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衛兵「マカリオ卿がやられた!」衛兵「あの不精ひげの男を捕まえろ!」フレデリク「ごめんッ……不精ひげ、生き延びて……」不精ひげ「」

トリスタンと対峙するエステル。

勝手の違う化け物を相手に、戦いは続く。

――マリーは必ず来る、それまで持ちこたえるんだ。


「オグス……ウトラ……デロス……ソキア……!」


 悪霊がまた何かを、邪悪な力を込めて唱えると。宙に浮かんでいた10本ばかりの剣が、小聖堂の空中を竜巻のように回り出す。まだ剣にぶら下がっていた者も、さすがにそれで振り落とされた。


「こんなの、どうすりゃいいんだ……」

「斬ろうとすれば剣を奪われる!」

「とにかく! 陛下と殿下を守れ!」


 周囲の近衛兵達は狼狽えながらも態勢を立て直し、王子を守る為近づこうと試みるが……悪霊の狙いはあくまで王子のようだった。竜巻のように舞う剣の嵐は、近衛兵達と王子達の間に吹き荒れ、それを妨げる。


「ぐあッ!?」

「怯むな! 突破するぞ!」

「うぐっ……!」



 礼拝堂の後方に居たイザベル女王は、既に周囲を近衛兵に警護されていた。

 女王自身は、この状況に怯える事も震える事もなく。そして普通の母親のように我が子の名を叫び助けを乞う事もなく、ただ毅然とした表情で状況を見つめていた。


 エステルは勿論王子をこの危機から離脱させる隙を狙って居たが、やはり悪霊の真の狙いは王子の命らしい。近衛兵の方が王子に合流し周囲を固める事、エステルの方が王子を抱え近衛兵の方に逃がす事、その二つを阻止するように動いて来ている。



 近衛兵の妨害を退けた悪霊は、指揮者のように宙に向け指を振りかざす。嵐のように渦巻いていた剣が一束に集まる。

 エステルは奥歯を噛み締め、悪霊にさらにまっすぐに向き直る。


――ヒュッ……! ガキン!


 真っ直ぐに飛来した剣を、エステルはサーベルグリップで構えた短剣で弾いたが。


――ヒューッ! ブゥン! ガツッ! ギン!


 今度は次から次へ、剣が飛んで来る。二つ、三つ、エステルはどうにか自分や王子目掛けて迫り来る凶刃を短剣で弾き、払い、受け流す。

 刃を弾く音が鳴り火花が散る。その度にエステルは苦痛を堪え歯を食いしばる。

 四つ、五つ。剣は容赦無くエステル目掛け飛来する。六つ、七つ……


「くっ……!」


 刃の一つがエステルの前腕をごく浅く捉える。また別の弾き飛ばした刃が、その頬をかすめるように回りながら落ちる。剣は床に落ち乾いた金属音を立て、エステルの頬に、一筋の小さな傷跡が浮かぶ。


「おのれッ……!」


 一人の近衛兵が意を決し、刃の向きも見ず、王子とエステルめがけ突進しようとするが。


――ブゥン…… ガツッ!


「ぐわあっ!?」


 飛来した剣が、横からその近衛兵の太腿を深く貫き、転倒させた。


「ええい! あいつに続くぞ!」


 その様子を見た近衛兵達は、一斉に王子の元へ駆けつけようと立ち上がり、突進する。

 しかし悪霊の魔術師はその動きを十分に予測していた。魔術師が手を振りかざすと。エステルに一度は叩き落とされた剣が浮かび上がり、再び竜巻のように辺りを飛び回り、渦巻き始めた。


「グハァッ!!」「ぬうっ!?」


 自らの剣に傷つけられ、弾き飛ばされ、近衛兵達はまた王子に近づけず追い散らされる。

 そして今度は、その剣の渦が、範囲を狭め、エステルとエステルに庇われる王子に迫る。


――マリーが来るまでは私がマリーの代わりだ、例えこの身で受け止めてでも、王子を、この子供を守る!


 エステルは迫り来る剣の渦に正対する。


「来るなら……来い!」


――ガシャーン!!


 次の瞬間。上空から、ガラスが砕けるような音が響き……実際にガラスの欠片と窓枠の残骸のような物が、礼拝堂の床に降り注いだ。


 エステルは思わず音のした方を見上げる。礼拝堂の高い吹き抜けの途中の、三階程の高さの所の窓が一枚割れており、そこから……青のジュストコールに羽根飾りのついた帽子、目にはアイマスクの、小柄な男が……

 結構な高さにも関わらず軽々と……礼拝堂の床めがけ飛び降りて来た。


 近衛兵達は、誰もこの男を知らなかった。そして今この男がした事は、こんな悪霊のような魔術師が現れて王子を襲うという非常時でなければ、間違いなく大変な狼藉である。


「エステル! 遅くなってすまない!」

「ま、待て、お前は一体……」

「危ない!」


 近くに居た近衛兵の一人が、新たに現れた男の方を咎めようとそちらを向いた瞬間、そのアイマスクの男は地面を蹴りつけて跳躍し、鍔に赤い大きな水晶のような飾りがついたレイピアを抜く。


「なっ……!」


 いきなり攻撃されると思った近衛兵が身構える。彼の剣は既に悪霊に奪われていた。しかしアイマスクの男が狙ったのは近衛兵ではなく、飛来していた悪霊の操る剣であった。


――ガキン!


