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 妖かし   作者: 三日月
21/39

 特別編前編 先輩

 確かあれは、私が高二の夏の出来事だった。部活で帰りが遅くなったんだ。



『暑いーっ!帰りの時間位、涼しくたっていいじゃん!』





暑い夏と秋が大嫌いな私は文句を謂いながら自転車を押して歩く。そろそろ冬だというのに!私の右手側には民家が数軒あるが、左側の方は全て畑だ。

なんと謂ってもダサいの一言だ。だけど東京という所には憧れはこれっぽっちも無い。ダサいの私の方か…。この年になっても彼氏が居ない。




『はぁ…。暑い…』




近道に使う畑道に入った時だった。

急に頭が痛くなり、吐き気がしてきて

立って居られなくなった。誰か助けを呼びたかったけど、それが出来ない。そんなときだ。ちょっぴりだけど私が好意を抱いていた先輩が声をかけてくれた。先輩は倒れてた自転車を立て直して、私の背中をさすってくれた。




『大丈夫?』

『…は…い…』




やっと出た言葉だ。

それくらい本当は辛いのに、『はい』だなんて…。




『顔色が悪いよ?…自転車は此処に置いてそこの木の影で休もう』




先輩はそう謂いながら私をお姫様抱っこして、涼しい所まで運んでくれた。

近くに小川があるらしく水が流れる音がする。気持ちいいくらい安心感がある。


先輩は置いてきた自転車を取りに、さっき来た道を戻っていった。相変わらず、先輩の肩には雛が乗っている。初子にさっきのお姫様抱っこの事話したら、羨ましがるだろうなぁ…。頭痛と吐き気が落ち着いてくると、いつの間にか眠ってしまった。




『寝ちゃったのかな?』




うっすらだけど先輩の声が聞こえた。





 彼は横たわる彼女に濡らしてきたハンカチを額にあたてた。

一人の女の子を、置いて帰るわけにもいかず隣へ座り鞄の中から一冊の本を取り出した。






 どれくらいの時間が経ったのか?寝ていた私には全然判らない。目を覚ますと宮澤先輩が私の隣で本を詠んでいた。

冷たくて気持ちいい…ハンカチがある事に気づくと同時に先輩が此方を見てこう謂った。




『あ、気がついた?もう大丈夫?』

『…はい。あの、有り難うございます!』



私は身体を起こすなり先輩へ御礼を謂った。




『家まで送るよ。吉原さん』

『…え?…私、まだ…』





本を持ったまま先輩は自分の名札をつついた。そうか、だからか…と納得。自分の鈍さに苦笑い。




『いつから気分が悪かったの?』

『いつからって訳じゃ無いんです。そこの道に入ったら急に頭痛と吐き気がして…偏頭痛かなぁ?って…』

『…そっか…』

『でも、先輩のお陰で良くなりました!ほらっ!』

『”今は”だろう?ほら、後ろに乗って?』

『ええ?!』

『良くなったばかりで、無理しちゃ駄目だ』

『あ…はい…』




叱られてしまった。

だけど心の声は…やった!お姫様抱っこの次は先輩と二ケツ!背中に耳をピッとつけて!何か、そんな歌、あったよね?


私は後ろへ座ると宮澤先輩が自転車をこいでくれた。この時間がずっと続けばいいのに。




『先輩、いい匂い…』

『え?何か謂った?』

『へっ?!い、いえいえ!』

(うわぁぁ!心の声かぁぁぁっ!)




今日の帰り道はずっとドキドキしっぱなしだった。あ、さっき”ちょっぴり”なんて謂ってたけど、あれ、ウソ。本当は大好き!!付き合いたいくらい!

学校じゃ友達にえのきとか謂われてる先輩だけど…。

思い出しては気になったので直球。訊いてみた。




『先輩…』

『うん?』

『どうして…えのきって謂われてるんですか?』

『……直球だなぁ。…まぁ、背が高い割に細いからって成実達が説明してたよ』





頭中はジャンカジャンカのアンガールズ。




『ああ!成る程!』

『何納得してるの…』

『はっ!すみません…つい…』

(ついって…この子…)

『この先左です』

『判った』




自転車のタイヤの音が、聞こえる。そして時々先輩の息も。気がつくと先輩の背中に耳をあてていた。恥ずかしかったけど、そのままにした。だってこんなチャンスこの先無いだろうから。





『…あ。そこを右です…二軒目が家です』

『判った』





ああ…もう着いてしまった。

幸せな時間、終了。

私は自転車を降りると先輩も降りた。




『有り難うございました。それと…』

『うん?』

『…いえ、今日は本当に有り難うございました!』




そう先輩に謂うと宮澤先輩が”明日学校で”と謂ってくれた。あの時、先輩が通りかからなかったら…私はどうなってたんだろう?部屋へ入ると私はカーテンを開けた。先輩はもう居ない。あたり前何だけど。



次の日の学校。

教室へ入るなり初子が恐い顔で話しかけてきた。




『桜ぁ〜?昨日宮澤先輩に家まで送ってもらったって本当?!』

『へ?!何でもう知ってるの?!』

『兄貴が見たって謂ってたのよ!』

(ちっ!見られてたのか!)

