6話
川の音が鳴り響き、その音に混じって、森林特有の野鳥の鳴き声がちょうどいいコントラストを生む。
湿った落ち葉に、湿った土、ここはどこまでも湿っていて、湿度も高い故に汗の乾き具合がひどい。
空から雨が降ってきたのかと思えばそれは湿った落ち葉と土。今日の天気予報は曇りのうち湿った落ち葉と土かな?
いや、おかしいだろ……?
段々と意識を覚醒していく俺は、ゆっくりと体を起こそうとする。
しかし、その動作に対して激しい痛みが全身を走る。
「っ?!」
痛みにより結局体を動かせず、そのまま体を起こすのを諦める。
そういえば俺、なんでこんなところで寝てるんだっけな……?
あぁ、そういえばさっきまで戦闘を行っていたのだった。途中から魔導兵器が登場して、その主砲にやられて、俺は今ここにいる。
主砲から避けられたものの、その衝撃波が俺たちを襲ったのだ。
とにかく、ここから動かなければ……。
「え、衛生兵~……」
声もあまり出ず、大きな声を出そうとすると、肺が締め付けられるような痛みを感じる。
命に別状は無いが、軽症では無いな……。
俺は寝たまま、自分に治癒魔法を掛ける。
「ゔっ!」
魔法を使おうとしたらまた全身が痛む。魔法もだめか……。
「くっそ、俺、このままここで死ぬのかよ……」
ここで終わりかと思った。敵の気配は今のところ感じない。だが、俺が見つかるのも時間の問題だろう。
味方は……、無いな。俺たちが攻め込まれた側だから、ここから味方が撤退したのは明確だ。味方が再び攻めてこないと、このようなところに味方がいるという状況は絶対に無いだろう。
俺は腕をどうにか動かして、顔に積もり積もった落ち葉や土をどかす。
そして、俺の目の前に広がる景色は、どんよりと曇った空と、巨木しか映っていなかった。
「せめて、快晴な青空の下で死にたかった……」
あぁ、結局戦地に出たら、あっけなく死んでいくのが運命なのか……。
何もできなかった。敵1人も無力化はもちろん、怪我を負わせることもできなかった。
まぁ、その行為ができた状況だとしても俺にその覚悟があるかと聞かれたら小一時間考えてしまうが。
しかし、もう絶望的な状況だ。味方はいない。敵はいつ来るか分からない状況。このままじゃまずいが、どうにもできないのが現実だ。
それもそうだ。俺にできる術は自分の体が動かない時点でもう無い。俺は詰んでいる。
その俺が諦めかけていた頃だった。地面に接している形で位置している俺の耳が、足音の音を拾う。
誰だ……。敵か、味方か……。敵である可能性が十分高い……! まずいっ……。
そして、その足音は段々と大きくなっていき、俺の視界でも確認できるぐらいの位置に近づいてきた。
「ジークっ! そこにいたか!!」
レオだ。
「あ、あぁ……。レオ、まさか見つけてくれるとはな……」
「うわぁ、ひでぇ状態だな……。今すぐに治癒魔法をかける」
レオは俺のそばに寄り、しゃがんで俺に治癒魔法をかける。
初級魔法だが、支給された魔導用の手袋のお陰でその効果はとても強化される。
「はっは……、助かる。ほんと助かったレオ。俺はこのまま湿った世界で土の栄養になっていくのかと思ってた頃だよ」
「軽口叩いてる暇あったら自分の治療に専念しろっ!」
だが、これで少し希望は見えた。レオのしてくれたことはとても大きい。
レオと遭遇して治療を受けてから数分後。
俺は普通に歩けるまでには回復をしていた。
「改めて礼を言わせてくれ……。ほんとに助かった……」
「死ぬときは一緒だって言ったろ? 勝手に死なれちゃ困るぞほんと」
「俺は素晴らしい友人を持ったよ」
俺はその有能な友人に感謝していると、レオが現状について言及する。
「しかし、俺らはみんなと、はぐれている状況だ。たまたまジークを見つけることができたが……、恐らく味方との合流はとても難しい。どうする、ジーク?」
そして、レオは状況の打開策を求め、俺にその答えを聞く。
その言葉を聞き、俺は少し考える。
まず、今の戦力として、俺とレオ、俺の方に関しては怪我を負っておりあまり十分に動けない。怪我人と兵士という、俺が足を引っ張ってしまう構図になってしまった。
そして、味方援軍の希望はほぼ無し。まずここが俺たちにとって未開の地であることから、援軍を求めることも出来ない。
最後に、ここは敵地であること。恐らく歩兵がわんさか警戒し放題なパラダイスだ。
