だいすきなひと
ー夢ー
『今日から皆と同じクラスになります。
鴨下めいかちゃんです。いいですかぁ?仲良くするんですよぉ〜?』
『はーいっ!』
ーあれ?どうして今になって保育園の頃の夢?ー
『ねぇ、えっとぉ…めいかちゃん、一緒に遊ぼう?』
『うん!いいよ!』
夢は小学生の頃になる。
『お前なんで同じ服着てるの?』
『本当だぁ。お洋服ないの?お気に入り?』
『あるよ。これね、ママが作ってくれたの。同じやつあるから』
『へぇ〜。いいなぁ』
『買えば良いじゃん。金、ないの?』
『あるよ。でも、ママが作ってくれるお洋服好きなの』
『じゃぁ、明日着てこいよ違う服』
ーいつだってクラスの男子は謂うのよ
…手作りの何がイケないの?ー
『…さん…』
(誰?)
『…したさん…』
『…ん…』
『良かった。起きてくれた』
『あ…、宮澤君…』
(入社式に隣に居た男の子…)
『お昼、もう済んだ?もう少しで終わるよ?』
『え?!もう?!』
テーブルに置かれた弁当。
まだ包まれたままだ。
『宮澤君はもう食べたの?』
『うん。今は川野を待ってるんだ』
恭祐がタケシを見ると
ガツガツ頬張っていた。
『私も一緒に食べてもいいかしら?』
タケシはOKサインを出した。
大分、詰め込んだらしく
飲み物と一緒に流し込んでいる。
鴨下はそんなタケシを見て笑う。
隣に着くと弁当を取り出す。
『五月半ばなのに、最近雨ばかりね』
『此からはじっとりするんだよなぁ…俺蛞蝓になるかも…』
『それ、毎日の様に謂ってるな?』
『食べるのに、そんな話やめてよ〜』
『あはははは!』
『げ・て・も・の 』
『もう!』
『それにしても、昼過ぎなのに外、暗いな?』
『雲が厚いせいじゃないか?仕方ないさ』
『今日は一日中降るそうよ?雨具、持ってきたから良いけど…間に合うかしら?』
鴨下は窓越しに外を見る。
朝と変わらず土砂降りだ。
『間に合わない雨だったら、恭祐に車で送って貰う?俺、今日は乗せて来て貰ったんだ』
『あ、それじゃ、お願いしようかな?』
『…俺、タクシーじゃないんだけど…』
そんな話をしながらの昼食は終わる。
そこへ、先輩である小島がやってきた。
『ああ、居た居た!宮澤君何だか社長が呼んでるぞ?』
『…俺?何かしちゃいましたか?』
『いや、仕事は何も問題ないよ』
『そうですか…。今行きます』
恭祐は席を立つと食堂を後に、
小島と二人で社長室へ向かう。
食堂を出て右へ曲がり十メートル進むと
エレベーターがある。
二階へ到着する間、小島が
”あの時の”話を出してきた。
『正直、驚いたよ。俺、幽霊とか信じて無かったから』
『俺もです。視える様になるまでは
半信半疑でしたから。それに、まさか自分が”視える者”になるなんて思っても無かったです』
『本人がそう謂うならそうなんだろうな?もしかして、去年の事故が原因?』
『え?』
『君が事故に遭ったって、宮澤先輩が話してたんだ。今もよく覚えてる。真っ青な顔で会社を後にしたんだ。
俺達も会ったことは無かったけど
宮澤先輩も、凄く心配していたよ。
意識が戻らないとか…』
『…そうだったんですか…。ご心配お掛けしました。…確かにあの時の事故がきっかけです。視える様になったのは意識を取り戻した後なんです』
『そうか…怖くなかったか?』
『怖いと謂うか、…驚きました』
『……。実は昨日、酔った勢いで
君のことを水嶋社長に話してしまったんだ』
『え?!』
『…すまん…』
出来れば話して欲しくは無かったが
酒の席での勢いならば、仕方がないのかも知れない。
