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海の勇士マリー・パスファインダー(笑  作者: 堂道形人
ロングストーンにて
3/82

ロヴネル「そこまで言うなら任せるが……くれぐれも相手に失礼の無いように」イェルド「はっ」レンナルト「はっ」

フォルコン号が去った後のロングストーンで。

三人称パートです。

「おはようございます、サウロさん」

「おお、遅れてすまんの、クラリスさん」


 ロングストーンのパスファインダー商会本社に朝が来る。クラリスは今朝も始業よりかなり早く来ていた。一方サウロは始業時刻前後に来る。



 ホドリゴ船長とマリー商会長が出港した翌々日にはハリブ船長が、やはりヤシュムの船主から預かっているキャラック船でやって来て、積荷の小麦を降ろすと、サウロが仕入れておいた日用品や工具、農機具などを積み込んで行った。


「ホッホ、アレクの小僧も、一端のやり手になったものだ」


 このパスファインダー商会が仕入れる品物の選定については、アレクが書いた手引書によって選ばれていた。

 サウロはその手引書を見て満足げにつぶやく。



 しかし、事務所の仕事は今はあまり多くなかった。


「サウロさん、次は何をしましょう?」

「うーん、手持ちの仕事は昨日全部片付けてしまったねぇ。いいんだよ、何も無い時はゆっくりしていれば」

「でも……」



 老サウロは仕事が無い事にも慣れていたが、クラリスは落ち着かなかった。


 風紀兵団に追われ、国境を越えてコルジアに入った。

 コルジアでは異国の幼い姉弟を雇ってくれる人は見つからなかった。

 二人で、歩いて、歩いて……蓄えもそろそろ無くなろうかという頃に、ようやくたどり着いたのがロングストーンだった。

 路地裏に身を寄せ合い、仕事を探す事十数日、そしてダメ元で飛び込んだ不穏な噂のある怪しい商社の事務職の面接……そこで自分とほとんど年の変わらない女の子の商会長の目に留まり、何とかありつく事が出来た職なのだ。

 手持ち無沙汰でいるのは不安だった。



「ホッホ、中小の海洋商人の陸上事務所なんて、こんなものだよ。ヒマな時は本当にヒマなんだから。まあ、そのうち慣れるさ、うん、うん」



――バン!



 その時。凄まじい勢いで、事務所の扉が開かれた。


「失礼。思った以上に扉が軽かった」


 戸口には、身長190cm程の、手足が長くがっしりとした、濃い金髪と見事な顎鬚を持つ、ライオンのような若い男が立っていた。


「同僚が無礼をした。私はストーク海軍のイェルド・オーケシュトレーム」


 さらに同じくらいの背丈の、黒髪をオールバックにまとめた、これも威圧感のある頑強そうな男が続いて現れ、濃い金髪の男を追い越して、堂々と事務所に入って来る。


「この同僚はレンナルト・メシュヴィッツ。我々は同胞のストーク人、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストを探し出す為イースタッドからやって来た。ご協力を願えないだろうか」



 サウロとクラリスは、半ば口を開けたまま硬直していた。



「イェルド、話が急過ぎるんじゃないか」

「失礼した。我々はストーク王国国王の勅命を受け、グランクヴィスト氏を捜索している、ストーク王国海軍ロヴネル艦隊の士官だ。怪しい者ではない」



 サウロがどうにか口を開く。



「失礼……エルドさんと……レノーさん……」

「発音しにくいならそれで構わない。我々もアイビス語は不慣れだ」

「誠に申し訳ないが、ここはアイビス人の海洋商人の事務所で、ストークの人の事はさっぱり解らないのだが……」


 今度はイェルドとレンナルトが顔を見合わせる。


「やはり簡単には明かしていただけないようだな」

「うむ……では我々が置かれた窮地についてかいつまんで説明したい。フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストはレイヴンの高等外務官ランベロウ氏の誘拐事件に関わった。身代金はハマーム王が支払い、ハマームはレイヴンに支払いを求めた。そしてレイヴンは我々ストークに説明を求めている。法外な請求も」



「あの……お待ち下さい。解りました」



 サウロはそう答えた。本当は何も解らない。一体彼らは何の話をしているのか。

 しかしこれ以上「何も解らない」を繰り返す事で、彼等が逆上し出したら困る。そう考えたのだ。


「乗船名簿を集めてくれるかな」


 何が何だか解らないまま硬直して震えているクラリスの為に、サウロは言った。本当は自分で取った方が早いのだが、クラリス嬢も何かしていた方が気が紛れると思ったのである。


