相手の手、涙
翌日文化祭が近い為準備に追われる。
教室から体育館へ移動する者も居れば
準備室から出て来る者も居る。皆、忙しそうだ。タケシのデートは本日となった。
『恭祐く〜ん。本日宜しくね』
『何回目だよ…ちゃんと覚えてるから』
『だってさぁ〜』
タケシが恭祐の背中を叩こうと
右手を自分の顔の横へ持って行く。
『叩くなよ?まだ痛むんだから』
『あ…』
『文化祭前に誘うかよ?』
『う〜ん!いけず』
『急がば回れって謂うだろ?』
『どういう意味それ?』
『慌てるなって意味だよ』
『なははは!』
『帰りは一人で送って行ってやれよ?』
『お…おう!』
『えっと…カナヅチは…』
『タケシ君!これ、お願い』
同じクラスの女子、河辺恵がタケシを呼んだ。どうやら荷物を手伝って貰いたいらしい。何故かタケシは起立の姿勢のまま動かない。
『何してるんだよ?河辺が読んでるぞ?』
『………』
『タケシ?』
『え…?!あ…えと…』
『まさか…気になる女子って…』
『わぁぁっ!声がデカい!』
タケシは恭祐の口を勢いよく塞いだ。
『んっ!んんーっ!!』
恭祐は息が出来ずもがいてはタケシに
離すよう、知らせる。
『あ!悪い…』
『ぶはーっ!!…ふぅ…早く行ってやれよ?』
『けど…』
『おーい!成実ぃ!手伝ってくれぇー!』
『判った。行ってくる』
タケシはガチガチになりながら河辺の元へ向かった。
『大丈夫かな?』
『ガチガチピヨ』
『勇!成実が来た!』
『ビヨ!』
『よっ!助っ人参上した!』
『悪いな?タケシにご指名入ったんだ』
『タケシよりも働くぜ!』
『頼もしく限りで御座います』
一方、タケシの方はというと河辺と
並んで荷物を運んでいた。
どうやら緊張は少しだけほぐれた様に見える。
『ごめんなさい。これ、あたし一人じゃ運べなくて…』
『大丈夫だよ!頼ってくれて嬉しいよ』
『あ…うん…』
『今日…大丈夫?』
『えっ?』
『あ、いや何でもない…えと…帰りは家まで送るよ』
『ありがとう』
『恭祐に謂われちゃったよ。急がば回れだって』
『宮澤君らしい…ねぇ、知ってた?彼の目!』
『目?』
『うん。凄い綺麗なの!』
『そうなんだ…。もしかして、恵ちゃん恭祐の事好きだったりする?』
『え?ええーっ?!なんでぇ?』
『えと…よく見てるんだなぁ…と思って』
『そうねぇ…。背も高くて綺麗だけどタイプではないわ』
『そっか』
(良かったぁ!!)
『あの…タケシ君…は…その…』
『俺、本気で恵ちゃんの事好きだよ。……さぁ!早く終わらせようぜ!』
『あっ!ちょっと待ってよぉ〜!』
二人は顔を赤くし、廊下を走った。
映画の準備は時間ギリギリ間に合った。
後は、本番にフィルムを回すだけとなった。こんなバタバタしたした文化祭の準備は初めてだっただろう。
恭祐が映画を提案していなかったら何の準備をしていたのだろう…。本番は明後日だ。
恭祐とタケシは教室を出た。
『本当ギリギリだったなぁー。今日中に終わって良かったな?』
『皆が協力してくれたからな。この後だよな?デート?』
『あ!貴子様、誘っといたから』
『え?』
『いやーしかし、女子が飾りつけやってくれて良かったよなぁ〜?』
『俺と成実は映写機とスクリーン。貴重な体験だったよ』
『だよな…映写機なんて普段みないし』
『お疲れ様』
『おっつー。…なぁ恭祐?』
『ん?』
『お前男にしちゃ勿体なくね?』
『俺も思うな』
『『うわぁっ!成実!』』
『そんな驚くなよぉー?しかし本当勿体無い』
『それ以上謂うな…』
『あらー』
『あれまー』
『はぁ…』
(何だこの会話…)
