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ロゼッタ「艦長、どうしてその手紙読まないの?」ファウスト「あれに借りを作る覚悟が、まだ……」

ほうれんそう!

ほうこく! れんらく! そうだん!


ほうれんそう!

 着替えを済ませた私は会食室に向かう。艦長室で待っていても良かったのだが、とにかくお腹が空いていたのだ。

 アイリさんが作ってくれたのは焼きたてガレットと鶏卵の目玉焼き、そして挽肉ステーキはさすがに無かったが、炙りベーコンを厚切りにしてくれた。野菜の煮込みも香りが良い。


 少々の心配事や都合の悪い記憶も、美味しい朝ごはんの前には形無しだ。


――ドーン……ドーン……


 まだやってるのね、外。砲声は散発的になったようだけど。

 さっきより近くで聞こえるような気もする。この船ちゃんと戦闘水域を避けてるのかしら?

 やがて、朝食の匂いに釣られたアレクがやって来る……思ったより遅かったわね。


「アイリさん、もしかしてもう朝食出来てる?」アレク。

「そう言うだろうと思って用意してたわよ。甲板は大丈夫なの?」アイリ。

「回避してるの? この船」私。


 船酔い知らず着て屋内に居ると、船が傾いてるかどうかも解らなくなるのよね。


「ううん、真っ直ぐでいいんだって……」アレク。


 そうなのか……まあ不精ひげとウラドがそう言うなら、大丈夫なんだろう。こうしてアレクも普通に食事をしに降りて来たし。

 やがてアレクの前にも私のと同じ食事が運ばれて来た。



――ドーン。ドーン。


 私はベーコンを頬張りながら訪ねる。


「ねー、さっきまでと大砲の撃ち方が違う感じがするんだけど」

「サイクロプス号の方が逃げていて、軍艦がそれを追っていたから……軍艦が艦首砲で撃ってるんだろうね」アレク。


 艦首砲……そっか、艦首砲なんて多くて二門とかだから、あんな感じになるのか。軍艦は両舷に大砲をたくさん並べているけど、前後にはそんなに多くはない。

 あと思い出した、フォルコン号は二回サイクロプス号を見てたわね。アキュラ号のジェラルドに追い掛けられた時にも見たんだった。


「サイクロプス号を追い掛けてるのは誰なの?」

「軍艦が二隻だけど、軍旗を掲げてないんだ。ウラドは、ここがロングストーン近海だから掲げられないんじゃないかって」


 ここに至り私はようやく、のんびりしている場合ではないという事に気付いた。私は野菜の煮込みの残りを詰め込み、ごちそうさまを言って会食室を飛び出す。


――ドーン。ドーン。

――ドドーン……


 近いよ! さっきよりずっと近いよ!

 私が甲板への階段を駆け上ろうとすると、ちょうど上からカイヴァーンが駆け下りて来ようとしていた。


「姉ちゃん、本当にこのまま真っ直ぐでいいのか? もう2kmくらいまで近づいてんぞ!」

「いいわけないじゃん!? ちょっとどうなってんの!」



 甲板に飛び出した私が見たものは。


 2km程先を、ほぼ真っ直ぐこちらに向かって来るサイクロプス。その後ろをコルベット艦が追走している。そのはるか後方では大型の軍艦……ガレオン船とも違う姿をした軍艦が……炎を上げている……


 風は相変わらず北から。フォルコン号は北東に切り上がって行く。サイクロプスの進路は南南西という所か。


 あの大型の軍艦をあんな姿にしたのはサイクロプスだろうか。サイクロプスよりさらに大きく、大砲も多そうな船だ。果敢にサイクロプスを追うコルベットはかなり小さい。フォルコン号より少し大きい程度……サイクロプスが怖くはないのだろうか。


「船長、このまま行くのか?」


 舷側の手摺りから身を乗り出し、三隻の船を見つめる私に、操舵中のウラドが聞いて来る。


「ロングストーンの周辺って、交戦禁止なのよね?」

「うむ……七年前にそういう条約が出来たのだが、四年前にまた海戦が起きた。それで、より厳しい条約が出来た」

「相手が海賊なら、そういう条約も無効なの?」

「そんな事は無いはずだ。ロングストーン周辺5km圏内では、艦載砲の発砲自体が禁止されている」


 私は少し考えて、決断する。


「進路はこのままで」

「了解。このままロングストーンへ真っ直ぐ向かうコースを取る」



 その時……フォルコン号の艦首前方上空を、南へと飛んでいた十数羽程のカモメの群れが……不意に風に煽られたように、隊列を乱した……


「風が変わった……帆の向きを変えないと」


 カイヴァーンがそう言って操帆に向かう。こういう事があると不精ひげがまた私が風を操ったとか言い出す……不精ひげ? そういえばあの男さっきは甲板に居たのに、どこ行ったのよ。



