり端末が床に落ちた時に受けた衝撃の感覚は体にまだ残っていた。
流石に疲れた。もう一日が終わろうとしている。肩の力を抜いて首をくるくると回す。残すところ150件あまり。シャワーでも浴びて寝ようかしら。風呂上りに携帯電話を覗くとチカちゃんからメッセージが届いていた。心配かけないように返信だけしておこう。
6
そして翌日。この日も朝から早速お仕事。まぁ仕事ってモノでもないけれど。世間では朝は皆忙しいのか、携帯電話をつついている人は少ないみたい。今朝行って来た端末内では殆どが移動中のような振動を感じた。きっと通勤通学に勤しんでいるのでしょう。
さて、次の端末に到着。今度は車かな?しかも山道を走っているのかしら。右へ左へ揺られている感覚がある。さっさと済ませないと酔いそう‥‥‥。人差し指と小指を小刻みに動かして検索をかける。これはやってるうちに編み出した新しい技で、複数のフォルダーを同時に開くというテクニック。ふふふ‥世界でもこの方法を活用しているのは私の他には10人くらいしか居ないでしょうね。増えていなければ。
なんてくだらない事考えてる間に終わりっと。さて帰ろ‥う??
振り向いた先にあるはずの出口が塞がっている。どうして?こんなところ早く出ないと酔っちゃうのに‥‥。心なしか感じる重力も大きくなっている気がする。もしかして運転手が山道を飛ばしている?地図アプリを開き、GPSを作動させる。思ったとおり山道を高速で進んでいる。勘弁してよ。危険に晒すのは自分だけにして頂戴‥‥‥でも、どうして出口がなくなってしまったのだろう。
ふと右上を見ると、電波が入っていることを示すアンテナのアイコンに縦線が一本も入っていない事に気がついた。つまりここは圏外なのか。国内にまだ圏外になる地域が存在しているとは、そんな事考えたことがなかった。大人しく電波が入るのを待つより他無いか‥‥。うぅ‥気分が悪くなってきたしホント最悪。
結局、戻ってこれたのはそれから一時間後の事だった。はぁ、こういうこともあるのか‥‥少し休憩がてらにお茶でも淹れよう。まだゆらゆらと振れる頭が、紅茶のいい香りによって少しすっきりした。
一歩間違えれば戻って来られなかったかもしれないと考えるとぞっとする。だからといって辞める事はありえないんだけど‥‥‥。念のために自分の携帯電話のバッテリーにも注意を払った方がいいのかもしれない。床に転がっていた充電用のプラグを端末に差し込んだ。
しかしこのアプリの難点は行ってみないと向こうの状況が分からないという所だ。接続先を選ぶ事はできないし、選べた所で、それがどういう人物の所有なのかなんて分からない。一つだけ言える事は、私の場合、大抵が男だと言う事と、相応に助平だということくらいだろう。そんな事を思案すると自分が嫌になってくる。まあいいや、もうすぐお昼だ。
お昼ごはんを食べてまた部屋に篭る。ここ数日はこの繰り返しだった。傍から見れば一歩も外に出ていないように見えるけど、私は他の誰よりも速く、そして遠くへ行っている。そう、私自身には篭っているという感覚はないが、それはやっぱり私だけらしい。母はかなり気にしていたし、父もまるで知らん振りは出来なくなってきたようだった。
夕ごはん。家族が一堂に会すこの一時は、本来なら家族の平和の象徴でもある。しかし、今回は少し重苦しい空気が漂っている。今まで言葉にしてはいなかったが、両親共に私の状況をかなり危惧しているようだ。このまま部屋から出なくなってしまうのではないかと。そうなってしまった要因についても私は未だ説明していないのだ。それに加えて今日は少しまずいことになっているようだった。
「奈津芽。その、学校で嫌なことがあったのか?」
「ううん。暫く行かないって決めただけだよ。」
「ふむ。だったら特に理由もなく休んでいると?」
「うー‥ん。」
「あんなに泣いていたのに理由が無いなんて事はないでしょう。」
これはごまかせない。明らかに荒れているところを見られている手前、気分的なものという理由では、両親も到底納得できないだろう。何か重大な事件があったと見られているのだろう。いや、まぁ、私にとってみれば重大な事は起きているんだけれど。
「なんだか寝込んでいるみたいだし、呼んでも起きないし、私、今日救急車を呼ぼうとしたのよ。」
「え‥‥?」
もしかして、向こうに行っている間に、母が私の部屋に入っていたということ‥‥?
