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海の勇士マリー・パスファインダー(笑  作者: 堂道形人
情熱のサフィーラ編(笑
13/82

アイリ「起きて! 今の爆音聞いたでしょ!? 艦長室に行くわよ!」ロイ爺「考え過ぎじゃよアイリさん、船長も艦長室で寝てるじゃろ……」

注:

マリーが居る世界の「爵位」について……この世界にも色々な国があり、国ごとに多少制度は違いますが、爵位については概ね、個人が相続する事になっています。

有力な貴族は複数の爵位を保持していて、親子兄弟で称号を分け合うような事もしていますが、基本的に一つの爵位を持てるのは一人だけです。

 中に綿を詰めた生地。それで作った服はとても暖かい。それでいて毛織のコートと比べると軽量で柔らかく着やすい。


 すべからく服というものは、それを着る人を幸せにする為に作られるべきだ。

 外の世界の刺激から肌を守り、寒い日でも暖かく過ごせるように。お針子のマリーはそのような願いを込めて針を通す。

 お針子のマリーはこれを作らせた奴が許せない。

 こんな物は世の中に絶対にあってはいけない。



 私はしっかり耳を塞いでいた。そうしていなければ耳を駄目にしていてかもしれない。

 最後に私と、見知らぬ勇気ある近所のおじさんを守ってくれたのは、鍛冶屋の頑丈な金属製の細長い水桶とその蓋だった。


「死ぬかと思ったね」おじさん。

「うん。死ぬかと思った」私。


 げほ、げほ……砂埃、泥、木片……それでも爆風で色んな物が飛び散ったようだ……ひえっ……分厚い水桶が変形してる……本当に助かったのか私……


「みんな無事かー!」


 勇気ある近所のおじさんが辺りを見回してそう叫ぶと、遠くで倒れていた野次馬さん達が力なく笑う。


「お前が言うなよ」「あんたが無事か」



 私はボボネに近づく……意識はあるし、外傷は無いようだが……どうも耳を塞がなかったらしい。その辺りの壁際に座り込んでぼんやりしている。


「君は……地獄の一歩手前で踏みとどまった」


 ボボネは一度首を振ってから、私を見上げ……左耳を塞ぐ……


「耳をやられたのか?」


 私が少し大きな声で言うと、ボボネは俯く……

 片耳で済めばむしろ幸運だ。この男は今死ぬつもりだったのだ。


「それでも……ロワンに死ねとは言えなかったんだな」

「……」


 ボボネはぼんやりと視線を伏せた。

 ボボネは決して良い人ではない。役目上で知り得た情報をロワンを騙して売らせ、自分は危険の無い所にいて、売り上げは丸々奪う。

 だけどそんな男でも、黒幕の言いなりになってロワンに爆薬入りコートを着せる事は出来なかった。

 人間、解らないもんだな。


 ……


 まずい。エステルが待ってるんだった。

 だいたい私、エステルの助けになりたくて出て来たんじゃなかったっけ……それがどこで、エステルに協力を頼みホボネを追う、にすり替わったのか。


 衛兵はまだ来てないが、捕まったら長い話になるだろうな……それは困る。

 だけどフレデリク君は無許可で海賊船を乗っ取り偽造した書類で港に入るアウトローだ。マリーのように法令を順守する必要はあるまい。

 消えるとしようか。



 私は落ちていたレイピアを拾い上げ、鞘に戻す……ああ、帽子も飛んでる。


「僕はストークのフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト、この一件はまだ終わっていないので、これで失礼する。町の衛兵に宜しく」


 私は帽子も拾い上げて被る……ぎゃっ!? 誰かに腕を掴まれましたよ!?


