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ロイ爺「勘弁してくれ……わしもうおじいちゃんよ……」カイヴァーン「肩、叩こうか? じいちゃん」

マリー『マジュドのファイルーズ港なら寄港オッケーっスよ、シケた港だけど一息つけるんじゃないスかね。同封したのは特別寄港許可証っス。かしこ』


ファウスト「おちょくってるんですかねあの人は……」

 ロングストーンに帰港したフォルコン号は、救難旗を出していた事もあり、中央の波止場に誘導された。

 波止場では色々な立場の人々が待ち構えていた……ロングストーンの治安当局、レイヴンの駐在員、その他各国の駐在員も情報収集に来たようだし、単純な野次馬も多い。


 私はここの対応をロイ爺に御願いした。非番の所を起こされた上でのこの始末、申し訳無いとは思ったんだけど、私はマリーでもフレデリクでもあまりレイヴンに関わりたくないのだ。


 騒ぎの間、私は船牢に隠れて本を読んでいた。重傷者は艦長室にも並べていたので、他に居場所が無かったのもある。

 読んでいたのはファウストの本だけど、全く以ってちんぷんかんぷんである。時々本題から脱線して自分の事や周囲の事、著名な文芸への解釈などを書いてる部分があったので、そこだけ読んでいた。これで金貨17枚ですか。



「レイヴンの軍艦が先に撃ったのか!」「誰が先かなんて解るものか」「条約違反だ!」「負傷者の周りで騒ぐな!」「野次馬は帰れー」「相手は凶悪な海賊だぞ」「道を開けろ!」「レイヴン海軍の責任者はどこだ」「状況を説明してくれ!」


 甲板と波止場はそんな具合に紛糾していたが、やがて、運び出される負傷者と共に、三々五々、離散して行ったようである。



 そうして私がようやく静かになった甲板に出ると、不精ひげがいつになく真剣な様子でせっせと掃除をしている。


「船長! 朝方は急に休ませていただいて、申し訳ありませんでした!」


 不精ひげはめずらしくそんな事をはきはき言って、短い敬礼までして、また甲板磨きに戻る。

 私は不精ひげの背後に忍び寄る。


「あなた、昔レイヴン海軍に居たのね?」


 不精ひげの動きが一瞬止まる……が、また動き出す。聞こえなかった事にする気かしら。だけど私にも言いたい事がある。


「あの船がレイヴンの軍艦だって気づいた時、何で私にそう言わなかったの? おかげで私普通に向こうの艦長に挨拶に行っちゃったのよ? たまたま男装してる時だから良かったけど、私がフォルコンの娘だってバレてたらどうなったのかしら?」

「い、いや……船長は相手の船を見つけるなり変装しに行ったから、解ってやってるんだと思って……」


 振り向いて言い訳をする不精ひげ。

 私は指まで突き付けて不精ひげに迫る。

 不精ひげはじりじりと後ずさる。


「それで。レイヴン海軍には居たのね?」

「勘弁してくれよ……俺は15年前にはリトルマリー号に乗っていたんだ、俺、それよりずっと前から船乗りやってたような年に見えるか?」


 この男は30代後半ぐらいだろう。今年で40の父より数年年下程度のはず。


「貴方が士官なら、候補生の頃から10年海軍に居てもおかしくないわ」

「士官なんて柄じゃないよ……俺は程々の仕事と寝る前のエールがあればそれで満足な人間だよ」


 やれやれ。これでも白状する気が無いのか。これ以上迫るのも上司としてあまり宜しく無い気がするので、私は追及を止めて指を降ろす。


「……だけど世の中には15年経っても俺をそういう奴だと思ってくれない人間も居る。本当にごめん船長。話さなきゃいけないような事が起きたら話すから」


 初めて会った時からそうだったけど、この男は表情が乏しいから、周りの人間に気持ちが伝わりにくい。


「……お腹が痛いなら、掃除なんかやめて船員室で休んでなさい。今後レイヴン海軍を見掛けたら、不精ひげを前に出さないように気をつけるわよ」



 私はそう言って、振り向かずに立ち去り、艦長室に入った。


 秘密が多い事にかけては、私も人の事言えないしなあ。 例えば父の事だ。父の仲間だった四人には話した方がいいのか……だけどそれをやっちゃうと、アイリにだけ話さないという状況になってしまう。そういうのは嫌だよね……




――トン、トン、トン


 さて。私が例の本を木箱にしまっていると、誰かが艦長室の扉を叩く。不精ひげがやっぱり白状する気になったのだろうか。


「あの。フレデリク殿はこちらですか」


 やっぱり不精ひげだけど、おかしな事を言っているな。マリーには言えないけれどフレデリクになら言えるとでも言うのか?

 あの男が謎の貴公子ごっこに乗って来るとは思わなかったわね。私はマスクをつけ帽子を被り、執務椅子に座ってから答える。


「どうぞ」



「御客様です」


 扉の向こうには背の高い青年と、細身の老紳士が……えっ……ぎゃあああ!? ロヴネルさんじゃないですか!?


「貴方がフレデリク卿ですな、娘……カリーヌに聞いていた通りだ! 失礼、私はエドワール・エタン・グラナダ、世間ではグラナダ侯爵と呼ばれております」


 そして老紳士の方がそう言って手を差し出す……

 私は慌てて立ち上がる。とにかく、握手……って私、何でロングストーン港に停泊してるフォルコン号の艦長室で、グラナダ侯爵と握手しているの……?


