マリー「やっぱりまだちょっと、牛肉は食べれないよ……」
やっと!! マリーの一人称に戻ります!
なんと先月27日以来!! ほぼ一か月ぶり!
書き方忘れちゃったかも!!1!1!!
私、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストは、屋台の立ち並ぶ夜のディアマンテの街角で膝から崩れ落ちていた。
「おお、フレデリク船長、お久しぶりです! お元気そうで良かった!」
煮売屋の軒先に並んだテーブル席の一つに差し向かいで座り、茹でたてのソーセージをつまみに湯気の立つホットワインで暖を取っていたのは……フォルコン号の乗組員不精ひげニックと、いつかの元海賊セレンギルさんだった。
「勘弁してくれよ船長……今回は本当に危なかったんだぞ、この人が助けてくれなかったら俺は今頃鞭で十回打たれて留置所の石畳に転がって泣いてる所だった」
私はどうにか立ち上がり、セレンギルに突進してその肘を掴み、不精ひげから引き離して往来に引っ張り出す。
「セレンギル、どうしてここに」
「そりゃあフレデリク船長のおかげですよ、ハーミットクラブ号はフェザント海軍の雑用船になって、しばらくは軍の士官が船長だったんですが、今は何と! このあっしが代理船長を務めてるんでさあ」
「どこまで、どこまで話した? あの不精ひげの水夫に、ハマームの事を」
「へ? 何かまずかったんですかい?」
「いつの間にハマームに行ってたんだ? フレデリク船長」
ヒエッ!? 後ろから不精ひげにそう言われて、私は小さく飛び上がる!
私がカクカクと振り返ると、不精ひげはワインをすすりながら続ける。
「とにかく……俺が司法局のロビーでフレデリク船長に連絡してくれって泣き喚いてたら、セレンギルさんが知り合いかもしれないって名乗り出てくれて、保釈金を肩代わりしてくれたんだ。船長、金貨で20枚持ってないか?」
「おいおい、保釈金は金貨10枚だったよ」
「帰って来るか解らない金を払ってくれたんだもの、普通は倍返しだよ。この酒だってセレンギルさんのおごりなんだから。本当に有難い」
セレンギルは海軍の用事で、フェザントで恩赦になったコルジア人の囚人を何人か連れて来て、コルジアで恩赦になったフェザント人の囚人を何人か連れて帰る所だったという。
それでディアマンテ市の司法局のホールに来て、連行されて来た不精ひげに出くわしたのだと。
不精ひげは単に、鞭で打たれる囚人の叫び声は舞踏会に相応しくないと判断され、すぐに城から連れ出されていたらしい。
私はがっくりと肩を落とす。とにかく不精ひげが無事で良かった。
別の問題が発生してしまったような気はするけど……まあ、持つべき物は友達ですかね……
「あまり時間が無いんだけど……僕も腹ペコだ。ちょっと混ぜてもらおうかな」
それから30分ばかり、私もその席でホットワインとコルジア風ソーセージをいただく。セレンギルは明日も司法局に行くと言うので、女王の書き付けを預かってもらう事にした。
「この金貨10枚は受け取ってくれ。保釈金はこの特赦状を見せれば返って来るよ」
「ひえっ……コルジアの女王陛下直筆の書き付けですかい! 相変わらずでかいヤマ踏んでらっしゃいますねェ」セレンギル。
「うちの船長、ハマームでも何か?」不精ひげ。
「ハマームも凄いけどその前だよ、何とあのサイクロプスの海賊……」
「わーっ!? あーあー! 別の話! 別の話しよう、な!?」私。
それから私はセレンギルにもう一度礼を言って、不精ひげを急かしてフォルコン号へと急ぐ。
「ここでの仕事は終わったと思う……またマカリオに見つかる前に船に戻ろう」
「それで船長、どうしてハマームに」
不精ひげがしつこく言う。
私は辺りを見回し、帽子とマスクを取る。フレデリク声も解除だ。
「あの。その話は、もう。ね?」
「フラヴィアさん達はハマームに着くまで、絶対に現地では歓迎されないと思っていたらしい。ところがいざ着いてみるとどうだ、港も街も、王様も市民も、皆がフラヴィアさん達が来るのを待っていた。大変な歓迎だったぞ……船長ぜんぜん俺達に聞かないよな? その話」
「あ! ほらあそこまだ酒屋開いてるじゃん! ディアマンテには世界中の美味しいワインがみんな集まって来るんだって! 飲んでみたかったやつ無い?」
「シーニュのヴィンテージワインなんてのもあるかな? 一度グラス一杯だけ貰って飲んだ事があるんだが、あれは夢見心地だった」
