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定食屋『天気雨』~あなたの心の傷癒します~

作者: ところてん祐一

 街が静まりかえる夜遅くの時間帯。そんな頃に開店をする定食屋さんがある。

 勿論、普通はこんな時間には開店しない。つまり、ワケアリという事だ。

 時間にして、時計の針が12時を指す頃、店はひっそりと開かれる。

 はてさて、今宵はどんなお客様が訪れるのだろうか。



 私が噂を聞きつけてやってきた定食屋さんは、色んないわく付きだ。

 例えば、時計の針が12時を指す頃にひっそり開かれて、そこを訪れた客は、気がつくと明け方店の前で寝てるそうで、だれも店が閉じられた瞬間を見たことがないそうだ。

 他にもその店を訪れる客は、それこそ(異世界という意味合いで)あらゆる世界の人々がいたり、そこに行くことが出来るのは心に傷を負ったものだけで、訪れた人は例外なくメンタル面を回復させることが出来るだの、真偽の怪しい噂がとびかっている。


 ある時、誰かがその審議を確かめようとしたことがあったらしい。

 メンタル面に問題のない人だとたどり着けさえしないらしいので、条件に見あった人が実際にそこに行ったらしいのだが…。

 結果、彼女の心の傷は癒え、清々しい気持ちになったそうだが、肝心なことに中での出来事は一切覚えていないらしい。

 彼女自身もそのことを全く気にしていないようだ。それは、そうだろう。自身の抱える問題が解決したのだから。


 そして、私自身がここを訪れてみようと思ったのは、勿論そんな理由ではない。

いくら我慢強い私とはいえ、もうこれ以上受け入れ続けることができない心の傷があったからだ。


 最初は、半信半疑であった。

 いろんな噂が飛んでいるとはいえ、作り話の類であろうと思っていたものであった。

 しかし、私の心が擦り切れていくにつれ、藁にもすがる思いでここについて調べた。

 そして、私はたどり着いたのだ定食屋『天気雨』に。

 ここを目の前にすることでようやく私は、この存在を信じたのだ。



 さて、改めてこの定食屋の外観を見てみると、見た目は極一般的な飲食店のような建物であり、特別条件を満たさないとたどり着けない、そんな不思議な感じはまるでしない。

 では、何故そこが本物かと分かるかといえば看板に出ているのだ。定食屋『天気雨』と。

 それだけでは不十分だと思われるかもしれない。しかし、ここが位置する場所には、そんな店なんて1件もないどころかそもそもお店すらないのだ。

 だからこそ、ここは本物だと言えるだろう。


 それでも私は、ここが本当にそうだという確証が持てなかった。

 誰かが騙していて、私はどこか別のところへと連れ去られてしまうかもしれない、そんな不安が私の中を巡って行く。

 裏切りや一方的な責任の押しつけ、全ての悪は私、そんな現実世界でのトラウマの出来事、心の傷が簡単に信じることを許さないのだ。

 周りの人や自分自身でさえも信じては行けない。そんな心の奥まで広がる闇に覆われ、一人疑心暗鬼に陥っていた私に声がかけられた。


 「お客さん、そんな店の前でずっと立っててどうしたんだい。外は真っ暗闇で余計に気分も落ち込むだろうから中に入りな」


 私にそう声をかけた人は、狐の顔や体をした人だった。いわゆる、ファンタジーの世界で言う狐人であったのだ。

 そんな時、私はこの店について一つの噂を思い出していた。

 曰く、狐人が店主をやっており、彼にお店の中に迎え入れてもらったものは、その傷を癒してもらえるだろう、と。

 その言葉を鵜呑みにする訳には行かないが、それでもほんの少しだけ僅かな希望を持つことが出来た私は、彼のあとをついて行き、その扉をくぐった。



 その扉をくぐった先は、外の世界とはまるで切り離されているかのように、店内は明るい。

 そして、ヒノキであろうか?私には全くわからないが、おそらく良いものであろう木でできたカウンターに机、イスなどがあり、オシャレな雰囲気を醸し出している。

 私が店内の風景に見惚れていると、店主は声をかける。


 「ようこそ、定食屋天気雨へ。この店内は、外の世界とは隔離されているのでゆっくりと過ごしていくといい。まずは席にお座り」


 そう言うと、彼はイスを引いて私に席を勧めてくれた。

 それに従い、私も席に座る。

 それにしても外の世界とは隔離されている…か。果たして、どこまでか本当なのだろうか。

 確かに、この店内の不思議な感じや店主の狐人を実際に見てそれは偽物ではないということは分かるが。