「行きも帰りも順風に追われて、驚く程早く着いた。まるで風が味方しているようだった」


 ロヴネルさんが流暢なアイビス語で言う。ああ……アイビス語も御上手ですね……私なんかストーク語喋れないストーク人なのに。


 アイビスの偉い人とストークの偉い人が、何故かとても晴れやかな顔をして、私の艦長室に立っている……一体何が起きているの? 世界はどうしてしまったの?

 不精ひげ! 行かないで! そこに居て!


 何? 何を言えばいいの私!? そ、そうだ、こういう時は自分の知ってる事を話すんだ。


「今朝の騒動には巻き込まれませんでしたか?」

「いえ、我々は今着いたばかりです。何かあったのですかな?」グラナダ侯。

「レイヴンの軍艦と、海峡を通過しようとした海賊船の間で戦闘がありました。結局海賊は海峡を通過し外洋に出ました」


 侯爵は感心したようにうなずく。ロヴネルさんが少し心配げに言う。


「君もその騒動に関わったのだろうか? 大胆だな……レイヴンも君の事を捜しているはずだが」

「万国法に基づき、人命救助に関わっただけさ。僕は何もやましい事はしていない」


 何故関わったと解るんだろう……まあいいや……

 それでどうしよう、私は何故この人達がここに来たのかを全く知らない。知らないのだが、今までに起きた事、その中で得た僅かな情報を繋ぎ合わせると。


「ロヴネル提督、君がグラナダ侯をアイビスからお招きしてくれたのか。まさかこんなに早く御会い出来るとは考えてもいなかった。素晴らしいよ」

「侯爵閣下はブルマリン港のガレオンに滞在されていた。君の事は勿論御存知だったし、私はただ閣下に君の言葉をお伝えしただけだ」


 お伝えって……私のでたらめストーク語の何をお伝えしてしまったのだろう……


「しかし、この出会いは決して早くはありますまい。船中でも考えたが、私はもっと早くに貴方にお会いするべく努力しなくてはならなかった……まあ、ロヴネル提督のおかげで、何とか間に合いましたが」


 侯爵はそう言って、懐から、大変豪華な装飾を施された封筒を取り出す。


「クリストバル国王からの宮廷舞踏会の招待状です。実はもう断りの返事を出してあるのですが、後から駆け付ける分には問題は無いでしょう」


 何の話でしょう……

 侯爵は艦長室の板窓の向こうを見つめ、独り言のようにつぶやく。


「長年遠ざけて来た問題だった。ラヴェル半島東部、私が預かるあの地一帯は、強いて言えばアイビスの物でもコルジアの物でも無いのだが。もうそういう事を言っている時代でも無いようだ……」


 私は侯爵にフォルコン号の執務椅子を勧めてみる。グラナダ侯はそれを断らず、会釈をして深く腰掛けた。


「だがこの件には、あまりにも多くの者の思惑が掛かっている……私を長年苦しめていたのはそれだ。アイビス一つとってもね。祖先が戦って奪った土地だと言う者、狭く古い土地はコルジアに返還し、新世界の広大な領土と交換すべきという者……色々な立場の者が居るからね。私がディアマンテに行こうとするだけで、誰がお供をするかを巡って争いが起こる。そんな有様だ」


 侯爵はアイビス語で話しているんだけど、その内容はストーク語並みに解らない……扉の所で不精ひげも聞いているようだから、後で翻訳を頼もうか。


「その点貴下方(あなたがた)ならアイビスにもコルジアにも、アンドリニアにも関わりが無い。それに……ふふ、このような僥倖は想像も出来なかった」


 閣下が想像している事というのが、全く解りません。


「宮廷舞踏会は明後日、ブルマリンを出た時は間に合わないと言われていたよ」

「申し訳ありません。南西風に乗ってブルマリンに乗って辿り着いたばかりでしたので、出航するなり風が北東に回るとは思ってもみませんでした」

「間に合ったのは君の尽力のおかげだよ、そんな事を言わないでくれ」


 それでこっちはヤシュムへの行きも帰りも逆風だったのか。いやそんな訳は無いけれど、不精ひげが小さく頷いているのが腹が立つ。


「ところで……この船はいいね。私の人生の最大の失敗は、30年前、海に出たいと思って大きなガレオン船を作らせてしまった事だな。このくらいの大きさのカラベル船で良かったのだ、それならば気心の知れた者だけで動かせただろうし、気軽に海に出られたろうに」


 老侯爵はフォルコン号の執務椅子で気持ち良さそうに背筋を伸ばす。何と言うか、少年の目をしたおじいさんですね……この人がカリーヌ夫人のお父さんだっけ。


「私も興奮が抑えられません。お約束通り、ディアマンテでも閣下の臣下としてお仕えさせて下さい。フレデリク。愚鈍な私にも、君の叡智の一部が見えて来たと思う。決して君の邪魔はしない。私にも手伝いをさせてくれ」


 そして乙女向け小説の王子様みたいな笑顔のロヴネルさん……アイビス語で話してくれるのは嬉しいんだけど、何を言ってるのかさっぱり解らないよ……


 今言える事は、宮廷舞踏会って、行ってみたいかと言われたら、行ってみたいと思うという事だ。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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[気になる点] 宮廷舞踊会、行くんですか…! まさかフレデリクで? マリーちゃんのドレス姿も見てみたいのでしたv
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