第23話:試合開始
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テニスコートは今日一番の観客数を記録していた。
試合形式でインターハイ経験者に挑むという無謀な新人見たさの野次馬組、ネタになりそうだと妙に張り切っている新聞部、ベストショットをゲットしようと写真部も集まっていた。
凪はラケットを胸に抱きながらコートに姿を現した。
自信なさそうな雰囲気に会場はざわめきだす。
「あの子大丈夫なのか?体格差ありすぎじゃん」
「ダメじゃね?何せ相手はインターハイ常連者だからな」
「だよな。でも、少しはいい勝負をして貰わないとツマンナイよな」
長身の越智と違い、標準よりやや小さめの凪はあまりにも頼りない。
よって、観客達は勝負は戦う前だというのに凪の敗けを決めつけている。
そんな中で写真部の部長だけはテンション高めに部員達に指示し、試合を余す事なくカメラに収められる体制を引いている。
凪はコートに中央に行き、ネット越しにテニス部部長の伊藤と握手を交わした。
「こっちは部費がかかってる。女だろうが容赦はしない」
「……宜しくお願いします」
今まで俯いていた凪はここに来て初めて顔を上げた。
そこにはいつものお人好しで純粋そうな凪はいなかった。
射抜くような凛とした瞳、獲物をロックオンした猫科のしなやかでありながら揺るぎのないオーラを全身から発していた。
その姿は、場違いな所に送り込まれた憐れな少女ではない。
生徒会のおまけではなく、正式なメンバーなどだと思わせる気配に伊藤の背中から冷たいものが流れ落ち、唾を飲み込んだ。
その瞬間、フラッシュが焚かれたものの凪はそれに気が削がれる様子もなく先攻が決まると直ぐにポジションに入った。
先攻は伊藤。
鋭い音と共に刺すようなボールが飛んでくる。
そのボールを凪は見送った。
「フィフティーン・ラブ」
審判の声に客席の落胆の声が上がる。
全国レベルの早いサーブを返すのは無理なのかと……
(うん。流石に良いコースだ)
凪は小さく口笛を鳴らす。
「これが実力だ。速くて反応すら出来ないだろう!」
(この台詞はいらないな)
高飛車な伊藤のセリフに凪は露骨に溜息を漏らし、早く次を打てと態度で示す。
伊藤はその態度にカチンとなったが、何も言わずに再びサーブを打つ。
今度は綺麗にラケットにボールを捕らえたが、球の威力に手首が負けてラケットごと持っていかれた。
「サーティー・ラブ」
(重い。流石男の人の球。コンチネンタルじゃ握りが薄いか)
凪は右腕に痺れを感じながら飛ばされたラケットを拾って再び構える。
ざわつく会場の中で、伊藤はサーブを打つ。
「ゲームウォンバイ伊藤孝之!ゲームカウント1ー0」
サーブ権が凪に変わる。
握りをウエスタンに切り替え、強いトップスピンをかけて相手の左端ギリギリを狙う。
伊藤はシングルハンドでそれを返し、今度は凪が右端を狙う。
ラリーは続く。
癖があるようで、右を狙う時はバウンドした時のボールは必ず右に曲がる。
それを直ぐに理解した伊藤はコースを正確に読み、打ち返した。
「フィフティーン・ラブ」
ラリーを繰り返しても伊藤は必ず決める。
コースを読まれてる事を理解していないのか、それとも他に方法がないのか凪は同じパターンでサーブをし、同じパターンでラリーを繰り返し、相手に得点を許してしまう。
「サーティー・ラブ」
敗けの色が濃い。
凪は表情を変えずにサーブを打った。また右に跳ねる。
同じパターンに周囲は落胆の声を上げた。
だが、今度は今までのサーブと違った。今までのサーブでよりスピードが遅い。サーブミスと思われたそれは大きく山なりにボールは飛んで行き、バウンド後は右に大きく弾んだ。
虚を突かれた伊藤は、なんとかボールに追い付いたものの巧く返せず初心者でも打てるボールを返してしまった。スマッシュされればポイントが入る。
伊藤だけではなく観客の誰もがそう思ったが、凪はスマッシュは打たなかった。
彼女はネットギリギリに弱いボールを返し、伊藤は焦って前に出て返した。
慌てて打ったボールにスピードが乗るハズもなく、凪はそれを打ち返した。
今度はバックに下がらなきゃ返せないくらいに球は空高くロビングする。
伊藤はまた拾う。
スピードが遅かったのが伊藤の幸運だった。
ラリーは止まらない。
真っ直ぐ返す事は出来ないのか、凪が打つ球はどうしても左右にボールがブレてしまう。
そして、遂に凪はボールを拾う事が出来なくなった。
「ゲームカウント2ー0!」
審判の声に耐えきれず、越智は立ち上がった。
「ダメだ!!お嬢ちゃんが可哀想過ぎる!」
「ああ。止めさせよう」
浩樹も越智に続いて立ち上がったが、それは理事長の声で止められた。
本日2話目




