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プロローグ

 

 嫌だ……もう生きていたくない……生きていたってこの先何もない……


 少女は絶望の淵で死を選んだ。


 手首に突き刺したナイフから熱が広がり、そして手首から流れる紅い液体は、掌を伝いながら足元を徐々に濡らしていく。



「アンジュ……待っていて…今、そっちへ行くから」



 少女はそう呟き、意識を身体から切り離した。



 ……紅い闇が見える。



 仲間達と別れる事になった黒煙を吐く、禍々しい紅い闇。

 少女は一瞬躊躇したが、仲間に逢う為にその中へと足を踏み出した。

 だが、突然何者かが背後から少女の手首を掴み、先に進もうとする彼女の邪魔をした。



「何をしに来たの?」



 その邪魔者から発せられた声は、少女が一番聞きたかった声。

 少女は笑顔で振り向くと、そこには親友が怒りに満ちた表情で立っていた。

 だが、少女はそんな彼女の表情に気づく前に彼女に抱きついた。



「アンジュ!逢いたかった!あたし、アンジュを追い掛けて来たの!」



 嬉しそうにそう言う少女の身体を自分の身体から引き剥がし、アンジュは彼女の頬を平手で打った。



「何故……何故来たの?」



 叩かれた頬に触れながら、少女はすがるようにアンジュを見つめた。



「あたし、もう二度と前のように走れなくなったの……夢も希望もなくなった……こんな何もない世界で生きるのはもう嫌。辛くて辛くて耐えられないの……お願い。一緒に逝かせて?」



 そう言った少女の頬を、アンジュは再び叩いた。



「『どんなに苦しくても前を見て努力をし続ければ必ず希望が向こうからやってくる。だから、頑張ろう』

 私が落ち込んだ時、そう励ましてくれたのは誰!?

 私はそんなあなたと親友になれて誇りに思った。

 だからこそ事故が起きたあの時、あなたを……凪だけは守らなきゃと思って庇ったのに……私のそんな気持ちを裏切るの!?」



 言われて少女はハッとなった。


 あの事故で奇跡的に自分だけが生還した。

 それは隣にいたアンジュが、咄嗟に少女を抱き寄せて、鉄片や硝子片から守ってくれたからだ。

 それなのに、足が前のように動く事が出来なくなったというだけで、自分は逃げ出した。

 親友が身を挺して守ってくれた命を軽んじ、楽になれる道を選んだ。


 アンジュが怒るのは最もである。



「アンジュ、ごめん。あたしが馬鹿だった。もう逃げない。約束する!」


「本当に約束できる?あなたは既に私を裏切ったのよ?

 もし、また逃げだしたりしたら私は絶対に許さない。

 二度と親友だと思わず、未来永劫呪い続けるわ。それでも約束出来る?」


「出来る!!約束する!!もし、戻れるのならあたしは二度と逃げないと誓うよ!!」



 すると、アンジュは怒りの形相を解き、少女の大好きだった強くて優しい笑みを浮かべた。



「相変わらず気持ちの切り替わりが早いのね。フフフ…それでこそ私の凪よ。

 いいわ。もう一度だけ信じてあげる。

 さぁ、戻りましょう。私が連れて行ってあげる」



 アンジュは少女の手を取ると、彼女を元の世界に帰す為に歩き始めた。



 ―ー―ーそれから数ヵ月後。


 樹神凪こだまなぎは玄関の前で茫然としていた。



「……夢じゃないよね?」



 季節は春にはまだ早い二月の半ば、外は氷点下に近い気温である。

 それなのに彼女は、玄関前で部屋着のまま、茫然と郵送されたハガキを見ていた。

 何度も何度も繰り返しそれを読み返す。寒ささえ忘れたかのように……



『樹神凪様

 この度は当学園を受験頂き有難う御座います。

 当学園に於いて、貴女の御活躍を期待しております。

 シンセリティ学園理事長 春宮晃』



 シンセリティ学園は推薦でほぼ決まり、一般で受かるには余程の能力がない限り不可能といわれている。

 中学時代は留学のため、殆どアメリカにいたから、英語には自信がある。

 だが、それは才能と言うには貧弱過ぎる。



(でも、受かったんだよね!?)



 どう読んでもそうとしか思えない文面に、ようやく彼女は我に返り、家の中に駆け込んだ。



(もしかして、反対されるかな……?)



 シンセリティ学園は全寮制の高校だ。

 受かったとはいえ、反対される可能性が頭を過り、両親のいる居間の前で足を止めた。

 だが、凪はこの高校で自分の可能性を探したい気持ちを必ず伝えてみせると心に決め、ドアを開けて合格のハガキを両親に見せた。



「留学先であんな事があったのに、また1人で全寮制の高校に行くなんて許せるわけないじゃないの!お母さんは嫌!認めるわけにはいかないわ!!」



 受かるとは思ってなかった母親は、通知を見るなり、激しく反対してきた。


 思った通りの反応。


 心身ともに傷ついて日本に帰って来て半年。

 昔みたいに笑えるようになったとはいえ、心配するのは親として当然。

 解ってはいるが、大人しく引き下がる訳にはいかない。



「だからだよ。あたし、試してみたいの!

 受かったって事はあたしの中に何か才能を学校が見い出してくれたって事でしょ?知りたいの!それが何かを……!」


「それで挫折したらどうするの!?そんな事になったらアナタは今度こそ……っ!!」



 全てを失い、アメリカから帰国した凪が、引き籠もった末に自殺し、両親にかなり迷惑をかけたのは、まだ最近の出来事。

 母親が心配するのは無理もない。

 だが、いや、『だからこそ』行かなくてならない。


 次に進む為に……!!

 親友との誓いを二度と破らない為に!


 そんな娘を見ていた父親は、至って静かな口調で応えた。



「いいんじゃないか?」


「お父さん!!」



 鬼でも見る形相で自分を見る妻に、微笑を浮かべながら彼は続けた。



「この子の前向きな姿勢が戻ってきて、私は寧ろ嬉しいぐらいだ。

 挫折は若いうちに沢山味わうべきと、義父さんも言っていたじゃないか」


「凪は女の子なのよ!?そんな苦労させたくはない!!……あの時みたいにまたこの子が傷ついたらどうするの!?」



 妻の抗議に当然とばかりに応える。



「その時の為に、私達親がいるんだよ。母さん」


「……!!」



 ハッとなった彼女に彼は頷いた。



「私だって傷ついて欲しくはない。でも、だからといって可能性の芽を摘むのは愚か者のする事だ。

 私の言う事の意味がわかるね?母さん」



 泣き崩れて頷く母に凪は謝り、父には感謝の言葉を述べた。

 そして、生と死の狭間で再会した親友に祈った。



(アンジュ。あたし自分が何処までやれるか正直自信がない。

 でも、新しい可能性を求めて頑張るから!

 何があっても絶対に逃げない!!

 だからどうか、あたしを見守っていてね)




e☆エブリスタで掲載している作品ですので、ご存じの方がいらっしゃいましたらすみません。

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