レンナルト「フレデリクを発見した!あの船に乗り込んだぞ!」イェルド「間違いないのだな!? 行くぞお前達!」
近づくストーク海軍の追手。
何で追われているのか解ってないマリー。
ストークの人達は何に困っていて、フレデリクを探しているのか。そのフレデリクが本当に私が化けたフレデリクなのかどうかを含め、全く解らない。
だいたい私の謎の貴公子ごっこが、遠く離れたストーク王国に影響を与えるような事なんてあり得るの??
ブルマリンの事が何か関係あるの? エドムンドさんも何か言ってたよね。ナントカ侯爵がどうこう……それがストークにも関係あるの?
ハマームの件は関係無いよね? だって凄い遠くだし、まだ二ヶ月くらい前の話ですよ。ストークって凄く遠いんでしょ、そんなすぐ伝わるかしら。そもそもハマームの親子喧嘩の話が、ストークとどう繋がるんですか。
私とロイ爺は一度船に戻る。まだ午前10時くらいですね。
アレクはまだ戻ってないな……アレクには次はヤシュムと言ってしまった。だからアレクは北大陸の産物でヤシュムで売れそうな物を集めて来るだろう。
フォルコン号の隣にはフォルコン号より一回り大きなフリュート船が停泊している。
これはヤシュムの船主から借り出してハリブ船長が運用している貨物船だ……積み込んでいるのは工業製品が殆どだ。
気まぐれなフォルコン号と違い、彼等は予定通りの航路を辿っている。そこにサウロさん達がチャートに従って仕入れた品物を積み、すぐに出港する……
ハリブ船長はそろそろ出港するようだ。船長が海賊時代の倍に増えた部下にてきぱきと指示を出すと、部下達はまあまあの手際で出港準備を進めて行く……
なかなかの手並みなんじゃないですかね、ハリブ船長。ちょっとだらしない人って印象もあったんだけど。
……やってみようか。
私は艦長室に戻り、室内に干してあるキャプテンマリーの服を取る。
少し生乾きだけど仕方ない。何とか着込んで……問題はアイマスク……つけるか。つけよう。これで腰に剣……サーベルの方にしておこう。はい、これでフレデリクですよ。
この行動、合ってるのかしら……いつも思うんだけど、誰か私の頭脳になってくれる人は居ませんかねぇ……今回は特に自信が無い。
歴史小説に出て来る、軍師みたいな人が居たらいいのになあ。そんな人が私に力を貸してくれるかどうかはさておき。
私がストークに連れ去られるような事になったら、きっと困る人も居ると思うの。
私、ヤシュムの騎士だもん。私は首長にも認められ、断絶気味だった航路を繋ぎ、ヤシュムに発展をもたらそうとしている最中なのだ。まあ実際には私一人居なくたって誰も困らないけど、そういうつもりで居る事は大事である。
アイリさんの姿が無い……散歩にでも行ったのかしら。ロイ爺も船室で休んでるのかな。アレクと不精ひげも居ない。カイヴァーンは鍛練中かしら、予備の錨を持って何かしてる。
あとは舷門の近くで腕組みをして佇んでいるウラドだけか。
あれは完全に私対策をしてるわね……アイリさんにでも言われたんだろうか。マリーが一人で出掛けようとしたら止めろと。
案の定。キャプテンマリーの服を着て羽根付き帽子を被りアイマスクをして帯剣した私を見て、ウラドは一瞬ギョッとした表情を見せた。
「船長……何をするつもりなのか」
「ウラドも一緒に来てくれるかしら。大事な船の用事よ、手伝って」
「……しかし船長、その恰好は」
「大丈夫、今日はすぐ済むから」
ウラドは冷や汗をかき項垂れる。一人で出掛けようとしたら止めろとは言われたが、一緒に来いと言われるのは想定外だったのではないか。
しかも私、完全に悪巧みをする構えである。
「あの……アイリが戻って来てからでは駄目だろうか」
「船長命令」
私は小声で呟いた。
こめんねウラド。
キャプテンマリーの服を着てアイマスクもつけた私は、一人で水運組合の方へ歩いて行く。
ストークの人は見てるのかなあ、と思っていたら、建物の陰で……赤毛で色白の若い水夫が私を見ていて、私と目が合うなり振り向いてどこかへ走って行く。
ストークの人、ちょっと正直過ぎやしませんか。
ロングストーンの水運組合はロングストーン自警団の詰所と隣接している。自警団の詰所には例によって手配書が貼ってある。
北大陸と南大陸の狭間にあり、内海の入り口にして外洋への出口でもある、ここロングストーンはどこの国にも属さない独立都市でもある。
この町の手配書は、政治的理由抜きで悪い人を並べた、世界犯罪者ランキングとも言えるかもしれない。
フェザント出身の自称学者、なんでもフェザントの国王にも銃を向けたという大海賊ファウストさんの賞金は金貨3万枚。ちょっと上がった? でも賞金額一位は金貨10万枚ですと。
悪党が名を売るのも大変なんですねェ……あれ。よく見るとファウストさんの手配書、最大の賞金を掛けてるの、フェザントじゃなくレイヴンじゃないですか。何で?
