レンナルト「むう……なかなか思い通りには行かないな」イェルド「だがこれも大事な任務だ。さあ、次へ行くぞ」
間が空いてしまいまして申し訳ありません。
今回は三人称でお送り致します。
今日はコルジア王は御出座にはならない。それは事前に周知されていた。
それでもディアマンテの城の大ホールは、ダンスを愛する者や噂話が好きな者、出会いを求める者にただ退屈な者、様々な、だが一様に上流階級に属する人々で一杯だった。
舞踏会の進行は場所や時期によって様々であったが、ディアマンテでは身分の高い者から踊るのが仕来りだった。ただし前夜祭のような場においてはその限りではない。
今日の夕方の舞踏会で最初にホール中央の舞台に送り出されたのは、中庭会場から選び出された四組の踊り手だった。これは舞踏会に色を添える為に容姿、品格、舞踏の優れた者から選ばれた者達だ。
そして進行役が一人一人の踊り手の名前を読み上げる……その中に。
「エステル・エンリケタ・グラシアン、そしてマリー・パスファインダー」
二人の少女の名前もあった。少女達はどちらも小柄で、片方は紅白のドレス姿だが片方は赤と黒のジュストコールを着ている。
「女の子のペアじゃないか。片方は男装だけど」
「どこの御令嬢だろう」
メヌエットの演奏は始まり、四組のペアは踊り出す。
そんな会場の片隅。吹き抜けとなった大ホールの二階バルコニー廊下で、二人の男がこの場に似つかわしくない密談をしていた。
「グラナダ侯爵が何故今さら……一体誰の手引きなのだ」
「いずれにせよ、無視出来ない話だ。今、味方を集めている」
「その侯爵はどこに居る! 会場に来ているのは間違いないのに、どこを探しても見つからない」
「仕方が無い。この人混みだし我らの味方はまだ少ない……明日になればもっと大勢で探せるようになると思うが……とにかく、今出来る事をやろう」
暫くして、二人の男がその場を立ち去ると、近くの扉の一つがそっと開き、いたずらっぽい笑みを浮かべた老紳士、グラナダ侯爵が現れた。
「ふ、ふ、やはり私を歓迎しない勢力も居るようだ。それが解っているから私は長年こういう場所を避けていたが。なかなか楽しいものだな、大人のかくれんぼという物も」
その後ろから、従者として付き従うロヴネルも現れる。
「我々も急がなくて宜しいのでしょうか」
「まあ、彼等のように焦る必要はないだろう。だけど、私もしくじったね、慌てて出て来たものだから女性の連れが居ない。宮廷舞踏会に女性も連れずに現れるというのは格好が悪いな、今の彼等を見ていたらそう思ったよ」
侯爵は振り返る。ロヴネルの後ろにはさらにイェルドとレンナルトが控えており、男ばかり四人という組み合わせで宮廷舞踏会の会場を歩き回るのは、悪い意味で目立ってしまう。
「幸い、君達は見た目も良い堂々とした若者なのだ。どうだね? ちょっと下へ行って、女の子でも誘って来てはくれないか」
「閣下、そればかりは……」
ロヴネルは控え目な抵抗を試みるが、後ろの二人が胸を張り、敬礼する方が先になってしまった。
「心得ました!」「御命令とあらば!」
「武運を祈るよ」
侯爵が敬礼で応えると、イェルドとレンナルトは早足で立ち去って行く……女性に声を掛ける為に。
ロヴネルはその背中を見送りながら暫し眉間を押さえていたが。
「確かに、四人よりは二人の方が目立ちません」
「そうだな、ふふふ……いやいや、私は彼等にも期待しているとも」
侯爵とロヴネルが一階に降りて来る頃には、最初の四組の為の演奏が終わっていた。そのうちの一組、少女二人のペアの周りには、軽く人垣が出来ている。
「あれはエステル殿。だいぶ人気のようだね」
「パートナーはパスファインダー船長ですね。閣下には御紹介がまだでしたが、フォルコン号の船長でフレデリク卿の知人です」
「それはそれは。私も是非挨拶させていただきたいね」
「モンテナ勲爵士マリオと申します、お嬢さん、次は私と踊っていただけませんか?」
「ベルタビオ家長男ビルロ。貴女とご一緒させていただきたい」
「すまないが彼女は私の連れだ! 失敬!」
マリーの手を取ったエステルは、ダンスの後で集まって来た青年達を押し退けながら進む。
「あの……エステル、そんなに無碍に断ってしまうのは失礼では……」
「君は平民の娘だと侮られているんだ、恐らく田舎者というのもばれている。君を軽く見て声を掛けてくるような奴と付き合う必要は無いだろう!」
