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 妖かし   作者: 三日月
14/39

 ありがとうという名の少年

『一つ!お友達になってくれて、ありがとう!二つ!お花さん、咲いてくれてありがとう!』




少年は黄色く咲く菜の花に礼を云っていた。

平成二十四年、四月二日の事だった。

田圃道を歩いていた一人の少年。

春を感じている様にも見える。

すぐ近くには畑がある。その畑にも

菜の花があり、色んな野菜の芽が出てきている。



少年が見ている菜の花に

黄蝶蝶がとまる。



『あっ!蝶蝶さん…』



少年は顔をぐっと近づける。

黄蝶蝶は逃げもせず、花にとまったままだ。



『お友達になってくれる?』




黄蝶蝶は羽をヒラヒラと動かした。

まるで、少年の言葉に応えている様だ。




『ありがとう』

”学校はいつから?”

『来週からだよ』

”給食っていう食べ物は美味しい?”

『美味しいよ。でも、たまに嫌いな食べ物も出るんだ』

”好き嫌いは駄目よ?”

『うん。全部ちゃんと食べてるから、大丈夫』

”偉いわね”

『ありがとう。何か嬉しいよ』

”どう致しまして。それじゃ、明日また会いましょう”

『うん。またね。蝶蝶さん』




黄蝶蝶は山の方へ行ってしまった。

ー現在ー



『母さん、お兄ちゃんは?』

『会社よ今日は入社式って昨日話してたでしょう?』

『そうだっけ?』

『そうです。それじゃ、母さんも仕事行くからね』

『行ってらっしゃーい』

『………』

『モッチー?何してるの?』

『……』

『あー!つまらないっ!何か喋ってよっ!』

(しつこい方ですなぁ〜?そんなに私と話したいんでしょうかぁ〜?)

『よしっ!カラオケ行こう!』

(お?何か支度始めましたよぉ〜?)

『モッチーも!早くこの中入って?』

(私もですかぁ〜?仕方ないですねぇ〜この人わぁ〜♪)

『…慣れてるわね?』

(慣れてますよぉ〜♪)

『さぁ!行こう!ゴンの餌は17時!』

(六時間も歌う気かこの女わぁ〜?)

『んー?時間は三時間でいっか』

(一人でぇ〜?)

『さー行くぞー!』

(一人だぁ〜♪)




その頃、恭祐はタケシと入社式の会場にいた。




『あーあ。これから大人の道まっしぐらかぁ〜』

『誰もがそうなんだ。仕方ないさ』

『まぁな。スーツが慣れないなぁ‥』

『タケシ、ホストみたいだ』

『笑うなよぉー?お前だってバリバリホストみたいだぜぇ?』

『前に一度茜に謂われたよ』

『茜ちゃんに?』

『ああ。確か食事会の時』

『あ〜!あの時かっ!あ、そうだ。恭祐デートデビューしたらしいな?』

『デート?あぁ。成実と春夫に途中あったな』

『幼なじみの奈留ちゃんの手を取って走って行ったとか!やるねぇ〜?』

『ちゃかさないでくれよ』

『だってお前、女っ気なかったじゃん?』

『まぁ、…確かに…男っ気ばかりだったかも…』

『青春した?』

『…して…ないよな…』

『ファンクラブまであったのに』

『それはタケシだってそうだろ?』

『あれー?そうだったかなぁ〜?』




そんな会話をしていると、入社式が始まった。会社の社長が一礼し、閉じていた口を動かすと話し始めた。


新社員全員、耳を傾けた。

恭祐達に教える社員はそれぞれの部署に

いた。



『今、新社員達を少しだけ見てきたよ』


入社十年の小島が謂う。



『バイト感覚じゃなければいいなぁ』




同期の山野が謂う。




『そうだ。覚えてるか?あの時の少年』

『あの時?あぁー。”ありがとう”ってよく謂ってた…?』

『うん。その子、亡くなったらしいよ…』

『…えっ?!』




彼等が話している少年は、二人の間で”ありがとうの少年”と呼んでいた。

初めて会ったのは一年前の事だ。二人は仕事で外歩きをしていた時だった。

良く晴れた昼、その少年は菜の花畑で何かと話している感じだった。見ると一人で、黄蝶蝶に話しかけていた。


その日から、”ありがとうの少年”を

よく、見るようになった。





『最近見ないと思ったら…亡くなっていたのか…』





小島が残念がる。

”ありがとう”しか謂えない少年。

何故、その言葉しか云わないのか?

