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ベルガミン「あの覆面男は何だ……誰か何か知らないか? どうも気になる」

侯爵が語るブルマリン事件の影。それはかつてフレデリクが関わり、解決したものだった。ディアマンテにトリスタンが現れたのはあの事件の残響なのか?

そして未だにマリーには良く解らない、侯爵の大計の行方は。

「ロマンシア公やアルベルト卿が、私怨以外の理由で今回の件に関わっている可能性があるでしょうか? 今回の閣下の行動はどんな派閥の人間にとっても青天の霹靂へきれきだったはず。いくらトリスタンでも、閣下の行動に応じてここに現れたのだとは、私には思い難いのですが……トリスタンがここに現れた理由について、何か心当たりはありませんか」


 フレデリクが口を開く。フレデリクって時々マリーには全然解らない事を言い出すわよね。


「まず。ロマンシア公は今は大人しくされていると思うが、アルベルト卿は……少し、悪い友達と付き合いがあったようだ」


 グラナダ侯爵は虚空を見上げる。

 悪い友達ってなんだろう。幽霊船の海賊とかですかね。


「古代帝国の栄光について語る人間はどの時代にも居る。それを復活させようとする試みも、数え切れない程行われて来た。人間が夢を見るのは仕方ないけどね。問題は他人の夢に踏みにじられる人々と、他人に夢を吹き込んで利用する輩だ」


 侯爵が「聞いても絶対意味が解らないけど、多分重要な話」をしようとしている。私わかんないから代わりに聞いて! そんな願いを込めた視線を、私はロヴネルさんに向けた。

 だけどロヴネルさんから返って来たのは、真剣な眼差しと小さな頷きだった。違います……私はここが核心だと暗に示唆した訳ではありません……


「古代帝国は確かに偉大だった。我らアイビス人も古代帝国に征服され、彼らの知恵を受け継ぐ事により発展し、それが今日の独立と繁栄に繋がったのだとは思う」


 侯爵は目を閉じて語り出す。私は辺りを見回す……噴水の近くで、ライオンとオールバックが若い御婦人方に声を掛けている……大事な時に何してんのあいつら。


「そんな古代帝国の名を騙るのもね、銅貨を集めて回る寸借詐欺程度の物なら可愛いものだが。力のある者がうつつを抜かすとなると、無視出来ないものになる。アルベルト卿は何か、そういう秘密結社に参加していたらしい。表向きは巡礼者を装った、困った連中だ……私はそれ以上の事は知らない。トリスタンについてもアルベルト卿の手下だったとしか……ヴァレリアンや君の方が詳しいと思う」



 そんな話を聞いていると……向こうからプールポワン姿の一団がこちらに向かって来る。

 七人、いや八人……はっきりとグラナダ卿の姿を見てやって来ているようだ。そしてあまり友好的な雰囲気ではない……ううっ。嫌だなあ。


「あれは……ベルガミン卿。コルジアの愛国者で強硬派の論客だね。私がここに居るのが気に入らない者の代表格だ」


 集団を先導する、見事な口髭の端をピンと立てた大変厳めしいおじさん……あれがベルガミン卿だろうか。グラナダ候よりは少し若いようには見えるが。



「これはこれは……グラナダ侯爵殿。去年も一昨年もその前も、いつお招きしてもお越し下さらなかったのに、今年はどういう風の吹き回しですかな?」

「久しぶりだね、ベルガミン卿。クリストバル殿下の即位式以来だろうか」

「旅行は御嫌いかと思っておりましたぞ……アンペール卿かモーリア卿は御一緒ではないのですかな?」

「私は宮廷舞踏会を愉しみに来ただけさ。政治の話はしないよ」


 ベルガミン卿は高位の貴族のようだが、その周りに居るのもどうも、お付きの者などではなく、独立した貴族らしい。


「御冗談を。グラナダ侯爵殿。貴下方あなたがたアイビスの友人がターミガンとの戦いに力を貸してくれた事は感謝致しますが。それももう遠い昔の話。世界の秩序は変わりつつある」

