表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/82

ロヴネル「フレデリク……これも君の計算の内なのか……?」

王子様がダンスを御所望ですって!?

海洋ファンタジーどこ行った。

  人間は夢を見る。夢には実現可能な物と実現不可能な物がある。

 そして人の夢の見方には強弱があると私は思う。絶対に叶えたい夢、出来れば叶えたい夢、叶う訳ないけどそんな事があったらいいなと思う程度の夢。


 ああ……眩暈がしますよ……貧血かしら……

 私の脳裏を人生の走馬灯が回る……


 時をさかのぼり、どんどん幼くなって行く私。あれは4、5歳くらい。母が絵本を読んでいて、私はそれを傍から見ている。

 貧しいけれど心優しい娘さんがお城のパーティで王子様に見初められて結婚して、それまで娘さんをいじめていた継母と義理の姉達ざまぁとか、そんな話だったと思う。


 あの本は母が夫と子供を捨てて出て行く時に持って行ったので、きちんとした話は今でも知らない。だけど私は大変綺麗な挿絵のついた、舞踏会のページの事だけは鮮明に覚えていた……いや、母がそのページばかり読んでいたせいか。


 とにかく、山菜採りでクマに出会ったり、風紀兵団に網持て追われたり、針仕事の胴元に手当てを下げられたりしながら、15歳まで生きて来た私のような者の胸にも、そんな徒夢あだゆめの欠片が眠っていた。


 貧しく小汚い私が、お城で王子様に見初められ人生大逆転……


 勿論そんな夢は本気で見る夢ではない。先程の分類で言えば、実現不可能かつ、そんな事があったらいいなーと、稀に妄想する程度の夢だ。



「えっ……」



 待て! 落ち着け私! 私今どんな顔してるの!? こわい。よだれを垂らして夢うつつ、みたいな顔をしていたらどうしよう!?


「これは大変ですな。マリー嬢、不躾ぶしつけで申し訳ないが、私を貴女の後見人に指名してはいただけませんかな? さすがにシモン殿下と踊られるとなると、そのくらいの体裁は整えた方が憂いがありません」


 侯爵様!? 良かった、ここにはとても心強い味方が居た。だけど私、こんな偉い人にこんな事ポンポン御願いしていいんですか!?


「お、御願いします! わたくし突然の事で、どんな顔をしていればいいかも解りませんの」


 自分で思っていた以上に狼狽していた私は、おかしな返事をしてしまった。周囲の紳士淑女からも密かな笑いが漏れる。


「大丈夫。ダンスを愉しめば良いのです」


 侯爵はそう言って、私の手を取り、宮廷舞踏会の大ホールの中心へといざなって行く……今、そこには誰も居ない。紳士淑女の皆様はこの場所を大きく空けて……遠巻きに、皆こちらを見ている……



「ゴルリオン王にしてコルジア皇太子、シモン殿下の御成りでございます」



 ホールの行く手にはもう一か所、人払いをして清められている所があった。大きな、向日葵ひまわりの彫刻を施された白亜色の両開きの扉。それは王族が出入りする為の専用の扉なのだろう。その重厚な扉が、音もなく開いて行く……


 本当に!? 私、王子様に見初められたんですか!? 人生大逆転なんですか!?


 私の人生を変える、運命の扉が……開いた……!



 扉の向こうに居られたのは、荘厳華麗なドレスを着られた、一人の女性……

 二十代と言われれば二十代に、五十代と言われれば五十代に見えるような、不思議な美しさと威厳。

 両眼に漂う眼力は、もしこちらに向けられたらたちまち私を焼き切ってしまいそうな程強い。

 これは間違いなく、ディアマンテ女王にしてコルジア国王クリストバルの妻、イザベル王妃その人に違いない。


 そして。


 その女王の漆黒の絹のドレスの、広がるスカートの後ろから現れた……


 白のプールポワンに、真っ赤なかぼちゃのようなキュロット、白のストッキング……

 もじゃもじゃの茶色い髪の上には、小さな王冠がちょこんと載っている。

 4歳か、5歳くらいかしら……そしてとても福々しい……ああ……アレクをそのまま小さくしたような……ぽっちゃりとした何とも可愛らしいお坊っちゃまが……



 王妃……恐らくお母様のスカートの影に隠れていたお坊っちゃまは意を決したようにうなずくと、そこを飛び出して私の方に真っ直ぐ、テトテト走って来る。

 なんだかとってもニコニコしてらっしゃる。その姿は御無礼を言わせていただければ、産まれて間もない小熊のように可愛らしい。



 王子様はやって来た。私の目の前に。そしてますますニッコリ笑って、私に小さな手を差し出す。


「おじょう、さん! わたしと! おどって、くだ、さい!」


「光栄ですわ、もちろん、喜んで」


 会場が暖かい笑顔と、笑いさざめきに包まれた。

 侯爵様は満足そうにうなずき、一人でロヴネルさんが居る方に戻って行く。



 偉い人というものはあまりニコニコしてはいけないものかと思っていたが。私の目の前に居る王子様は、全く、一片も惜しむ事なく、私に順風満帆のような笑顔を向けて来て下さる。