「レオ、まず俺たちは身を隠せるような場所に行くべきだと思う。味方の援軍の希望は無し、ここがどこだかも検討がついていない。なら、敵に見つからないような場所を探して、そこでゆっくりと作戦を練ったほうがいい」
「了解した。つまりは隠れ家となるような場所を探せばいいんだな?」
「あぁ」
俺はレオの持ってきてくれた長い木の棒を使って歩く。最初レオが肩を貸そうとしていたが、見張りとしてレオは自由にさせておきたかったので断った。
「全方位に敵影無しっと……、さぁ行こうぜ」
レオは周りを常に警戒しながら、俺と隠れ家を探していた。
そして、俺たちは隠れ家になるであろう場所を見つける。
「なんだこれ……?」
「恐らく倒れた巨木が腐って、中だけが空洞になったものだろうな」
目の前には堂々と倒れた巨木があり、その中は空洞になっていた。
その中に入ってみると、人4人くらいのスペースがあり、俺たちにとっては十分なスペースを確保できた。
やはり腐っている巨木なので、中はとてもじめじめしていた。しかし、せっかくのカモフラージュできる場所だ。有効活用させてもらう。
「さて、ひとまず安心だなぁ……」
「あぁ、にしても大丈夫か? ジーク。派手に転んで来たらしいけど、まだ痛む所あるか?」
「あ、あぁ、それに関してはもう大丈夫だよ。後は自然に治癒するのを待つしか無い」
俺の怪我は、恐らく全身打撲。そしてそれによって魔力を出しづらくなっている。今は応急処置のおかげで魔法くらいは出せるようになったが、走ることが出来ない。
「さて、どうするジーク。俺たちは絶賛、敵地のどっかに迷いこんでしまった迷子の子猫ちゃん状態だ」
「まあ流石に子猫ちゃんってほど可愛らしい姿ではないが、非常にまずいな」
「俺たちはこれからどうすればいいと思う?」
レオのその問いに俺は考えてから答える。
「あぁ、ここは戦地。しかも敵地の方だ。どの方角に行けば自軍に会えるのかも分からない」
「そうだな。俺たちは手詰まり状態だ」
「これは賭けだが……。あそこに川があるだろ? あの川って戦場では水の資源として重宝される。故に、水を沢山使うような大切な施設が川の近くで建てられるんだ。それが何なのかは分かるか?」
「あぁ、ベースキャンプのことだな?」
「そうだ。つまり、この川の流れている方向に向かっていけば、どちらか、敵か味方かのベースキャンプにたどり着ける可能性が非常に高いということだ」
「でも、流れる方向っていっても、流れる逆の方向に向かうのは?」
「この川はまだ水の量が少ない。ということは流れる逆の方向に向かってもどんどん少なくなっていくだけだ。それは水資源を沢山使う場所にとっては適切な設置場所とはいえない。川の流れる方向に向かっていくと、様々な水源地から湧いて出てきて流れてきた水がどんどん合流していき、ついには大きな川となる。流れる方向に向かったほうが確実ってことだ」
「なるほどなぁ。しかし、味方のベースキャンプだったら、そのまま保護してもらって終わりだが、もし敵のベースキャンプだったらどうするんだ?」
「そのときはもう終わりだ。俺たちは賭けに負けた。神様は俺たちに微笑んでくれなかったってことだ」
「ってことは、ほんとに賭けなのかよこれ?!」
レオが目を見開いて俺のことを見る。
「あぁ、それしか方法が無い。生存する確率が一番高いのはこの方法だ。ずっとここにいても敵に見つかるだけだし、援軍来ないから食料も尽きて二人して餓死だ」
「そう言われてみれば、その方法は正しいと思うけどさ……」
「そうと決まれば早速向かってみよう! 命を賭けたギャンブルをしようぜ」
ニヤリと笑う俺に対してレオはため息をついてから乾いた笑いをする。
「はっはっは……。やってやるさ、死ぬときは同じだからな?!」
「そうだな。死ぬときは一緒に舌かんで死のう」
「うわぁ、一番痛そうな自害だな……」
そう軽口を叩きながら俺たちは敵がいないかどうかで怯えて恐怖している破裂しそうな心臓を保っていた。
そして俺たちは川の流れる方向へと歩いていると、人影らしきものを見かける。
「人影だ! 隠れろ!」
レオが小さな声で俺に情報を伝える。
俺たちは巨木に身を潜め、相手が敵なのか味方なのかを見る。
そして、その人影の正体は俺らとは違う戦闘服、つまりは敵であった。
「くっそ、まじかよ?! これハズレじゃないのか?!!」