「呼吸はしていたみたいだし、熱も無さそうだったからもう少し様子を見ようと思っていたら、いつの間にか起きて紅茶を淹れてるし‥‥。」
「べ、勉強してたらちょっと疲れちゃって‥‥。そ、そうだ、勉強の続きをやらないと!」
私はその場から逃げ出すように部屋へ飛び込んだ。扉を閉めて一息つくと、一刻も早くこれを終わらせなければならないと感じた。
それにしても端末に転送されている間の事をまるで気にしていなかった。自分自身で確認することは出来ないが、母の口ぶりから察するに、まるで眠っているような状態になっているようである。時間は同じように流れているっぽいけど、これってどう解釈すればいいのだろう。
私は特に詳しい方ではないが、なんとか相対性理論とかそういうものって光の速度とか時間の流れとかが‥‥‥うぅぅん。実際私自身、あのアプリを使ってはいるものの、その原理とか理論なんてわからないし、かと言って止めるわけにも‥‥。
携帯電話の画面には残り148と表示されている。確実に効率は上がってきているものの、続けているうちに自分の体がどうかなってしまうのではないかという不安感もある。Ppのアカウントを消して、無かった事にする方が手っ取り早くて安全なのではないだろうか。クラスの皆もそれなりに時間が経てば、忘れてしまうだろう。そうなれば復帰出来たようなものなのだ。
7
あくる日はチカからの着信で目が覚めた。どうしてこんな時間にしかも電話とか。寝ぼけ眼を擦りながら応答する。
「なっちゃん!?大変だよ!とにかくこれを見て!」
「何なのこんな朝早くに‥」
「いいから!」
チカから送られてきたメッセージにはとあるサイトのURLが貼り付けられている。通話をスピーカーに切り替えてそのサイトを確認する。
32{あのエロ画像の身元が判明したよん
33{32>マジか。それってどこのどいつ?
34{○○県××市の△△高校の境奈津芽って子
35{本物のJKだったか
36{34>割と近いじゃん行ってみよっかな
「何これ冗談!」
「なっちゃん‥‥もう収拾がつかなくなっちゃうよ。暫く家から出ない方がいいかも。」
「こんなの‥‥‥‥」
「どうしたらいいか判らないけど、Ppはもうやらないほうがいいかも。今日、学校が終わったら家に行くね。じゃあね。」
ふざけてる!気色の悪い奴等!もう怒った!こうなったら徹底的にやってやる!
すぐにアプリを立ち上げて潜入を始める。移動の時間が歯がゆい。光の速度になっているとはいえ、有線無線の入り混じる現代のインターネット、あるいはブロードバンド、光回線と呼ばれる道は色々と制約もある。ここ最近はそれを強く感じるようになった。こうしている間にも気色の悪い連中の食い物になっていると考えると虫唾が走る。
今までは、自分の写真を、それだけを消していたが、そんな気味の悪い連中にそこまで憂慮してやる必要も無い。右手を大雑把に振り回してごっそりとデータを消去する。そんな雑な仕事をするようになった。
細かいことをしなければその分早く済む。これ以上構う気にもならない。怒りに身を任せて我武者羅に消去を繰り返した。
夕方にチカが来ると言っていた。でももういいや。今はこれを優先する。チカにはちょっと気分が優れないからまた今度にしてくれという趣旨のメッセージを送った。
一日があっという間に終わってしまった。今日で残りの大体半分を終わらせた。もうひと踏ん張りだったけど、もうへとへとだ。気が付けば深夜。かなりの時間が過ぎてしまっている。
Ppのフォロワーがざわついている。その事に気がついたのは翌日の事だった。いつの間にか画像をはじめ、様々なデータが消失しているという書き込みが目に付くようになった。新しいコンピューターウィルスではないかという噂が広がり始めている。中には勝手に声がしたとか勝手に知らないメッセージが送られているとか、そういう書き込みもある。
私はそんなつもりはなかった。しかし結果として私自身がウィルスとして他人のデバイスに乗り込みデータを消去したり悪戯をしたりしている。私に言わせれば、彼らが悪い。しかし事の発端は私なのだ。彼らに罪はないとまでは言わないが、いや、言いたくないが、私には十分に罪があるだろう。そう考えるとより悪いのは私の方だ。しかし、これはきっと法で裁けない範疇だし、私が消せるようなデータなんてほかのウィルスにだって消せるだろう。私は私を納得させる為にそう考える事にした。なんにせよもう後戻りはできない。頭の中のいろいろな懸念を打ち消した。
