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フルサイム「……誰だそりゃ?」ベルズ「いやあ……人違いだなありゃ」

またしても襲ってきたマカリオ。そこに立ち向かおうとしたのはエステル。

騎士同士であったエステルの父はマカリオの友人だったらしい。前回もそうだったけど先輩筋に当たるマカリオに剣を向けるのは、エステルにとっては大変な事なんだよ。


朝なら会って時間を貰えるかもと思いやってきて、思いもかけず道端で出会ったと思えば膝枕二時間。その後マカリオの狼藉に巻き込まれ、覚悟を決めて立ち向かえば今度は肩透かし……エステルもちょっと可哀想。

 マカリオの姿がゆらりと揺らめく。黒いプールポワン姿の見た目は立派なその男は、声も上げず、目を見開いたままうつ伏せに倒れた。


 私は先にアイコンタクトが取れていたから驚かなかったが、エステルは気づいていなかったらしい。マカリオが倒れた瞬間、小さく飛び上がって驚いた。

 そして我らがヒーローは……エステルに向かい両手を合わせて腰を屈め、ヘコヘコと頭を下げていた。


「決闘の邪魔をして申し訳ない、だけど私もマリー船長に仕える身でして、こういう仕事もしないといけないんです、どうかお許しを」


 私は帽子の鍔を下げる。


「すまないマカリオ……だけど本物の戦場に浪漫は無いんだ」

「マ……フレデリク! これは一体何だ!」

「ごめんエステルこれは」「待ってくれ、すまない今のは無しだ、そちらの紳士も頭を上げて欲しい、助けてくれてありがとう」


 エステルも一瞬怒りそうだったが、急に気が変わったらしく不精ひげに頭を下げ返す。

 私は再びレイヴン人コンビの方を見る。奴らは別に戦いたかった訳ではないよね。


「君達もこの騒ぎを大きくしてお尋ね者になりたい訳ではないだろ? 道を空けてくれ。主人が目を覚ましたら、よく道理を言って聞かせる事だ」


 レイヴン人コンビ……フルサイムとベルズは、むしろホッとしたというような顔をして、道の端に避ける。それじゃあ通らせていただきますか。

 私は一応二人から少し距離を取ったまま、その場を通り抜ける。エステルと不精ひげもついて来る。


 その時。のっぽの方が。小さく……多分、不精ひげを指差して……つぶやいた。



「あんたもしかして……ジャック・リグレー……?」



 私は思わず振り向いてしまった。


 頬かむりをしていた不精ひげは、細い目を最大限見開き、口を尖らせ、鼻の穴を広げて……ゆっくりと、のっぽ……ベルズの方を向く。



「どちら様でしょう? 人違いでは」



 声色まで変えて不精ひげは答えた。

 ええ……あんた絶対、ジャック・リグレーじゃん……



   ◇◇◇



 私はアイマスク一つしただけで、今しがた会ったばかりの人にまで他人扱いされてしまうのに。何故この男は頬かむりをして卑屈な態度を取っていても、古い顔見知りか何かに見つかってしまったのだろう。まあ向こうは人違いだと思ってくれたらしいが。


 勿論私はジャック・リグレーが誰なのか知らないし、今それを聞いても何とも思わないのだけど。

 大人が隠していた事を知ってしまうというのは、気まずいものである。



 エステルはフォルコン号が係留されている河岸までついて来たが、ボートには乗ろうとしなかった。折角来たのだし寄って欲しかったけど、私も船酔いの苦しさは良く知っているので無理強いは出来ない。