『まぁ、ええじゃないか!』
『良くない』
『あ!恵ちゃん』
『頑張って来いよ?恭祐、タケシ!俺は此から塾だから』
『…ああ』
『じゃぁな〜』
成実は自転車に跨がると恭祐達と別れた。
恭祐達は校門で待つ河辺の元へ急いだ。
すると門の影から一人の女子が現れた。松丘貴子だ。
『何か緊張してきた』
『俺、眠くなってきた』
『何で?』
『やぁ。お待たせ』
『恵ちゃん…えと、宜しくね?あれ?松丘…』
『彼一人じゃ可哀想でしょう?って恵がね』
『俺なら良かったのに…有り難う』
『いいえ。此でダブルデートね?』
『デートって私と宮澤君は付き添いでしょう?』
こうして四人は近くのゲームセンターやカラオカケ、イオンへ行く。
恭祐と松丘はフードコーナーで
一休みをしていた。
『プリクラなんて久し振り』
『松丘はあまり無いの?』
『うん。私、自分の事好きじゃないし』
『どうして?』
『どうしてって…。可愛くないし…』
『そうかな?成実はいつも松丘の事話してるよ?気は強いけど可愛い奴だって』
『え?ていうか気が強いって何?』
『いや…俺に謂われても』
『…そっか…そうよね。ごめんね』
『松丘は良いところ沢山あるよ』
『え?』
『…喉渇かないか?』
『そうね』
恭祐は財布を出しお金を投入口へ入れる。
爽健美茶を二つ選ぶ。
『はい』
『有り難う。て…何で此って判ったの?』
『いつも爽健美茶ばかり飲んでるだろ?』
『知ってたんだ?』
『うん』
松丘は嬉しく感じた。
何も誰も、見ていないだろうと決めつけていたから。成実も恭祐も自分の事も知っている事が嬉しかった。
(お兄ちゃん…僕を忘れてないピヨ?)
『ね、宮澤君て雛飼ってるって本当?』
『雛…あ…』
(忘れてた)
『まぁ…』
『今度見せてよ?ピヨちゃん』
『いいよ』
『やった!有り難う。私動物好きだからさぁ。…ねぇ、恵達何だかいい雰囲気じゃない?』
『満更でもないみたいだな?今日は気を使わせて悪かったな』
『いいのよ』
『こっそり帰ろうか?』
『いいの?』
『うん。ふぁ…ちょっと眠くて…送るよ』
『そうね、帰りましょう』
松丘は恵とタケシの後ろ姿に
ひらひらと手を振った。二人はドーナツを選んでいた。
『外は寒いよね…』
『おまけに暗いな』
恭祐ははぐれないよう、松丘の手を握った。まさかの行動に松丘は一瞬驚いた。
『暗いし、変な奴が出たら困るだろう?』
『…あ…うん。有り難う。びっくりしちゃった』
『はは』
二人は店を後にした。
『ねぇ、ピヨちゃん名前は?』
『名前?勇だよ勇気の勇』
『人の名前みたいね?』
『犬でこうたろう、猫でサダハルって知り合いにいるよ?』
『こうたろう、サダハル…』
『因みにサダハルは雌』
『えぇっ?!』
『驚いたろ?俺も最初雄かと思ったし』
『誰もどっちも雄って思うわよ』
『けど、勇は雄だよ』
『そうよね!可愛いなぁ』
『夜はなかなか寝てくれないんだ』
『どうして?』
『ピアノが気に入ったみたいで毎晩母さんのCDを聴かせてから寝るんだ。変だろう?』
『何それ?凄い可愛い』
そんな話をしながら夜道を歩く。
恭祐は彼女を無事、自宅まで送った。
『有り難う。送ってくれて。宮澤君て…恭祐君て意外と紳士なのね』
『意外は余計だろ?』
『ふふ。それじゃ明日文化祭頑張りましょう』
『ああ。また明日』
松丘は恭祐へ手を振ると中へ入って行った。
『お兄ちゃん…忘れてたピヨ?』
『……』
『やっぱりピヨ〜』
『けど、途中思い出したぞ?』
『それは貴子お姉ちゃんが話し出したからピヨ』
『悪かったって』
『思ってないピヨ!ピヨーーー!』
コートの中でイジケる勇。
