1話
とても広い講堂の中に大勢の生徒が座っている。そしてその前で教授が黒板を使って説明をしている。
「つまり、戦術というのは戦略の中にあると言えます」
白い壁に囲まれて、窓際には白いカーテンが風で揺れている。とても綺麗な場所なのでここに来てよかったと思う。
「戦争に勝つために戦略があり、戦略を実行するために戦闘が起き、その戦闘に勝つために戦術というのがあるのです」
俺は今、戦略についての講義を受けている。
ここは魔導大学。見た目は魔法研究ばっかやってそうな大学だが、実は軍大学だ。
軍大学な故に講義は、戦争に関することはもちろん、魔術、格闘術、剣術など、いろいろなことを学ぶ。
そしてここで好成績を取れば、士官になることができ、未来は安泰ということだ。
「なあなあジーク、戦略だの戦術だの言ってるけど結局は同じだよな?」
俺のことをジークと呼ぶのは、隣の席に座って講義を受けている友達――レオことレオナール・モーリアックだ。
「いや、考える規模がかなり違うよ。戦略のほうがいろいろと考える要素がたくさんあるし時間もかかる」
「なるほどなぁ。ん? だと戦略は難しいのか……。なら戦術だけ考えればいいんじゃね……? ん? いや、なんか違うな……」
俺はいつもジークと呼ばれているが、本名はジークハルト・ヘルツベルクである。平民出身のただの人間だ。
隣の茶髪でボサボサとも言い難い髪型をしているレオは貴族出身だ。いつもは俺に対して普通に接してくるが、昔は違かった。いや、俺が避けていたのだ。
俺がこの魔導大学に入学してから間もないころ、もともとここは貴族出身が来るところで、平民出身の俺にとっては肩身が狭かった。そして俺が平民出身ということもあっていろいろな貴族出身のボンボンたちからたくさんの嫌がらせを受けてきた。
けれど、それを見たレオは俺のことを助けてくれたのだ。その後も見かけるたびに話にかけてくれてたが、まぁその当時の俺は貴族に対して滅相もないと避けていた。
しかし、レオが話にかけてくるたびにだんだんと俺も打ち解けるようになっていき、今では普通に話し合う仲である。
「では、今日はここまでにします。レポートの提出は来週の講義の前までに提出してください」
教授が黒板を消しながら、来週の課題を生徒に言い渡す。
100分間の授業が終わったときの開放感は凄まじく、今まで静かだった教室内も終わった途端に話し声でうるさくなる。どれだけの生徒が寝ていたのかが分かる。
「やっと終わった~。ジーク、次の講義は無いから先に食堂行かないか?」
「そうだね、久々にゆっくりできるなぁ」
次の講義が休講になったと事前に連絡が入っていたため、俺たちは食堂に向かう。
いつもなら、次の講義も受けてから食堂に行くので、食堂内が混み合っていて空いている席を探すのが大変だった。が、この時間帯からならまだ空いているのですぐに席を見つけることができた。
席を確保した後、早速俺たちは食券を購入し、定食をもらってくる。
「いや~、今日も美味しそうだな!」
「うん」
「ん? また読んでるのか。軍事新聞」
俺は定食を食べながら今日の軍事新聞を見ていた。
「また、戦争を開始したらしい……」
「どこと?」
「クローロン国と」
俺の言葉を聞いて鼻で笑ったレオは言った。
「またいつものだろ? どうせ休戦にするさ」
「それが今回は規模が違うみたいなんだよ」
我が国、クサントス国は海と川に囲まれている国だ。なので戦争をするときはいつも海上戦が行われる。もし敵国が国土に侵入してきさえすれば本格的に戦争が始まるからだ。
クローロン国は我が国の南側に位置しており、北上してくる形で攻めてくるのだが、今までは川で守りきっていたので相手戦力だけが消耗、そして休戦という形になっていた。が、今回はどうも今までの2,3倍の戦力で来ているらしい。
「本格的に戦争が始まるかもなぁ……」
「戦争が始まったら、真っ先に軍大学にいる俺たちが招集されるんだろうなぁ~」
「げ、物騒なこと言うなよ……」
レオの言ったことが本当にならないことを願いながら俺は食事を進めた。
しかし、軍大学に入学してからまだ2年目だ。招集されても大したこともできないだろう。できるとすれば、初級の剣術、体術、魔術ぐらいと、少しの戦争に対するノウハウだ。
「もし、戦場に投下されたら即死だろうな」
「その時はよろしく頼むぜジーク、俺の盾になってくれ」
「おいおい……、肉の盾とか冗談じゃないぞ……。そしたら即、敵前逃亡するわ」
「はっはっは、そしたら俺も一緒に逃げるわ。そしてどっか安全な国に逃げてそこで働くんだ」
「まずそこまで逃げられるかの話だけどなぁ……」
レオの理想を聞きながら、俺は考えていた。もし、本当に戦争が起きたら逃げる暇はあるのかということだ。
おそらく怯えて足が動かないだろう。殺し合いをしたことがない平和ボケな俺達に、そういう殺し合いが日常茶飯事な場所に降り立った時、正常でいられるはずがない。怯えて死ぬ。それで俺の人生は終わる。
それだけは嫌だ……。
「「ごちそうさました~」」
お互いに食後に感謝の言葉を言いながら、席を立つ。
