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海の勇士マリー・パスファインダー(笑  作者: 堂道形人
宮廷舞踏会

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エステル「これも……マリーの側に居られるようになる為……」

再び宮廷舞踏会の会場であるディアマンテの城に行き、探偵のような事を始めるマリーとエステル。トリスタンの足跡そくせきは見つかるのか。


 この染みがあのコウモリの一部を傷つけた時に出来た血痕だとしたら……あの怖い先生は、コウモリの姿の時にも攻撃出来るのかしら。


 昨夜はコウモリの行方を見る余裕がなかった。心の準備が出来てなかったのもあるけど、追い掛ける方法もなかったと思う。

 すると、今出来る事は……


「エステルその……手伝って欲しい事が……」

「勿論だ、何でも言ってくれマリー・パスファインダー」




「あの、コウモリの群れをご覧になりませんでした? 昨日の夜も飛んでいるのを見ましたの」

「コウモリの群れ?」

「コウモリなんて、別に珍しくないじゃないか」

「そうですの……私、少々驚いたもので……ごめんあそばせ」


 こんな具合に、ちょっとコウモリを見て驚いている御嬢様、という風体を装い、私はあちこちで衛兵さんや他のお客さんに聞いて回る。

 エステルには同じ事を手分けしてやって貰うよう御願いした。快諾という感じではなかったが、エステルもそれを引き受けてくれた。

 宮廷舞踏会そのものを妨害したり、不吉な噂を広げたりするのは避けたいのだ。その上で何とか、昨日の夜コウモリの群れを見掛けた人を見つけたい。


 時間がどんどん過ぎて行く……気持ちははやるけれど慎重さも必要だ。化け物魔術師の噂で舞踏会が中止になるような事は避けないと。



 約束の午後二時。私は北西塔近くの、ゴリラの形に刈り込まれたトピアリーの前で待っていた。

 私は少しお腹が空いていたので、途中で焼き菓子を貰って来ていた。生地にたっぷりとチョコレートの練り込まれた贅沢な物である。

 新世界産のカカオの香り……本当にたまらん……人を狂わせる魔性の香りだ……そんなに強い匂いではないのに、何故こんなにも心を揺さぶるのだろう……


「遅れて済まない……マリー・パスファインダー……」


 エステルは二時を五分程過ぎて現れた。それは別に構わないんだけど、何だか疲れたような顔をしてますね。


「大丈夫? 私は昼まで寝てたけど、エステルは早朝から起きてたよね」

「寝不足ではないし、仮に寝不足でも今朝私を見るなり昏睡した君には言われたくない……コウモリに怯えた芝居をして回る事に疲れただけだ。私はか弱い乙女などではない」



 エステルがか弱い乙女のふりをして、笑う衛兵さん達から聞き出してくれた事によれば。昨夜、北東の小聖堂のあたりでコウモリの群れを見たような気がすると。

 私達は早速そこに向かった。



 お城っていろんな施設から成り立っているのね。ここが小聖堂という事は、どこかに大聖堂もあるのかしら。


 城の北東隅のこの辺りも、舞踏会の賑わいとは切り離されていた。しかし決して無人という訳ではない。助祭とおぼしき人が一人、修道女の方が数人。何かの祭事の準備をされているように見える。


貴下方あなたがたも礼拝ですか? さあどうぞ、御遠慮なく」


 私達はとりあえず、小聖堂に入ってみる。



 そこは講堂の様になっていた。小聖堂と言ってもなかなかに広い。百人や二百人は入れそうだ。

 ふと、玄関を入ってすぐの横にある、八角形の部屋にある大きな彫像が目につく……三角帽を被った、航海者の像という感じですね。


「アグスティン提督だな。君も船乗りなら良く知っていると思うけど」


 私がそれはどんな人ですかと聞く前に、エステルはそう言った……幸いにして彫像の前には、その偉人の業績が刻まれた赤銅色の銘板があった。



 アグスティン提督は百年以上前の人らしい。時の王の四男として生まれた彼はディアマンテ王国の海軍に入隊、南大陸を回り中太洋を目指す航路の守護者として頭角を現し、やがて若くして提督となった。


 さらに幾多の勝利を重ね信頼を集めた提督はやがて、コルジア諸王朝の海軍を統率し、当時内海を席巻していたターミガンの大艦隊との一大決戦に臨んだ。


 この歴史的海戦はコルジア側の大勝利に終わり、それがラヴェル半島からターミガン勢力を追い出し、コルジア王国再統一へと繋がるいしずえとなった。


 しかし提督自身は海戦で受けた傷が元で、半年後、28歳の若さでその生涯を閉じたという。なるほど。全部初耳でした。



「ええ、私も船乗りですから! アグスティン提督は存じておりますよ!」

「当時アンドリニアは独立国だったが、海軍はコルジア勢力の一翼として参戦したそうだ。ターミガンは今でも強いが、その頃は内海の制海権をほぼ握っていたと」


 エステルは歴史学の成績も良さそうですね……私は歴史が本当に苦手で、小説でも歴史の話は読み飛ばしてしまう。


「アグスティン提督の功績の一つに、海賊退治がある……当時コルジアやアンドリニアは、何とかしてターミガンを通さずに中太洋世界と交易する方法を模索していた。それがターミガン勢力を大きく迂回、つまり巨大な南大陸を周航して中太洋に至る南回り航路の開拓だった……ああ、すまない、退屈だったろうか」


