第9話:暗闇の中での会話
(と、突然何!?)
凪が悶えて抵抗すると、帯刀は黙っていろとばかりに人差し指を立てて、室内の様子に目を配っている。
その様子があまりにも緊迫していて、凪は抵抗を止めて帯刀の見ている方に視線を向けた。
すると、そこに一人の男がいた。
月明かりだけの暗い部屋だけに誰だか判別出来ないが、4、50代の男性のようである。
男は電話で誰かと話しているようだ。
「……んが、過ぎてるのですが?……約束は守って頂かないと。……え?今月中?では、あと一本増やして頂かなくては……え?無理?では、残念ながら縁がなかったものとして退学して頂かなければ……ええ、それがお互いのためですよ。では」
冷たく淡々とした口調。
穏便な話ではない。
いや、それどころか非常に不味いものを聞いてしまった。その証拠に帯刀が難い表情で見ている。
凪は、男が消えたのを確認すると机から抜け出して帯刀に聞いてみた。
「帯刀先輩、今のって」
「忘れろ」
凪が言い終わらないうちに帯刀はそう言って、再び彼女の手を取ってパーティ会場へと足を動かした。
だが、忘れろと言われても、忘れられるものじゃない。
凪は再び口を開こうとしたが、それは興奮気味の浩樹の声に掻き消された。
「恭介!!どういうことだ!?説明しろ!!」
いきなりそう言われ、帯刀は首を傾げた。
「何の事だ?」
「決まってるだろ!?
コルセット直すってアレだよ!もしやと思うが、そのコルセット……」
ようやく質問の意味を理解した帯刀だったが、悪戯を思い付いたらしく意地悪く笑った。
「普通一人じゃ着れんだろ。俺が着せたが文句あるのか?」
「……っ!!!!!!!!」
コルセットを凪に着せる帯刀を想像し、浩樹の顔は真っ赤になって額に汗が浮かんできた。
それを見た帯刀は更に追い討ちを掛けた。
「な~にを想像したんだ?」
獲物を狙う肉食獣のような表情で、帯刀は浩樹の耳元に口を寄せた。
「背中はしっかり触ったが胸は指が触れた程度だ。
言っとくが、あの胸にはパットは入れてない。100%本物だ」
「フ、触れっ!ほ、本物……!」
「それに口紅を付ける時に指でなぞったんだが……物凄~く柔らかかったぞ?
ほら、見てみろ。
瑞々しくてマシュマロのように柔らかそうで思わず食べたくなりそうなくらい美味しそうな唇だろ?」
浩樹の生唾を飲む音が聞こえ、もう一息というところで違う人物が彼のトドメを刺した。
「浩樹先輩、大丈夫ですか?」
赤い顔だけではなく汗まで浮かべている浩樹を心配して、凪が額に手を当てて熱があるか調べた。
浩樹は逃げるように後退りしたが、よろけて椅子に座るような形で転んだ。
そのため、凪の唇は至近距離に迫って来た。
甘い果実のような唇に食らい付きたい衝動が巻き起こり、浩樹は残った理性でそこから視線を逸らした。
だが、今度はたわわに実った二つの果実が浩樹の視線を釘付けにした。
(ほ、本物。この大きさが……本物……)
「先輩?」
心配そうに覗き込む表情があまりにも切な気で、まるで自分のモノにしてくれと哀願されているような錯覚に捉われる。
(も、もうダメだ!)
このまま抱き締めて自分のモノという印をつけたい衝動を振り切るように、浩樹は立ち上がった。
そして、そのまま逃げようとする浩樹に帯刀は勝利者の笑みを浮かべた。
「浩樹。トイレはあっちだぞ」
「わ、分かってる!!」
この後の行動を見透かされた浩樹は、泣きそうになりながら会場を飛び出して行った。
これには流石に可哀想に感じた越智は、呆れ気味に溜息を洩らしながら帯刀を諌めた。
「帯刀。遊びすぎだ」
「あいつが慌てるなんて滅多にないからな。チャンスは有効利用させてもらわないとな」
面白くて仕方ないといった悪魔の帯刀。
確かにいい機会ではあるのだが、越智としては同情せずにはいられなかった。
「さて、お嬢ちゃん。今度はあたしと踊ろうか」
白のタキシードに身を包んだ男装の麗人と、ウェディングドレスのような凪の服。
どう見ても新郎新婦なのだが、仮装パーティのように見えてそれもまた面白いかもと、一人納得し、越智の手を取った。
その後もパーティは続き、部屋に戻った凪は疲れ果てて泥のように眠りに落ちた。
本日は後二回更新予定です。