賞金が更新されたのは9月25日、概ね一か月前。これって、ランベロウを誘拐した件でレイヴンが怒って、賞金を上げたのかしら。
ニュースって結構伝わるもんなのね。まあフレデリク君には関係無いでしょう。
手配書では無い、尋ね人の所には……また貼ってある。
『航海者フレデリク・グランクヴィスト ストーク人 身長170cm 金髪 アイマスクをつけている場合あり 居場所を特定出来た情報には金貨10枚進呈 レイヴン王国ロングストーン事務所』
やっぱりこのフレデリクって別人なんじゃないですかね。何で金髪なんだろう。万一このフレデリクが私だとしたら、誰の情報と混ざっているのか? 金髪は……ブルマリンで一緒に行動したトライダーくらいだよなあ。
私は今度こそ誰も見て無い事を確認しつつ、ここにも「ヒゲが濃い」と書き加えておく。
さて、ストークの人達はどうしただろう……クラリスが言ってたわね、金髪に髭のライオンみたいな人が居たって。あの遠くから走ってくるのがそうか。彼とオランジュ少尉の競演はちょっと見てみたかった。
いやいや、急がないと。
私は桟橋へと急いで戻り、出航準備を全て整えていた、ハリブ船長のフリュート船の方に駆け込む。
「だ、誰だ!?」
舷門の近くに居たハリブ船長が驚いている。この帽子とアイマスクだけで、本当に私だと解らなくなるのね……マリーとは一体何だったのだろう。
「マリーちゃんですわ! 緊急事態よ、急いで出航して!」
私は一瞬マスクを取り、ニスル語で、マリーの声で言う。しかしこの後、ハリブ船長にどう説明しどう説得したものか。
「が、合点でさあ! お前ら、ブリッジを外せ! 抜錨準備は出来てるか? よし、この風でそのまま動かしちまえ! 抜錨! 帆を開け!」
良かった。何も聞かずにやってくれた。
桟橋を一隊の男達が右往左往している……ライオンっぽい人は指揮官だろうか。本屋に居た人は居ないな。
大急ぎで出港準備をしてる船が居るわね。小振りなキャラック船っぽいけど、ついて来る気かしら。ああ、ライオンと仲間達が乗り込んでる。
「親分、そのままヤシュムへやればいいんですか?」
「予定通りやって頂戴。あのライオン船は気にしないで」
「ライオン船?」
「今から起きる事は見なかった事にしてね」
私はそう言って、ライオンの船と反対の舷側に行く……ウラドは予定通り、フォルコン号の予備の小さい方のボートで、近くまで漕ぎ寄せていた。
「あの……親分」
「航海の無事を祈るわよ」
私は手摺りを越え、近づいて来たウラドのボートへと飛び降りる。船酔い知らずの魔法のおかげで、こういう事は簡単に出来る。
「親分!?」
ハリブ船長が驚いて、フリュート船の甲板から乗り出して見ている。私は唇に指を当ててみせて、ボートの中に置いてあった帆布の中に潜り込む。
私は帆布から外を覗く。
ハリブ船長のフリュート船は順調に港を離れて行き、ライオンの船は順調にそれを追い掛けて行く……私にも罪悪感が無い訳では無い。
だけど怖い。フレデリク君はあのテンションで追い掛けられているのか。
風紀兵団から逃れる為にアイビスを離れ、海に出たというのに。これじゃアイビスの方が安全かもしれませんよ……だけどあと二ヶ月。あと二ヶ月頑張れば、私はヴィタリスで普通に暮らせる年になる。
「ありがとうウラド、助かったわ。そのへんの桟橋に寄せて」
「あのハリブ船長を追い掛けて行った連中は……」
「ストーク海軍の人達みたいね……民間人のふりをして潜んでたんだわ」
私は帆布から這い出て、ボート用の狭い木の桟橋に飛び乗る。
ヤシュムに行き辛くなっちゃったわね。アレクはまだ市場に居るかしら。行って相談しないと。
そんな事を考えながら桟橋を歩いて行こうとすると。20mくらい前に、あの本屋に居た銀髪のお兄さんが立っていた。