 エステルが折角話してくれているのだ。頑張って聞こう。


「続けて下さい」

「南回り航路の開拓はその副産物として、南大陸西岸との貿易を生み出したのだが……その航路の途中には文明の目が行き届かない場所も多く、商船はよく様々な国籍の海賊に襲われたという。提督はそんな海賊共を退治する事で名声を得て行き、やがて海軍を統べる程の信任を獲得したのだと……私はそんなアグスティン提督の立志伝に憧れて、海賊退治をこころざしたんだ」


 当時は海賊もスケールが違ったんだろうなあ。今日こんにち南大陸北西岸で海賊業を営んでいたのは、本物の海賊が来たら慌てて逃げ出すような零細船主の皆さんだった。


 八角形の壁に描かれているのは、海戦の様子なのだろうか。

 夥しい数の艦船が描かれている。双方数百隻は居るし、大型艦の数も多い……大量の櫂を出したガレアス船、二層砲列のガレオン船……

 船だけではなく、それを動かす何千何万という将兵の息遣いまで聞こえて来そうな迫力のある絵だ。

 だけど実際の戦場は地獄なんだろうな……先日見た、砲撃戦の後の戦列艦の甲板ですら、十分地獄に見えた。あれが砲撃戦の最中だとどうなるのか。



「ああ、すまない、コウモリの話だったな。小聖堂の地下には霊廟があり、コルジアの中でも特にディアマンテ王国の偉人達や、城の聖職者達の亡骸が祀られている。とある衛兵がちょうど昨夜、そんな地下聖堂への通風孔に、コウモリが何匹も飛び込んで行くのを見たと」



 私達は一旦外に出て、その小聖堂の周囲を回る。なるほど、外壁の低い場所の何か所かに、鉄格子のはまった小さな窓がある。

 ここにコウモリが飛び込んだと……私はそこから中を覗き込んでみるが、狭い通風孔はすぐに折れ曲がっていて、地下聖堂の中は見えなかった。

 出来れば地下聖堂の中を見せて貰いたいけど、おいそれと見せてなんて貰えないよね。コルジアの昔の王様とかもお休みになられているのかもしれないし。

 すると、今出来る事は……


「エステルその……手伝って欲しい事が……」

「勿論だ、何でも言ってくれマリー・パスファインダー」



 私は近くをうろうろしながら、修道女さんや衛兵さん達の視線がなくなるタイミングを伺う。皆それぞれに仕事をしているのだ。暇でふらふらしている訳ではない。


 だけど私はその仕事を完璧にやりおおせた。プランターなどを使って通風孔を塞いでやったのだ。これでトリスタン先生がコウモリに化けて飛び出そうとしても、飛び出せなくなるに違いない。


 私が担当したのは三か所で、もう三か所はエステルに御願いしていた。エステルの方の首尾はどうだろうかと、小聖堂の周りを回って行くと、エステルは幅40cm程の細長い木のプランター両手で抱えたまま、衛兵さんの質問を受けていた。



「あ、あの……このプランターはもう少し聖堂の壁に寄せた方が、白い壁に赤い花が映えて綺麗なんじゃないかと……」

「それを配置するのは修道女達の仕事なんだ、勝手に動かすと怒られるぞ」


「まあ、そんないたずらはやめて! 男爵令嬢達を迎えに行く時間ですわよ! ごめんなさい衛兵さん、私の友達ですの」


 急ぎ救援に駆け付けた私は、そう言ってエステルの手からプランターを取り、さりげなく地下聖堂の通風孔の前に置く。


「ごめんあそばせ」


 私はそう言ってエステルの手を取り、早歩きでその場を立ち去る。これで地下聖堂の通風孔は全部塞いだ……気休めだけど。あと、エステルに言った事は本当である。


「ごめんエステル、もう午後三時が近いね、バルレラさんちに行かないと」

「マリー・パスファインダー……私はこういう悪戯めいた事をする事に慣れていない……衛兵に見つかって声を掛けられた時は、心臓が止まるかと……」


 人間誰しも得意不得意はある。私が歴史の話が苦手なように、エステルはこういう悪戯をしたりその言い訳をしたりするのが苦手なのだと思う。顔が真っ赤ですよ……ごめんね。私はこういうのは全然平気なのだ。

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