マカリオ「うーむ……やはり……欲しい」フルサイム「……(困ったもんだ)」ベルズ「……(懲り懲りだよ)」
ロワンを男爵の元に戻す事に成功してしまったフレデリク。
弟マカリオを非難もせず、代償を求めず献身する姿勢が男爵の気持ちを変えた。
でも、この小さな成功には何か意味があるのかしら?
「ここに居るという事は……兄の所へ寄った帰りかね。ロワンはどうした?」
マカリオが言う。私は十分な距離をとったまま答える。
「エドムンド男爵は再びロワンを庇護する事に決めたよ。貴方ももう無茶はやめるんだ」
マカリオも二人のレイヴン人も、水路に落ちたせいでずぶ濡れのようだ……さて、どうしよう……今度は私は逃げてもいいんだけど……いや、別に逃げる理由も無いか……向こうももう襲って来る理由が無いよな……
「先程はきちんと名前も伺えなかったな。私はマカリオ・バルレラ。エドムンドの弟である事はもう存じているだろう。君は」
「ストーク王国、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト」
「……兄に話したのかね。私が特別なコートをロワンに着せようとしたと?」
「そして、今後はそういう事が起きないようにと御願いした」
まさか襲って来ないよなあ。さっきの水路での乱闘は……決闘といいつつ儀礼も名乗りもないものだったし、お互いカッとなって偶発的にというか……良く考えたら私だってサフィーラの衛兵に見つかったらどうなってたのかしら。
それでこの辺りはというと……あの水路を挟む道よりずっと人が多く、離れた所には衛兵さんの姿も見える。
立ちはだかったままのマカリオ一行に、私は慎重に近づいて行く。エステルは彼らには敵対してないし、大丈夫だよな……ちょっと応援してくれたくらいで……
「待て。お前の言っている事は全てお前の想像に過ぎず、それを事実であるかのように私に対し突き付けた事は侮辱であり、それを兄にまで話した事は重ねての侮辱と言える」
ぎゃああああ!? マカリオはサーベルを抜き馬を突っ込ませて来た! 私は手近な塀の上へ跳び上がる!
「貴方はエミリオが好きだったようだが、エミリオも貴方が好きだったのだろう。ロワンもね。僕はこの件でこれ以上事を荒立てるつもりは無い。お互い、亡きエミリオの遺志に免じて、剣を収めないか」
マカリオは瞳を伏せた。何か考え込んでいるかのように。
レイヴン人の二人組は……大きい方は、少し興奮したマカリオの馬の轡を取って宥めているが……小さい方は……懐から短銃を取り出した!?
「フレデリク。もはやそういう事ではないのだ。私はね、君に興味があるのだよ。決闘は未だ有効だ。私が勝ったなら……君には私の言う事を聞いてもらう」
は?
あ……短銃の銃口が……私を向いて……
「やめろ!!」
エステルのレイピアの切っ先が、短銃を持つ手を下から大きく打ち払った!
返す剣でさらに一閃、唸るエステルの剣が、背の低い方のレイヴン人の額に、横一文字の浅い傷を刻む。
「ぐわあああ! 死んだああ!」
男はレイヴン語で叫びのた打ち回る……死にはしないと思うけど……
大きい方のレイヴン人が轡を引き、馬上のマカリオとエステルが相対する……しかし。エステルの左手は宙を舞った短銃をしっかりと掴んでいた。
「さっきと同じだ! この男は貴方の兵卒だろう、それが一度ならず介入しているのだ、これは決闘ではない! フレデリク! 私に構わず先に行け!」
「エステル……! 君が巻き込まれる筋合いは……」
私がそう言い掛けると……エステルはキツい目線を私に向ける!?
