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フォルコン「久々の我が家もいいもんだ! ヘクシッ。でもちょっと寒いな、竃に火を入れようか」

三人称パート続きます。

同じころ、マリーの故郷ヴィタリスでのお話。

 さらに同じ日、ヴィタリスで。

 村の自慢の三階建ての教会で、正午を告げる鐘が鳴る。


「よーし、訓練やめ……食事にしよう」


 ヴィタリスと隣町バロワを担当する衛兵詰所はこの村にあった。バロワの方が人口も多く拓けているのだが、この村には古い砦があり兵営には都合が良いのである。


 昼飯前の短い訓練を終え、賄いを食べに行く衛兵達。そのうち一人が、兵舎とは逆の方……詰所の隣にある一件のボロ家の方に歩いて行く。


 やがてボロ家の戸口まで来た衛兵は、木戸を三回小突いてから、それを開ける。


「誰か戻っているのか?」


 しかし中は無人に見えた。


 ここには去年までは三人家族が住んでいた。三人家族と言っても、うち一人は船乗りをしていて滅多に帰って来ない。もう一人は老婆で、年が変わる頃に亡くなってしまった。

 一人残された少女マリーは、まだ16歳になっていないという事で正規の職に就く事が出来ず、針仕事の下働きや牧童、山菜採りなどで生計を立てていた。


 衛兵はボロ家に入り辺りを見回す。特に荒された形跡などは無い……ここに最後に置いてあった干し肉とチーズは、痛めて駄目にするよりはと思い、兵舎に引き取って皆で食べた。


 ここの最後の主、マリーがほんの一晩戻って来たのは、一月半前の事。

 その前は三か月も不在にしていたが、無理も無い。

 六月のある日。去年から一度も帰らなかった、マリーの父で船乗りのフォルコンの訃報が届いたのだ。


 船乗りの訃報は往々にして厄介である。フォルコンもそうだった。死体も遺品も何も戻らず、死体を見たという者さえ居ないのだ。


 きっとマリーは何か月も、父の訃報を信じずにその行方を捜しているのだろう。村の大人達はそうささやき合っていた。可哀相にと。

 だから一月半前、マリーが一人で戻って来た時も、皆あまり詮索せず、それまでと変わらぬように接していたのだが……



 衛兵……分隊長のオドランは兜を取り、もう一度部屋を見回し、溜息をつく。どうするのが正解だったのだろう。



 風紀兵団。正規の衛兵隊とは立場の異なる、国王直属の私兵集団。

 彼等はマリーの祖母が亡くなるとすぐに現れ、執拗にマリーに養育院に行くよう勧誘していた。始めは穏やかだった勧誘は次第にエスカレートし、しまいには風紀兵団に追われるマリーは村の風物詩となる程になった。


 オドランは個人的には、マリーには養育院は必要なかったと思っていた。手に職のついたしっかりした子だし、もうあと少しで16歳なのだ。ここヴィタリスのような村中が家族的な田舎村で、皆に見守られて育てば良かったと。



 ふと、オドランは。片隅のへっついに目を止める。

 何か月も主が居なかった割には、最近使用したような痕跡がある……これは一月半前にマリーが帰って来た時の物ではないはず。あの日マリーは、煮炊きの用意が無いからと、村で唯一の酒場へ行って食事をしていた。


 誰かがその後、この竃を使ったのだ。それもごく最近だろう。


 オドランがここに来たのは、昨夜このボロ家の方から物音がするのを聞きつけたからだ。その時はマリーが戻ったのかもしれないと思っていたのだが。

 朝、村人に聞いても誰もマリーを見て居らず、こうしてやって来てもマリーは居ない。考えたくないが、泥棒でも入ったのだろうか……オドランはそう思った。



   ◇◇◇



 三階建ての教会で。時報の鐘を鳴らし終わったジスカール神父は礼拝堂に降りて来る。緑色のサーコートに鎧兜姿の、風紀兵団のヨハン・トライダー卿がやって来たのはその時だった。


「ジスカール神父!」


 トライダーは呼び掛けたが、ジスカールは最初はこの鎧兜の中身が誰なのか解らなかった。その様子を見てようやくどうすべきか気づいたトライダーは、兜を取る。


「おお、トライダー様……随分と久方振りです、他の風紀兵団の方から色々聞いて、心配しておりました」



 風紀兵団の隊長のトライダーは、マリーの祖母が亡くなった頃からヴィタリスに現れるようになり、次第に熱心にマリーを養育院に勧誘するようになっていた。


 マリーは父は行方不明だけど存命だからと、その勧誘を撥ねつけ続けていたが、六月にその父の訃報が届いた。訃報は村の神父のジスカールにも知らされた。


 そして父の訃報を確かめに行ったマリーは居なくなり、マリーを追っていたトライダーも居なくなった……他の風紀兵団はその後も時々マリーの消息を捜してヴィタリスを訪れていたのだが。