知らないものは知らない。何せこのアプリの真の姿を知っているのは世界でも私を含め11人とその開発者くらいしかいないのだから。それに、コンピューターウィルスそのものが悪ではない。それを作り、ばら撒く人物が裁かれるのだ。ウィルス本体と化している私に罪は無い。そう。わたしはギルティではない。私は私の尊厳を守るために戦っているのだ。
戦い。そう、これは戦なのだ。今はやるだけのことをやるしかない。
8
その成果もあって解決のめどが立った。残す所後25件。この地獄から開放される。始めは楽しかったけど、今はただただ苦痛でしかない。他人の見たくないものを見なければならないなんて、本当に不快で不愉快で嫌になる。でももう今日には終わらせられる。終わらせてやる。
「ん‥‥?」
この事件を終息させようと画面をタップする直前に、アプリが突然落ちてしまった。急いで再び立ち上ると、26、27、28‥‥と数字が増えていっている。どうしてそのような現象が起こりえたのか考える。Ppの画像データはコピーが出来ない。本来なら増殖しないデータ。
今になってこの『写真を消すアプリ』のアップデートがあったという通知が来ている。一体何のアップデートがあったのだろう。ダウンロードサイトで確認してみよう。
‥‥開いてみたはいいものの、詳細は英語で書かれていて読めない。断片的にでも理解しようと試みたけど、うん。やっぱりさっぱり。ダウンロード数は変わらず11。もしかして、数字が急に増えたのはこのアップデートが関係しているのかしら。それに利用者が居ないのにアップデートされるなんて、普通では考えられない。まるで、「私の為にアップデートしている」ような。そうだ、自動翻訳ツールを使ってみよう。
『オリジナルのコピーは出来ないけど、スクリーンショットを取れば複製できるよね。今まではそんな複製データを検知できませんでしたが私たちはやりました!今はこのアプリケーションでそんな状況になっている方のために力になれます!アプリを開いてみてください。今までよりもっと多くの端末があなたを待っています!』
「‥‥‥‥。」
いやいやいや、こんなの望んでないし、端末は絶対待ってもないし、やりたくもないし。でも実際に数字が増えているのだからやらなきゃいけないし‥‥はぁ。おや、何か書き込みが増えてる。
「ああああああああああ私の三年んんんんn」
‥‥この人はもしかすると私がアプリをダウンロードしたときに書き込んできた人か。‥‥うん。心の叫びがもろに出てきている。それだけはよくわかる。私も同じような気分だから。それにしても三年かかったとはかなりの数を消去してきたんだろうなぁ。というか、三年も経っていれば収束していそうでもあるが‥。いや、あまり深く考えるのは止そう。とにかく私の方は現在進行形で増えている。
とりあえずもう一件いってみよう。私は大きく息を吐き画面をタップした。
9
結局、再び増え始めた数字が止まったのは、丁度日付が変わった頃だった。
252.新しく表れた数字に落胆した。なんで最初より増えてるの‥‥。思わず私もレビューのページに叫びを乗せそうだったが、文字入力を終えたところで踏みとどまった。もうこれ以上傷口を広げるようなことを自分からしない方がいい。と思い至ったからだ。
「でも、ほんとにこれはもうダメかも‥‥。」
叫びには到底至らないつぶやきが、口から零れたが誰の耳に入ることなく、部屋の天井に届くこともなく消えていった。私はいつの間にかベッドの上で仰向けで寝そべっている。小心者の傷心が焦心に駆られているものの、それをどうにかできるほどの精神状態ではない。言うなればメンタルをブレイクされて軽く泣きそう。そんなところだ。
再び大きく息を吐き、ころころとベッドの上で体勢を変えながら黒い画面を張り付けられたスマートフォンを凝視する。私は首を小刻みに横に振った。思考を物理的に消したかった。
寝苦しい夜を幾度となく経験してきたが、これほどまでに寝苦しい夜はなかった。初夏の夜風は日増しに温度を上げ、ムンとした空気を部屋に招き入れる。苛立ちがそれを後押しし、私はエアコンの電源ボタンを押した。私の睡眠はエアコンの力を借りたとて、しかし簡単に寝付きに至らなかった。外が軽く明るんだ頃、私の記憶も曖昧になっていった。