「君はそう言うと思ったよ! 私は私のすべき事をするだけだ!」
エステルはレイピアを振りかざし、まず轡を取っている背の高いレイヴン人の方に突きかかる。
「ヒッ……」
男は轡から手を離す。尚も男を追い払おうとするエステルに、背後からマカリオが……
「危ない!」
だけどエステルはきちんと見ていた。馬上からの斬撃を間合いを取って交わす。
「早く行けフレデリク! じゃないと私も離れられない!」
「……解った」
私は屋根の向こうに姿を消す。
「フフ、ハハ……随分簡単に立ち去るものだ……クラウディオの娘。何とも残念だよ。かつての盟友の娘が、こうも簡単に男に置き去りにされるのを見るのは」
「挑発なら無駄だ。これは私の望んだ事だ」
「フレデリクと言ったか……あの少年はコルジア人の情熱、気質、人の愛し方を全く理解していないのだろうな。やめておけ、ストークの男にコルジアの女は重過ぎる」
「知るものか。さあ立ち去れ! 私も銃で騎士を撃ちたくはない」
「ハハハ、それは水路に落ちた時に持っていた銃だぞ。水に濡れて撃てない」
エステルは一瞬銃を見る……違う!それはマカリオの嘘だ!
一度距離を取っていたマカリオが、エステルに向けて馬を突進させる……
私は叫ぶ。
「エステル! 空を撃て!」
――ドン!!
発砲音が響き、馬の足が竦む。
「むうっ……」
「そら!!」
屋根から戻った私は、馬上のマカリオの真後ろに飛び降りる!
「誰が置き去りにしたって!? さあ、馬から降りろ!」
私は既に抜いていたレイピアを、マカリオの肩から首の前へと突き付けてやる。
「ぬあっ!?」
馬はさらに暴れ、私のレイピアを避けようと姿勢を崩していたマカリオは、たちまち馬上から落ちる。
「エステル、避けろ!!」
私は急ぎ手綱を握り、鐙に足を掛けるが、パニックを起こした馬はなかなか言う事を聞かない! エステル逃げて! マカリオもあっち行け! 踏むよ!
そして毎回申し訳無いんだけど……通行人の視線が集まる……衛兵さん達も唖然としている……多分、傍から見たら滅茶苦茶に暴れる馬の上、私は事も無く座っているように見えるのだろう……船酔い知らずの魔法の効果でこれも、玩具の木馬に跨っているのと同じにしか感じないのだ。
「落ち着け、どうどう……」
エステルもマカリオも無事避難した。
ただ、私は馬の宥め方なんか知らない。故郷ヴィタリスの地馬なんて、この半分くらいの背丈で、寸胴でめちゃめちゃ大人しいのだ。
「スィー。スィー。シー。シー」
するとエステルが……掠れた口笛のような音を鳴らす……
「シー……シー……スィー」
そして少しずつ……馬の正面に立たないように気をつけ、回り込みつつ近づきながら……馬の顎の下に軽く手を触れた。
すると馬が、かなり落ち着いた。
私は辺りを見回す……まずい、マカリオ達が立て直して来る。
「エステル! 前に乗って!」
「ええっ!? 後ろじゃないのか?」
「僕だとこの馬がまた暴れたら止められない、頼むよ!」
私はエステルに手を貸し、鞍の前に乗って貰う。馬だって主人を裏切るのは不安だろう。少しでも馬に慣れている人に操ってもらった方がいい。
「港の方で……いいのか?」
「頼むよ、エステル」
私はエステルの耳元でそう言ってから、振り向いて叫ぶ。
「決闘は無しだ、マカリオ! 僕がエステルを置いて行くと思ったか!」
馬は港へ続くなだらかな下り坂を軽快に駆け下りて行く……衛兵達は結局見てるだけだった……それでいいのかこの街の治安は。
いやー、今度こそ駄目かと思った。だって船も水路もない場所だったし。何とかなるもんですね。
「あ、あの……そんなにしっかり抱き着かれると……」
あ……少しくっつき過ぎた……そういやフレデリク君は男ですよ。
……
エステルの耳が真っ赤だ。
私の心のどこかで、何かが警鐘を鳴らしている……
だけどそれが何なのかがよく解らない。