「レッドポーチでマリー・パスファインダー嬢を見失った後、彼女は船乗り共に誘拐されたと聞き、私は失意の底に堕ちていた……それでせめて、風紀兵団の同志達の役に立とうと、賞金稼ぎの事案に手を出した。そこで思いも掛けず生涯の友との出会いを得て……話せば長い話だ。ここにはもっと早くに来たかったのだが、私はずっと陛下の御命令に忙殺されていた」



 風紀兵団のヨハン・トライダーは、俗に言われるブルマリン事件に深く関わり、一時は法廷で糾弾される立場になったのだが、同事件に共に深く関わったストーク人、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの機転により、一転して国王の信任を得、正規の騎士として叙任されるまでになった。


 そこまでは良かったのだが。若く頑丈で使い勝手の良いトライダーは国王直々の引き合いもあり、今日はフェザント、明日はファルケと、何かにつけて使役されるようになった。


 一つの仕事が終わる前に次の仕事を言い渡され、彼が問題を解決すればする程、他の者が解決出来なかった難題を押し付けられる。


 そんなデスマーチにはまっていた彼が、ようやくこうしてヴィタリスにやって来れたのは、マリーが一度だけこの村に戻ったという情報から一月半も経った後だった。



「風紀兵団の皆様からもお聞き及びと思います。マリーさんは一度は網で捕らえられ、この礼拝堂に居たのですが……村の友人達の手引きにより、逃げ出してしまいました」

「私もその話を聞いて心を痛めた。山の猪ではないのだ、網でなど捕らえれば友人が憤慨するのも当然だろう。彼女の心もますます頑なになってしまう」


 風紀兵団も一枚岩ではない。隊内には網の使用に肯定的な者と否定的な者が居た。


「それと……彼女がここを立ち去る時に、ジスカール神父も何か慌てていたとお聞きした。他にどんな問題が起きたのだろうか」

「それなのです! 今お持ちします、これを見て頂きたい!」


 ジスカール神父は一度奥の部屋に行き、一枚の紙片を持って戻って来て、トライダーに渡す。トライダーはそれを見る。


「大変な金額の小切手だ。これは一体?」

「マリーさんが置いて行かれたのです、父からの寄進だとおっしゃって……封筒で渡されて、他に銀貨が数枚入っていたので、気づくのが遅れました。お返ししようと追いかけた時には、彼女はもう走り去った後だったのです」

「父からの……しかし彼女の父フォルコン氏は、今年の始め頃に亡くなったはずだ」

「私もそう思ったのです。それでこれはもしかしたら、フォルコンさんの船を売った代金なのではないかと」


 トライダーはかぶりを振る。


「それは有り得ない。これは海軍が扱った一件なので、私は詳しく無いのだが……故フォルコン氏の船は、現在何かの事情で王国が借り上げているのだ。つまり、船の売却は出来ない」

「では……この大金は一体どこから」



 トライダーの脳裏に、トライダーの想像上のマリー・パスファインダーの姿が浮かぶ。

 その姿は可憐でか弱く、実物より二回りは美化されている。そして無垢で穢れを知らない……満開のシロツメクサの牧草地の真ん中で、静々と読書に耽るマリー。

 そんな彼女を、森の木陰から狼のように狙う者が居る。都会からやって来た金持ちの悪党が、彼女に忍び寄り、声を掛ける。

 マリーは戸惑いながらも、持ち前の純真さから優しく応える。

 悪党は金貨の詰まった袋を見せ、マリーについて来るよう促す。

 マリーが困惑していると、悪党は言う。お前が私の言う事を何でもきくと約束するなら、この金はお前が世話になったヴィタリスの人々にあげようと……



 トライダーとジスカール。お互いに気付いては居なかったが、二人は今、全く同じ妄想をしていた。

長いので分割させていただきます……

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] トライダーさんお久しぶり! マリーさんのおかげで出世しても、王様にこき使われていた(いえ有能だからですね)とは…。 [気になる点] そのけしからん妄想はなんですか(笑) そういう目でマリー…
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