マリー「……(私関係ないみたいだし、帰ってもいいですか)」
マリーの時に遭っても知らん顔のマカリオ。
だけどフレデリクの時に遭ってしまってはいけない。
いやでも、もうこの人に用はありませんよ。むしろ最初からこっちは用は無かったんだけど。
「今日こそはきちんとした、決闘を受けて貰う」
まだそれを言うんですか……まあおあつらえ向きにここは水路沿い、荷舟の姿もちらほら、何とかなるかしら。
「マカリオ殿。貴方が父の友人であった事には感謝する。だが貴方は既に二度、決闘を申し込みながら部下に介入させ、騎士としての面目を失っている。貴方にはフレデリクに決闘を申し込む資格は既に無い! これ以上フレデリクに理不尽な剣を向けるというのなら、私が貴方に決闘を申し込む!」
えっ……? エステルが私の前に出た……ちょっと待って!
「待てエステル、君はだけど」
「下がれフレデリク、これは既に私の戦いだ!」
マカリオは……すぐには剣を抜かず、目を閉じる。
「小娘よ、お前の言う事も一理ある。だが私が部下の介入を許したのが落ち度なら、フレデリクが私の命を奪わなかったのも落ち度なのだ。フレデリク。この状況を見よ。君が煮え切らぬ態度を見せるから、クラウディオの娘は私の剣に斬り伏せられようとしているのだ」
この人が何を言っているのか解らない……とにかくこんなのは駄目だよ!
「エステル、これは元々僕の相手だ、君が下がってくれ」
私はエステルの前に出ようとするが、エステルが剣を抜き私を牽制する方が先になってしまった。
「何度でも言う。マカリオ! 決闘を申し込む資格の無い貴方の為に、私が決闘を申し込んでやっているのだ! そのごろつき共を下がらせて、私と尋常に勝負しろ!」
エステルは本気だ……こんなの止めなきゃ……だけど今のエステルを言葉で止められる気がしないし、かと言って組みついて止める訳にも行かない。その間に相手が何をするか解らない。
マカリオはまだ剣を抜かない……やはりこの男は強いのだと思う。経験豊富で狡猾なのだ。
「マカリオ殿。貴方との諍いは済んだ事のはずだ。そして今日は宮廷舞踏会、陛下も踊られる特別な日でもある。コルジアに忠誠を誓う貴方が、このような儀に及ぶ理由はない」
私は一応、理を説いてみる。
「うむ。私は正に陛下が御出ましになる日に街で狼藉を働く者が居ないよう、警備をする為にディアマンテにやって来た。面白いだろう? その私が君を目にした途端、情熱を滾らせて剣を揮うのだ」
「意味が解らない。単に暴れたいだけなのか?」
「そうでもない。ここに居る私の従者……フルサイムは昨夜、君がフォルコン号という船から降りて来るのを見たと言う。それを聞いて私は、君とはよくよく縁があるものだと確信した……君はゲスピノッサの逮捕にも関わったのかね?」
マカリオはわざと話を長引かせているのだろうか。エステルの血気が醒めるまで。もしそうならば、私も協力した方がいいのだろうか。
「ゲスピノッサを逮捕したのはアイビスの海兵隊だ。フォルコン号は海上輸送に協力しただけだ。そしてその件には僕は関わっていない」
「海上輸送に協力しただけ? 何故君は嘘をつく? つい先日、ゲスピノッサ一味はサフィーラへ護送される最中に囚人運搬船を乗っ取ったそうじゃないか。そして商船に偽装して逃亡しようとしていた一味を逆襲し、制圧し返したのはフォルコン号だと聞いた。君はサフィーラからここまでどうやって来た。フォルコン号に乗っていたのだろう?」
エステルが目を見開いて振り返る。違います! 運搬船を制圧したのはロットワイラー号だよ! だけどあんまり詳細な事を今言いたくない……
「ゲスピノッサは貧しい男だったが、奴隷貿易を運営する手腕に長けていた。私は奴の才能を認め、軽い気持ちで数口の投資に応じた……だが配当金は三年で元本を越え、七年で十倍に達してしまった。正直に言って私は困った。ここまでの稼ぎになってしまうと、他人は嫉妬をするものだ……私自身は自業自得だが、兄に累が及んだらどうなる? アンドリニア復興派の若手リーダー、エドムンド・バルレラの弟が、奴隷貿易で濡れ手に粟の巨利を得ていたと言われたら? そして金を受け取っていた以上、私にもゲスピノッサを庇護する責任がある」
もう訳わからん。何でこの人は進んで自分の悪事を明かしているのか。
