ジュリアン「姉ちゃん一人くらいおいらが食わせてやらあ」クラリス「今日こそ仕事を見つけるんだから!」
当作品は「マリー・パスファインダーの冒険と航海」の第三部でございます。
前作未読の方は宜しければ是非、第一部「少女マリーと父の形見の帆船」から御覧下さい。
ページ下部の「マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ」のリンクからどうぞ!
そして二作目からお越しの皆様! 本当にありがとうございます!
是非是非こちらもブックマークをつけてお読み下さい(震え声)
パスファインダー商会の商会長を勤めております、マリー・パスファインダーと申します。本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。まずは当商会の紹介をさせていただきます。
当商会はおよそ15年程前に……ちなみに私の生まれた年になります……発足いたしました、ロングストーンを本籍地とする海の総合商社です。
当社所有の艦船は四隻、うち一隻はアイビス海軍に貸し出されており、代わりに一隻、最新鋭のスループ艦を同海軍より借り受けております。
現在の主力航路はロングストーンとヤシュムを繋ぐ航路で、当社所有の三隻の他、ヤシュムの船主とも連携し必要に応じて船舶を借り受け、海運業務を通じて地域の発展への貢献と……
「誰も来ないのう」
パスファインダー商会最古参の水夫で、フォルコン号副船長も務める、ロイ爺がつぶやく。
私は考え事を中断して机に突っ伏す。
ここはロングストーンの水運組合の建物の近くの、波止場に面した小さな貸し机屋。私とロイ爺は表に求人広告を掲示し、誰か捕まるのを待っていた。
「給料が安いのかしら?」
「相場より少し高いと思うんじゃが……」
「衣食住補助付きよね? 残業もなし……不定期だけど年の半分が休み、出張なし転勤なし危険ゼロ、肉体労働ゼロでデスクワークのみ、こんな仕事、私がやりたいんですけど!?」
しかし、面接希望者はゼロ……これが現実……
「私ちょっと、外見てくる……」
事務所の外にも、簡素なテーブルと椅子が置かれている。面接希望者が殺到したら困るので、外に受付とベンチも置いたのだ。
ここにはうちの主計長の太っちょアレクと、お姉さん魔術師のアイリを置いたはずなのだが。アレクしか居ない。
太っちょアレクは名前の通り少々太っているが、それをあまり気にはしていない、器用で優しい水夫だ。アイリさんより一つくらい年下らしい。
「アイリさんはどこに行ったんですか」
「攻めの人材採用をするって言い出して……止めたんだけどね……」
私はアイリを探しに行く前に、アレクの隣に座る。
「何で応募者が居ないんだろう? うちそんなに待遇悪い?」
「むしろ船長何か心当たり無い? この条件で人が来ない理由」
うーん……商会長が15歳の女の子で頼りないから……? 実際そう言われたら何も言い返せないよなあ。
しかもこの商会長、スループ艦フォルコン号の船長も兼ねていて、ロングストーンにも滅多に居ないのだ。
「私が頼りないから、応募者が居ないのかな……」
受付を離れ、波止場を歩いて行くと。アイリさんが道行く水夫らしき男を捕まえている所だった。
「お兄さん、いい仕事あるんですけど、ちょっと寄っていきません? お茶の用意もあるから、話だけでも聞いていただけないかしら」
あれだけの美人に話し掛けられたら足を止めない男は居ないようだが、これだけ怪しい誘いについて来る人も居ないような気はする。
かつて手配書に年をバラされたアイリは28歳。緩くウェーブのかかった亜麻色の長い髪、長い睫毛と切れ長の目元が特徴的な、大人の美人で、本物の魔術師だ。
色々あって私の船に乗る事になったのだが、実はもっと色々あった人だという事が最近解った。これについては今考えるのはやめようと思う。
「ああー、待ってお兄さん! ……もう。あっ、そこの道行くお兄さん! いい体してらっしゃるのね! 今お仕事何なさってるの?」
「ちょっと! お姉さん!!」
私は横から飛び出してアイリさんの腕を掴み、脇の路地に引っ張って行く。
「そんな事してたら変な噂が立ちますよ! うちは普通に、事務員が欲しいだけなんですよ!」
「だってこのままじゃ面接者ゼロで終わるわよ。貸し机代が勿体ないじゃない」
パスファインダー商会も定期航路を持つようになった。いつまでも本社が無人という訳にも行かなくなって来た。
今探しているのはロングストーンに詰めてくれる事務員である。本社事務所もあんなタコ壺ではなく、港近くの広い物件に移すのだ。