「失礼、私はエドワール・エタン・グラナダと申しますが」
そんなエステルは一瞬、声を掛けて来たグラナダ侯爵まで押しのけようとして、危うく手を止めて顔を赤らめる。
「これは侯爵! マリー……こちらがグラナダ侯爵だ……フレデリク卿からお伺いしているだろうか」
「マリー・パスファインダーと申します。御会いできて光栄ですわ、侯爵様」
マリーはオーバースカートを軽く摘んで恭しく礼をする。エステルは少し顔を背け内心、白々しい、と毒づく。
「フレデリク卿が負傷されたと伺ったが……彼は大丈夫だろうか」
「ええ、ダンスが出来る程度には元気だと言っておりましたわ」
「なるほど、それならば心配無用だ。ははは……ところで、私は見ての通り今日は独り身でね、宜しければ貴女達をエスコートさせてはいただけないだろうか」
「まあ、素敵ですわ。宜しいですわよね? エステル」
「あの……私は本来はバルレラ男爵の令嬢の護衛に来ているので……」
エステルがそう言った途端、近くで見ていた二人の男爵令嬢は、いそいそと駆け寄って来た。
「それなら私達も御一緒させていただけば良いのですわ!」
「エドムンド・バルレラの娘、シルビアと申しますわ! こっちは妹のアリシア!」
そう言うが早いか、男爵令嬢達はたちまちロヴネルの腕を左右から取る。
「これは……恐縮です」
「ハッハッハ……たちまち両手に花だな、ロヴネル提督」
「まあ! 提督さんですの!? そんなお年にはとても見えませんわ!」
「海の男ですのね! 素敵ですわ、どんな船に乗られてますの?」
「閣下……海軍の話は」
「いけない、そうだった。ハッハッハ、お嬢さん方、ロヴネル君が提督なのはここでは秘密なのだった。どうかお手柔らかに御願いするよ」
そんな侯爵一行を、ホールの柱の影から見つめる美女が居た。名義上今でも白銀魔法商会の商会長、そしてアイビス商船フォルコン号の航海魔術師でもある、アイリ・フェヌグリーク、二十八歳である。
「マリーちゃん……私は貴女を盛大に侮っていたわ……何よ、食いしん坊のフリなんかして、本当はやる気満々だったんじゃない。本会場にまで乗り込んで脚光を浴びちゃって、言い寄る男を片っ端から袖にして……はぁ……」
今からでも隙を見てマリーに合流しよう、そしておこぼれに預かろう、そう企んでいたアイリだったが。たった今、アイリはマリーに近づけなくなってしまった。
「それで何でグラナダ侯爵にエスコートされているのよ……わざとやってるのかしらあの子……」
本会場に入る為の招待状を持たないアイリは、不法侵入を果たしてここに居る。誰か正規の招待客を捕まえて、その連れという事にして貰えれば、堂々とダンスに加わり、人々を魅了する事も出来るのだが。アイリはそう考えていた。
華やかな宮廷舞踏会の会場にもそこかしこに近衛兵が居て、城内に招かれざる客が混じっていないか、目を光らせている。
そんな近衛兵の一人が自分を見ている事に気づき、アイリはさりげないふりを装い、ゆっくりとその場を離れ、廊下の方に行く。
「……あら?」
ホールを囲む廊下の向こうには小さな庭園があり、会場の人混みに疲れた人々が休んでいる。庭園の向こうにはまた廊下があり、そちらには人通りは殆ど無いのだが……アイリはそこを、よく知っている人が通るのを見つけた。
「うそ……先生?」
それはかつて白金魔法商会でアイリを取り立ててはくれたが、さんざん借財をした上で全てをアイリに押し付けて逃げた男。そして、宗教的過激派の私刑団を使い、アイリとその元恋人を葬ろうとした男。
城の廊下の窓は小さく、その男はその一瞬しか見えなかった。
「見間違いよねぇ……先生が宮廷舞踏会に来る訳が無いわ」
けれどもあの顔は確かにそう見えたし、舞踏会が行われている城に、あのような陰気な灰色のローブを着た人間が来るものだろうか。
アイリは一瞬、いっそその男、トリスタン師がこの宮廷舞踏会でのアイリの身元を保証してはくれないかと思ったが、さすがにその考えはすぐに捨てた。
大ホールでは次の曲の演奏が始まっていた。前夜祭ならではの自由な雰囲気の中、多くの踊り手がそこかしこで接触しそうになりながらも、ペアになって踊り出す。
祖父と孫ほどの歳の差の離れたグラナダ侯爵とマリーもその列に加わり、音楽に乗ってステップを踏む。