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イマード「あの見た目でとんでもない豪傑らしいからな。彼女に会う時は私も緊張するのだ。ワハハハ」

同じ日のヤシュム、マリーに戻って。

 サッタル船長達が出港して行き、入れ違いのようにハリブ船長の船がやって来る。去年までヤシュムから小麦を積んで出た船は、帰りは半荷か空荷で帰って来ていたという。


 ハリブ船長の船に積む荷物は、ナーセルさん達の手で既に用意されていた。北大陸各地向けの小麦と、ロングストーン向けの生鮮野菜……鶏の籠なんてのも積んでいる。


 皆がキリキリ働いてるのに、フォルコン号は少しのんびりしている。今日はヤシュムで一泊して、出航するのは明日だという。何だか他の船に申し訳ない。


 さて。ヤシュムに来たら少し元気も出たので、一度船に戻った私は、ロイ爺とアレクについて市場に行こうとしたのだが。


「船長は少し休んだ方がええ。最近少し根を詰め過ぎじゃないかね」

「でも今日は市場調査に行くんでしょ、私も連れてって下さいよ」

「今日は船長は休み! この町の丘の上が好きなんでしょ? 陸に泊まってのんびりしたらいいじゃない」


 そう言われて置いて行かれてしまった。

 カイヴァーンとぶち君は甲板で仲良く日向ぼっこをして寝こけている。

 ウラドはいつも通り船の細かい修繕をしているようなので、何か手伝わせて欲しいと頼んだのだが。


「手伝っていただいてもいいのだが……船長がこの頃少し元気が無いので、皆心配している。もしも休んで元気が出るのなら、少し休んでもらいたい……サフィーラでもロングストーンでも、船長はずっと駆け回っていて休みが無いように見えた」



 この前はウラドに見張りまでさせてたのに、今日は自由にフラフラして来いと言うし、誰もついて来ない。アイリさんの姿も無いし、不精ひげはいつも通りだらだらしてる。皆もたいがい気まぐれですよね。


 私は波止場に降り、街の方へ歩いて行く。時折、フォルコン号を指差して何か言い合っている人達が居る。うちの船、わざわざ見に来てくれてるのかしら。


 向こうから四人ばかり、子供達が走って来る。一人が女の子で後は男の子だ。みんな8歳くらいかなあ。私もヴィタリスの野原でサロモン達と駆け回っていた頃を思い出す。


「マリーパスファインダーですわよ! パーン、パーン」

「わぁー」「にげろー」「あははは」


 子供達が笑いながらすれ違う。私は膝から砕けそうになるのを何とか踏み止まる。

 振り返って見ると、女の子はまだ指を銃の形にしたまま、男の子達を追い掛け、笑いながら走って行く。




 丘の上のお気に入りの宿の部屋を借りた私は、テラスでぼんやりしていた。確かに最近少し睡眠時間が少なかった気がする。ここは皆の言う通り休ませて貰おう。


 そう思った瞬間だった。


――ダダーン! パンパン! ヒュルルー……ドーン!


 外で凄い物音がした。銃声!? 花火!? 私はデッキチェアから跳ね起きる。


――ヴァヴァーン! ヴァン! ヴァン! ヴァァァァン!!


 続いて管楽器の爆音が。私はとにかく急いで宿の玄関の方へ走る。



 宿屋の玄関では、逆光を背に両腕をY字に開いた背の高いおじさんが立ちはだかっていた……私が来るまでそのポーズを維持してたんですか!


「首長!?」


 私はとりあえず駆け寄って片膝をつく。花火と管楽器の演出と共に、光の中から現れたおじさんは、マジュドのイマード首長だった。


「マリー・パスファインダー!」


 次の瞬間、私は手をもぎ取られる勢いで捕まれ、立ち上がらされ、振り回された。ミゲルおじさんと同じ種類の握手だけど、これってもしかしてニスル朝地域の風習なのかしら。


「何故マジュドの首長である私が二週間のうちに二度もヤシュムに来ねばならないのだ! それはお前が前に来た時に本当の事を話さなかったからだ!」


 ひええっ!? な、何かお怒りなのですか首長!?


「前回会った時のお前は、シハーブ諸島で奴隷商人をぶちのめして、大きな船を何隻も分捕ったばかりだったそうじゃないか! 何故黙っていた!」

「それはアイビス海兵隊の手柄だからです、私は彼らを輸送しただけですし、パスファインダー商会は武装集団ではなく、戦闘は我々の本分ではありません」


 首長は私の手を離し、ジロリと睨んで来る。


「むむ、首長に口答えするとは剛毅な奴め」

「申し訳ありません……」

「褒めたのだ、私は寛大な首長だからな! ワハハハ! さて、立ち話も何だ」



 立ち話も何だというから、この宿の併設の食堂で何かご馳走して貰えるのかと思いきや、首長は宿の外にあるベンチに座り、私にも座るよう勧めた。

 そして少し離れた所には、やはり百騎ばかりの立派な鎧をつけた騎馬隊の皆さんが居る……私が騎馬隊に目を取られていると、首長が言った。


「戦争でも無いのに完全武装の騎馬隊を率いて来るなど馬鹿馬鹿しいと思うだろう? だが我が国の制度では、彼らは出動が無いと飯が食えんのだ……さて」


 首長は懐からこの辺りの地図を出し、手ずから開いて見せてくれた。


「ここがヤシュム。そしてマジュドはここだ。私の領土としてはここからここまで……決して広くは無いし、豊かでは無い。解るか?」


 マジュドの町はヤシュムから内陸に100kmばかり進んだ所にある町だ。この二つの街とその周辺100kmくらいの範囲がマジュド国だ。南大陸北西部の周辺諸王朝と共に、ニスル朝連合の一角を担う国である。


