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海の勇士マリー・パスファインダー(笑  作者: 堂道形人
ロングストーンに戻って
29/82

クロムヴァル「すっかり夢中の御様子ですな。そこまで魅力的な人物でしたか」

三人称パート入ります。

ストーク海軍の人々の方。

 ロヴネルはフレデリクとの出会いの後、ロングストーンのあまり広くない市域を郊外へと急いでいた。


 彼が率いて来た船は四隻。うち二隻は軍艦なのですぐに退去しなくてはならなかった。もう二隻、後方支援用につけられた旧式船には、彼の判断で民間船の船籍がつけられていた。


 そのうち一隻は彼の腹心の二人の艦長、イェルドとレンナルトを乗せてどこかへ行ってしまったが、もう一隻がロングストーン郊外の沖合いに錨泊している。


「提督……!」


 海岸の岩場では、彼の部下数人とボートが待っていた。部下達は全員私服を着ているし、武器は一切持っていない。

 ロヴネル提督も同様に武器を持たずに出掛けたはずなのだが。何故か彼は鞘に収められたサーベルを右手に持っていた。


 部下の一人、やや年配で細面の眼光鋭い男が声を掛ける。


「提督、その剣は」

「ああ。剣帯もつけて行かなかったからな。手で持つしかなかった」

「いえ、そういう意味では……その剣はどうされたのですか」

「うん。フレデリク卿その人から預かった」

「何と。出会えたのですか……彼はどんな人物でしたか」

「噂通りかなり若い。だが間違いなく、内海の幾多の陰謀劇の中を一人で戦い抜いて来た人物だと思えた。言葉少なく慎重にして、果断で大胆だ」

「……ストークの人間とも思えぬ英傑ですな……我々は内海の人々に言わせれば、正直で単純な田舎者です」


 ロヴネルの部下達は彼が現れた時から、黙ってボートを出す準備をしていた。ロヴネルと年配の男クロムヴァルが乗り込むと、ボートはただちに沖へ向かう。



 ロヴネルは席につくと、手にしていたサーベルをゆっくりと抜き、刀身をかざして見つめる。


「それで……私はフレデリク卿を連れて帰るというのが、エイギル閣下からの命令であったと記憶しているのですが」


 クロムヴァルはこの若い提督の為につけられた、実務経験の豊富な参謀である。


「閣下が言外げんがいに秘められた思いは、彼を無理やり連れて帰る事ではないだろう……それに」


 彼はつい先日この船に加えられ、今もオールを漕いでいる一人の水夫に目をやる。彼の名はオロフ。彼はならず者として内海を渡り歩いていたストーク人だったが、フレデリクに関する情報を持っていた。


「オロフの言う事が本当なら、フレデリク卿は大海賊ファウストとの一騎打ちに勝ち、アイビスの大魔術師を一人で討ち取った男だ。我々が束になって掛かったとしても、簡単に勝てるかどうか」


 酒場でフレデリク伝説を語って小銭を集めていた所をロヴネルに見つかり、艦隊に勧誘されたオロフは、最初は過酷な海軍勤務を大変嫌がっていたが、任期は一ヶ月だけ、報酬は金貨50枚という破格の条件を聞き、すぐに翻意したのである。

 そのオロフが、少し振り向いて得意そうに言う。


「提督! フレデリクの見た目はどうでやしたか!」

「僭越だぞ、口を慎め」クロムヴァル。

「ふふ、構わないぞ、今の我々は軍人ではないしな。フレデリク卿の見た目はオロフの言った事と寸分違わなかった。このサーベルも、正に……ファウストと斬り合った時に使った物なのだろうか」


 ロヴネルはサーベルをそのままクロムヴァルに渡す。クロムヴァルは一礼してそれを受け取り、刀身をつぶさに検める


「不思議ですな……そのような幾多の戦いを潜り抜けて来た剣だというのに、まるで血の曇りが無い。刀身の傷もごく僅か……この傷をつけたのがファウストでしょうか」

「そういう剣を使える人間は、本当にごく僅かしか居ない……どう思う。そういう人物が、何故私に剣を預けたのだろうか」


 クロムヴァルは剣を鞘に収めてロヴネルに渡し、向き直る。


「勿論、閣下を深く信頼されたのでしょう。ふふ……閣下もお解りの上でおっしゃっているはず。さあ、御話し下さい。フレデリク卿とどのように打ち解けられ、この剣と共に何を託されたのですかな?」

「そこを察してくれると、私も話しやすいよ。命令違反の項目が増えて行くばかりだからね」

「はははは……」

「ふふ、ふ」




 ロヴネルら一行は、民間船籍をつけた古いキャラック船に乗り込む。

 軍艦であるヒルデガルド号ともう一隻、快速のコルベット艦ビルギット号は海峡から少し離れた沖合いで待機していた。


「ヒルデガルドはイェルド達を連れ戻しに行ってくれ。ビルギットは離れてついて来て欲しい。行く先はアイビス領ブルマリンだ、他国の海軍に遭っても決して刺激しないように」