今日の定食もとても美味しかった。ホカホカの白ご飯に、出来たてで熱々の唐揚げ、とてもカリカリしていて肉汁もとても美味しかった。キャベツはシャキシャキで、ご飯がとても進んだ。
「いや~、やっぱゆっくり食べられるってほんとに幸せだよなぁ~、来季の講義、昼休み前の1時限は頑張って空けることにするか~」
「そうだね。食事を取ることが最近の幸せだ」
人間の三大欲求の1つである食欲を素直に満たせばそれだけで幸せに生きていける。人間、美味しいものを食べるために生きているのだ。
「よし、残りの講義も乗り切っていくぞ、ジーク!」
「おー!」
こうして俺たちは残りの講義を途中、食後の睡魔にも負けずになんとか耐え、全て乗り越えたのであった。
時刻はもう太陽の日が橙色になる頃になっており、空全体が青色から橙色に変化していた。そして地平線の上に真っ赤な太陽がゆっくりと沈んでいく。とても綺麗だ。
軍大学の学生は皆、寮生活を強制されており、講義が終わり次第自分の寮へと戻っていく。
また、訓練場などは個人で使えるので、そこに寄って練習に励むものもたくさんいた。
そして俺たちも、寮生活をしているわけであって、これから寮に向かうところだった。
寮は1人部屋となっており、これは自己管理能力を高めるため、全て自分でやることをやらなければいけない。また、いろいろなことに対する把握能力なども鍛えられるため、個人的にはこれも良い訓練だとは思っている。
「んじゃ、また明日だなジーク」
レオが自分の寮の前に着いたのでお別れする。
「おう、またなレオ!」
そうして、お互い肘を曲げて腕をぶつけ合うのが最近のルーチンとなっている。
俺も自分の寮に着き、鍵を空けて自室に入る。
ここでは夕食も自分で作らなければいけないので今晩のメニューをも考えないといけない。食材は大学が管轄している近くの食料品店で買い、揃えなければいけない。料理が面倒くさくて、野菜をそのままかじりつく者もたまにいるが、大体の学生が自分で料理ができる。
「さてと……」
今日の昼食のときに見ていた軍事新聞を見てみる。
「まだ見てなかった部分があるからな……」
そして見ていなかったページを開き、そこを見ているとある文字が目に入る。
『ポルト国、軍事活動活発化』
ポルト国とは、我が国、クサントスの西側にある山脈の向こう側にある。
遠い国の話だが、実は大国で周りにかなりの影響を与えている。
こうも軍事関連のニュースばっかりだと、本当に物騒な世の中になったなと俺は思った。
その後のページはそのポルト国についての情報やそこからの分析ばかりが載っけられていた。それほど周りから注目されている国なのだ。
「さて、夕飯作りますか」
俺は軍事新聞を閉じてそこら辺に置いといておく。
そして俺は、材料を買いに行かなくてはならなかった。
先程帰ってきたばかりだが、すぐに外に出る支度をして靴を履き、ドアを開け、鍵を閉めて、鍵がしっかりと閉めてあるかを確認をする。ここまで20秒。
そのまま食料品店に向かう。といっても大学の領地内にその店は存在しているのでいつも同じ道を通るだけだ。木が綺麗に整列して並んでいる道を通り、ベンチがあるところで曲がり、道ではない道を歩いて少々ショートカットする。
木の落ち葉が腐って、なおかつ湿った土が足場なために少し歩きにくい。
そして俺は店にたどり着く。
いつも通りの光景。外に野菜、果物を並べて、中にはお魚や豚肉など高級なものもある。お金は大学内でバイトができるのでそこで自分で稼ぐ。稼ぐと言っても寮などのお金は国民の血税で支払われているので、自分の食費だけだ。国民に感謝をしなければ。
「あらいらっしゃい。ジークハルト君。いつもありがとうね」
ここはよく平民出身が通っているお店の一つだ。貴族出身はもっとでかいところに行っている。
「いえいえ、ここのほうが安いし品揃えが良いですからね」
「それがねぇ。最近お肉の仕入れが難しくてねぇ」
店長さんは困り顔で言っていた。
「仕入れが難しいとは?」
「今までお肉は北の国、キュアノス国から仕入れてきてたんだけど、最近戦争が激化したらしいからねぇ」
「キュアノス方面もですか……」
キュアノス方面では今までずっと戦争という名の小競り合いが頻繁に起きている。それが激化したということは相手も本気を出してきたということ。今日の昼、新聞で見た南のクローロン国でも戦争を開始しているので、結果的に挟み撃ちになっているわけだ。
「最近は物騒だねぇ……」
店長さんの言うとおり、最近は物騒だ。この国が滅ぶのではないかと思うほどに戦争をしている。
いろいろと戦争について考えながら、俺はまだ残っていた肉を手に取る。おそらく最後の肉になるだろう。今夜はパーッと豪華に行くか。
肉だけでなく、野菜もいろいろと購入し、俺は買い物を済ませる。
店から出るともう太陽は沈んでいた。
目の前には星が満開の夜空が広がっていた。月の光が周りの建物を照らし、建物の影を薄っすらと作り上げる。その光景を何度も見るが、何度見ても見とれてしまう。
「やっぱ綺麗だなぁ」
俺は月が作り上げる光景に酔いながら寮に戻る。そしてその綺麗な光景は頭の中にしっかりと記憶されていった。