第1話:出逢い【1】
あれから1ヶ月が経った。
凪は入学より二週間早めではあるが、寮に引っ越して入学準備を整えるために家を出た。
荷物は既に送ってあるので、スポーツバック一つだけといった身軽な格好だ。
凪は期待に胸を膨らませながら、学園行きのバスに乗り込んだ。
(どんなとこなんだろう?)
受験時に見た、五角形の埋立地に建つ、赤レンガが埋め込まれた校舎。
よく手入れされた庭。
洗練された大学のようにお洒落なそこを思い浮かべるだけで胸が高鳴る。
パンフレットには、個性的な授業のカリキュラムと、才能育成の一環で自主性を重んじる学園とある。
実際ここを卒業した生徒には、有名企業や一流大学、第一線で活躍するスポーツ選手がいる。
この学園の卒業生というだけで最大のステータスとさえ言われる学園。
だからこそ、車内にいる自分と同じ新入生らしき人達もパンフレットを片手に目を輝かせていた。
「さあ、着いたよ」
運転手のそんな声と同時にドアが開き、嬉々とした声を上げながら次々に生徒達は出て行った。
最後まで待って、凪は運転手に近付いた。
運転手は訝しそうにしていたが、凪はにっこり微笑んで、頭を下げた。
「運転手さん、ありがとうございました」
そんな事を言われた事のない彼は、びっくりしたように凪を見た。
初めは何の事だか意味が判らなかった彼だったが、ややあってその意味を理解し、眼鏡の奥の瞳が優しく笑った。
「楽しんでくれたようで何よりだよ。君、名前はなんというんだい?」
「樹神凪と申します」
運転手は「いい名前だね」と呟くように言うと、バスを降りた生徒達に掛けた言葉を心からそう願いながら言った。
「楽しい学園生活を!」
「はい!」
運転手に見送られながら彼女はバスを降り、バスが立ち去るまで手を振っていると、後ろから声がした。
「運転手と知り合いなのかい?」
驚いて振り返ると、長身の男が不思議そうな表情で立っていた。
(うわ!美形さんだ)
190近くあるのではと思われるほどの長身。
精悍な顔立ちのせいなのかボサボサの髪は全く気にならないどころか、彼にしっくり似合っている。
そして、現代に侍がいたらこうなるのでは?という、威圧感。
だが、サッパリとしていて、人懐っこい笑顔の中に全ての者を惹きつける太陽のような威厳を感じさせ、凪は思わず、
「殿様?」
と呟いた。
すると男は目を見開きながら頷いた。
「確かにここの生徒会長をしているから殿様とは呼ばれてるな。
よくわかったな」
生徒会長という立場がこれほど似合う人もいないだろうと納得する凪を見ながら、男は人好きされる笑顔で先程の質問の答えを待っていた。
凪もつられたように笑顔を浮かべながら男に見惚れていたが、質問されていたことを思い出し、慌てて答えた。
「しょ、初対面です。
ただ、あの運転手さんみんなが景色を楽しめるように時々スピードを落としてくれていたので、嬉しくてお礼を言っただけです」
それだけであの無表情の運転手があれほど親しげになるはずはないのだが?
そう思ったが、彼女の台詞にも嘘はなさそうなので、男は面白そうに目を細めた。
「なんか変でしたか?」
「いや、あの運転手無表情で有名だから珍しくてね」
その返答に凪は首を傾げた。
優しい笑顔の素敵な運転手という印象しか残ってない。
「……君、名前は?」
「え?樹神凪です」
「っ!……樹神?……へぇ、君が?なるほど」
男はじっと凪を見つめた。
どうやら彼は自分の事を知っているらしい。
だが、凪には心当たりはない。
そして、迫力のある体格のしかもかなりのいい男に見つめられ、凪は居心地悪そうに身動ぎした。
そんな彼女に気付いてないのか男はそれでも見つめ続け、ややあって、全開の笑みを浮かべながら彼女の背中を叩いた。
「樹神、ちょっと俺に付き合え」
「え?あの、ちょっ」
有無を言わせずに、殿様は彼女の手首を掴んで歩きだした。
春休みとはいえ、先程バスにいた新入生や部活をしている上級生がいる。
ただでさえ目立つ容姿の男にグイグイ手を引かれる様はかなり目立ち、凪は顔を紅潮させた。
だが、男の方はそんな事はお構いなしで、彼女の手を離すことなく進んでゆく。
そして校舎に入ると階段を駆けるように上がっていき、最上階にある生徒会室のドアを勢い良く開けた。
「おい、恭介!面白い奴連れてきたぞ」
ドアが壊れそうな激しい音に、パソコンに向かっていた男は「煩い」と苦情を吐いてから、席を立ち近付いて来た。
その瞬間、凪は息を飲んだ。