シルビア「正直、外の方が素敵な人が多いんですの」アリシア「中は偉いおじさまとおばさまばかりですわ」
とうとうやって来てしまった宮廷舞踏会。
ここでのマリーは足手まといだと判断し、単独行動するアイリさん。
またしても見つかってしまうエステル。優雅な? 宮廷舞踏会の行方やいかに。
なんか別の小説書いてるみたいな気がして来ました……
エドムンド卿の令嬢達はそれは華やかな装いで、ダンスの列に加わっていた。ペアの相手もどこかの貴族の子弟か、裕福な商人の御曹司という風体だ。
あるんだ、こんな世界。こんな所に来られる日が来るなんて。ああっ、目から汗が……
「ああ、エステル、海老はもういいわ。どうぞ召し上がって」
「お姉様も踊られたら宜しくてよー」
シルビア嬢が、アリシア嬢が、ダンスを踊りながら……エステルにそう言った。
「何分並びましたの?」私。
「ほんの30分ぐらいだ……」
エステルは苦笑して肩を落とす。
私は満面の笑みを浮かべ、海老と自分を交互に指差す。
「結局こうなるのか」
私とエステルは傍らのベンチに並んで座り、薫りの良い大きな焼き海老をいただく。頭と殻なんて遠慮なく手で取るしかない。それから尻尾を持って豪快にガブリ……はさすがに自重して、添付の木のへらで程よくカットしていただく。
「焼きたてですのね! 口福ですわぁあ!」
「もう少し静かに食べてくれ……皆が振り返るから……」
二人で海老を平らげ、皿を返しに行こうとすると、近くに居た給仕さんがやって来て、それを持って行ってくれた。
「エドムンド卿はどちらに行かれましたの?」
「君の方が詳しいんじゃないのか? ダンスを愉しむ暇は無くなったと言って、いそいそと出掛けられた。宮廷舞踏会はたくさんの要人に一度に会う好機だろう」
エステルはそう言って、大きな建物の方を指差す。どうやらそちらがお城の大広間のようだ。
舞踏会は万民に開かれている……でもやはり有力貴族や王族には専用の会場があるのね。そこには私のような下々の者は入れないようだ。
私がぼんやりと、そちらを見ていると、不意に誰かが声を掛けて来る。
「お嬢さん、私と踊っていただけませんか」
見れば私より二つ三つ年上くらいの、栗毛色の髪の貴公子が微笑んでいる。誰だっけ? いや初対面だよね?
「彼女は私と踊る約束なのです。失敬」
私がきょとんとしていると今度はエステルがさっと私の手を引き、踊りの列の方へ引っ張って行く。
「今の人、初対面だと思うんですけど……」
「ぼんやりするな! 君は目立つから」
ちょうど前の曲が終わり、踊りは一息入れている所だった。見れば周りでも似たようなやり取りがされている。男性から女性へ、時には女性から男性へ、踊りのパートナーにと誘う声が。
きゃあああ!? そうだよこれ舞踏会じゃん!? さっきまで覚えてたのに美味しい海老なんて食べてたからまた忘れてたよ! じゃあさっきのあれ、普通に私パートナーに誘われてたんですか!?
これは絵本の中!? 私は今絵本の中に居るんですか!?