と、そう思うことにする。
『社長室を視て貰いたいんだ』
『社長室を?』
『うん。この会社が出来てからなんだけど、物音が聞こえるとか』
『…素足で歩く音ですね?』
『…君は本当に凄いな。まだ話してもないし、社長室へ行くのも初めてだというのに。…そうなんだ』
『気づいて欲しくて歩いたり、肩をたたいたりしますけど…』
『へぇ、それじゃ俺、小学生まで肩を叩かれて後ろを見ても誰も居なかったのは
それなんだ?』
『はい。中学生以上は何も感じないので、後は視える人になります。向こうは視える人そうでない人は分かるので』
『てっきり悪い事ばかりしてるかと…』
『テレビで観るとそう思いますよね』
『やっぱり、テレビはヤラセか』
『はい。殆どがヤラセですね』
『数字取るのに必死なんだな…』
話しているとエレベーターがやっと
二人の居る階に着いた。
小島は五階のボタンを押す。
扉が閉まり、上へと動き出す。
恭祐は自分の真後ろに霊の気配を
感じていた。
「上へ参りまぁす」
チン…
五階へ着くと
二人はすぐに降りた。
下の階で押されたのか
エレベーターは降りていく。
『えっとぉ、こっちだ』
『小島さんは社長室へよく行かれるんですか?』
『そうなんだよ。社長の話し相手でね。おっと、ここだ』
『………』
恭祐達は社長室のドアの前で立ち止まり
小島がドアをノックする。
中から社長の声がした。
小島が慣れた手つきでドアを開ける。
社長の水嶋は椅子に座りながら
此方を見ている。
立派な机と椅子がある。
社長ともなればそうなのであろう。
後ろの両サイドには観葉植物が置かれている。
社長が座る後ろからは
うっすらと、虹が見えた。
『小島君、有り難う』
『では、これで…』
『ああ。小島君も居てくれるかな?
彼は此処へ来るのは初めてな訳だし』
『分かりました』
小島と恭祐は一礼すると、机の前にあるソファーへ座る。
社長の水嶋も二人の向かいへ座り直す。
テーブルを挟むようになった。
恭祐は一度立ち上がり、改めて
自己紹介を済ませる。
『早速だけど、何か居るかい?』
『……はい。二十代位の女性が三人と、四十代位の男性が一人』
『歩く者はその人達かい?』
『もう一人…居ます』
『どう謂うことかな?』
恭祐は一度深く息を吸い込む。
『…社長が可愛がっていたお孫さんです』
『……一哉…?』
水嶋は思わず
孫の名前を口にした。
『今も、千鳥足で歩いています』
ヒタ…
ヒタヒタ…
恭祐の影響なのか、小島と水嶋の耳にも
足音が届く。
こんなはっきり聞こえたことは無かった。
恭祐の話によると、幼くして亡くなった孫の一哉は大好きなお爺ちゃんから離れたくないのだという。
一度、仕事をする姿を見たかったらしい。
一哉は社長室だけでなく
水嶋が行くところ行くところ
くっついている。と、話した。
成仏はしていないのか訊かれたが仕事様子を後、成仏した事を告げた。
『悪さをする事は無いので、好きに遊ばせてあげて下さい』
『有り難う。君と話せて良かったよ』
孫の一哉は恭祐の膝の上へ、小さな手を置いた。
そして一言……。
「あーと」
『…一哉はとても人懐っこくて、本当に可愛い子なんだ……』
『そうみたいですね。今、僕の膝へ手を置いて、お礼を謂ってくれました』
「じーたん!」
一哉の声が社長室に響いた。
水嶋は一瞬、体が熱くなる。
二年振りの、孫の一哉の声を訊いた。
『………仕事が一段落したら、此処へ来てくれ』
『え?』
『今日でもなくて良いから』
『分かりました』