 10時方向から7、8時方向に変わった風がフォルコン号を力強く加速させる。

 サイクロプスは速やかに帆の向きと進路を変えて行く。南寄りに変えたか。

 コルベット艦は?裏帆を打ったままだ……風が変わった事をきっかけに、追撃を諦めたのか。




 そして数分後。


 真っ直ぐこちらに向かって来ていたサイクロプスは、フォルコン号とほんの30m程の間隔で、すれ違って行く……

 私は艦首に立ったまま、帽子とアイマスクもつけてそれを見ていた。


 サイクロプスも無傷とは言えなかった。大型軍艦からかなりの砲弾を受けたようだ。舷側には数か所の被弾跡があるし、帆にもいくつもの穴が空いている。

 ファウストは甲板で忙しく指揮を執っている……真剣な様子だ。修理と、負傷者の救護、周辺の警戒、それから……やる事はたくさんあるのだろう。


 そこには、勝者の余裕みたいなものはまるで無い。


 私掠船は戦って拿捕した船を自分の物に出来る。軍艦は戦うのが仕事で、生きていれば給料を貰える。

 だけどサイクロプスはこんな所で軍艦と戦っても何にもならない。ファウストにとって今回の事はかなりの痛手なのだと思う。


「本当にいいの? これ」

「大丈夫。やって下さい」


 アレクは私の横で弓を構える。カイヴァーンが艦尾で信号旗を控え目に振る。

 ファウストがこっちを見た。

 アレクが弓を放つ……矢じりの代わりに丸めた木の端切れをつけた伝令用の矢は、放物線を描き、サイクロプス号の帆に当たって、甲板の誰も居ない辺りにぽとんと落ちた。

 海賊とはいえ、ファウストとサイクロプス号には大きな義理がある。彼らはかつて、何の義理も無い私の頼みを聞いてくれたのだ。




 次はコルベット艦か……100m程離れていてあまり様子が伺えない。私は敢えて望遠鏡を向けなかったが、帆が裏返ったままただ漂流しているようにも見える。

 こちらも修理や救難に追われているだろうか。


「僚艦の救護にも行かないのだ……航行に支障が出る程のダメージがあるのかもしれないな」


 ウラドが言った。

 私は長い深呼吸をする。


「じゃあ……フォルコン号をあの大型軍艦に寄せましょう。ウラド、御願い」

「船長……本当に大丈夫かね」


 当直の時間よりかなり早く起こされたロイ爺が言う。海軍に近づくな! かつてロイ爺は私にそう教えてくれたのになあ。私は変に海軍に縁があるような……




 一際大きな軍艦。ロイ爺によれば、これは戦列艦と呼ばれる物らしい。砲撃戦に特化した船で、本来ならフリゲート艦と撃ち合って負けるような船ではないと。

 だけどジェラルドが言ってたな。サイクロプスは見た事も無い新型大砲を積んでたって。


 周辺の商船は皆5km以上は離れて遠巻きに見ている。誰にだって、停戦海域である事を無視して戦うような連中に付き合う義理などない。

 フォルコン号だって砲声を聞いた時点で、一旦帆を降ろすか進路を変えるかして、距離を保っていれば良かったのだ。


 だけど戦闘を終え、破壊され火を出している船に、近くに居ながら何の手も差し伸べないというのも人情の無い話だ。

 まあ、私の指示が遅れて、うっかり近づいちゃったのが落ち度だよなあ。



「じゃあ、ボートを出して」

「船長、ニックは激しい腹痛がするというので、船員室で休んでいる。私が代わりに漕ぐが、構わないか」ウラド

「ええ? こんな時に……まあいいや」


 ボートにはフォルコン号の二基のポンプも積まれていた。そして当然のような顔をしてぶち君も乗っていた。



 私達のボートが近づくのを見て、甲板から数人の水夫や士官が顔を出し、手を振って来る……そして……


「救援してくれるのか!?」「ありがとう! まずポンプを吊り上げさせてくれ!」「負傷者がたくさん居る! ロングストーンへ運んではくれないか!」


 甲板から降りかかって来た言葉は、皆レイヴン語だった。

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