 剣は払われ、床に落ちるが。またしても浮き上がり、魔術師の方へと戻って行く。


「フレデリク!」


 エステルは叫ぶ。

 待っていた()が、やっと現れた。しかしまだ危機は去っていない。エステルは待ち侘びた()の到来に一瞬緩んでしまった気を引き締め直す。


「皆奴を剣で突いたんだ、そうしたらあのように奪われた! フレデリク、とにかく王子を安全な場所に!」


 エステルは左後ろ手にシモン王子を庇い、しっかりと魔術師を見据え短剣を向けたまま叫ぶ。エステルのその右腕は傷だらけだった。握りしめた短剣の柄からは血が滴り、前腕や肩にもいくつもの鉤裂きが出来ていた。


 アイマスクの男、フレデリクはその姿を見て息を飲む。自分の到来が遅れたせいで、エステルがあんなに怪我を追ってしまった。もしかしたら命の危険もあったのかもしれない。そして危機は未だ去っていない。

 近くに居た近衛兵が(ささや)く。


「近づけないんだ、宙を飛び回る剣にやられる、こんなのどうすりゃいいんだ」

「当たらなければどうという事はない、援護してくれ、何でもいいから投げつけるんだ」


 フレデリクはレイピアを緩く構え、宙を舞う剣の動きだけを見て飛び出し、エステル達の元へと駆け寄る。

 悪霊が指を振りかざすと、剣はやはり唸りをあげフレデリク目掛け飛来する。


 フレデリクの目はこの悪霊のような魔術師を、怪異としては見ていなかった。

 これはトリスタンという名の魔術師であり、強大な悪魔などではない。トリスタンが操る剣は、恐らくトリスタン自身の剣の技量を越えられないはずで、恐らくそれ自体は大した事が無い。フレデリクはそう考えていた。

 そしてよく見ればトリスタンの剣は数メートル先から真っ直ぐに飛んで来るだけなのだ。

 だからエステルのように小さな子供を守りながら短剣で相手するというのでなければ、近衛兵達のように相手を悪魔か悪霊だと恐れ過ぎてなければ、人が操る剣と同じ物だと思ってきちんと見ていれば、十分に対応出来るものだった。


 さらに。


「ええい、このッ!」


 フレデリクの近くに居た近衛兵は、何でもと言われ……まず、自分が被っていた兜を脱いで投げつけた。それから、壁際の鉢に盛りつけられていた少し熟し過ぎていたオレンジを、次々と。

 兜は狙いを外れ、礼拝堂の反対側の壁際へと転がったが、オレンジのいくつかは、悪霊の体に命中……したような形になり、他の剣と同様……悪霊の体の周りに浮かんだ。


 そのオレンジが。次々と……悪霊魔術師の指揮により、フレデリク目掛け飛来する。フレデリクは剣は避けていたがオレンジは避けなかった。


――ブシャッ!


「熟し過ぎだ、スカスカじゃないか」


 顔をかすめたオレンジの汁を拭いながら、フレデリクは、エステルとシモン王子の元に辿り着いた。



「フレ……デリク……!!」



 悪霊のようになってしまったアイビスの元宮廷魔術師、トリスタン。かつてはアイリ・フェヌグリークの師匠であった事もあるその男は、ここ、ディアマンテ城の小聖堂に現れてから今までの間で、初めて、他人にも聞き取れる言葉を話した。恐ろしげに歪んだその顔を、さらに怒りに歪めて。


 フレデリクは剣の切っ先をトリスタンに真っ直ぐ向けた。

 近衛兵の一人が叫ぶ。


「気をつけろ、剣を奪われるぞ!」



 次の瞬間。



 フレデリクはシモンを王子を抱えたエステルと、トリスタンの間に立ちはだかっていた。トリスタンは10m程前方で剣やオレンジと共に宙に浮いている。

 そんなフレデリクが手にしている剣……赤い大きな()()飾りのついた……いや、その水晶飾りが。鈍い光を帯びていた。その水晶飾りから、きらきらと。蛍火のような小さな光が離れ、宙を舞いだす。幾つも。そして群れをなすように周囲を飛び交う……



「な……何の魔法を……?」


 講壇の陰に隠れていた司祭がつぶやく。



 光は次第に剣を構えたフレデリクの隣に集まり……人のような形になって行く……そして一瞬、まぶしく輝いた。


「ああっ!?」


 近衛兵の誰かが小さく叫んだ。



 眩しい光が収まると。そこには……ブーツにズボン、ちょっと肩や胸元、腰の露出の多い短い上着、長い赤毛の髪を編み込み、健康的な褐色の肌をした……半透明の若い美女が立っていた。



「なにこれ」



 半透明の美女は、緊張感もなく辺りをきょろきょろと見回す。

 周囲の者は皆唖然としていた。近衛兵達や司祭、修道女、廷臣、エステルと王子。

 傍目にはこの魔法を使って見せたかのように見える、フレデリクも口を開けて驚いていた。悪霊トリスタンでさえも驚いていた。



「どゆこと?」

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