奪うもの
社長は無茶なことを引き受けた気持ちではなかった。秘書などをしている社員から声をかけてきた。
「八木圭太さんの件、受けるつもりですか?こちらが標的になりかねないことでもあるんです。今すぐ電話して断ってください。会社のためだと思って・・・。」
「君はわかってないね。引き受けても不利になるわけではないんだよ。協力することであの人に信頼してもらわないといけないんだ。それに頼ってきたのは黛の髪の毛を取って欲しいというだけ。大したことではないんだ。」
彼は生真面目な眼鏡が少しずれたのか、鼻に手をかけ整えた。頑固な部分があるが正義感があるから秘書としても採用しているのだ。
「八木さんはあの事件の被害者ですよね。そこにも関わっている可能性もあるのになぜここまでやれるのでしょうね。」
「贖罪じゃないのか。彼には肉親だと思っているお兄さんがいる。彼に対するものだ。認めてもらうつもりではない。何かがあるじゃないか。本人じゃないとわかりえないことだってあるだろう。」
秘書には社長がなぜ彼にこだわっているのか、わからない。週刊誌が好んでいる話ではない。むしろネタにできるかと思うような話ではないのだ。
「君はわからないだろうね。俺にも少しでも悩むことがあるんだ。調べて貰っている記者の奴は八木を不幸だと結論づけるのは早いとしか思えなくてね。俺は過去に縛られているのをそぎ落としたいと思っている。ただのお節介であるのはわかっているだがね・・・。」
「そうですか。あまり深くかかわってしまって傷つくのだけは避けて下さい。俺もそれが心配です。」
窓に映っているのは日差しだけだろうか。それ以外もあるのだ。けがれを含むような権力だろうか。見えない闇に落ちたら帰る事などできるのだろうか。無理だと決めつけるのだろうか。
「俺は八木さんの事から離れることはできないんだ。資料がそうさせているのだろうな。」
八木の事を調べて資料を机の上で覆っている。紙の質などこのご時世あまり気にしなくなった。
「他の週刊誌と対抗する気持ちはないんですか?売上はあまりいいとは言えないです。」
「かまわない。会社が保てるくらいあれば十分だ。他の週刊誌のネタを盗むくらいなら書かないほうがいい。信用にも関わるからな。スキャンダルがすべて正しいと思う奴なんて多くいない。むしろ話すネタぐらいの感覚のほうがいいと思っているんだ。読者の要求には答えているだろ。」
「はい。間違いなく。」
吹っ切れたような顔を秘書に見せた。