「あ、あぁ……、恐らく敵側の方に来てしまったようだ。しかもあの緊張感の無さ……、もしかしてベースキャンプが近いのか……?」
「おいおい洒落にならねぇって、敵のベースキャンプなんぞ敵ばっかりじゃねえか?! ここは引き返そう、ジーク、引き返して反対方向に行けば自軍に戻れるって!」
「いや、だめだ。今まで来た道に敵がいる可能性が高い。しかし、皆同じ方向に歩いていってるが、恐らくあのまま戦地に向かうだろうな。ということは今は出動時間か」
「おいおい、何1人で考えてんだよ……っ! まさかこのまま帰らないつもりじゃないよな?!」
「仕方がないじゃないか。俺たちは今、敵に囲まれている状態だ。変に動くと見つかる」
「動かなくても見つかるっての!! 逃げよう、命賭けて逃げよう!!」
「待てレオ。これはもしかしてチャンスかもしれない……」
そうしてニヤつく俺にレオは察する。
「おいおいおい! 今度は冗談にならねえぞ? もしかして、敵の出動時間が今だからベースキャンプは手薄になっているはず~とか思ってないだろうな?! おいおい、ジーク、お前の目線の先がベースキャンプの入り口なんだけど、それ冗談だよな?! 今まで俺がジークに嫌がらせしてきたからその腹いせっていうのならそれはやりすぎだ! 俺が悪かった! だからもう逃げよう! なっ?!」
レオは必至に俺を説得しようとしていた。
しかし、すでに俺の頭の中はベースキャンプについてでいっぱいだ。もう説得しようにも遅かったのだ。
「レオ、もし俺たちが敵のベースキャンプを破壊したらどうなると思う?」
「は? ははっ……、は?!! 何いってんだこいつ! 遂に頭おかしくなったか?!」
「俺たち2人でベースキャンプを壊せる可能性を思いついたんだ」
「……。まじかよ本気かよ……。俺たちまだ学生だぞ? そんな平和ボケした学生がベースキャンプを破壊だぁ? そんなのやばいだろ……」
「単独行動で無事破壊したら、恐らく勲章モノだよ。いや、もしかしたら戦争史上初として名前が残るかもしれない」
レオは俺のその言葉を聞き諦めたのか、遂に乗り気になってくれた。
「はっはっは……。ジークは思考開始したらどんなことでもやり通すからなぁ。ほんと参ったよ……!! もういいさ、どうせ死ぬんだったら敵に一矢報いてやるよ!!!」
「お、乗り気になってくれたかレオ。それでこそレオだよ」
「さっき勲章モノとか戦争史上初とか言ったよな? それってつまりはあのエレナちゃんとめっちゃ喋れるってことだろ? それってもうやばいよな。俺はこれからエレナちゃんとめっちゃ喋るために命を賭けて敵地に、それもど真ん中だ。そこに行こうとしている。これをエレナちゃんに話したら惚れられるかな……」
「あぁ、絶対に惚れられるさ! 俺だってそのつもりでここにいる! 全てはエレナちゃんのためだ!!」
もう、命を捨てる覚悟になった俺たちは頭がおかしくなっていた。もう、敵なんか怖く感じなくなった。足は震えるが、理性では怖さを感じていない。もう自己暗示に近い形で恐怖を自力で潰していたのであった。
「よし、やってやろう。戦争史上初の単独行動での敵のベースキャンプの破壊を!」
「おう!! もう死んでも知らないからな?!!」
そしてお互いにいつもの、肘を曲げて腕をぶつけお互いの決意を確かめ合う。
「しかし、どうやって中に入るつもりだ。入り口は敵兵士がいて入れそうにない」
レオの疑問に俺は今まで考えてきたことを言う。
「壁をよじ登る。あいにく、敵のベースキャンプは侵入対策がされていないから簡単に入れそうだ」
「まぁ、敵のベースキャンプに入ったっていう話を聞いたことが無いからな……」
「んじゃ、俺が敵の動きを見ながらベースキャンプの中へ一気に突入する。今監視の目は薄いからもしかしたら中にバレずに入れるだろう。俺が合図したら一緒に走ってくれ」
俺はレオにそういいながら、敵にバレないように敵のベースキャンプ近くの木に隠れ、その辺りを見回す。
右手を木の肌に置きながら、左手をレオの方向に伸ばして、いつでも合図できるようにする。
木に隠れながら敵の位置を見て、そして、敵の見張りの目が緩んだところで合図をかける。
一斉に静かに走り出す俺たち。目指すは壁。
敵の見張りの包囲網をかいくぐっていく。
そして、俺たちはついに敵のベースキャンプ内への侵入を成功させる。