それは、すぐに分かった。あの日、少年の家の裏に住む主婦、坂口が教えてくれた。

見た感じ、四、五十代くらいだろう。




『あの子の母親、変な人でね。あの子正君ていうのよ』



裏に住む主婦か思い出し様に名前を口にした。



『正君、母親に酷く怯えていたわ。”あんたはありがとう以外喋るな”って。

まともに話しするときは黄蝶蝶だけなのよ』





小島達は話しを訊いた時、胸が締め付けられた。母親に何があったか知らないが、変わった親らしい。山野は正君が亡くなった話しは、恐らくその女性に訊いたに違いない。




『今日、墓参り…行くか?』

『行こう。菜の花を持って』

「ありがとう」




その時、二人は少年の声を訊いた気がした。不思議だが、それはそれで嬉しかった。





『今日も頑張りますかっ!』

『あぁ。気合いだ気合い!』




入社式が終わり、恭祐とタケシは会場を出た。昼は近くのレストランで済ませる事にした。前に食事会で使った所だ。

二人はハンバーグとドリンクバーを注文した。




『しかし御祓いってすげぇな?あれ以来危ない目に遭わなくなったし』

『良かったじゃん』

『祓い人て、恭祐にぴったりだと思うな』

『え?』

『ん?祓ってくれた人も視えてた』

『…ふぅん。けど、俺は今のままでいいや』

『はは。あっ!それと、その祓い人が恭祐の事謂ってたぜ?”狙われてる”って。当たってる?』

『……当たり』

『大丈夫かよ?』

『体調崩さなけりゃ、大丈夫だ。…多分』





タケシは恭祐をじっと見た。





『何?』

『…飲み物、取りに行こうぜ?』

『うん』





二人は立ち上がり、ドリンクを選びに席を外す。タケシは何にするか、迷って居る様子だ。恭祐はあまり喉が渇かないアイスティーにした。




『俺、コーラでいいや』

『それ、ペプシだぞ?』

『え?コカじゃないの?あらま。まぁ、いいや』

(いいんだ)




席に戻ると互いの親が隣りのテーブルに座っていた。




『あれ?!』

『…父さん』

『やっぱり、二人ともここに来てたか?』

『タケシ、あれ?!は無いだろ?』

『今日和。御世話になります』

『いやいや、此方こそ』

『今日和…いや、居たからさぁ…』

『くぅ〜!冷たいねぇ〜』

『まぁまぁ、いいじゃないか』

『はぁ…。あ、そうだ。山野と小島の話しなんだが、耳に入ってしまってね…今日、墓参りにいくらしい』

『墓参り?』




恭祐達は近くの席に着く。

二人へ親同士の話しを訊く。





『変わった呼び名でね、確かぁ〜”ありがとうの少年”とか謂ってたな。本当の名前は正君とか。その子が亡くなったらしい』

『山野と小島が…?』

『何?その子?』




タケシは気になったのか、口をはさむ。




『さぁ、今日初めて訊いたからなぁ…』

『…正君?』

『知りたいなら本人に訊いてみるといい』

『いや、俺達顔知らないんだけど〜?』

『なら社内全員に山野か小島か訊き回るといい』

『…沢山居そうなんだけど?!』

(タケシの父さん無茶苦茶云うなぁ…)

(川野に部長任せて大丈夫か〜?)





