◇◇◇
電車はまだ止まらない。僕は隣の少女の頭に手を置いた。彼女は少しばかり迷惑そうにしながらも黙って僕のやることを受け入れてくれた。それだけでなんだか嬉しくなって、ぐしゃぐしゃと綺麗な髪をかき乱したくなった。ガタンと激しく揺れた。彼女の頭に触れていた手が離れてしまった。
思えば彼女には本当に悪いことをしたと思う。初めて会った一年前の十月十日から。特別なことは何もしてやれなかった。ましてや普通のことでさえ満足にはしてやれていないことがあった。それでも彼女は黙って僕の隣りにいてくれた。何も言わず、何もせずに、ただいてくれた。それがどん底にいた僕にはどれだけ救いだったか。だからこそもう一個だけ聞いておきたいことがあった。
本当に今日の僕は大胆だと思う。でも、今日ぐらいはいいよね。だから思い切って訊ねた。
「君はこの一年間、幸せだった?」
彼女は何も言わなかった。 相変わらず窓の外の景色を眺めている。
だけれど。
だけれど少しだけ、頷いてくれたような気がした。
電車の揺れでそう見えたのかもしれない。曖昧な態度を取らない彼女のことだからその可能性が大きい。
でも。
それでもいいかな、と思えた。
時間は掛かったけどやっとそう思えるようになった。
あれだけ他人と距離を置きたがる彼女が初めて、初めて僕に笑顔を見せてくれたのだから。僕も目を逸らしてはいけないのだ、この時を。
窓外の稲穂はまばゆい輝きを放ちながら今も手を振ってくれている。隣に座っているこの子もまた僕には眩しくも尊く、幽かに揺れ動くのはなにも電車と彼女だけではなかった。