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短編の杜

感謝

作者: 杜乃日熊

 午後九時。夜風が未だに冷え冷えとする路上にて、スーツ姿の男は近くの交差点を眺めていた。まばゆい光を伴って、次々と流れていく自動車。やがて、中空の光は青から赤へ、赤から青へ移り変わる。今度は人々が道の中央で交差していく。それは機械的な動きだった。世界が彼らに『そうあれ』と戒律埋込(プログラミング)したかのようだ。

 男は何をするわけでもなく、無機質な置物になったように立っている。男が交差点から視線を逸らすと、今日一日の疲労がどっと彼に押し寄せてきた。忙しいのはいつものことだったが、今日は特に体が重かった。大気に渦巻く出所(でどころ)不明の物質に心が汚されていくような心地だった。

 そんなことを考えていると、男は喉の渇きを感じた。飲み物が欲しくなって、男は辺りを見渡す。そして、純白の機体を見つける。トボトボと歩み寄って、男はそれと向かい合う。そこから発せられる淡い光が、皺が刻まれた男の顔を照らし出す。

 目前に並べられた幾多もの商品。男の目は左端の商品から順を追っていく。バラエティに富んだ品々を流し見、やがて缶コーヒーに注目する。

 小銭を投入口に入れ、点灯したボタンを押す。ガタン、と乾いた音が響く。


「お買い上げ、ありがとうございます!」


 軽快なメロディーと共に、誰かの声が聞こえた。男は「え?」と息を漏らす。

 そうして気づく。先ほどの声は目前の自動販売機が音源だったのだ、と。

 最近の自販機は喋ることができるのか。男にとっては衝撃だった。

 一般的に見れば、それは大したことのないものだろう。人の肉声とは程遠い、ノイズ混じりの人工音声。それは紛い物であり、普段から人との会話を楽しんでいる者達からすれば取るに足らないものかもしれない。だが、それは男の心に潤いを与えてくれた。


「こちらこそ、ありがとう」


 密かに微笑む彼の表情は、どことなく付き物が取れたかのようだった。

 取り出し口に手を突っ込み、小銭の対価を取り出す。掌に広がる心地良い温もり。当たり前の出来事ではあったが、今の男にはとてもかけがえのないモノを得られたようだった。

 自然と、男は嘆息する。白い息は宙を舞い、行先も知れぬ風に運ばれていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 缶コーヒー買うだけで、短編小説が出来るとは思いませんでした(^_^;)なんか想像が膨らみます(^O^)/ [一言] 最近は、関西弁バージョンもあるらしいのですね
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