「ヤシュムを発展させるのは良い。町が賑わえば金が入る。だが同時に、その富を狙う者達もやって来る……やがてはな。それは海賊かもしれないし、北大陸の大国の海軍かもしれない」

「私はその……アイビスのお針子上がりの代理船長ですので……難しい話は解りかねますが……」


 私は素直にそう白状した。私はいつも出来ない事を出来ないと言わないからいけないのだ。それで船の皆に迷惑を掛けたり、遠く離れたストークの人々に迷惑を掛けたりしているのだ。


「ワハハハハ! お前がお針子上がりならば、私は馬屋の倅だ! その程度の冗談で言い逃れが効くなら、私だって今頃首長などやめて野山を駆け回って居るわ!」


 しかし首長には冗談として流された。


「あの、実際に私には何の力も……」

「何もコルジアの大艦隊と戦えとは言っておらんし、必ず何かを成し遂げよとも命じておらん。命じようにも金は無いからな……」


 そう言って首長はもう一度地図を指し示す。


「いいか? ヤシュムの少し南に古い軍港がある……ここだ。ここに一応我が国の海軍と呼べる物があるのだが……実際にそこに居るのは、装備も士気も最低で、沿岸の海賊退治一つまともに出来ん連中だ」

「お待ち下さい、何のお話ですか」

「だがお前がヤシュムを発展させるというのなら避けては通れない話だ。解っているのか? お前はこの問題を私に押し付けようとしていたんだぞ?」


 普段、難しい話はぜんぜん解らない私だけど。今回は何となく解った。

 発展したヤシュムは誰が守ってくれるのか? それはそうなったら、土地の王様が何とかしてくれるだろうと……確かに心のどこかでそう思ってたなあ。


「まあそう難しい顔をするな、マリー・パスファインダー。お前と私は同じ悩みを抱えているという事だ。そうだな? お前は私と問題を共有してくれるな?」

「心に留めておきます。私に出来る事や、首長に御願いしたい事があれば、すぐにお知らせさせていただきます」

「そう、そのくらいでいい。私もこのくらいの事しか出来ぬ」


 そう言って首長は、懐から小さな象嵌細工の入れ物を取り出して、私の手に握らせる……何ですかこれは……印籠?


「ファイルーズの印鑑だ。お前に預けておく」

「お待ち下さい首長! そんな大事な物を知り合って間もない外国人に預けるなど有り得ません、お考え直し下さい!」

「ほう。お前自分はあくまでアイビス人商人だと言っていたのに、まるで忠実な臣下のような事を言うのだな」


 ファイルーズをどうしろと言うのか解らないし、印鑑というのはよく知らないんですけど、とにかくこれは大事な物なんじゃないの? この人私の話聞いてたの? 私はアイビスのお針子見習いのマリーちゃんですよ、何考えてんの!?


「とにかくお返しします、こういう物は大事にしまっておいて下さい!」

「お前に預けると言ったらお前に預ける! まあ、出来ればレイヴンやコルジアは勘弁して欲しいもんだ、あいつらは今ちょっと強過ぎる……いや、お前に預けるんだから、あくまでお前に任せる!」


 そう言って首長は立ち上がる。


 さっき首長が見せてくれた地図にあった、ヤシュムから南西に数km行った所にある軍港がファイルーズだ。

 それでレイヴンやコルジアは勘弁ってどういう意味? それ以前にこの印鑑は何物で、これをどうしろと言うんですか……


「お前も時間が出来たらマジュドに来い! と言いたい所だが……お前は私より忙しそうだから、また私の方から会いに来ようか。また会おうマリー・パスファインダー。お前の冒険の成功を祈るぞ! ワハハハハハ!」


 そう言うと、イマード首長は、滑るように前に進み出て来た彼の愛馬に、まるで一体化するようにするりと乗り込み、瞬く間に離れて行った……その騎乗の動きは魔法でズルしてるフレデリク君よりも早かった。

 あの人が獅子王イマードと呼ばれているのね。ただの愉快で派手好きなおじさんじゃなかったんだ。




 騎馬隊を率いた首長が帰って行き、私は部屋に戻って休暇を再開したのだが。首長が来たせいで宿の主人が私を何かと勘違いしたらしく、部屋に四人もメイドさんをつけられてしまった。

 王侯貴族のような扱いに、私は困惑する。


「マリー様、シェフが夕食をお持ちしました」

「マリー様、湯浴みの準備が出来ました」

「おやすみなさいませマリー様、何かありましたらいつでも控えの者にお申し付け下さい」


 私も一生に一度くらいはこんな贅沢もしてみたいと夢見てたけど、いざそうなってみると正直居心地が良くない……私はやっぱり土間に敷いた藁の寝床がいいや。

 明日はヤシュムを離れよう。ロングストーンに行こう……普通に、商売をしよう。フォルコン号の皆が、明日も美味しい御飯を食べられるように。

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませていただいております。 確認なのですが、このときマリーちゃんはマジュド国首長獅子王イマードからファイルーズ軍港の総督?に任じられたのでしょうか?それともファイルーズ軍港地域…
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