アイリ「朝から挽肉ステーキ? 勘弁してよ……はいはい、今起きるから……」
少し戻って。夜中にディアマンテを出港したフォルコン号は、朝には河下りを終え、泰西洋に出ておりました。
ディアマンテから河を下り、ペルラを素通りして西へ。しかし外洋は波頭が白く崩れる程に波高く、風も強かった。
キャプテンマリーとお姫マリーはメンテナンス中だ。銃士マリーは念の為とっておく事にした私は、真面目の商会長服を着て一度は甲板に出てみたが。
「ひ゛ゃっ……☆△×●○! ぐえええ○◎××★△●×~」
たちまちのうちに眩暈と吐き気に襲われ、艦長室に這い戻り、バニースーツに着替える。
程なくして、船酔いは消えて行く。それに……他の船酔い知らずを着てる時に気付いてたけど、この魔法は寒さにまで有効らしい……見えない服をもう一枚着ているような、少し肌寒いかなと思う程度なのだ。
さて、甲板に戻ろうかとも思ったけれど。私は最近航海日誌をつけていなかった事を思い出し、デスクからそれを取り出して開く。
ああ、白紙のページがあと3ページしかありませんね。
私はパラパラと日誌全体を見返してみる……この航海日誌は途中まで父が書いていて、途中からは私が書いている。
はっきり言って父より私の方がずっと字が上手い。父の字は独学で適当だが、私にはちゃんと先生が居る。ヴィタリス村の文筆家ジェルマンさんは村の子供達に惜しみなく字の書き方と文章を書くコツを教えてくれた。
私は父と違い、ちゃんと起きた出来事を事細かに記録して来た。
ブルマリンで起きた事、関わった人達の名前もここに書いてある。だから私もちゃんと思い出せたのだ。
実の所、イリアンソスでフォルコン号を降り、再びイリアンソスでフォルコン号に乗るまでの間に起きた事だって、思い出せる範囲で書き留めてある。
なのに父の日誌と来たら……私に対するおべんちゃらばかり、これでは父がリトルマリーに乗っていた最後の数か月間に何があったのかサッパリ解らない。
私はそんな日誌を閉じ、ぎゅっと抱きしめる……あーあ。バカだなー私。
どんなノートにも無限にページがあるわけではない。日誌は一杯まで書いたら新しい物に替えなくてはならない。
父の航海日誌の、これの一個前の冊子も読んだ。そこにも私を思う父の気持ちは書かれていたが、それは次の一冊ほど極端では無かった。
この日誌、父は私が見る事を前提にして書いてたんじゃないかなあ。
自分がリトルマリー号に戻れなくなる、或いは自分が死んだ場合を想定して、一人で生きなくてはならない娘の力になるように……父はこの日誌を、しょうもなく不細工な愛の言葉で埋め尽くしたんじゃ……
全く、私の父親慕情は不治の病である。勝手に好意的に解釈して勝手に泣いて、随分都合のいい娘も居たものだ。
今でも何か抱えてるんだろうなあ。あの日マリキータ島の海岸で、またしても一人で逃げる事を選択した父。私はあの時、父を追い掛けなかった。
普通は追い掛けるよな。ましてそんなにお父さんが好きな娘なら。
だけど私は、父はあれでいいやと思ったので追い掛けなかった。このまま二度と会えなくなったらどうしようとは思わなかった。まあ実際、再会は随分早かったんだけど……
さて。この日誌の最後の3ページは白紙のままにしておこうと思う。ジェルマンさんの教えの一つである。ノートには後で何か書き足したくなる事もあるから、最後のページは残しておくといいと。
私は新しいノートを取り出し、表紙に記入する。フォルコン号船長マリー・パスファインダーの航海日誌、と……それから……11月5日以降を書いてないからその日付……あと年号……今年何年だったっけ。
それからノートの1ページ目を開く。11月5日は……朝から海賊船サイクロプス号とレイヴン軍艦ソーンダイク号の砲撃戦に出くわした日か……そういやサイクロプスはそろそろマジュドの軍港ファイルーズに辿り着いただろうか。イマード首長と鉢合わせしてないといいのだが。