その時、注文した物が届いた。

先程の話しが聞こえていたのか、顔見知りのウエイトレスが笑っていた。




『川野さん、相変わらずですね?』

『はっはっ!そうかなぁ〜?』

『そうだろ、親父』

(大丈夫かな…?部長さん)

(不安だ。不安過ぎる…)




その頃、山野と小島の二人は少年のお墓のを探していた。一つの墓の前に喪服を着たあの主婦がいた。




『今日和』

『あら、今日和。本当に着てくれたのね。正君、きっと喜んでるわ』

『だと、僕達も嬉しいです』

『菜の花、ありがとう』

『…あの、正君の親は?』



そう訊くと、坂口の表情が曇った。




『引っ越したわ…』




母親は、彼の納骨が終わるとすぐ、何処かへ引っ越したらしい。

自分の子どもが亡くなってすぐの行動だ。二人は母親へ文句を謂いたくなった。

坂口もきっと同じ気持ちだろう。





『亡くなる前に、何度か児童相談所へ電話したんだけどね、居留守を使って追い返してたらしいの』

『そういえば、どうして亡くなられたんですか?』

『…。お金に困っていたのは知っていたけど、子供にはあまり食べさせて無かったらしいの。栄養失調よ。家で出来た野菜とか、分けてたんだけど…。本当、残念だわ。毎日の様に正君を食事に誘っただけど…断れたわ。怒られるからって謂って…』

『訊いてるだけで、辛い話しですね…』

『そんな女…子供を産む資格なんかない…』

『…墓の前だ。もう、この話しはやめよう…』






小島は菜の花を墓に添えた。

その時だった。黄蝶蝶がヒラヒラとやってきた。

菜の花にとまると、羽をそっと動かす。

まるで話しかけている様に見えた。




『正君、亡くなったのよ…』





坂口が寂しそうに謂うと、墓の周りを飛ぶ。




『草でも取って綺麗にしよう』

『そうだな』





二人が墓の周りの雑草を、取り始めると黄蝶蝶はまた、花にとまった。数十分が経つと墓の周りは綺麗になった。


そして、線香に火をつけ、手を合わせた。

墓を後に三人は話しだす。




『もう、話しが出来ないなんて…』

『寂しいな。あの日の”ありがとう”が最後だったなんてな…』

『母親はどうして…』




小島が謂いかけた時、坂口が一文字にしていた口を動かしながら寺を振り返った。




『貧しい生活だと、子供が亡くなっても刑は軽いのね………』




坂口の一言は二人の耳から離れなくなる。

会社へ戻る途中、川野部長と会った。



『よっ!墓参り、行ってきたのか?』

『どうしてそれを?』



山野が訊く。



『あの時、耳に入ってしまってね』

『あぁ〜。成る程。行って来ました。あ、その子達は新社員の?』

『初めまして。宮澤恭祐です』

『川野タケシです』




自己紹介が終わり、互いに握手をした。

その時、恭祐のスーツを後ろから引っ張られる感じがし、彼は体ごと振り返った。

 そこには二年生位だろうか。男の子が立っていた。少年の肩に黄蝶蝶がとまっていた。


直感で分かった。川野部長がファミレスで話していた、”ありがとうの少年”こと正君だと。




「僕に気づいてくれて、ありがとう。お兄ちゃん」

(どう致しまして。君が正君だね?)

「うん。あのね、おじさん二人にこれ、渡して下さい」




少年は布で出来たキリンのキーホルダーを二つ。恭祐に預けた。キリンにはそれぞれ名前がある。どうやら正の手作りらしい。




「学校で先生と作ったの」

(とても良くできてるね。山野さんと小島さん、喜ぶよ。必ず、渡すよ)

「ありがとう!」




少年は満面の笑みで消えて逝った。

恭祐は山野、小島に一歩近付きキーホルダーを渡した。

勿論、タケシも部長も父親もいつの間にという顔をしていた。


三人に説明すのも面倒なので、恭祐は山野と小島に日を改めて説明すると伝えた。

キリンのキーホルダーには正の名前も

縫ってあった。


ぎこちない手作りのキーホルダーは

二人の宝物になるだろう…。











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