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マリー「(ぷるっ)……何か今、すごい寒気がした」ロイ爺「そりゃあもう十一月だからのう」

その頃のヴィタリスでの話、後編。

 トライダーは青ざめてつぶやく。


「まさか彼女は……故郷の人々の為、自分の身を売ってこの大金を作ったのではないのか!?」


 ジスカール神父はトライダーの妄言をいさめる事どころか、自らも同調するように青ざめ、声を上げた。


「私が養育院に行くようお勧めした時、マリーさんはこうおっしゃっておりました! 自分の行き先を決めるのは、自分を支えてくれた人達と神の意思なのだと! まさか、あの時マリーさんが養育院に行く事を拒否していたのはこの小切手の為……彼女はご自身の身柄と引き換えにこれを!?」


 苦悩に顔を歪めていたトライダーが、深く長い呼吸をする。


「神父殿……私は道を間違えていたように思う」

「トライダー様?」


 トライダーは静かに、今では兵団長の階級章もついていた風紀兵団のサーコートを脱ぎ、傍らの椅子に置いた。


「私は今をもって風紀兵団をやめて、マリー嬢を追う。そして彼女がどんな地獄に居ようと! 必ず救い出す!」

「トライダー様!? しかし貴方は今や国王陛下直々の高配を賜る身、風紀兵団におかれても百人の部下を預かる兵団長だと、騎士に叙任されたのも念願ではなかったのですか、マリーさんが心配なのは解りますが、どうか御自重下さい!」

「ここで自分の意思を曲げるようでは、自分は何が騎士だろうか! 彼女は家族を失い、世をはかなんだのだ、そして自らの命を絶つ代わりに……故郷の為にその身を売る事を選び……うおおおおおおお!」


 トライダーは突然頭を掻きむしり、絶叫する。自分の頭に浮かんでしまったよこしまな幻影を打ち消す為に。


「ト……トライダー様、しかし、この金額はその……」


 発作的に礼拝堂の床にうずくまったトライダーに、ジスカールは恐る恐る声を掛ける。

 神父はこういう物事の相場を知らないが、仮にマリーが人買いに売られたとしても、こんな金額になるのだろうか? 田舎の少女一人に船一隻分の値段がつくものなのか? そのようにも思った。

 神父はその一面では、トライダーより少しは冷静だった。しかしそんな言葉が役に立つ事は無かった。


「私は風紀兵団という枠に縛られていた! だからアイビスを離れ公海上に連れ去られたマリー嬢を救う事は出来ないと、勝手に諦めていた! 私は今度こそ! 一人のアイビスの男として、騎士として、マリー嬢が世界のどこの地獄に居ようと必ず救い出してみせる! さらばだ神父殿。マリー嬢を救い出すまで、私がここに戻る事は無いだろう!」

「トライダー様!!」



 ジスカールが止める間もなく。トライダーは礼拝堂の両開きの扉を弾き飛ばす勢いで音高く開き、外へ飛び出して行った。間もなく馬のいななきが聞こえ、続いて駒音が……遠ざかって行く。




「ああ……何と言う事でしょう……」


 ジスカール神父は掌に顔を埋める。そこへ。


「神父さん……今の誰?」


 誰かに不意に声を掛けられ、神父が振り向くと。裏の墓地の方の扉を少し空け、一人の中年男が、中を覗き込んでいた。


「貴方は……」


 神父は一瞬、その男の名前を思い出せなかったが、やがて大きく目を見開く。

 その様子を見て中年男は急いで礼拝堂に入って来る。


「あーっ!? 貴方はフォルコンさん!! そうでしょう!? 貴方、生きておられたんですか!!」


 ジスカール神父は、文字通り腰を抜かし、床に尻餅をついて驚いた。

 中年男は唇に指を当て、神父に自制を促す。


「シーッ! 静かに! 見つかったら皆がびっくりするから……」

「びっくりって、当たり前でしょう! 貴方は今までどこで何をしておられたのですか!?」


 そこに居たのは、一年以上村に戻らず、去年の暮れに行方不明になり、六月に死亡扱いにされた男、フォルコン・パスファインダーその人だった。


「そりゃあ俺は船乗りだからな、色んな所に居たさ。で、今の人誰? 何かマリーマリー言ってたけどうちの娘の話?」

「あれは風紀兵団のトライダーさんです! いや、そんな事より!」

「そんな事って……あの人何か思いつめてたみたいだけど、いいの?」

「貴方! コンスタンスさんが……自分の母親が亡くなったのに、どこで何をなさってたんですか!」


 フォルコンはがっくりと項垂れる。


「解ってるよ……今日はそれで来たんだ。その、有難う、俺の母親の為に良くしてくれて。しばらく仕送りも出来なかったから、どうなったんだろうと思って……ちゃんとした墓を作って埋葬してくれたんだな……感謝するよ。本当にありがとう」

「それは……私だけではありません、村の皆さんが善意で、そうして欲しいとおっしゃって下さったんです」


 フォルコンは祈りの言葉を捧げ、神父も祈りの言葉を返す。


「それで、さっきの人だけど……」

「それより貴方の事ですよ! マリーさんがどれだけ心配したと思ってるんですか!」

「ああ、マリーには会ったよ、最後に会ったのは二週間くらい前さ」

「会った!? あの、マリーさんは今どこで、何をされてるんですか!」


 フォルコンは高らかに笑い、胸を張った。


「それがマリーの奴、俺の商会を引き継いだ上、新しい船に乗って世界中駆け巡ってるんだって! この前なんかな、俺と一緒に奴隷商人を退治したんだ! マリーが手をサッと振ったらな、海の中から幽霊船がザバーッ! て浮かんで来るんだよ! あれはさすがにビックリしたなあ。幽霊船は動く骸骨の戦士で一杯でさ、そいつらマリーの命令を聞くんだよ! みんな、キャプテン・マリーの為に戦うって言うんだ! どうだ、凄いだろう!?」


 ジスカール神父は酷く青ざめ、後ずさった。あまりの事に。フォルコンは戻って来なかったのではない。戻って来れなかったのだ。海難事故の後遺症か、未知の病にでも罹ったかで……すっかり正気を失ってしまっていたのだ。神父はそう思った。


「それで、いいのか? さっきの人。俺、追いかけて行って、マリーは元気だから心配するなって言っておいてやろうか?」

「フォルコンさん……ちょっとこちらへ来て下さい」

「な、何だよ急に、神父さん、顔が怖いんだけど」

「御安心下さい、きっと教区の上級司祭をお呼びしますから、心配はいりません、どうか奥の治療室でお休み下さい」


 神父は迫る。フォルコンは後ずさる。


「いや、俺どこもおかしくないったら……ああ、あと俺が生きてるって事はまだ皆には秘密にしてくれ、まだちょっとややこしい問題があってな」

「ええ、大丈夫ですとも、少し休むだけです、さあこちらへ来て横になって下さい、今鎮静剤を差し上げますから」

「だから大丈夫だったら! じゃあな神父さん俺も行くわ、その小切手はマリーが置いてったんだろ? 大丈夫、村の皆の為にどーんと使ってくれ!」

「お待ちなさい!」



 フォルコン・パスファインダーは礼拝堂の裏の扉から飛び出すと、近くに掛けてあった巡礼風のフード付ローブをサッと被り、村人達に見られないよう人目を避けながら、村を廻るヴィタリスの森の中へと駆け出して行く。

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
トライダーw おまwwwwww ポンコツすぎんか wwwwww 前回と合わせて総括アンド今節下拵え完了ですかね。 しゅっこぉ〜
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