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博徒が往く  作者: 道ノ瀬
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プロローグ

「唐突で申し訳ないが別の世界に転生しては頂けんかの?」


運命は突然に、気がつけば見るも無残な肉塊に、人にとっての終わりとは千差万別だろうか。その間際に見るのは希望か、それとも絶望であろうか。

ともあれ物語を夢見るものにしてみれば凄絶さであったり、望まれるがゆえの選定であったり、何かしらの特別性を求めるのではあるまいか。

そうして望みとは裏腹に大多数となんら代わり映えのない終わりを迎える。

『死』とはつまりそういったもので


「俺のやっていることはギャンブルじゃない」


口を開けばそう言っていた男、碇孫六にとってのそれも同様であった。

誰よりも賭場を荒らし、賭けに勝ち続けた男。

そんな男でも一度、病にかかってしまえばあっけないものでポックリ逝ってしまったのである。唯一の心残りと言えば、生涯に渡って唯一といえる心優しき友人の事であろうか。奴には孫六と違い多くの友人がいたわけだから窮地に陥るという事はないであろうが、簡単に人を信じ、裏切られたかと思えば恨むでもなく決まって悲しい顔をする奴であったから、自分が隣にいなければいつ悲しい顔をして帰ってくるかと気が気ではなかった。

ああ……でも、そうか。自分はすでに待つことすらもできない身の上であった。


「そうじゃ、おんしはすでに死んでおる。死後に心残りを思う魂は多いが、人の心配とは。賭博師などというからどんな輩かと思えば、なかなか人間味のある奴じゃの。

ともあれおんしは死んでおるんじゃ、できる事は何もない。」


ふっと思考の海から浮上した時、孫六は目の前に存在を覚えた。

それには強力な存在感があるというわけではなかったが、旧来よりそこにあったと、自らがそれを知っていたと思わせるようなデジャヴを纏っていた。

そうして不思議と身近に感じられる存在に指摘され孫六は苛立ちを覚える。

普段なら押さえ込めるはずの昂りは確かに目の前の存在に届いたようだった。


「まあそういきり立つでない。とはいえ此処にあるのは魂のみゆえ、無理からぬことじゃの。肉体を制御することで感情を抑えることを覚えたものであっても、肝心の肉体がないのではどうしようもなかろう。

さて、本題に移ろうではないか。先ほどおんしにできる事は何もないと言ったが、ワシにはできることがある。この意味はわかるじゃろう?」


孫六はしぶしぶ肯定した。

この場において相手の方が優位な立場にあることは明白。

そして優位な者から交渉が持ちかけられる、それはつまり孫六にも切ることのできるカードがあるということ。孫六の意識ははっきりと存在へ向けられた。


「うむ。物分かりのいい若者は嫌いではないぞ。

先ほどは聞こえていなかったかもしれんでの、もう一度言わせてもらうとしよう。

おんしには別の世界に転生してもらいたい。」


異世界、転生、なるほどそういった概念は実在していたのかという感慨。

目の前の存在はお主にはと言った。なぜ自分なのかという疑問。

孫六には2つの思いが生じた。


「そのあたりも理解しておいた方が後々やりやすいかもしれんの。

簡単に説明しておこう。まず、初めにじゃが自我を持った魂は総じて転生するものじゃ。

そして魂は例外を除いて皆、同じ世界を廻っておる。

例外と言うのは世界間での力の交換の事じゃ。

悲しい事ではあるがおんしの暮らしていた世界はワシのものでありながら、

ワシの手元からは離れていってしまっておる。

ヤハウェ、アッラーフ、仮の名前で呼ばれているうちはまだよかった。

その時ワシには確かに信仰が集まっておった。

真名を知られることはまずいことではあるが、そもそも人に認識できる概念ではないのだ

人が人にとっての神を作ったとき、ワシの信仰は弱まった。

その時ワシは誤った。信仰が薄れたのは安易に力を振るうからじゃと、そう考えた。

気づけば人は自らの力で生きることができるようになっておった。

ワシへの信仰、そしてワシの力はすでに大本が失われておった……」


存在は一息にそこまでを話すと息が切れたのか間をおいた。

それはまさに力を失ったさまを形容しているかのようだった。


「今でも……今でも力あるものの一部は信仰を持っておる。ワシの名を知らずとも、大きな力を信仰しておる。数が少なくとも信仰を集めているものに信仰されることはワシの力になる。

ワシの力が満ちており、世界がリソースで溢れていた頃には多種多様な力の形があった。

そしてそれはより多くの信仰を集めていた。しかし、しかしリソースが限られた今となっては自己完結しがちな力は使えない。

そうじゃな、おんしらの世界で例えるとコストが高くそれに見合った使いどころのない手札、その中でも一際重い存在が今のおんしというわけじゃ。」

コストが高く、使いどころのない手札というのは孫六にも理解できた。何をするにしても最小限に抑えるというのは非常に困難なことだ。最小限のコストで勝ちを拾うことは不可能ではない。だがしかし、それはあくまで拾った勝利であって一定の勝算を持って挑むにあたっては余剰分のコストが発生することは必然とも言えた。つまり存在はこう言いたいのだろう、使いどころの無いカードをリリースしたいから出て行ってくれと。


「わかっているのであれば話は早い。とはいえおんしにも悪い話ではないはずじゃ。了承を取らねば魂の移転は行えぬゆえこうして場を設けておるが、この手の話を断った輩は未だかつておらん。同じ世界で転生すれば自我は失われる故にの。」


確かに孫六にとってもこの提案を断る理由はなかった。自分にできることはないというのは存在によってもたらされた情報であるが、前世の記憶持ちなどが一般的でなかったことは事実。存在の要求を突っぱねればその時が碇孫六の最期となるだろう。そして存在は心残りについてもできることがあるらしい。


「うむ。引き合いに出すならば本来、転生してもらう者に対する見返りは本人に対する転生後世界での優遇措置なんじゃがの。おんしの望みが名瀬文太を見守ることなのであればそれもいいじゃろう。力が衰えたとはいえ人ひとり見守ることなぞ造作もない。力を与える代わりの見返りである故、定期的に奴の近況を伝えてやってもよい。どうじゃ?引き受けてくれるかの?」


孫六は肯定した。


「それは重畳。それではさっそく向かってもらうとしよう。いつであろうとも変革は早く、緩やかにあるべきじゃろうて。何、心配はいらんとも。転生してもらうは我が孫の世界。便宜を図ってもらうように言っておくでの。それでは、また逢おう」


その言葉を最後に、孫六の意識は存在に呑み込まれ、落ちていった。


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