「ああ、ありがとう……」


 そしてクラリスが震える手で棚から集めて来た、パスファインダー商会の水夫達の名簿を、サウロはカウンターに乗せ、二人のストーク人が見ている前で確認する。

 二人のストーク人海軍士官は、名簿を覗き込んだりする事もなく、ただ待っていた。


「うーん、申し訳ないが、そういう人はうちの商会には居ないね……」

「この男の足取りは極めて少ないのだが、八月にパスファインダー商会の船に乗っていたという情報がある」

「八月……今年の八月頃にこの商会で運用していた船はフォルコン号だけだね」


 老獪なサウロは、何とか彼等に協力しているふりを見せようとするのだが。


「ロート海峡からパゴーニ島へ行く間に、フェザントの海軍士官がグランクヴィストをフォルコン号上で見たと言うのだ!」

「この航海ではフォルコン号は旅客輸送をしているんだ……その少し前にフォルコン号はジェンツィアーナ沖でドナテッラ号という火災を起こした貨客船を救助し、数十人の乗客を移乗させている……もしかしたらその人は、その時にフォルコン号に乗ったのかもしれないね」

「フォルコン号は今どこに居る!?」


 だんだん、ライオンのレンナルトの方がカウンターから身を乗り出して来る……レンナルトも決して脅している訳ではないのだが、体も声も大きな男がそんな事をするものだから、クラリスはすっかり、部屋の隅で固まって怯えていた。



 そこへ。


「お前等、なんだか穏やかじゃないな」


 二間続きのパスファインダー商会の事務所の奥の部屋から、のしのしと現れたのはゴリラ……いや、アイビス海兵隊のオランジュ少尉だった。


「パスファインダー商会は民間会社でフォルコン号は商船だ。どこを走ろうが勝手じゃないか」


 オランジュ少尉は、二人のストーク人が見た事の無い物を貪り食っていた。

 それは近年南大陸南部の密林地帯から伝播し、シハーブ諸島西部などで栽培、出荷されるようになった、バナナという果実だった。


「商船の行き先が知りたければ、水運組合に行って情報料を払って聞くものだ。さあ、帰った帰った」


 オランジュ少尉はクラリスを背にして立つ。オランジュとしては震えているクラリスを気の毒に思って出て来たのだが、クラリスは荒事になったらどうしようと思い、ますます震える。


「しかし我々には、どうしてもグランクヴィストの情報が必要なのだ」

「ここは商社だ。商売の話でないなら帰れ」


 両者の視線が衝突し、緊張が高まる。

 サウロが慌てて両者の視線の間に入り、オランジュ少尉の方をいさめる。


「待て、待て……そもそもオランジュ少尉、あんたも何故ここに居るのだ……」

「つれない事を言うなよ、俺だって暫くフォルコン号に乗ってたんだから」


 オランジュがバナナを口にする。

 イェルドはレンナルトの肩を掴み、カウンターから三歩下がらせる。


「失礼。我々はストーク海軍の……」

「奥で聞いてたよ。俺はアイビス海兵隊のオランジュ少尉だ。俺の知ってる事なら教えてやる。俺がフォルコン号に初めて会ったのは九月の中頃、縁あって乗り込む事になったのが三週間前、そして船を降ろされたのは三日前だが、その間、ストーク人は一度も見ていない。今も乗っていないだろう」


 オランジュは、彼らがパスファインダー商会での仕事をなるべく早く終わらせられるように、そう丁寧に言った。

 イェルドも丁寧に尋ねる。


「では、フォルコン号は三日前までここに居たのか。フォルコン号が……どこへ向かったかを教えて貰えないだろうか」


 オランジュは首を振る。


「それは無理な話だ。何故なら俺も知らないからな。俺と部下達も、フォルコン号には客として乗っていたに過ぎなかった。だがさっきも言ったように、商船の行き先は水運組合に行って手数料を払えば教えて貰えるよ」


 オランジュはそう言って、食べ終えたバナナの皮をくずかごに入れようとしたが、くずかごは既にオランジュが食べたバナナの皮で一杯だった。


「こりゃいかんな、ごみ捨て場に持って行ってやるよ」


 オランジュはバナナの皮で一杯のくずかごを持ち上げる。

 イェルドは溜息をつく。


「……騒がせて申し訳無い。また来るかもしれないが、どうか悪く思わないでいただきたい」



 三人の男達は、連れ立つように事務所を出て行った。オランジュ少尉はすぐに戻って来そうだが。


「あの、お嬢ちゃん、こういう事は滅多に起きないと思うから……大丈夫だから、怖い仕事ではないから、うん、うん」


 サウロは部屋の隅でまだ硬直しているクラリスにそう言ってから、開かれた板窓越しに通りを眺め、思いを馳せる。

 あの少尉は何故、朝から晩までパスファインダー商会の事務所に居座り、パスファインダー商会の売り物のバナナを食べているのだろうか。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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