第65話:不穏な気配
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それから数日後、テニス部の指導が終わった凪は、伊藤と3セットマッチでプレイをしていた。
これなら先に2マッチ取った方が勝ちなので、凪の足への負担が少なくてすむ。
「やっぱり樹神さんには勝てないな」
「そんな事ないですよ」
二人はベンチに腰をかけ、汗を拭った。
1月の風は冷たく肌を突き刺すが、運動をして火照っていた身体には心地よささえ感じる。
「俺、ここの大学に推薦が決まったんだ」
「そうなんですか!?おめでとうございます!」
凪の祝福に「ありがとう」と答えたものの、どこか浮かない表情の伊藤に凪は首を傾げた。
「どうかされたんですか?」
「テニス推薦で入ったものの、正直自信がないんだ。勝ち進めて結果を納め続けられるのか不安でね」
そう言われ、凪は暫く考え始めた。
「最近やたらと打ち返されるようになってさ……」
「……あけすけに言わせてもらっていいでしょうか?」
「勿論!!」
自分より遥かに格上の人間からの意見は重要だ。伊藤はすがり付く勢いで凪の言葉を待った。
「先輩の球は確かに打ち返しやすいです。何故だかお分かりですか?」
伊藤は首を振った。
「そうならないように、より速い球を打つように技を磨いているんだが……」
「そこです」
伊藤は首を傾げた。
「速い球を打ち続けてもスピードというのは時間が経過するほど慣れていきます。
速い球もトップスピンばかりじゃ、目も身体も慣れますから」
「変化球を練習しろと?」
「それもあります。変化球は決め技ではありません。相手のタイミングをずらす事が目的です。
それを織り込めば、速い球が決め技になります。
でも、それだけじゃありません。先輩にとって致命的な事があります」
凪はそう言って胸に手を当てた。
「先輩はメンタルが弱すぎます。先輩は負けそうになるといつも迷いが出て、自爆する傾向にあります。
メリハリをつけたいなら深い浮き玉をノーバウンドで返したり、フラットサーブを磨くべきでしょう。
それらを見極め、気持ちよく決めるには沢山の練習とやれるという自信。
そして、何より勝たなくてはではなく、テニスを楽しむ事だと思いますよ」
伊藤は言われた言葉の一つ一つを噛み締めるように呟いて頷いた。
「まずは基礎を叩き込むよ。だから少しでもおかしい事があったら指摘してくれ」
伊藤はそう言うと、再びコートに戻って練習を再開させた。
そして、伊藤が練習を辞めたのは日が暮れてからだった。
日が暮れると気温は更に下がるので、二人は帰り支度を始めた。
すると、ドスの利いた声で呼び止められて振り向くとそこには対抗戦でみた顔が並んでいた。
「伊藤!貴様、いつから生徒会の犬に成り下がった!?」
「俺達がどんな思いか理解しておきながらよく馴れ合えるな!?」
伊藤は咄嗟に凪を庇うために前に出て、毅然と答えた。
「俺に文句があるならいくらでも付き合う。だが、樹神さんは関係ないのだから解放してくれ」
男達はとんでもないと伊藤の意見を却下し、凪に凄みを利かせた。
「俺達は樹神にも用があるんだよ」
「お前、大海原の所の私生児なんだってな。
そんなコネを使って生徒会に君臨するなんて恥ずかしいとは思わないのか?
能力のない人間がこの学園にいること自体、恥だというのによ」
身に覚えのないセリフに、唖然としている凪を気遣いながら伊藤は更に言った。
「樹神さんを知らない奴なんてテニス界では何処にもいやしない。そんな彼女に対して能力がないだと!?その言葉、テニスをする俺達への侮辱ととるぞ!!」
尋常ではない伊藤の声を聞きつけ、数名のテニス部員が駆け付けてきた。
「先輩!!どうしたんっスか!?」
「こいつら樹神さんを凡人扱いすんだよ!」
「樹神さんをですか!?それってテニスをする人間はたいしたことないってことっスか!?」
「樹神さんを凡人と呼ぶってことは俺達はクズって事か!?」
部員達が口々にそう怒りの声を上げ男達を睨み付けると、彼等はバカにしたような捨て台詞を吐き捨て立ち去って行った。
「樹神さん、大丈夫かい?」
伊藤が心配そうに凪の顔を覗き込む。
「あいつらの言葉なんて気にすんな。樹神さんの事は俺達が一番分かってんだからさ」
伊藤はそう言い、部員達を見た。それを受けて部員達も強く頷いた。
「俺達、樹神さんのお陰でかなり強くなったんスよ。指導能力最高っス」
「鬼コーチって思いましたがね?でも、最近テニスが楽しいです」
「だよな?県大会の自信ついたしさ。これって樹神さんの力ですよ」
皆がそう口々に元気付ける。
その温かい気持ちが嬉しくて凪は素直に礼を述べた。