「いいわね、アイリさんへのお土産にもちょうどいいよ! ああっ!? 店閉めようとしてるよ急がないと!」
ガラス瓶に詰められコルク栓を施されたシーニュ産の高級ワインは、軽く眩暈がする値段で売られていた。さすがの不精ひげも一度は遠慮しようとしたが、私はこれを口止め料と割り切り何本か購入した。
船への帰り道すがら、思い出していたのはトリスタンとの剣の勝負の事だった。
あれはちょっと気恥ずかしかった。立派な近衛兵さん達が私とトリスタンが剣で渡り合うのを見て溜息をついてらっしゃるのだ。
私もヘナチョコだけど先生もヘッタクソだったなあ。私がそう思うくらいだから相当である。やっぱり専門外なんだろうな。何せ正直、極めてレベルの低い戦いだったのだが、空中で戦ってるみたいになってたから、観客からは見栄えが良かったのかもしれない。
最後は泥の塊になって壁にこびりついてしまった先生だが、やっぱりこれで倒せたような気はしない。前回なんて爆発して影も形も無くなってしまったのだ。
だけどあの先生も無敵ではないらしい。アグスティン提督に斬られたりトゥーヴァーさんにぶちのめされたりしてダメージを受けていたし、しばらく出て来れないのではないか。
最後の一突きはさすがに賭けだった。トリスタンが幽霊すら攻撃してみせたのを見て、今度は私がトゥーヴァーさん達を助けなきゃと思って焦ったのもあったけど……案の定、トリスタンは幽霊を攻撃出来る代わりに実体をすり抜けられなくなっていた。
勿論、どういう仕組みなのかは全然わかんない。
ちょっと待て。仕組みがわかんないと言えばこの剣だよ。この……ルビーが何だって? ていうか……トゥーヴァーさんには悪いけど、この剣は女王陛下にでもあげれば良かったかなあ。私が持っていていい物じゃないんじゃないの? これ。
「船長、あそこでまだ牛の串焼きを売ってるぞ」
「これ以上買わないよ! そのワインいくらしたと思ってるの!」
満月の夜のディアマンテ。浮かれ気味の街をただ歩いて、私と不精ひげはフォルコン号へと帰って行く。
少しして。波止場近くの少し高さのある街角まで来ると、フォルコン号のマストが見えて来た。するとそこに……エステルが佇んでいた。
フォルコン号を見下ろせる場所に。朝と同じように。
遠慮がちに手を上げるエステル。私は手を振り返す。不精ひげも少し手を振った。
「掌帆長のニック殿。御無事でしたか。フレデリクが心配してましたよ」
「ええ、危うく鞭で打たれる所でした」
「だからそれは悪かったってば! これでも大急ぎで助けに来たつもりだよ!」
不精ひげや私の答えに、エステルは少し笑った。
「仲が良さそうで羨ましいよ、マリー・パスファインダー」
「そろそろ普通にマリーって呼んで下さいよ。あっ、今日こそ船に寄ってって下さい、ウラド……うちの青鬼ちゃんも、前にあんな事を言ったからエステルに嫌われたんじゃないかってすごく気にしてて」私。
「美味いワインもありますよ、牛串が無いのが残念ですけどね」不精ひげ。
エステルは少し俯いて……かぶりを振る……
「いや……もう少ししたらバルレラ男爵の令嬢達が帰るから、城に戻って護衛しないといけない」
「ああ……でもエステル、右手の怪我は……」私。
「本当だ、すみません気づきませんで……大丈夫ですか?」不精ひげ。
「見た目ほど酷くないし、手当てはしてもらったから。護衛は折角いただいた仕事だ、最後までやり遂げたい」
思う所あり……私は少し出航を急ごうとは思っていた。勿論ロイ爺が帰って来てからにはなるんだけど。
それから、エステルをきちんとフォルコン号に迎え入れようと。一緒に乗って下さいと頼もうと思っていた。
出航は急ぎたいけど、エステルは待ちたい。エステルが男爵令嬢の護衛を最後まで勤めたいなら、フォルコン号ももう何日かここに居る事にしようか。
そう思っていると。
「それで……もう出航するんだろう? マリー・パスファインダー」
「えっ……そんな事無いですよ、副船長もまだ帰って来てないと思いますし、別に急いでないし」
私がそう言った途端、フォルコン号の方から、聞きなれたしわがれ声がした。
「おおーい……? 不精ひげ、戻ったかねー? 太っちょがワインをせしめて来たぞ、積み込みを手伝ってくれー……」
ロイ爺の声である。戻ってたのね。見れば波止場では荷馬車からボートへと、ワイン樽の積み替えが行われている……どこから引っ張って来たんだろう。ディアマンテでは一見さんは大きな商売は出来ないって聞いてたのに。
不精ひげは会釈して、早速波止場へと走って行く。