やはり子供だ。可愛い。と思った。
そして次の日。
文化祭当日。結構な賑わいだった。
メイドカフェがあったり
迷路があったり、お化け屋敷があったり、
イカ焼き屋、お好み焼き屋、まんまるケーキという物もある。
恭祐は体育館で鈴木と最終チェックを、していた。
『宮澤、お前も楽しんでこい』
『いえ。もう少し此処にいます』
『熱心だな?けど、後は本番を待つだけだ。行ってこい』
『…それじゃ…』
『楽しめよぉー?』
『はーい』
恭祐は言葉に甘え体育館を出た。
まだ上映まで時間があるので
見回る事にした。
『あー!恭祐!昨日なんで途中で帰るんだよぉ』
『眠かったし。二人いい雰囲気だったし。松丘も謂ってたぞ?』
『マジか?!本当にそう見えた?!』
『見えたよ』
『やった!一歩前進!』
『それじゃ、俺と松丘の昼、奢れよ?』
『任せろっ!…ん?何で松丘?』
『付き合ってくれたろ?』
『はぁ…判った…』
『あ。松丘が謂ってたな。タケシは良い彼氏になれるって』
『奢らせて頂きます!!』
(単純てこういう人の事を謂うピヨ)
『あ!いたいたぁ!』
『あ…成実』
『メイドカフェ行かない?』
『あ、行く!』
『恭祐は?』
『俺そういうの苦手だからパス』
『んじゃ三人で行くべ』
『えっ?!だから俺は行かないって』
『メイドカフェ〜!メイドカフェ〜!』
『おいっ!成実離せっ!』
恭祐は成実に首根っこを掴まれ
メイドカフェまで引っ張られた。
その様子を松丘が見ていた。
『メイドカフェ…恭祐君、そんな趣味あったんだ…』
『離せーーー!』
目的地へ着いた。
”ご主人様 メイドカフェへようこそ ”
と書かれた手作り看板が廊下に置かれていた。成実がドアを開けるとメイドが
並んで出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ ご主人様 お飲物は如何でしょうか?』
『俺コーラ!』
『俺も!』
『俺出てく…』
『何だよ恭祐!』
『出てく…』
メイドはそんな恭祐に色目を使う。
『ご主人様…私達、お嫌ですかぁ?』
(気色悪い…)
『ご主人様ぁ』
(抱きつくなぁ!!)
(お兄ちゃん顔が青いピヨ)
メイドの迫力に負け大人しく
席へ着く。溜め息をつきながら頬杖をつくと窓の外を見る。
すると松丘から一通のメールが届いた。
”一年生のメイドカフェはどう?”
と、あったので返信をする。
”早く此処から出て行きたい”
松丘のスマホが鳴った。
『どれ?……ぷっ!あははははっ!』
『どえしたの?貴子?』
『え?…くっくっ…何でもない…』
『変なの』
そして午後。
お待ちかねの上映時間が近づいた。
『先輩』
「あ…恭祐メイドカフェ、お疲れ様」
『やっぱり、見に来てたんですね?』
「折角の文化祭だからね」
『趣味、悪いですよ?』
「悪い。けど、楽しそうだったよ」
『俺はああ謂うのは苦手です』
「…有り難う」
『いえ。さっき、”あの映画は伝説”って謂ってた人が結構いましたよ』
「伝説かぁ…」
上映時間が来た。明かりが消え
体育館は暗くなった。ざわついていたのが嘘のように静まり返る。
物語が始まると当日此処の生徒だった樋川の同級生が涙を浮かべる。
恭祐は映写機から少し離れた場所で樋川達の作品をじっと観ていた。
彼は涙を浮かべながら恭祐に謂った。
「そのままでいい。訊いてくれ」
『………』
「僕の為にこの文化祭で作品を、選んでくれて有り難う。本当に嬉しい。此で成仏出来るよ…有り難う…恭祐…」
『俺の方こそ…有り難う御座います』
樋川カオルは綺麗な光の粒となり
消えて逝った…。