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ジョゼフィーヌ夫人「あの色使いは有り得ない? そうですわね、笑いものの道化師ならあれで宜しいんじゃなくて? ほほほ」

オドランさんは踊らん……プププ(渾身の伏線回収)

 私は圧倒されていた。


 それは外から見ると石煉瓦作りの頑丈で質実剛健な建物に見えた。戦争に備えた実用的な城なのだろうと。


 しかし中に入るとどうだ。一体どれだけの芸術家を呼んでこれを作らせたのか?

 壁は色とりどりの花や実、若葉や蔓、鳥や蝶を描いたクロスに覆われ、天井にはたくさんの天使が描かれている。柱や梁も、意匠を凝らしていないものなどない。


 そして広い。三階まで吹き抜けになったこのホールには、見目麗しく着飾った人々が数百人……ひょっとしたら千人居るのではないか。


 そしてこの、人々だ……ああ、これが上流階級というものですか。

 荘厳に着飾ったおじさま達、華麗に着飾ったおばさま達……私はお姫マリーは派手過ぎると思ってたし、今日のアイリさんは気合入れ過ぎと思ってたけど……全然普通ですよ。

 むしろお姫マリーなんて飾り気が少なく動きやすい服に見えるし、アイリさんがこの場に居ても、控え目な淑女に見えるんじゃないかしら。


 私が何故こんな所に入れて貰えたのか。それは中庭会場に居た審査員の力らしい。彼等は中庭で踊るペアの中から、これはと思った者を、城の中の本会場を盛り上げる為の招待客として選出するのだと。


「すごい……エステルのおかげですわ、こんな所に入れるなんて信じられない」

「君が居たからだろう、マリー・パスファインダー。私だって夢のようだ……騎士見習いの身で宮廷舞踏会の本会場に入れるとは」


 私達がそんな事を話しながら、大勢の貴賓に混じりホールの片隅で佇んでいると。


「皆さんはとっても幸運! ロワンが幸運な皆さまに挨拶します! 御機嫌よう皆さま!」


 なんと。貴賓の群衆の中から、ホール中央の舞台に飛び出して来たのは、あのロワンだった。


「紳士のロワンは、皆さまに会えて大変光栄です! でも皆さんの方がずっと光栄です! 何せこのサフィーラ第一の紳士、ロワンに出会えたのだから!」


 ロワンは帽子を取り、皆の称賛を待つようにその不揃いな腕を広げる。周囲からは失笑が漏れる……これは勿論、ロワンの道化師としての掴みの技だ。


「おやおや? ロワンを称える皆さんの声が聞こえないのは気のせいか!? よろしい、ではロワンがとっておきの、熟練のお手玉の芸を! 皆様に御披露いたしましょう! これ、滅多にお見せしませんよ!」


 ロワンは注目を集めるべく腕を振り回す。大丈夫かな……私も何だかそわそわする。ロワンの芸が上手く行きますように……


「お手玉はいつも、ロワンのポケットに入っているよ。ここだよ、ここ……あれ……お手玉……お手玉どこ……あいつらまたかくれんぼをしてるな!」


 ロワンはポケットを探りながら回り出す……そんなロワンのズボンの尻ポケットから、お手玉の入った網袋が見えている……そんなロワンを見て、周囲から小さな失笑が起こる。


 ロワンは帽子を取りその中をあらためるが、お手玉が無いと知るとそれを放り投げる。それから胸ポケットを探り何か取り出すが、それは懐中時計だった。


「帽子でも時計でもないよ! お手玉だよ!」


 ロワンは落ちて来た帽子を地面に着く前に拾い上げる。それから、ズボンの尻ポケットに手を伸ばすが、それはお手玉が入っているポケットと逆の方だ。ロワンはそのままくるりと周り、何かを取り出す……今度は財布だ。


「財布でもないんだ! ロワンが探しているのはこうするやつ!」


 ロワンはそう叫び、財布を、時計を、帽子を順に投げる……しかしそれらはお手玉の道具にするには難し過ぎるように見えた。案の定、帽子は予期せぬ方へと流れ、ロワンはそれを追ってよろける……そして帽子はぎりぎり、ロワンの手に捕まった。


 だがロワンはその不安定なお手玉をやめなかった。財布を、時計を、帽子を放り投げながら……どんどん舞台の中央から離れて行く。

 その行く手では一人の紳士がパイプを取り出し、口にくわえようとしていた。


「危ない!」


 誰かが叫ぶが、お手玉に夢中のロワンも、ロワンに背を向けていた紳士もそれに気づかず、二人は背中からぶつかり、紳士はパイプを落としてしまう……が、ロワンはそれも、地面に落ちる前に捕まえた。


「待て、それは私のパイプだ!」


 紳士は抗議するが、やはりロワンは気づかない。財布、時計、帽子、パイプでお手玉しながら、またもあらぬ方へ走って行く。今度はその行く手に、空になったグラスを二つ、お盆に乗せて下げようとしていた給仕が居た。


「危ない、こっちに来るな!」


 給仕は叫ぶがロワンは止まらずまたしても接触、高価なフェザント産のグラスが二つ、地面に……落ちない! ロワンがまた捕った! そしてまた投げる!