『あれは私が帰り道に具合が悪くなったから…』

『看病してもらって送ってもらったって?』

(え?!実は見てたとか?!)

『…う、うん。お姫様抱っこもしてもらったよ』

『えぇーっ!桜だけズルい!』

『先輩いい匂いだったなぁ〜』

『おーのーれ〜!』

『きゃーーーっ!』





二人で廊下を走っていると誰かにぶつかった。ヤバい!先生かっ!顔を上げると担任の林だった。最悪だ!私と初子の顔色がみるみるうちに青くなる。私達は五分くらい、みっちり説教された。



よい子の皆さん、廊下は走ってはいけません。



説教が終わる頃、何気に視線をズラすと宮澤先輩と成実先輩。見られてた!絶対見られてた!笑われたかも知れない…。

まぁ、朝から会えたし…良くないけど…いっか…。



そして、朝のホームルーム。そして私は先生の話を余所に外を見ていた。勿論、昨日の出来事を思い出してたんだ。




『桜子!ちょっと桜子!』

『…え?』

『吉原…全く…今日はどうしたんだ?この異常な残暑でやられたか?』

『え?あ…すみません…』




やってしまった。と思ったけどまだ天国というところに居る感じがして悪い気はしなかった。休み時間、何となくグランド周辺をウロウロしてみた。大丈夫。校内だから。怒られない。体育館の近くに銀杏の木があるので寄りかかって空を睨んだ。


いつまでこの残暑続くの!

暑かったり過ごしやすかったり!そう思いながら見ていたら宮澤先輩が成実先輩と走っていた。というか、矢井田先生に追われていた。





『何かしたのかな?』



様子を見ることにした。

声が聞こえる。





『先生!俺は何もしてないって!』

『恭祐!逃げるのか?!』

『だって本当だろう?!俺はたまたま通りかかっただけなんだから!』

『問答無用!二人とも止まれーっ!』

『あれ!先生知らないのぉ?!止まれと待てと謂われて止まる奴は居ないのぉ!』

『むっ!恭祐!!お前はいい!待て成実ぃーっ!』





途中から宮澤先輩は除外され、成実先輩だけが追われる羽目になった。見てて面白い。この成実先輩。宮澤先輩は息を切らせながら私が居る三本隣の銀杏の木に寄りかかり身体を預けた。誰かと話してるのか?喋り声がする。


追いかけられた文句だろうか?

そう謂えば、初子が前に謂ってたなぁ。




『ねぇ、宮澤先輩事故に遭ってから視える様になったみたいよ?先輩、訊かれるとはぶらかすらしいけど』





幽霊が視える。

訊いてみたいけど自信が無い。





『はぁ…はぁ…あ、吉原さん』

『え?…あ、先輩。昨日はどうも…』

『いいって。あ……』

『うん?』




何だろう?先輩、私の後ろを見てる?

どうして、曇った顔になるの?…もしかして何か視えるの?その時だった。




『今日は別の道で帰るといいよ。あの道は確かに近いけど…遠回りした方が…』

『…どうしてですか?』

『…兎に角、あの道は駄目だよ』




そう言葉を残すと先輩は教室へ戻って行った。ただ。気になる。なんであの道を使ってはいけないの?




『…気になる』





体育の時間、私は暑さに負け、保健室へ向かった。頭がボーッとするし耳が何か変。




『今年の残暑は嫌ね。体育はいいからそこのベッドで寝てなさい』

『…はい…』




もう、”はい”しか謂えなかった。

保健室の先生がスポーツドリンクを出してくれたので飲む。かなり飲んだかも…。ボトルを置くとベッドへ入る。数秒でウトウト。さすが私。のび太君並み!