 楽士達が弦を構える。始まるんですか。


 始まるんですか……



 私は昨日もエステルと一緒に名前を呼ばれ、四組の中の一人として踊ったけど、今度の緊張はあの比ではない。踊るのは私達一組だけ、ペアの相手は大国の王子様である……私はあの扉が開くまでは、そう思っていた。


 だけど私の頭の中の心象風景はメチャクチャになっていた。



 ヴィタリスの牧草地。天気もよく風も爽やかな日。

 そこに場違いで勘違いな重厚なドレスを着て現れた私は、動物達から手荒な歓待を受ける。お前なんかが主役になれると思ったクマー?(笑) 君はヴィタリスの貧乏お針子だピョン(笑)。マリーには鍬が御似合いだゲコゲコゲコ(笑)。さあ楽しく踊れホロッホー(笑)。



 優しい柔らかな弦の音に乗って、右に左に揺れる王子様。私もそれに合わせて揺れる。まあたのしい。


「おじょうさん、お名前、何ていうの」

「マリー・パスファインダーと申しますわ」

「まりーぱす、まーりーぱす、まーりーぱんだー」

「マリーで結構ですのよ、殿下」

「マリーちゃん! あのね僕、あっ……私は三階から見ておりました! マリーちゃん……僕、マリー殿が一番きれいな女の人だと思ったの!」


 なんと将来が楽しみな殿下でしょう。ここは宮廷舞踏会、軽く見回しただけでも様々な種類の美人が、より取り見取りでいらっしゃるというのに。

 小さな子って何が好きか解らないわよね……カメリアちゃんもウラドが大好きだったな……ああいう子が大人になってもその感性を持ち続けてくれたら、オーク族に対する謂れなき偏見も無くなるだろうに。


 何か私、すごいリラックスしてるわね。そしてすごく楽しい。シモン殿下のステップはとても上手だし、その小さな手は触れるとどきどきするくらい可愛らしい。


 周りの視線が全然気にならない。皆そこまで私達を見てないのかしら? 見た事もないくらいの沢山たくさんの楽士隊が奏でる、豪華な演奏に乗って踊る、殿下と私……愉しい。とても楽しい。

 こんな美しい演奏を殿下と二人占めだなんて。すごいや。何だか殿下しか見えないよもう。これは本当に、素敵な王子様ね。



 やがて演奏が終わりに近づく……名残惜しいなあ。

 想像していたのとだいぶ違ったけど、王子様と踊ってしまいましたよ、本当に。フォルコン号の皆に話したら信じるかしら? 不精ひげは爆笑しそうだな。


 ああ、万雷の拍手が降り注ぐ。当たり前だけど、こんなにたくさんの拍手をいただく自分など想像した事も無かった。しかも今私、普通にマリーなのに。



 ダンスが終わり、私が御辞儀をして下がろうとすると。殿下が小さな手で私の手を掴む。


「マリーちゃん、じゃなくてマリー殿、僕は今から昼ごはんを食べるんだよ、一緒に食べようよ」


 私はその言葉に軽い眩暈を覚える。

 食べる事を至上の楽しみとされていそうなぽっちゃり殿下が、可愛らしい満面の笑みを私に向け、一緒に食事をしようと誘っておられる。

 そう言えば私、昼に起きてからはろくに何も食べてなかったっけ。


 でもいいのかしら? こういうの安請け合いして? 殿下は誘って下さるけど、平民は辞退するのがマナーだったりしないのかしら?


 そこに、侯爵様が近づいて来て、シモン殿下の前に片膝をついた。


「失礼いたします。私、グラナダ侯爵と申します。ええと……マリーちゃんの、お父さん代わりの者です」


 たちまち私の脳裏に、実の父の面影が浮かぶ。


「御願いがございます殿下、マリーちゃんも行くのなら、私も昼ごはん、一緒に行ってもいいですか?」

「うん、いいよ! 今日はとっても美味しそうなごちそうがたくさんあるんだよ、一緒に行こう!」


 シモン殿下はそう言うが早いか、向日葵門の方に向かって駆け出す。

 周りはと言えば……私と殿下が踊る間は端に寄っていた紳士淑女の皆様が、ホールの中心に戻って来ていた。もう次の曲の演奏が始まりそうな感じだ。


「驚きましたよ、マリー嬢……貴女はディアマンテの最有力者に繋がる扉を開いてしまった」


 侯爵様は、そう耳打ちして来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
>後見人に指名 草 ごんぶとの政治的後ろ盾をしれっとゲットw 直後にルート開拓で貢献もできて加速感やべー
[良い点] しまったー! そっち方向でしたか。王子様v でも話し方とかとてもかわいらしい。 王妃様は凛々しそうでしたが。
[良い点] 表と裏両方で成り上がるお針子戦記しゅごいっす
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