二人は社長室を、出た。
さっき来た廊下を歩き、またエレベーターで下へ降りた。
『一哉君の事まで分かるんだ』
『中へ入ってすぐ、あの子が社長を指差して”じいじ”と謂っていたので』
『鳥肌ものだ』
『あ!宮澤君見つけたぁ!』
エレベーターを降りた所で
恭祐と同期の寺島恵子が声を
かけてきた。沢山のファイルを持ちながら
此方へ歩いてくる。
『ね、今日暇?』
『え?』
『なんだ?デートの誘いか?』
『小島さん…』
『はは』
『似たようなものよ?実は合コンなんだ』
『悪いけどパス』
『えー?、いいじゃん!』
『それじゃ俺が代わりに行こうか?』
『奥さんに叱られちゃいますよ?』
『それは困る』
『ねっ!宮澤君!』
『そういうの、苦手なんだ』
『…ぅ〜。それなら仕方ないか…』
三人は話が終わると部署へ戻った。
恭祐が戻るなり、タケシと鴨下が恭祐の
デスクへやってきた。
どんな話だったのか、気になるのだろう。
『宮澤君、どんな話だったの?』
『すげぇ気になる!社長だぞ?』
『んー?何でもないよ。さぁ、仕事仕事!』
『気になるじゃない?』
鴨下は恭祐の後ろから抱きつき、訊き出そうとする。
恭祐はその行動に驚いた。
どうも、こういう女子は少々苦手だ。
というか、慣れていない。
柔らかい胸が背中に当たる。
『本当に大した話じゃないんだ』
『へぇ〜。あ、ねぇ、今日合コン来るでしょう?』
『俺も寺島に誘われたんだ』
『俺は断ったよ』
『やっぱり。たまには良いじゃん?俺、恵も誘ったんだ』
『普通彼女呼ばないでしょう?』
『俺は彼女一途 』
『はいはい。仕事仕事』
『んもう!』
『残り時間がんばんべ〜』
『…なぁ?そろそろ離れてくれないか?』
『へっ?あっ!ご…ごめん…』
『鴨下ちゃん顔真っ赤よ?』
『タケシ君意地悪〜』
『恭祐に惚れても無駄よ?こいつも彼女いるから』
『か!彼女って訳じゃ…』
『遊園地デートしたでしょう?』
『………』
『…そっかぁ…』
『やっぱ、惚れてたんだ…?』
『うん。入社式からね…』
『…ごめん…』
その時、恭祐と小島は川野部長から声をかけられる。
二人は部長の席まで行くと、外回りを任された。
『明日から暫くの間、県内のホテルや旅館を調べて欲しいんだ』
『てことは、泊まりがけか?分かりました』
『明日はいつも通り出勤してもらって構わないよ。先に行くホテルにも此方からアポ取ってあるから』
『分かりました』
『それじゃ、宜しく』
『はい』
『はい』
席へ戻る際、恭祐が小島へ謂う。
『小島さん、あの、宜しくお願いします』
『此方こそ。はぁ…この時期の外回り、結構キツいからなぁ。…おまけに蒸し暑い…』
『六月になりますしね。一応今日中に薬やら揃えておきます』
『気が利くね〜。グッジョブ!』
(大丈夫かな…)
翌日から恭祐と小島は朝から旅行バッグへ
着替えやら薬やら詰め込んだ。
モチスケは恭祐がアパートへ戻る間
矢井田と居ることになった。
『何かある度すみません』
『大丈夫。羊の事は任せなさい。学校へ行くとき一緒に連れてくし、あたしが終わるまでは西田さんと居て貰うから』
『助かります』
『こうして、教え子に会えるんだ。それだけでいいよ』
『今日はガチャガチャしないピヨ?』
『ピヨ吉、何が謂いたい?』
『ピヨっ!』
『ブッラッラッラッラww』
『それじゃ先生、行って来ます』
『行ってらっしゃい』
『行ってらっしゃいのスッポンキスはないんですかぁ〜?』
『キ、キ、キキ!キス?!』
『スッポン?』
『ピヨ?』