紐を叩きつける
捜査一課におぼれた奴は何人も見てきた。正義から自分主義へと変わっていってしまったのだろう。捜査一課にいる覚悟を亡くしたのかもしれない。阿部の別荘を探すためにいろいろ探し回った。いくら探しても見つからない。
「別荘といっても案外アパートかもな。豪邸なんかに住む気なんてなかったんじゃないのか。知られぬように名前も変えて。」
アパートで探してみるとある名前があった。鏡東映と書かれてあった。住んでいるアパートからは車で数分くらいの場所であった。息抜きの域を超えていたのかもしれない。画家として生きることを決めたのかもしれない。
「彼は会社に対する信頼を失っていた。狙われることを知っていたんではないのか。」
大家に頼んでアパートに入れさせてもらう。家具がたくさんあり、もう1つの部屋には絵がたくさんあって書き途中の絵があった。絵に囲まれた世界は斬新だった。
「お前、絵に詳しいか。」
「いいや、ゴッホだとかピカソとか教科書とかで言われるのしか知らない。テレビで特集されてても見ることはないから詳しくはない。」
「じゃあ、会いに行くか。絵の写真を全てとっておいてくれ。」
八木はあるところに連絡するため携帯をもって出て行った。彼の身近の人に画家がいるとは思わなかった。思うはずがない。警察一家に生まれたが故にやりたいことができないのだから。そんな人はいない。もしいたら一体どんな絵を描くのだろうか。写生だろうか架空のものを描いているのか。急いで戻ってきた。
「今から行くぞ。絵を分析するし周りからも話を聞くことができたからって。」
車に乗って指定された場所に行く。音がほとんどしない。エンジン音が鳴っている中でふと信号で止まった時、圭太は語り始めた。
「今から行くのは嘉門と名乗って画家として生きている人だ。八木源太郎っていうんだ。本名はな。今は縁を切って1人で暮らしているのと同じさ。」
「縁を切ったのは画家として生きるためか。」
八木はぽつぽつと雨が降っているように喋っている。霧雨のように降っているのか知られていないときのように。
「そうだよ。俺もそうしようとしたけどできなかった。俺は八木家の傑作とされていた。発想がまさに刑事に適していたから従わないといけなかった。縁を切ろうとしてもすることができなかったから今ここにいるんだよね。」
縛りつけられた現実に縛られた場所と都合がよかったのかもしれない。切り札を託したのは自由にするためではないか。八木源太郎は同情ではなくて救いなのかもしれないと思った。