「はは。私はもう老人だ、現世の事は若い皆様にお任せしたいね……さて、私はダンスの相手を探さないといけないんだ。これで失礼するよ」


 歩き去るグラナダ候の背中に、ベルガミン卿は言葉を投げる。


「アンドリニア独立派などに手を貸して、アイビスに何が残るのです。コルジアとの遺恨だけ、そうでしょう? ダンスの相手は……慎重に選ぶものですぞ」



 その場で起きた事はそれだけだった。


 グラナダ候はその場を離れ、ベルガミン卿もつきまとっては来なかった。

 あのツンツン髭おじさんはグラナダ侯に自分の賛同者を見せつけに来たのだと思う。コルジアに対して何か企んでも無駄だと。まあ、私はグラナダ候が何を企んでいるのかも解らないんですけど……


「思っていた以上に厳しい状況ですな。初めからエドムンド殿と連携が取れたのは幸いでしたが……彼も旧アンドリニア諸侯の間の意思疎通に苦労しているようだ」


 侯爵が私の隣に並んで、そう耳打ちして来た。私は半歩下がろうとしたが、侯爵はぴたりと歩調を合わせて来る。いや、おかしいから……私が侯爵と並んで歩くのはおかしいから……だけど私も何か言わないといけない。


「相手を選び、ダンスを愉しむしかないですね。私も伝手つてを当たってみましょう」


 フレデリク君がまた適当な事を言う。私は謎の貴公子ごっこをしているだけで、コルジアの有力者に知り合いなんて居ないよなあ。


「それは心強い。ですが、御無理の無きよう」

「ええ。牡牛は懲り懲りですよ」

「ふふ、ふ……」「はは……」


 侯爵は低く忍び笑いを漏らす。私も同じように笑う。いけません。不謹慎だけどこれは楽しい。私は今、侯爵様と共に陰謀を巡らせ、困難な状況に立ち向かうのを愉しむ謎の貴公子を演じていた。


 フレデリク君はそのままグラナダ侯爵とロヴネル提督の元からふらふらと離れて行く……ライオンとオールバックが戻って来るみたいだし。フレデリク君は少しあの二人と顔を合わせるのが辛い。




 私は一人で弓術場の方に戻るまでの、10分くらいの間に考えていた。


 さっきの話、安請け合いして良かったのだろうか?

 まあフレデリク君もどーんと引き受けたという程ではなく、出来そうならやるよー、くらいの気持ちで言ったんだよね、きっと。

 トリスタンは化け物だと思うけど、フレデリク君でも何とか戦える。だけどコルジアの政局は無理だよ。それはトリスタンの何倍も恐ろしい魑魅魍魎ちみもうりょうなのではないだろうか。




 弓術場の様子は相変わらずだったが、不精ひげは今度は他の奉公人達から離れ、隅の方で狸寝入りをしていた。


「ニック、さっきの包みを出して貰えるかな」


 私はそう言いながら、寝たふりをしている不精ひげの袖を掴んで引っ張る。不精ひげは渋々起き上がる。


「向こうにちゃんとした、訪問者用の更衣室があったから、ちゃんとそこへ行って着替えてくれよ……」

「ああ、そういうのもちゃんとあるのか。さすが宮廷舞踏会だね」



 そこで不精ひげの案内で、弓術場から正門前広場を経て、兵舎が並ぶ区画へ行ってみるのだが……臨時の更衣室となっている兵舎は二つあり、当然のように男性用と女性用で分かれていた。

 私は素のマリーの声で不精ひげに抗議する。


「だめじゃんこれじゃ!」

「いや、普通に女性用更衣室に行けばいいじゃないか、船長は別に男にしか見えない訳じゃないんだぞ」

「万一フレデリクを知ってる人に見られたら困るの! 中に居るかもしれないし。いいよそのへんの誰も居ない所で、見張っててよ不精ひげ」

「勘弁してくれ……」


 幸い城の外壁には方々に射撃用の狭間窓があり、外からの銃弾が広場に飛び込まないよう鍵型の入り口を備えていて、広場からも見えない。

 夕方までまだ少し時間がある。舞踏会の会場を自由に動きまわるには、マリーの方がいいだろう。

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