私はその新しい事務所の前に来た。波止場近くの三階建ての石造りの建物。パスファインダー商会はここの二階の一室を借りた。
建物の前には手押し車が二台……ああ、ちょうど階段をカイヴァーンが降りて来た。
「姉ちゃん。新しい事務員ってどんな人?」
「……まだ希望者すら居ないのよ」
私を姉と呼ぶこの子はカイヴァーン。以前、ナルゲス沖の廃船の中で見つけた時には私よりほんの少し身長が低いくらいだったのに、この三か月で追い越されてしまった。黒髪に浅黒い肌の強くて可愛い男の子だ。
「やっぱり、噂になってるのかなあ」
「噂って?」私は聞き返す。
「パスファインダー商会は三か月の間に五隻も六隻も捕まえてるような、武闘派の私掠船集団だって」
ええっ? 誰がそんなデタラメを。
「船長も髭に導火線でも編み込んだような、怒りっぽい大男に違いないとか」
そんな話をしていると、階段からもう一人、別の男が降りて来る……不精ひげだ。
皆はニックと呼ぶ事もあるようだが、私はそれが偽名だと解っているので呼んでやらない。見た目は背も高くがっちりした男だが、ちょっと卑屈で怠け者の、うちの掌帆長である。
「あんまり慌てて募集してるように見せるのも良くないぞ。前の事務員に何度も逃げられたみたいに思われるからな」
私は書類を入れた木箱を一つ持ち、階段を上がる。カイヴァーンと不精ひげは二つ重ねて持っているようだ。
新しいパスファインダー商会の事務所の扉は空いている。中ではウラドが作りつけの棚の修理をしていた。
「船長。求人の方はいいのか」
「もうちょっとしたら戻ります……だーれも来ないんですよ」
ウラドは青黒い肌と下顎から生えた二本の牙が特徴の、オーク族と呼ばれる人種の水夫だ。そして船一番の良識人でもある。主に操舵を担当している。
「そうか……力になれなくて申し訳ない」
「いや、そんな……だけどさ、事務所だってこんな広くて素敵なのに」
5m四方のくらいの部屋が二間、表と奥とあって、奥の部屋は木戸を開けると港が一望出来る。手前の部屋には応接用のソファもあり快適に過ごせそうだ。
……決めた!
「やっぱり、私が降りたらいいのよ」
「船長が?」不精ひげ。
「だってそうじゃん。ここはアイビスじゃないから、風紀兵団に捕まる心配もない。私は船に乗ってても仕事が無いけど、ここで事務員をする事は出来る。船酔いの心配もないし。フォルコン号は私が乗ってなくても動くでしょ」
このまま誰も応募して来なかったら、そうすればいいわ。そう思ったら。
私をぼんやりと見ていたカイヴァーンの目から、大粒の涙がぼろぼろ……
「待って、冗談だから! 冗談!」
本当は半分本気だったんだけど……カイヴァーンはこういう子だ。そのくせぼさぼさの髪を切ってやろうとすると逃げ回るし、いつまで経っても馴れない部分もある。懐いてるんだか懐いてないんだか。とにかく寂しがり屋ではある。
貸し机屋に戻る前に、私は桟橋にも寄ってみる。我が乗艦、フォルコン号が……浮桟橋に係留されている。
今日の私の服は、真面目の商会長服……船酔い知らずの魔法がかかっていない服なので、甲板に立っただけで軽い眩暈がし始める。そう。私は船酔いをする船長。初めて船長になってから今日で127日目。しかし未だに船酔いは克服出来てない。
ああ、もう一匹仲間が居ましたよ。ぶち猫のぶち君。
今日はついて来なくて良かったのね?
船に居るの。そう……
ロープ一本で海賊船に乗り込む時にはついて来たかと思えば、浮桟橋がついている港には降りない……気まぐれ猫ちゃんである。
「船長ー、今日の昼飯はどうなるんだー?」
あと……この人達は仲間ではないんだけれど……フォルコン号には今、オランジュ少尉以下17人のアイビス王国海兵隊員が乗っている。
確かにロングストーンまでは乗せてあげる約束だったんですけれど、ここがそのロングストーンですよ。何故まだ乗っているのか。
「朝お伝えしたと思うんですけど。今日は私達港での仕事があるんで誰も戻りません。お昼は各自で食べて下さい」
「えーっ!? 俺達何の為にフォルコン号に残ってると思ってるんだ!」
「宿代と飯代を浮かせる為でしょう! だいたいいつまで乗ってるんですか、うちは無料の旅籠じゃありませんよ!」
「いいじゃないか、留守番もしてやってるんだから」
このゴリラによく似た海兵隊少尉は前回の旅からの道連れで、悪い人ではないのだが、民間商社である我々には、理由もなく彼等17人に飯と寝床を提供し続ける理由が無い。
さて、そろそろ面接会場に戻ろうかと思案していると、波止場の方からアイリが小走りに駆けて来る……事件ですかね。事件と顔に書いてありますね、何でしょう。
「マリーちゃん! 面接希望者が! 面接希望者が来たわよ!!」
なるほど、それは事件ですよ!