さぁ、目覚めた私がすることは二つに一つ。あのアプリを再び起動し、立ち向かうこと。ここのところ臨戦態勢を続けていたために、若干の疲労が蓄積しているところに、昨日の仕打ち。もう泣きっ面に蜂だけど、それでももう一度向き合うこと。事態を終息させること。
そしてもう一つは、もう諦めること。Ppから退会してアカウントを消去すること。今後一切SNSをやらないこと。なんならインターネットももうやらないこと。そうよ。こんなのやらなくっても人生楽しいことはいくらでもあるわと、考えをそちらに収束すること。
笑止!私はそんな事でへこたれる程度の人間なのか?否!こんな事に枕を濡らす人間なのか!?否!メンタルブレイクされた小心者の傷心などかなぐり捨てて、前を見るべきじゃあないか!携帯電話の画面を見続けるべきではないか!というとなんだか変な気もするが、しかしここで諦めるのなら初めからやるべきではなかったのだ。私はもう後戻りなど出来ないところまでやってきたのだから。
252件という数字にも内訳がある。それはつまりダウンロードした画像と、それをスクリーンショットした画像だ。前者はもう増えることはないので、残り25件。後者は一見して、もう歯止めは効かないのかもしれない。しかし考えようによっては、問題視すべきは前者だけなのではないか。ダウンロードされたものは、何らかの解析によってダウンロード元の情報が露見されるなんてことがあるかもしれないが、スクリーンショットの場合はそれを撮った端末までが精々で私のところまで追跡される可能性で考えれば低いものなのではないか。いや、中には女子の腰のラインで個人を特定する男子もいるなんて話も聞いたことがあるが、そんなのはもはや特異体質だろうから考慮しなくてもいいだろう。
とにかく画像だけの、個人情報の含まれない単なる絵であるなら、知らぬ存ぜぬを貫くことも難しくはないとも思える。つまりはデータから私という個人を特定できないのであれば、それはもはやなんてことないものなのだ。
252件のうちの25件をどう判別するのかという問題は、問題ではない。自分から問題視しといて次の一言でそれを打ち消すのはあまりにも稚拙な気もするが、そもそもすでに回答を持っているにもかかわらず発信するこの問題に何の意味があるのかという問題や、ただの文字数稼ぎにしか見えない問題も‥‥いやもう無意味に問題を増やすのはやめよう。
そう、これは単純な話で、アプリとしての機能でこれらは片づけることができるようになっている。そういう仕組みになっている。単純に今まで出来なかった送信先の端末情報が確認できるようになったのだ、有体に言えば選択できるようになったのだ。私は通信について学がない方である。なのでどういう仕組みなのかはまるで分らないけど、というか初めから分かっていることなんてないけれど、しかし見る限りにおいては、ある程度リアルタイムで向こう側の情報が確認できる機能が実装されているようだ。わーすごいなー。
といった理由で私は25件の、25台の端末を選択して潜入することが出来る。そしてこの作業は今日中に終わる。終わらせられる。
なんというか、短かったような長かったような、そんなまるで夏休みのような出来事。最後の一件から、最後の一台から帰還した私は、そんな風なことを思っていた。
10
この一件で結局私はPpから退会した。もういろいろ疲れちゃったし、今後もここまでの熱をもってSNSをやることもないだろう。『写真を消すアプリ』こんなものもさっさと消して私は私の人生を謳歌する。さしあたっては、この夏を謳歌する。
こういう思い出を共有出来ないのは、少し残念な気もするけど、チカや親しい友達と同じ時間を共有できれば、それはそれでいいと思えるし、そういう風に思えるようになったのも、一つの成果なのかもしれないしね。
そんなようなことをチカに言うと、チカは私が変わったとか言って笑っていたけれど、結局こういう風に落ち着いたのもチカのおかげだとも思える。そもそも‥‥なんでこの子はあのアプリの事を知っていたのだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
自分の想像よりも世間というものは自分に対してあっさりしている。