ディアマンテでも色々あったな……今回はちょっと心残りな事もある。エステルの事はもう仕方ないけど、ロヴネルさんとストークの事はあれで良かったのかなあ。
ヤシュムとファイルーズをロヴネルさん達にも使って貰ってはどうかというアイデアは一昨日くらいに思いついた。
だけどこれは単にコルジアでもレイヴンでもない船が来たら嬉しいなあというイマード首長の希望を伝えただけで、私が何か考案したり決めたりした訳ではない……だから別れ際にサラッと伝えようと思っていたのよね。何か質問されても困るし。
これが、フレデリク君がした事のお詫びの足しになればいいんだけど。
グラナダさんへの手紙には、急に立ち去る事についてのお詫びと、私がマリーでありフレデリクである事は内緒にしてねという御願い、楽しかったダンスのお礼、それから健康に気をつけて長生きして欲しいという事を書いた。
政治とかそういう事については何も書いてない。書こうにも何も解んないし。フレデリクの事を除けば、普通におじいちゃんに宛てて書いた手紙のようだと思う。
仮にも侯爵様宛に、失礼でなければ良いのだが。
これだけだよね? 心残りみたいなものは?
そうだと思う。
この先は私の思い込みや思い上がりであって欲しい。
今回なるべく早めにディアマンテを離れなくてはと思ったのは、ディアマンテ女王、イザベル妃陛下の思し召しを恐れたからだ。
優しいアイリさんの愛の鞭が怖いとか、ガイコツに助けて貰っただなんて言えないとか、そういう種類の物ではない。
シモン殿下の暗殺……勿論、それをイザベル陛下が企んだとは全く思わない。母子の情という意味でも有り得ないし、正室と正嫡の立場という意味でも理不尽だ。
そしてどうしても何かの理由でそうしなくてはならないとしても、あんな手段は無い。
何度考えてもそう思う。それなのに。
私にはどうしても、私の行動が女王陛下の何らかの計画を狂わせたような気がしてならないのだ。
マリーの姿でシモン殿下と踊り、御食事に呼ばれた時に感じた空気。フレデリクとなり小聖堂に乱入し、トリスタンを抑えている間に感じた空気。
そして……アグスティン提督の英霊が降臨召されるという奇跡を目の当たりにしてさえ……女王陛下があの強い視線を一際向けていたのは、トリスタンでもアグスティン閣下でもなく、フレデリク君だったような気がする。
そもそも、私がシモン殿下に召し出されたというのも、偶然だったんですかね? たまたま私の見た目が殿下の好みだったと? それは私ちょっと自惚れが過ぎるんじゃないかなあ。
とにかく、証拠も論拠も無い事だ。
フォルコン号が立ち去って、フレデリクも居なくなって、この話はおしまい。
女王陛下は忙しく、お面をつけたちんちくりん剣士の事などすぐに忘れてしまうだろう。私も余計な事は口外しない。
私は記述を終えた航海日誌を閉じる。口外はしないけど、書くのはいいよね。これが新しいマリー船長の落書き帳である。
お腹がすいた……アイリさんを起こしに行こう。牛肉もそろそろ食べようかしら。冷酷と言われても、やっぱり食べたいものは食べたいのだ。
海の勇士マリー・パスファインダー(笑 編、おしまい!!
マリー・パスファインダーの冒険と航海はまだまだ続きます!
次作も引き続き! お付き合いいただければ幸いです!
この後は次作開始時に、この第三作の奥付け、登場人物紹介ページを作ります。
作者も早く書きたいので近日中には公開予定です。
そして……皆様! どうか御願い致します! この小説を読んで少しでも、少しでも良い時間であったと思えたら! 何卒、評価を、評価をぽちっと、何卒御願い致します!
時間の無駄だったと思われた方は……申し訳ありませんでした……次は良い小説と出会える事をお祈り致します……
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