「凄いですよ、これは本当に舞踏会、それも宮廷舞踏会じゃないですか! 信じられない、私、今宮廷舞踏会の中に居ますよ!」
私の中からフレデリクでもお姫マリーでもない素のマリーが現れ、持ったままのエステルの手を揺さぶる。
「当たり前じゃないか、今更何を言ってるんだ……念の為聞くんだけど。踊れるんだろうな? 君は」
「えっと、ラゴンバの感謝の踊りなら、あとヴィタリス音頭とか」
「悪い冗談はやめてくれ……私がリードするから、君は私の足元だけ見ていればいい。下を見るんじゃなく、さりげなく見るんだ」
あれ? 私、エステルと踊るんですかね? いや文句は何も無いんですけど、ちょっとこの展開は想像出来なかったな。
私はこういうのやってみたいと思ってたけど、エステルは嫌がるかと思ったよ。
楽士達が弦楽器でゆったりとした曲を奏で出すと、エステルはもう一度私の手を取り、軽やかに、ただ散歩するようなステップで前に進む……私もエステルのステップを真似してみる……シンプルなようで難しい動きですよ。
前から他のペアが来ると、エステルはスッと手を離し、交差するとまた手を繋ぐ。音楽と動きがぴたりと合っていて気持ちがいい。
「そう、そこで回って……」
エステルが上手に誘導してくれるので、私もちゃんと踊りの列に加われているような心地がする。まるで、たちまち都会の人になれたかのようだ。
「そこで手を……そう。上手いじゃないか。もうダンスを楽しんでいるようだな」
「リズムに乗って動いてるだけでも楽しいですよ、それにエステルが上手だし」
「私は……まあ、さんざん練習したから。近頃は出世の為にダンスが要るらしい」
そうか。ダンスに向かう心構えが違うのね。そういえばアイビスでも聞いた事がある。ヴィタリス村の衛兵分隊長オドランさんは、ダンスが苦手だからヴィタリスのような田舎の駐屯地に回されたとか。あくまで衛兵さん達の笑い話だけど。
「じゃあ私もしっかりやらないと、エステルが恥をかかないように」
「よすんだ。さっきまでのように自分が楽しめ、私の足元だけ見て冷や汗をかいてたってつまらないだろう」
「でも、私が失敗したらエステルまで……」
「頼むよ。私もさっきまでの楽しそうな顔の君がいい」
妙な間が流れる。その後、不意に私とエステルの視線が合う。エステルが目を逸らさないので、こっちも申し訳ないような気がして目を逸らせない。
このままでは変だと思い、私は歪な愛想笑いを浮かべる。すると、エステルも、口元にささやかな笑みを浮かべた。
楽士達の弦楽器の音と周りのステップが調和して、一つの音楽が出来て行く。自分もその中に入っているんだという、安心感に近い感覚。
なんて素敵な世界だろう……だけどまずいよ。私はこんな贅沢覚えちゃいけないよ。目を覚ませ。ああ、でも……今くらい、今この時くらい浸っていてもいいじゃないか。私の中で葛藤が起こる。
可哀相なビコと出会ったのもついさっきの事なのになあ。それで今はこんな風にダンスを楽しんでるんだから、私も冷酷な女である。
ああでも、ビコの事を思い出したら背中の痛みがぶり返して来た。これは結構大きな青あざになってそうだ。
「どこか痛むのか?」
「ん……平気ですわ」
私は笑顔で返す。折角付き合ってもらってるんだから、エステルにも楽しんで貰わないと。それから、エステルの言う通り、私も楽しもう。
やがて舞曲が終わり、拍手が起こる。周りの人からも、ダンスをしていた人からも。私も他の踊り手や楽士にささやかな拍手を送る。
人生の夢が一つ叶ってしまった。それもどちらかというと、小さい頃に見た他愛のない夢が、大きくなって現実を知るにつれ、自分には縁の無い物と諦めていた夢が……私、宮廷舞踏会で踊ってしまいましたよ!
「君も最初はぎこちなかったけど、途中からどんどん上手になっていったな」
エステルも笑顔だ。良かった。今度こそ仲良くなれるかしら。
そこへ……揃いの立派なお仕着せを着た、執事の一人がやって来る。
「おめでとう、君達は審査員の満票を得た! あれ君達、両方女の子だったのか、ちょっと待ってくれ……審判長、このペアは両方女の子ですよ!」
突然やって来たそのおじさんは、私とエステルを指差した後、いきなり振り返って誰かにそう叫び、何事か尋ねだす。
「何だか失礼ですよこの人」私はエステルに囁く。
「仕方ないだろう、私はこんな姿だから」エステルは溜息をつく。
こんなって、エステルは見たら女の子だって解るでしょ、可愛いし。
「構わないんですね? 宜しい、では君達、この記章を服の襟など、見える所につけて。それから城のホールの方に行きなさい」
おじさんはそれだけ言って私とエステルに小さな記章を渡し、向こうに行ってしまった。城の方に行け? どういう事ですか?
「まあ、エステルったら特別招待に当たってしまいましたわ。だけど私達がここに居たらエステルもここを離れられないわね」
「そうよ御姉様、私達も行きましょう。ほら貴女も、早く早く」
シルビア嬢にアリシア嬢もやって来て……ああ、アリシアちゃんが私の袖を引く。
何が起きたのかはよく解らないけれど、私とエステルは二人の男爵令嬢に連れられ、お城の方へ引っ張られて行く。