 ストーク人は気質的に他人に対して素っ気なく、何事も実務的だと言う。そして物静かで哲学的なのだが、物事を一人で考え過ぎる事があり、それが早合点に繋がる事も多いと。

 フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストも、マクシミリアン・ロヴネルも、ある意味そんなストーク人気質を代表する人格を持つ者達だった。


 キャラック船が、北東のブルマリンを目指して海を行く……

 帆装が四角帆のみの旧式のキャラック船は、逆風時の取り回しが悪く鈍重で、ここまでの航海でも快速のヒルデガルド号とビルギット号の足を引っ張って来た。

 しかし今はおあつらえ向きの南西風が吹いている。


 内海。古い歴史に積み重ねられたしがらみ、入り混じった沢山の文化と人種、複雑奇怪な政治、対立する宗教、そしてストーク人が最も苦手とする、気さくで馴れ馴れしく、その癖何を考えているか解らない都会人達……ストークの人間にとってここはある意味、未知のジャングルよりも恐ろしい所だった。



 少しして。ロヴネルは船長室の扉の前に立っていた。

 彼の前には、操船に参加していない水夫全員が整列していた。

 ロヴネルの訓示が始まる。


「知っての通り、我々はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト氏を探し出し、ストークに連れ帰るべしという命令を受け、航海に出た。しかし、問題の根底にあるのは我が国の海上権益の保全力の低下と、レイヴンへの依存だ。レイヴンは新世界で大いに権益を広げ、その力で北洋に於いても覇者たらんとしている」


 本来はストーク海軍の正規の水兵である者、そして海軍士官である者も、皆この船を民間船と偽装する為に、私服姿で乗務している。


「レイヴンは今、フレデリク卿がレイヴンの政治活動を妨害した事を理由に、ストークに対し賠償を求めている」


 水夫の間にどよめきが広がる。指揮官がこうした情報を水夫に明かす事は珍しい。普通、任務に関わる情報は士官の間でだけ共有され、兵には知らされない。


「要求は非常に高額だ。多額の金貨、又はストーク人の祖先が苦労して拓いた極洋の二つの港、あるいは、国王陛下の愛娘、シーグリッド姫をよこせと。レイヴンはそう主張している。フレデリク卿がレイヴンにもたらした不利益の賠償にと」


 水夫達のどよめきが大きくなる。中には堂々と怒号を上げる者も現れる。


「静粛に! 提督閣下の訓示の途中であるぞ!」


 クロムヴァルが声を張り、水夫達を黙らせる。


「諸君らの憤りはもっともだ。では悪いのはフレデリク卿か? 我々がフレデリク卿を捕えてレイヴンに引き渡せば、全て解決するのだろうか。私はそうは考えない」


 沈黙させられていた水夫の何人かが肯定の声を上げる。拍手をする者も居る。


「レイヴンは弱っているのだ。旭日昇天の勢いで勢力を増し、誰にも手をつけられないと思われたレイヴンが、一人のストーク人同胞の活動に悩まされ、ついにはストーク王国に賠償を求めて来た。たった一人で、レイヴンをそこまで悩ませられる人間の事を、我々は何と呼ぶべきだろう。しかも彼は……間違いなくストーク王国の、国王の為、民の為、先祖の為、戦っているのだ。レイヴンは! 彼に打ちのめされているからこそ、我が国に賠償を求めているのだ! この意味が解らぬ者は居るか!」


 水夫達の喝采が再び高まる。拳を振り上げる者、高らかに叫ぶ者……中には帯剣に手を掛けようとする者まで居る。


「静粛に!」今一度、クロムヴァルが自制を促す。


「だが我々の任務は任務だ! 我々はあくまで、フレデリク卿を命令通り、イースタッドへ連れ帰る為に働くのだ」


 方々から、ひそやかな不満の声が漏れる。しかし。


「勿論、正々堂々と。我々は無傷のフレデリク卿を、大手を振ってイースタッドへ凱旋させるのだ。だがこの戦いは単純な物ではない! 我々は内海に資源を持たぬ異邦人、行動には最大限の慎重さが求められる! ここに居る全員にだ! 私にも、君達にも! これは決して簡単な事では無い、しかし! 我々は今や同じ目的に向かって邁進する同志であると信ずる! 各員、各々の行動が皆に影響すると理解し! 自制と信念、そして……あらん限りの粘り強さを持って! 今回の任務に当たって欲しい!」


 水夫達が、士官が、賛同の快哉を叫ぶ。



 訓示を終えたロヴネルは船長室の扉の中に戻る。クロムヴァルも後を追って来る。


「訓示は苦手だ」

「皆には伝わったと思います」



 ストーク海軍提督、マクシミリアン・ロヴネルとその部下達を乗せた旧式のキャラック船は、追い風に乗ってアイビス領ブルマリンを目指し航走して行く。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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