新聞売り「待って、待って、引っ張らないで! なんか急に売れ出したね、どうしたのこれ」
男の子っぽい格好をして、男の子っぽい声で喋る女の子。
自分のしてる事が人から見るとどう見えるか?
それはこんな風に、同じ事をして見せつけられるとよく解る。
マリーはそう思った。
さて。まず私は人違いをしていないと思う。この人は顔も着てる物もホドリゴさんだし、向こうも私がマリーだと解ったようだ。
ホドリゴさんはコルジアの人だけど南大陸の北西岸で海賊業を営んでいた。そしてパスファインダー商会に正式に討伐され、船を没収された。
その後ホドリゴさんを含む捕まった海賊の皆さんはどうなったか? 懲役中である。皆さんパスファインダー商会で強制労働をしている事になっている。
とりあえず私は衛兵さんに言ってみる。
「衛兵さん、この組み敷かれてる人は私の会社で懲役中の人です、奴隷商人の仲間では無いと思うんです、彼にはどんな容疑がかかってるんですか?」
「会社……この女の子何者だ?」「懲役中って……」野次馬がざわつく。
「困ったな。こっちの女の子は大の男を組み敷いて奴隷商人だと言い、こっちの女の子はこの男はうちの会社で懲役中と言う。みんな、どう思う?」
衛兵さんが回りに聞こえるようにそう言った。小さな笑いが起こる。
「で、こっちの女の子は自分は騎士だと言う。それで、君は一体誰なんだい?お嬢ちゃん」
「ええ……アイビス人で、商船の船長をしているマリー・パスファインダーと申します……」
嫌な予感はしたけれど……私は素直に、普通に自己紹介をした。
すると案の定周りで笑いが起こる。
「こっちの女の子は船長だって」「騎士と船長か」「ハハハ、いいな」
「本当よ!この子は船長なんだから! フォルコン号の船長にして、パスファインダー商会の商会長でもあるのよ!」
アイリさんが不機嫌そうに腕組みをして、皆に聞こえるようにそう言った。
「あの、アイリさんそういうのあまり大きな声では……」
「いいじゃない、言ってやりなさいよ! 貴女が今までに仕留めた海賊船の数を教えてやりなさい!」
アイリさんが私に向かって、行けという風に指を振ると、周りから、大きな笑いがどっと起こる。
「凄いな、海賊を仕留めたってさ!」
「海の勇士、マリー・パスファインダーって訳か!」「わははは」「あははは」
「本当なんだから!」
アイリさんが怒ると、ますます笑う皆さん……もう帰りたい。
私はホドリゴさんを押さえつけてる女の子を見る……その女の子は、ものすごい真顔で私の顔をじっと見ていた。
「もう一度言いますがこの人、ホドリゴさんはパスファインダー商会で懲役中の船乗りです。彼に何か別の容疑がかかっているというのなら、私が責任を持って伺いますし、必要なら然るべき場所に出頭させます。今はその剣を収めてはいただけませんか」
私は皆さんが聞き取りやすいように、はっきりとそう言った。
周辺の笑い声が収まる。
「……あの、グラシアンさん、パスファインダーさんもそうおっしゃってますから、まずはその剣を収めてはいただけませんか」
そう言ったのは、衛兵さんの一人だった。私の言う事を信じたというよりは、とにかくこの騒ぎを終わらせてしまいたいという様子である。
――ブカチャカ、ブガチャカ……
どこからか賑やかな、金管楽器と打楽器を組み合わせた、愉快だが哀愁を含んだような音楽が聞こえて来る。
「この男は南大陸北西、マシュド領沿岸で海賊行為をしていた事が解っている! 南大陸西岸では、長年、奴隷商人! ゲスピノッサが活動し、南大陸の人々を苦しめているのだ! この男も南大陸で活動していた海賊、ゲスピノッサと繋がりがあるに違いない!」
赤毛の女の子……グラシアンというのはこの子の事だろうか? 恐らくそうなのだろう……グラシアンさんが、私がしたように、聴衆にはっきりと聞こえるようにそう叫ぶ。
私はまず、何か言おうとしたアイリさんを後ろ手に制する。