体育の時間楽しみだったのに…仕方ないよね…。暫くするとドアが開く音がした。誰か運ばれたらしい。いや、付き添って来られた。




『今日はどっち?』

『どっちって、昨日は成実がタケシを連れて来たんじゃないですか』

『ふふ。それじゃ、今日は成実君ね?』

『はい…先生〜気持ち悪い…』

『…うーん。今日は早退したほうが良さそうね』

『えー…それって医者行きの切符ですかぁ…』

『そうよ』

『えぇーっ!』

『小学生みたいにスカート捲りなんかしてるから罰が当たったんだろ』

『きょんきょんの馬鹿ぁ〜…はぁ…判ったよ』

『それじゃ、ちゃんと入院して来いよ?』

『勝手に決めるなって!』

『ここで残った元気使いなさるな!早く帰って医者へ行け!』

『…はい』

『じゃぁ、俺成実の鞄持って来ます』

『悪いな…恭祐…』




成実先輩もダウンか…。

私はすぅっと吸い込まれるように寝た。




 数時間後。





『…さん。吉原さん起きて』

『ん…』

『今日は部活休むって伝えといたから、早く帰りなさい?』

『…はい。………ん?今何時ですか?!』

『そうね〜?後二十分で部活の時間かしら?』

『ええ?!』

『少し顔色が良くなったわね。明日、体調が良かったら登校しなさい?』

『判りました』




驚いた。三時間目からずっと寝てただなんて…。お弁当、帰ったら食べよう。

生物も出来なかった…。まぁ、今日も早退した生徒、沢山居たみたいだけど…。

私は自転車に跨がると学校を出た。




『遠回りって先輩、謂ってたなぁ…』

(早く帰りたい!だけど…ああ〜!仕方ない。遠回りしよう)




いつもの道をって途中までだけど自転車を走らせた。もう少し行った所だ。昨日倒れた場所。あの頭痛と吐き気は本当に辛かった。暑さのせいだよね?けど、あれはもう嫌だ。私が倒れた場所を真っ直ぐ、通り過ぎようとした時、声をかけられた。




『すみません…』





私は反射的に自転車を止めた。





『はい?どうしました?』

『この畑の先へ行きたいのですが…荷物が重たくて…手伝って頂けないでしょうか?』

『…この先…ですか?すみません。遠回りなら…荷物、手伝えますけど…』

(先輩との約束だから…)

『急いでいるので…この道がいいのです』




確かにこの道を使えば目的地は近いだろう。重たそうな荷物。荷台へ乗せれば簡単だ。確かに見るだけで判る。”女ひとりで無理”…ん?おかしい…。こんな荷物、一人で此処まで持ってきたとして、何故在るべき物が無いの?


ヒッチハイクで降りたばかり?

この残暑。汗をかいていても可笑しくない。どうしてこの人、涼しそうなの?





『この道がいいのです…』

『この…道…』




怖い。



俯いたまま私へ頼む。



怖い…。



此処からにげたい。そう思うとペダルへ足を乗せた。すると、女の人の手が私の左手首を物凄い力で掴んだ。

痛い!


先輩…。

怖いよ…。




私は恐怖のあまり身体が震えていた。

どうやって振り払ったか覚えていない。

自転車を走らせていた。

ドクンドクンと心臓が鳴っている。必死だ。時間なんてどの位かかったか判らない。気がつくと私は家の玄関の鍵を閉めていた。



さっきの女の人は?何だったの?





『…兎に角、あの道は駄目だよ…』





先輩が謂っていた言葉を思い出した。

あの時、素直に手伝っていたら…。考えたくもないのに思い出したくもないのに

頭の中でグルグル…。

私は自分の部屋へ行かず、リビングで弟の帰りを待つ。遅いと謂うことは寄り道しているのだろう。こんな時に寄り道?!有り得ない!



テーブルに置かれたスマホが鳴った。

手にとって表示を見る。

知らない番号だ。私は相手が誰だろうと構わず着信を取った。


耳にあてる一瞬、さっきの女の人では…。




『も、もしもし…』

〔良かった。知らない番号だから出て貰えないかもって思ったよ〕

『みやざわ…せんぱい?』




嬉しかった。




〔ごめん。君の友達の初子ちゃんに訊いたら今日は部活休んで帰ったって…大きなお世話かも知れないけど番号を教えてもらったんだ〕




声掛けられた初子の嬉しそうな顔が

浮かんだ。恐らく、初子自身先輩の番号とか教えてもらったんだろうなぁ。

ちゃっかり者だから。




『せんぱい…』

〔どうしたの?〕

『会いたいです…今、一人で…帰る途中…昨日の…あの道で…』

〔通ったの?〕

『いえ…先輩に謂われた通りに』

〔何かあった…〕

『黒い服を着ていて…髪の短い女の人が…』

〔…すぐに行くから。少し待ってて?〕





私は返事をすると先輩は私の家に着くまで電話を切らなくていいと謂ってくれた。きっと私が怖がっているから…繋いだままにしてくれたんだ。









      



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