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 妖かし   作者: 三日月
24/39

 井戸の周辺

西田が井戸へ背を預ける様な姿勢で

腰を下ろしていた。

いつものように木の葉の間が空をじっと

見ていた。静かな空だ。そして…今日も雨一つ無いだろう。


その時だ。西田が、異変に気づく。

井戸から三つ離れた銀杏の木の下に

黒い影が一体ある。

その影は西田をじっと見ている様だ。



彼は嫌な予感がした。

恭祐へ話した方が良いだろうか…。




「今日、来てくれるだろうか…」





太陽が高く昇る。

影は相変わらず此方を見ている。

木陰が不気味に思える…いつもなら心地良く思えるのに…。

背筋がゾッとする…。




西田は目を閉じる。

アレを見たくないからだ。

耳には風や鳥達の鳴き声、車や自転車の音。子供達の騒ぐ声やただをこねる泣き声…。




風が気持ち良い…。

どれくらい時間が経ったのだろう?

西田には少しの時間だろうとしか思えなかった。


たまには目を閉じて音だけを

訊くのも悪くない。…そう思っていると此方へ向かって来る足音が耳に届く。


あの影だろうか?

もし、そうだとしたらどうすればいい?

悪霊が霊を喰うとでも謂うのか?

足音は一歩一歩近づいて来た…近く…近く…。




どうする…どうする…?






『西田さん?』





聞き覚えのある声。

西田はゆっくり目を開ける。






「恭祐君…」

『どうしたんですか?』

「いや……あれ…?」





西田は黒い影が居た銀杏の木へ視線を向ける…が、そこにはいつも見ている銀杏の木だけ。黒い影は何処にも居ない。

目を閉じている時に何処かへ行ってしまったのだろうか?


閉じている間、ずっと視線を感じていたのに…。


やはり恭祐へ話すべきだ。

そう決めた西田は恭祐へ黒い影の事を、話す。






『黒い影?』

「ああ。、さっきまであの銀杏の木の下に居たんだよ…とても気持ち悪い感じだったよ」

『勇、どう思う?』

『……』

『勇?』

『悪い気がするピヨ…生きている人間は

此処に居ちゃ駄目ピヨ…』

「やはりそうか…」

『…”人”は居てはいけない場所…』






恭祐は西田に最近変わった事が無かったか

訊いた。…彼の話だと学校内の男子生徒一人が”誰かに見られている”などと謂っていたという。


沢山の中で一人だけがそう謂っていた。






『その生徒は今…?』

「入院しているよ。此処から見える屋上から飛び降りたんだ…」





西田は恭祐が通っていた高校の屋上へ

顔を向けた。

一命は取り留めたが両脚の骨折と右腕の骨折の重傷を負ってしまった。


意識を取り戻すとその男子生徒は見舞いに来た同級生に”片目のない男が飛び降ろ”と謂いながら背中を押したと説明していたらしい。







「此処は人気(ひとけ)が少ないだろう?校内では話せない事は此処がうってつけって訳だよ」





なる程。だから西田は詳しく知っているのか。と、恭祐は納得する。

生きている人間をあの世へ連れて逝く…。

だから勇は”居てはいけない”と謂ったのだ。


勇を見ていると西田が人差し指を立てながら話だす。






「それともう一つ」






西田はいつになく真剣だ。

恭祐は彼の話を訊く。恭祐はゾッとした。

何故なら、前に茜にモチスケを預け窓から外へ出た時の…。今日見た黒い影の正体はその時の奴だと謂った。


あの時は矢井田とバッタリ会い

オニキスの力で護られた。

けど…母校で犠牲者が出てしまった。

その原因が悪霊…。



恭祐は右手に力を入れた。






「恭祐君、気をつけるんだ…いいね?」

『…はい』





銀杏の木を見ているとポケットの中で

スマホが鳴る。呼び出している人物はタケシだ。

恭祐は西田と別れる事にした。

学校裏の林を出る時…何処からか視線を

感じた。西田が感じたアレなのか?



後ろを見ると誰も居ない…。

周辺を見る。あった…視線の持ち主だ…。

黒い影を視る。





『走るぞ?』

『ピヨ!』






恭祐は走り出した。

後を追ってくるのだろうか?勇が代わりに確認するが追ってくる気配は無かった。

勇は珍しく恭祐が走っても酔う事が無かった。





『お兄ちゃん』

『うん?』

『大丈夫ピヨ?』

『ああ。大丈夫だ』






気が付くと矢井田のアパートの近くまで来ていた。流石に疲れたので塀に寄りかかり休むことにする。

目の前には紫陽花が綺麗に咲いている。

青、紫、桃色…。



その紫陽花から茶虎の仔猫が顔を出した。

恭祐は右手をそっと出す。

仔猫はそれに気づくと近寄ってきてくれた。


人懐こいところを見ると飼い猫だろう。






ミー

『ごめん。何も持ってないんだ』

ミー

『可愛いな…お前?』






仔猫の頭を撫でているとカタカタと喉を鳴らす。とても気持ちよさそうだ…。


タケシの所へ行かなければと判っているが彼は立ち上がろうとしない。



もう少しだけ…。




仔猫は頭を恭祐の手へ押しつけるように甘えだした。ごろんと背を地面へつけはお腹を見せて安心しきっている。

仔猫は喉を鳴らすのをやめる。すると急に毛を逆立て威嚇し始める。




フーーッ!