 そんなふうにすぐにマイナス思考に陥ってしまう自分に嫌気がさす。


 そんな私の心情を知ってか知らずか、店主は私に暖かいお茶を出す。

 私は、それを受け取り、口につけて少し飲む。全てを包み込むようなほんのりとした暖かさが口の中に広がり、やがて身体の中へと入っていく。少しだけ落ち着いた気がした。


 私が少し落ち着くの待ってから店主は私に話しかける。


 「さて、君にうちの常連たちを紹介しよう」


 そう言って、店のどこからか出てきたのはいろんな人種の人達であった。

 例えば、それはファンタジー世界でよく見るような特徴的な耳を持ったエルフ族、獣の特徴を残した獣人族、一見モンスターのように見えるゴブリン族、私たち人間の姿に近いけど、背が小さくちょっと違うホビット族、etc。

 そこは、正に(異世界)人種のサラダボウルと言えるような状態であった。


 最初、私は自分の目を疑った。物語の世界でしか登場しないような人々がそこにいたからだ。

とはいえ、目を瞑って顔をつねっても痛い、頭を机に打ち付けても痛い、どうやらこの目の前の出来事は現実なのだと受け止めるしかなかったのだ。

 そんな私に店主が簡単に説明してくれる。その説明によると、ここはそれこそ異世界という意味でいろんな世界からの人々が集まるらしくて、最初は皆、心に傷をおったものが集まるそうなのだ。

 異世界やら別の世界なんて言う単語たちですでに頭の中が混乱していた私だが、心に傷を負った者が集まるという言葉に疑問を持った。

 何故なら、ここにいらっしゃるいろんな人種の方達は、皆悲観そうな顔持ちをしておらず、とても優しそうな雰囲気に包まれているのだ。


 そんな私の雰囲気を察してか店主は私に言う。


 「ここにいるもの達は過去、皆心に傷を負っていた。でもその傷を癒し、現実を生きられるようになっただよ」


 私は、納得した。通りで皆そんな顔をしていないわけだ。そこで私は、いまだ彼らに挨拶を交わしていないことに気がつき、自己紹介を兼ねて挨拶を交わす。

 挨拶も何も出来ていなかったというのに皆さんそれを咎めることも無く優しく受け入れてくれた。顔が怖く、モンスターのような見た目をしている方もとても優しい方で、私は自分の偏見を恥じたのだった。


 「ここにいる皆が君の話を受け入れ、相談にも乗ってくれる。ゆっくりと彼らに相談するといい」


 そう言うと、店主は私を含め、皆に定食を出してくれた。

 手始めに皆さんの過去の話を聞かせてもらった。皆それぞれの経験はとても辛いことであった。

 例えば、ゴブリン族の彼は、周りのゴブリン族にも嫌われ、人間にも敵視されていたそうだ。 例えば、王族のエルフの女の子は人間の国で王女として生まれた。王位継承権も低く、種族も違う彼女は様々な人に嫌われ、挙句殺されそうになったそうだ。


 そんな話を聞いていくうちに徐々に私も自分の話を皆へと打ち明けていった。信じている人に裏切られたこと、仕事で責任を自分とは関係のない所も全て押し付けられること、他人どころか自分さえ信じられなくなっていること。

 皆は、決して嫌そうな顔をせずに真剣に私の話を聞いてくれた。おもえば、こんなふうに誰かに話したことがあっただろうか。いや、そもそも誰も信じられなくなった私にはそんな相手すらいない。

 私の感情はとどまることを知らず、優しく受け入れてくれるみんなに包まれ、泣いていた。

話をする、それを真剣に聞いてもらえるそんなことだけで私の心が少しずつ軽くなって言っているようであった。


 傷が癒えた皆は、今も頑張っているようだ。たとえ、過去に何があろうとも、それが消せないものであってもこうして受け入れてくれる仲間がいる。だから頑張れるそうだ。

 そして、自分もそんな心の傷を負ったものことがわかるからこそ力になりたい。だからこのお店でそんな人のためにってやっていってるそうだ。


 私は、この話を聞いてとても感動したのだ。たとえ、誰も信じられなくてもこんなふうに話を聞いてくれる人が違う世界にはいるんだということに。

 私は、大泣きしながら彼らと一晩中語り合ったのだ。



 気がつくと、私は、公園のベンチで寝ていた。

 何故自分がこんなところにいたのかわからないが、それでも私の足取りは軽かった。胸の中に詰め込まれていた物がスッキリととれてしまったようで。


 この場所で自分に何があったのか全くわからないが、それでもこれからは一歩頑張っていける気がしたのだった。

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