「まあ待て、ちょっとだけだ、今来るから……ほら!」


 私を捕まえたのは野次馬の兄さんの一人だった。

 さっきの勇気あるおじさんも近づいて来る。

 そして近くの鍛冶屋街の飲み屋っぽい店から、お姉さんが陶器のカップを二つ持って駆けて来て、それを私とおじさんに渡す……


「この国の名物、ポルトワインよ、ストークの方」お姉さん。

「乾杯! 冒険がお前に富と名声をもたらしますように!」おじさん。


 カップのワインを一気に飲むおじさん……私も釣られていただく……よく冷えてるのはいいんだけど、このワイン何か普通のより強くないですか。


「ハハハ、いい飲みっぷりだ」

「衛兵の事は任されたわ、良く解らないけど頑張ってね!」



 この状況で酒を飲まされるとは思わなかった。

 これがコルジア、その中でもここはサフィーラ……かつてはアンドリニアと呼ばれていた国の首都。酒と勇気の町である。

「この町では勇気を見せればタダで酒が飲める」という噂は本当らしい。



 フレデリクは夜も賑わうサフィーラの繁華街に戻って来た。賑やかな通りの二本くらい裏に、先程ボボネとロワンがいさかいを起こした通りがある。


 私はまずぶち君を見つけた……さんざん世話になって申し訳ない。お腹空いてない? ああ……いつも通り抱っこは嫌がる。


 ぶち君が小走りに駆けて行く先を見ると、路地裏の小振りな樽の上に、エステルが座っていた……もう私に気付いてこっちを見ている。


 ロワンは? 居た。エステルと狭い路地を挟んだ向かい側の、低い階段に座って、大きな骨付きチキンレッグを食べている。


「あの……すまない。ロワンを繋ぎとめておいてくれたのか……ありがとう」

「遠くで爆発音がしたけれど、あれは君が?」


 エステルは樽から立ち上がり、私を真っ直ぐに見て言う。

 ロワンは……エステルに買って貰ったのだろう。チキンの他に大きなパンも抱えている。彼の食事にはもう少しかかりそうだ。


 その間に、私はボボネと黒幕が話していた事と、鍛冶屋街で起こった爆発の事をエステルに説明した。



「バルレラ男爵家は大きくはないが力のある家だ。その男が男爵御自らだとは思えないが……そちらは追わなくて良かったのか?」

「ボボネは追わないといけなかった。ロワンについては僕の我侭だ。すまん。彼を繋ぎとめるのは大変だったんじゃないのか」


 エステルは妙に居住まいを正す。


「彼の気持ちになって考えてみた。向こうも私を警戒していたけど、少しは打ち解けて貰えたと思う」


 目をまんまるにしてそう言うエステル……なんだろう? 何かが引っ掛かる……

 ああ。ロワンがチキンレッグを食べ終えたな。


「……ロワンの腹は癒えた……だけど心は癒えない……もう帰る。ボボネの旦那はきっと、ロワンに道化の服を持って来てくれる。あれはロワンにしか着れないから質屋には売れない……そうだろう?」

「まあ待て、これを見ろよ」


 私は、戻って来る途中の生地屋で目について購入した、赤と黒の更紗の生地を取り出し、ロワンの肩に掛ける。


「これは……?」

「僕はこれを君の身体に合うように作る事を頼まれた。それを頼んだのは君の主人かもしれないな。僕は本当は服屋なんだ……さあ、君の為に新しい道化師の服を作ろう。ここじゃなんだな、そのへんの建物に入れないかな」


 私はかなりおかしな事を言ってると思うのだが、エステルの反応は早かった。


「宿場街ならこっちだ、私が案内するよ」



 エステルはすぐに私達三人が入れる場所を見つけてくれた。行商人などが使うような安宿で、そこそこの広さの居間があり、数人の男女がくつろいでいる。


「本当に……服屋さん?」


 身体のあちこちに布尺を当てる私に、ロワンがそう聞く。エステルも半信半疑だろうな。だけど私は本当にお針子である。

 道具も一通り買って来た。布尺、はさみ、針も糸も何種類か。船に戻れば全部あるんだけどなあ。


 型もなく、生地にチョークだけ引いていきなり切り出して行くのは、本来の私の流儀には反する……だけど今日の仕事はちょっと特別なのだ。ロワンの身体は左右対称ではないし、作りたい服も普通の服ではない。

 見る人に、笑ってもらう為の服。ちょっとおかしいなと思って貰う為の服だ。


 脱ぎ着もしやすくしないと。ロワンが一人で出来るように。ボタンは大きく、使いやすく。


 そして丈夫さと肌触りは手加減出来ない。ロワンは服を何着も持てる道化ではないし、縫い目や折り返しが肌に障るような服になったら気の毒だ。


 完璧な着心地と、道化師の仕事に耐える耐久性、そして見る人を明るくするデザイン。その完成形を目指し、私は一心不乱に縫う……いや待て、話を聞かないと。



「君の元の主人はバルレラ男爵だったね。君が彼をどんな風に楽しませたのか知りたいな」


 私は縫い物を続けながら、何気ないふりをして聞く。ロワンはぶち君に構ってもらっていた。


「男爵様は忙しい人だったから……あまりロワンには構ってくれなかったけど。でもエミリオ坊ちゃまはロワンのジャグリングが大好きだった! それからマカリオ叔父上も、屋敷に居る時はロワンの芸で大笑いしてくれた」


 本を読んでいたエステルが、顔を上げて私を見た。少し驚いた顔をしている。


「エドムンド・バルレラ男爵の長男、エミリオは少し前に亡くなったと聞く」


 ロワンはしょんぼりと頷く。


「それでロワンは解雇されたんだよ。後継ぎが亡くなった家に道化なんて有り得ないって」

「じゃあ、君の芸が悪かった訳じゃないんだな」


 私はそう言ってみるが、ロワンは顔を上げなかった。


「だけどマカリオ様が許さなかったんだよ……エミリオ坊ちゃまが落馬して亡くなったのはロワンのせいだって……」


 私は針を動かしながら、首を振る。


「マカリオ様は君を誤解してるのかもしれないね。彼はどんな人?」


 ロワンはぶち君を抱えたまま答える。


「ロワンは愚かだからよく解らない。エドムンド様はアンドリニアを復興したいと言うけどマカリオ様はこのままでいいと言う……エドムンド様はネマワシをしていてマカリオ様はそれが嫌いだった……ロワンはお二人が喧嘩をするのを見るのが悲しかった」

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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