蛇の目傘と子供
旅行から帰宅中二人は次の日の仕事を考え出来るだけ早目に自宅へ帰った。
『楽しかったけど何か色々あったな…』
『ああ。其にタケシと河辺の漫才も見れたし』
『あれね…』
『ハリセン面白かったピヨ!』
『ピヨ吉、あれね痛かったのよ?』
『さぁ、着いた』
『今日恭祐のアパートに泊まっていいかぁ?何かそんな気分…親父さんが持ってきた布団有るんだろ?』
『ああうん…』
『よらぴくけろ…』
ダイニングテーブルに座るなり
タケシは顎をつけた。と、謂うより伸びた。両手はだらりとぶら下がっている。
『ピヨ!』
ツンツン…
ツンツン…
それを勇が嘴でタケシをつつく。何かしてくれるか謂ってくれるのか期待を込めているがそれは的外れだった…。
『ピヨーッ!』
『なんよ?』
『遊んでピヨ』
『やだ…』
『何でピヨ!』
『脱力すてるから…』
『ん?何してるんだ?二人共?』
『お話』
『ふぅん』
恭祐は冷蔵庫から烏龍茶を取りだし
棚からコップを二つ出した。
そっと注がれる烏龍茶…。タケシへ差し出すと彼は一気に飲み干した。
『かぁーッ!何だこれ!キーンてきたぞッ!』
『この冷蔵庫結構冷えるんだ。一気に飲むとそうならから気を付けてくる』
『早く謂って…』
『わざとだ』
『ピヨ!蛇の目傘ピヨ!』
『『へ?まさか』』
外が見える窓へ目をやると
確かに蛇の目傘がひょこひょこ見え隠れしている。雨でも無いのに何故?
いや、その前にその時代でも無いだろう?
外へ出て見てみる事になり
二人は勇を連れて出た。
そこは何の変鉄もない駐車場だった。
蛇の目傘なんて何処にも見当たらない。
おかしな事もあるものだと思い、中へ戻ろうとした。
「お兄ちゃん」
『え?』
「やっぱり視えるんだね」
『どうした恭…あれ…』
「初めまして。僕、幽霊の武彦11歳」
初めて幽霊にこんな風に自己紹介をされたので返事に少々困った。
『俺は…』
「知ってる。成仏させてくれる宮澤恭祐さんでしょう?帰ってくるの待ってたの」
『ああ…そう…けど、別に待たなくても…』
「悪霊になりたくないから」
『…へぇ…此処だとなりにくいの?』
「うん。何か安心するですよ。あ、そちらのお兄ちゃんも視えるみたいですね…?」
『俺はタケシ。こいつの親友』
「何かかっこいいーッ!」
少年は目を輝かせながら
肩を組まれる恭祐、と、タケシを見た。
『そんな目で見なくても…』
『そっか!格好いいかぁ!』
『ピヨォ…』
『それで、俺に何か?成仏かい?』
「そうなんです…けど、やり残した事があって…」
『みたいだね。それで?やり残した事って?』
「百メートルを泳ぎたいんだ…いつも二十五メートルで終わっちゃって…」
『それだけ泳げりゃいいと思うんだけど駄目なのか?』
「自己ベストを出したいんだ」
『そっか…けどそれをやるとしたら…』
『このお兄ちゃんを具現化しないと流されてお仕舞いピヨ』
「そんな…」
『僕なら出来るピヨ』
「本当?!ポヨ吉さん!」
『ピヨ吉ピヨ!…勇ピヨ!』
「どっちでもいいよ!本当に出来るの?!」
『体力は凄く消耗するけど出来るピヨ』
『大丈夫なのか?勇?』
『つーかさっき自分で“ピヨ吉”って認めたよな?』
『ムムッ!』
勇はタケシの肩に飛び移る。
すると小さな嘴で頬をつつき始めた。
『痛ッ!何しやが…いててて!痛いッ!』
『ピヨピヨピヨピヨピヨピヨッ!』
『こいつらは放っておいていいよ。悪いんだけど今日は疲れてて協力出来ないんだ…夜遅くに力を使ってしまったし…ごめん』
「大丈夫だよ。ただ、お兄ちゃんちに暫く居てもいい?」
『構わないよ』
「有り難う」
(改めて思うけど本当色んな幽霊が居るんだな…生きている人間と何ら変わらないのかも知れない…悪い奴は犯罪を犯すし、悪霊は人に害をもたらす…。そう考えると幽霊も妖怪も人間も同じなんだ…ただ人間はただの人だ…)
「どうしたの?」
『いや、何でもないよ。さ、中へ入ろう。勇、タケシ何時までやってるんだ?』
『悪かった悪かったって!』
『ふんピヨ!』
『こら』
『ピヨ…』
勇は恭祐に掴まれ肩に戻された。
中へ戻ると少年は蛇の目傘を畳む。
それを見ていた勇は何故それを持っているのか武彦に聞く。
『そうだ。どうして蛇の目傘なんだ?』
「これは幽霊のお婆さんが僕にくれたの。此処へ来る途中公園で遊ぶ同じくらいの人達を見てたら、くれたんだ。
あのお婆さん、もうこの傘は要らないって謂ってたなぁ…」
『へぇ…そのお婆さん、どんな感じだった?』
「僕は苦手…何かまずかったかな?」
『うーん少し…かな…けど、大丈夫。安心しな』
そんな事を謂った手前本当は気にかかっていた。しかし、この場は武彦を安心させたいという気持ちが彼を支配していた…。もし、その老人がこの子供を使って家まで案内させていたら最悪だ。
念のためドアの内側にお札を貼っておいた…。
恭祐は何となく本棚から一冊を取り出した。それは奈留から初めてプレゼントと一緒に貰った一冊だった。
ホテルでの出来事を帰宅してから
彼女はどう思っているのだろう…。
正直不安で堪らなかった…。
「みーつけた…」
『…ッ!誰だッ!』
『『ッ!』』
「蛇の目傘でお迎え嬉しいな…フフフフフフ…みーつけたみーつけた…」
まさか…こんなに早く…。
(クソ!力も戻っていない…どうする…勇も疲れててそれどころじゃないだろう…だけどまだ外だ…時間は少しだけど稼げるはずだ…)