「誰か! その男を捕まえろ!」


 お盆は給仕さんが捕った! そして叫ぶ近衛兵! 周りの紳士淑女の中には、こらえきれず指まで差してゲラゲラ笑っている人も居る。


 近衛兵達が集まる中、ロワンは奇跡的にその間をかいくぐりながら、一つも落とす事なくお手玉を続ける。その行く手には、今度は羽扇を手にした淑女が……!

 またぶつかるのか? 皆がそう思った瞬間、ロワンはぴたりと止まり、片手で二つのグラスを、残りを帽子の中へと綺麗に捕まえた。


「これはお嬢さん、御機嫌よう」


 そうしてロワンがお尻を突き出すように頭を下げた瞬間、その尻ポケットからお手玉袋がポトリと落ちた。ロワンはそれに気づく。


「あった! お手玉があったよ! それでは皆様! 今からロワンがお手玉ショーをお見せいたします! あっ、ちょっと待って! 何をするの!?」


 快哉を叫ぶのも束の間。ロワンは集まった近衛兵達に四肢を抱え上げられ、ホールから連れ出されて行く。


「ここからが面白いのにー!!」



 周囲の反応は様々だった。口元を隠し知らぬふりをしているが肩が揺れている淑女、涙が出る程大笑いしている紳士……眉をしかめる向きの人も居ないではないが、概ね好評だったようである。私としては仕込みの近衛兵さん達の熱演にも拍手を送りたい。


「あははは、はは……」


 エステルも涙が出る程笑ったようだ……いや、そういう事ではなさそうね。


「マリー・パスファインダー。君はあの男のこんな姿を想像する事が出来ていたのか? サフィーラで初めて見た時に」

「そんな訳ないですわ、私もエステルと同じ事を考えたと思いますのよ」

「頼むから普通に喋ってくれないかな……今、私が記憶を共有している相手は、フレデリクと名乗っていた時の君なんだが」

「この声の方がいいかな」

「いやその声はやめろ! 普通に喋れ! とにかく、私はロワンを最初は汚い奴としか思えなかったし、その次は気の毒な奴としか思わなかった。何故君があんなにロワンの事を気に掛けてやるのか、解らなかったんだ」

「ここにロワンが居るのは、あの日ボボネを通報して終わりにせず、ロワンを尾行したエステルのおかげですよ」


 私達はそう言って、互いに苦笑いを浮かべる。色々あったけど……良かったね、ロワン。私も笑うというよりは、少し泣いてしまった。



「たいした芸ではありませんわ。アイビスに行けばもっと優れた道化師がたくさん居りますもの」


 感傷に浸っている私の耳に、そんな声が聞こえて来た。まあ、誰もが納得する芸なんて無いのだろうけど、他国を引き合いに出すのは意地悪ではないだろうか。


 そちらを見ると。不思議な光沢のある黒地に、贅沢なレースをふんだんにあしらったドレスを着た……眼光鋭い、正直に言えばとても怖そうな顔をされた、初老の淑女が一人、ロワンが連れ去られて行った方を見つめていた。

 その人の周りには十数人の淑女が居て人垣を作っている。どういう人なのだろう。道化師の専門家には見えないが。


「そうですの? なかなかあれ程の芸は見られないかと」

「だけどジョゼフィーヌ夫人がおっしゃるなら、そうなのですわ」


 取り巻きの人々も口々に感想を語り合っているようだ。ジョゼフィーヌ夫人……何か、どこかで聞いた事があるような……どこで?

 あれは確か、ヴィタリスの隣町、バロワの縫製工場……正規のお針子の、一番の事情通のお姉様が言っていた、アイビスの王都で評判の、服飾の権威と言われる人の名前が、確かジョゼフィーヌ夫人……でもここはコルジアですよ。


「服の見栄えがいいから、芸も良く見えますのよ」


「まあ! ジョゼフィーヌ夫人が服飾を評価されましたわ!」

「ですが……あの道化師の服、まるで毒蜘蛛みたいな色でしたわ、左右で大きさも違いましたし」


「きちんとあの道化師の身体に合わせて作ったのでしょうね。服は人に見せるだけの物ではありませんわ、着る人の体を守り、温める物。あの服は奇抜で人目を集めるだけでなく、道化師の動きや着心地まで計算して作られた業物ですわね。どこのどなたの作品なのかしら」

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