『どうしたんだ?』




恭祐は犬でも来たのかと思いながら仔猫が見る方へ上半身をまわす。

見ると…そこには生気を失っている男が一人、立って此方をじっと見ている。



眼を使う。

男の周りには黒い靄がかかっている。

充血している目。…何もせず此方を

見るだけだ。




此処に居たら矢井田にも何かされる。

恭祐は勇を肩に乗せる。仔猫もそれを合図と取るように急いで元居た場所へ逃げる。

恭祐また走り出した。




追ってこないと思っていた事が間違いだった。追ってこない訳が無い…。

恭祐は走りながらタケシへ電話を入れると

待ち合わせ場所を自宅から

神社へと変更の連絡をする。



何があったのかは向こうへ着いてから話せば良いだろう。

兎に角今は神社を目指すだけだ。




ただ、今は夢中に走るだけだ。

あの十字路の角から現れたりしないだろうか…。目の前に出て来たら…逃げきれるだろうか…?


嫌な思考ばかりが頭を過ぎる。

住宅地を抜けると田畑が見えてきた。

この道を真っ直ぐ行けば神社へ辿り着く。

梅雨時期とはいえ、やはり汗が出てくる。


シャツに汗が纏わりつくのが判る。

太陽が容赦なく照る。そして蒸し暑い。





『はぁっ!はぁっ!』

『お兄ちゃん…』

『平気だよ…はぁっはぁっ…』





神社を目指しながら飲み物でもさっき買って置けば良かった。と後悔した。





『はぁっはぁっ…はっ!』





後ろからあの視線がした。

やはりついてきている…。神社までもう少しなのに…!恭祐は初めて焦りを感じた。


この石段を登りきれれば…。

その瞬間…耳元で”何か”が…。

”はぁぁぁ…”と苦しむような声と…息遣い…。






(やばいっ!)

『お兄ちゃんっ!』

『恭祐っ!』






勇とタケシの声がした…。が、恭祐は石段を半分行った所で倒れてしまった。

気が遠くなる…意識が遠く…遠く…。




その様子を見ていたタケシが石段を降り恭祐の所までやってきた。

タケシは恭祐を抱きかかえると神社内まで運ぶ。





『おい雛!あの変な男は誰なんだ?』

『ピヨ?!視えたピヨ?!』

『…え…?』

『あそこには僕とお兄ちゃんしか居なかったピヨ』

『……』

『他に居たのは悪霊ピヨ』





タケシは自分自身も”視える者”となっていた事に困惑する。

無理も無いだろう。今まで”人”しか見えていなかったのだから…。

そして何故…自分も視えるようになったのか…。






『どうして俺も?』

『左手を出すピヨ』





タケシは勇が謂った通りに差し出す。






『ここを見るピヨ』

『何?これ?』

『これは仏目って謂うピヨ。親指のこの関節が上と下が目の字になってるピヨ。判るピヨ?ここ』

『これが?』

『それともう一つ。もし自分も”視えたら”って思ったことは無いピヨ?』






勇に謂われタケシは思い出す。

確かに視える恭祐を凄いと思った事もあるし視えたら…と思っていた時が一時あった。



タケシはもう一つ、勇に訊きたいことがあった。

何故恭祐は神社を選んだのか…。







『それは悪霊が入って来れないからだピヨ。此処へ入ると自然と始末されちゃうピヨ』

『なる程。そうゆう事か』






タケシは気を失っている恭祐を見る。

視えていると大変な時もあるのだと…そう思わずに居られなかった。

神社を選んだ恭祐。タケシへ迷惑がかかる可能性も…。




勿論、自分も此からは気をつけていないと

恭祐に迷惑をかけてしまうだろう…。








『気がつかないな…』

『仕方ないピヨ。間近で強い霊気を浴びちゃったピヨ…視線と声…を…ピヨ』

『そっか…』

『あ!タケシさんは視え始めの時、誰か居た?とか肩を叩かれた感じがあったかもピヨ』

『へいへい』





恭祐にはこの話が聞こえてくるだろうか?いや、ソレはないだろう。タケシは勇と一緒に恭祐を見守った。





ー夢ー





この時恭祐は暗い場所に一人立っていた。

暗く、じっとりとした暗い場所。







『此処は…?…勇?!』






勇を呼んでも返事がない。

もう一度、呼ぶ。

しかし返事が返ってくる事は無い。

何一つ。その時…誰かが居ることに気づく。


目を凝らす。

見覚えのある髪型。シャツ…帽子…肩に乗る雛…。






『…俺…?』






もう一人の自分が此方を向く…。

無表情な自分の顔…。


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