「ゲスピノッサは沿岸から5km離れた洋上で自ら泰西洋に飛び込み、行方不明だと聞く。僕はたまたまそういう話を知っているが、それだけだ。僕はゲスピノッサを知らないし向こうも僕を知るもんか」
「ゲスピノッサが逃げた? それは初耳だ。本当かね?」
あれ……これ言っちゃいけなかったのかな……
「さあね。僕はそう聞いた。だがゲスピノッサの元部下達はアイビス海軍のロットワイラー号に捕らえられ、改めてサフィーラの司直に突き出された。とにかく、この件で僕が貴方に絡まれる筋合いは無い」
「フレデリク。私は手段の為なら目的を選ばない質でね。ロワンの時もそうだ。私の本心は手段としてロワンを始末する事にあり、目的であるフォルコン号は割とどうでも良かった」
ええ……目的の為なら手段を選ばない悪党というのは聞いた事があるけど……手段の為なら目的を選ばないって、どういう事……
「どういう事だ! じゃあボボネをけしかけたのは……」
「私はロワンを使いフォルコン号に自爆攻撃を仕掛けろと言ったのに、ボボネがフォルコン号の船長を始末するもっといいアイデアがあると言い張ったのだ。結局失敗したようだが」
「迷惑極まりない話だ」
「うむ……私が君であったなら、私もそう思っていただろう」
何なのこの人……
その次の瞬間……エステルが口を開く。
「話しても無駄だ。この男はもう負けず嫌いの意地だけで君に挑もうとしている。今度も手下共を使い、何としても君の命を奪おうとしているのだ。そうする事で自分が二度も敗北した事を帳消しにしたい。そうだろう……マカリオ! 私はこの命に代えてもマ……フレデリクを守る! 聞け、そこの手下共! フレデリクは優し過ぎるから従卒を斬らないが、私は違う。貴様等がマカリオの命令通りフレデリクを襲うと言うのなら、私は躊躇わず貴様達の命を奪う! 例えその為に私自身がマカリオに斬り殺されてでもだ!」
「フ……フフフ……ハハハ……小娘よ、すっかりフレデリクに夢中のようだな」
「何とでも言え! どう馬鹿にされようと私の気持ちは揺るがない!」
「馬鹿になどしていない! アンドリニアの、いや、コルジアの人間はかくあるべきだ。小娘、お前は一つ誤解している。私は負けず嫌いの意地などでここに立っている訳ではない。私は純粋にその美少年が欲しいのだ。打ち負かし、ねじ伏せて自分の物にしたい。彼我の違いはあるが、お前と私は同じ事を考えているのだ」
もう何も解らない。私が一人で逃げたらエステルも退いてくれるだろうか。
「なっ……ならばなおの事、その部下共は遠ざけろ! そして正々堂々と私と戦え!」
「お前は騎士見習いだったな、クラウディオの娘。良いか。本物の戦場に浪漫など無い。騙しあいに謗りあい、人質に流言に罠、どんな手でも使い、騎士も兵士も無く、ただ人と人とが憎み合い、あらゆる手段を使って相手を殺す、それが戦場だ」
「もう何でもいい! 私と勝負しろマカリオ! 剣を抜け! 早く!」
「まだ解らぬのか。ここは戦場だ、相手が剣を抜かなくても必要なら突いて殺すのが兵なのだ。さあ。貴様も兵なら私の心臓をその剣で貫いてみよ」
「私はただの兵ではない! 私は騎士だ! 無手の者は斬れない! 貴様こそ私を斬るなど容易いはず、何故剣を抜かない! さっさと抜け!」
「フルサイム。ベルズ。何をしている、さっさとこの小娘を始末しろ」
「貴様! 決闘を何だと思っている!」
「フハハハ、許せないと言うなら何故その剣で私を突かぬ、私は貴様の目の前に居るぞ、さあ突け、私が卑怯だというなら突いてみせよ!」
マカリオの背後に居る二人のレイヴン人……背が低い方がフルサイム、のっぽの方がベルズか。典型的な小悪党という風情の二人も、困惑の表情を浮かべている。
とにかく、この場に決着をつけなきゃ……やってくれるんでしょうね?
「解った。僕はそっちの二人の相手をさせて貰うよ」
私はそう言って、剣を抜いた。レイヴン人二人は短剣しか帯びていなかったが、本気になれば私一人始末する事など容易いんだろうなあ。
「フレデリク。君の相手は私だ」
「フレデリク! いいから君は下がっていろ!」
マカリオとエステル、二人のレイヴン人、皆の視線が私に集まった瞬間、路地裏から忍び出て来たのは、手拭いで頬かむりをしている不精ひげだった。
そして誰かが何が起きているのかに気づく前に。不精ひげは両手で掲げた大きな薪で、マカリオの後頭部を強かに叩いた。