「ゲスピノッサはこの町から出航した男、奴を野放しにしているのはコルジアの恥だ! 私はこの男を足掛かりに、きっとゲスピノッサを追い詰めてみせる!」
ホドリゴ船長は豪傑というには程遠く、良いとこ近所のインチキおじさんという佇まいの人だ。海賊やってたぐらいなのでいい人ではないが、さりとてゲスピノッサのような本物のワルにもなれない人だと思う。
「どうなんですか? ホドリゴさん。何か追及される心当たりはあるんですか?」
私は本人に聞いてみる。ホドリゴさんは探るような目つきで、私を見た。いいから。迷惑じゃないですか? みたいな顔しなくていいから。あんたもうちの社員だよ。全く。
「ははは……御存知の通り、かつて海賊だったのは事実。そこは一言も言い返せませんなあ。船乗りで飯を食うんだと、冒険航海をして大物になるんだと、勇んでディアマンテを飛び出して30年……それでどうなったか言えばこの通り、自分の娘程の年齢の娘さんに組み敷かれる有様……私は奴隷商人なんてタマではありません」
「悲しい物言いをしないで下さいよ……今は貴方も私の仲間なんですよ」
私は思わずそう言ってしまった。
すると……グラシアンさんが、俄かに激高する。
「悲しいのはゲスピノッサに奴隷にされた人々だ! マリー・パスファインダーとやら! 貴公も本当にこの男の仲間だというのか!? この……騎士見習い……エステル・エンリケタ・グラシアン!! 言い訳次第によっては、貴公にも容赦せぬ!!」
エステルっていうのね、この子……エステルちゃんはホドリゴに突き付けていた剣を私に向けた。すると……アイリさんが私とエステルちゃんの間に入る。止めようとしたけど間に合わなかった。
「奴隷商人のゲスピノッサなら半月前に、このマリー船長が退治したわ! シハーブ諸島のマリキータ島の東岸のアジトで、奴隷を買いに来た密輸商人諸共叩きのめして、ダルフィーンのコルジア駐留艦隊のリナレス提督に突き出したのよ!」
「やめて下さいアイリさん、そんな事言ったらまた笑われ……」
――パパラ パーラララー パラララパッパッパー
遠くから近づいて来ていた、騒がしい一団が騒ぎの脇を通りかかる。派手でおかしな服を着た人が三人。一人はいくつもの打楽器を束ねた物を肩から下げて叩き、一人は金管楽器を吹いている。もう一人は。
「新聞はいらんかねー! あの奴隷商人、ゲスピノッサがついに逮捕されたよ! たくさんの奴隷を助け出しゲスピノッサをぶちのめしたのは、海の勇士、マリー・パスファインダーだ! そいつは一体どんな人物だと思う? 髭に導火線でも編みこんだ怒りっぽい大男だと思うか? ところがどっこい! さあ詳しい記事はもちろんここだ! 最新のニュースだよ! 新聞ー、新聞はいらんかねー!」
――チンドン チンドン
哀愁漂う金管楽器の音は、いつまでも聞いていたくなるような魅力がある。さすが大都会は違いますねぇ、いろんな仕事があるんだな。ヴィタリスにとは言わないけど、レッドポーチにもあのくらい居たらいいのに。
何人かの野次馬が、いや何十人かの野次馬が、騒がしい新聞売りを追い掛けて行く……いくらくらいするんですかね、あれ。
ああ。エステルちゃんが……剣を収めてくれましたよ。
「フォルコン号はサフィーラ港に停泊中です、ホドリゴ船長の船も居ます。今日は出航しませんから何かあれば水運組合に来て下さい、すぐに連絡がつくように手配しておきますので」
私はホドリゴ船長を助け起こす。エステルちゃんは目を見開いて私を見ている……
ほら! 急いでホドリゴ!
「それでは皆様、ごきげんよう」
「ああ、そっちの女の子、ちょっと待って!」
新聞売りを追い掛けていた野次馬の兄ちゃんの一人が、振り返って叫ぶ。
「撤退ー!!」
これ以上騒ぎになる前に。私は振り向いて走る。
「親分ッ! 誠に申し訳ありません!」「今ちょっと気持ちよかったわね!」
ホドリゴ船長も、アイリも、走ってついて来る。