「マカリオの事も含めて、本当に色々とありがとう。舞踏会でまた会えるよね? 私は仮眠が取れてから行くと思う」

「解った。エドムンド卿と娘達は今日は夕方から向かうらしい。その時には私は娘達の護衛をしなくてはならない」

「あの……やっぱり少し船に寄って行かない?」

「現時点ではやめておく。気にするなマリー・パスファインダー。早く行け」



 船に戻るボートは不精ひげが漕いでくれた。


「エステルも言ってたけど……助かったわ、ありがとう、()()()()。ごめんね、休暇中なのに」

「まあ、このくらいは」


 相変わらず表情の読めない不精ひげ。そんな態度を取られるとかえって気になるな……いやいや。気にしないぞ私は! 気に……


「ねえ。リトルマリー号からの仲間は、貴方の事ニックって呼ぶじゃない?」


 私はいきなりそう切り出す。不精ひげの肩がピクリと震える。


「私いまだに貴方から自分はニックだって言われた事ないんですけど」

「いや……アレクやウラドだって、自分はアレクですとか私はウラドだとか言った事は無いんじゃないのか、あまり」

「自分の名前くらい普通は言うでしょ。私はいつも言ってるわよ、マリー・パスファインダーですわよ! とか」

「それは船長が普通じゃないんじゃないか……」


 ボートがフォルコン号の舷側に繋がれる。船酔い知らずのキャプテンマリーの服を着ている私は、縄梯子を垂直に駆け上って舷門を飛び越える。


「おかえり姉ちゃん。あれ? 不精ひげの兄貴も一緒だったの?」

「今し方そこで会ったのよ。その事なんだけど」



 私はカイヴァーンとウラド、そして不精ひげに、マカリオの事について説明する。

 マカリオがゲスピノッサに投資してた事、その為フォルコン号関係者による当局への通報を恐れている事、そしてサフィーラでもフォルコン号は狙われていたという事、そして先程襲撃されかけた事。


「そういう訳で……トリスタンもマカリオも、何を考えているか解らない奴だから、よく警戒して欲しくて、その……」

「俺の休暇も終わりかな……」不精ひげ。

「ほんとごめん、休暇は中止で……ロイ爺とアレクにも帰って来たら伝えておいて」

「伝えておいてって、姉ちゃんこの状況で出掛けるのか」カイヴァーン。

「今さっきエステルとも約束したし、今日の夕方の舞踏会には行きたいのよ」



 私の勝手な想像が正しければ、日が落ちてお化けが動ける時間が来たら、トリスタンは動き出す……そしてディアマンテのどこかに現れて悪事を働く。


 だけどこんな話、今の時点では衛兵さん達に話したって信じて貰えない。私がトリスタンを何とかしようと思ったら、現場に居合わせないといけない。


 フォルコン号も守りたいけど、グラナダ侯爵も守りたい。それから、私がフレデリクを名乗ったせいで困っているらしいストークも……


 それからエステル。私の貴重な同性同世代の友達で、フォルコン号の会食室の八番目の椅子に座って欲しい最有力候補だ……ぶち君には私の膝にでも移動していただいて。

 この混乱が片付いたらきっとエステルをフォルコン号に乗せて、どこかに手柄を立てに行こう……ああ、でも手柄を立てて騎士になれたら、エステルは船から降りるのか……それは仕方ないか。今からそこまで心配するのもおかしいし。



 アイリさんとも話したかったけど、今は船牢で眠っているらしい。お姉さんも私同様、日が昇るまで不安で眠れなかったんだとか。


 私も艦長室で眠ろうかと思い、寝間着代わりの父のシャツに着替え、寝る前に水を一口飲もうと甲板に出ると、ふと。操舵輪のあたりで物陰に隠れて河岸を見ているウラドが目についた。


「何かあったの? ウラド」


 私は河岸から見えないよう物陰に隠れながらウラドに近づく。マカリオなの? まさかトリスタン? 何か来てるの!?


「あの女騎士殿が、ずっとこの船を見ているのだが」


 ウラドは望遠鏡を渡して来る……私の母が父に贈った痛い方のやつだ。

 私はフォルコン号の索具や物陰に隠れつつ、ウラドが指差した方角を望遠鏡で覗き込む。


 エステルはそこに居た。フォルコン号を臨める見晴らしのいい街角に立ち、腕組みをして周囲を見渡している。


「船長。私は以前、彼女に出過ぎた口をきいてしまった。その事で彼女がこの船を訪れ辛くなっているのだろうか。もしそうならば、私は彼女に謝罪を」

「いや、それはウラドは全然悪くないし、済んだ事だから……あの子、エステルは船が苦手なだけなんですよ」


 私は物陰から姿を現す。エステルなら隠れる必要無いじゃない、びっくりした。ウラドは紳士なのはいいけれど、時々物事を深く考え過ぎるのよね。


「気にしないで、普段通りにしてて。ふわぁぁ……やっぱりまだ眠いや」


 水を飲んで艦長室に戻った私は、ベッドに潜り込む。リトルマリー号から持って来た父の服も、もう何度か洗濯しているので父の臭いは薄れている。

 それでもこれを着た時は、安心してぐっすり眠れるようだ。

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