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終わりのプロローグ

 黄金色が揺れている。

 夕暮れの陽に染まる稲穂は、輝きながら風や電車が通るたびに気持ちよさそうに揺れていた。それらは急いで過ぎ去ろうとしている僕達に元気よく手を振っているようにも見えた。

 隣の座席にちょこんと座っている小さな女の子の様子を窺う。彼女は電車の窓ガラスに頭を寄り添わせ、外をじっと眺めていた。

「今日、さ。学校どうだった?」

 僕は彼女に話しかける。それはたどたどしく、まるで他人に声を掛けているみたいだった。一年も一緒に暮らしたというのに、だ。彼女は何を思って外を眺めているのか僕には分からない。いや、ほとんどのことで僕は彼女のことを知っているとは言い難い。だからいつも通りに、当たり障りのない言葉でしか彼女にコミュニケーションを図ることができない。

「いつも通りだった」

 彼女も億劫そうにしか答えない。このやりとりに意味がないことを理解しているからだろう。いくら言葉を重ねようと、上っ面な会話では仲良くなることはできない。ましてや僕と彼女の立場からしたら仲が深まるなど絶対にあり得ない。 溝が深まるばかりだ。

「放課後は友達とかと遊ばないのかい?」

 一度聞いてみたかった。何故なら彼女はいつも一人だったからだ。僕が放課後に迎えに行くと必ず校門の前でぼんやりと立っている。年頃の子なら友達と話や遊びながら時間を潰すのが普通だと思う。少なくとも僕はそうだった。毎日は無理だとしても何回かはそういう出来事があってもいいと思う。だけど彼女は一回もそのようなことがなかった。だからといって律儀に迎えに来る僕を待っているようにも見えなかった。遠くを見ているようで何も見ていない。ただなんとなくそこにいるだけ、そんな気がする。だからこそ聞いてみたかった。当たり障りなく遠回しに、友達がいるのかと。

 彼女はちらりとこちらを見ると、また視線を外に向けてぽつりと言った。

「いらない」

 どきっとした。僕の本当に聞きたかったことを彼女が正しく理解したと思ったからだ。だけど改めて考えてみるとそうではないことに気付いた。多分、彼女は友達と遊ぶことがくだらない、そう答えたかったのだろう。不器用で言葉がいつも足りない、実に彼女らしいと思えた。

「どうして?」

 言ってから驚いた。いつから僕はこんなに大胆になったのだろうか? いつもならここで問うことはしない。「そっか」と軽く流すだけのはずだ。彼女に近付こうとはしないはずだ。表面上の親子を全うできる最低限、それがいつものやりとりだ。どうやら僕は少しばかり感傷的になっているみたいだ。だからペースが乱れている。日常的な普通ができなくなっている。

 理由は分かっている。

 今日が十月十日だからだ。

 僕にとって忘れられない日。

 忘れたくて、それでも忘れることができなくて。

 だから僕は彼女といる。

がらんとした車両内にアナウンスが流れる。僕と彼女の終点までは、もう少しだけ時間がありそうだ。


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