手料理~母の味~
雨の日の昼。
恭祐は冴に頼まれ、買い物に行った時の帰り道、公園で幼い子供が傘も無しに、ブランコに座っている所を見つけた。
下を向いて、泣いている様に見えた。
思わず、男の子の所へ近づき
側へ寄ると傘を男の子へやった。
『どうしたの?こんな雨の中』
『宮澤のお兄ちゃん…?』
『風邪をひいてしまうよ?家に送ってあげるから…』
男の子は首を横に振る。
『どうして?』
『…ママに会いたいから…』
『…。それじゃ、家に来るかい?羊さんも居るよ?』
『…うん…』
『判った。…その前に、君の家に連絡しないと。一度、電話してもらうのに母さんへかけるから、待っててくれるかい?』
『うん…』
男の子は名前は、木嶋 真。六歳だ。
1ヶ月前、母親は病死してしまった。
今は、父親と二人で暮らしている広いあの家に…。恭祐は冴に電話を入れ、真の父親へ連絡を入れる様、理由と一緒に話した。
話が終わるとスマホを勇の入るポケットに入れるが
その時勇はまた、スマホをいじろうとする。
恭祐はを背に乗せると、公園を出る。
熱が出てしまわぬよう、コートで覆っている。
真は恭祐が自分の服で濡れてしまうのにどうして、おんぶしてくれるのか?彼の背中で考えていた。
『あのね、お兄ちゃん…』
『なんだい?』
『僕、ママの作ったご飯、食べたいの』
『美味しいんだな』
『うん!ママの作るグラタンもハンバーグも、世界一、美味しいんだ!』
『シェフ並みだな…』
『そうだよ!あのね、うんと、でも、ママ凄い恐いんだ』
『どうして?』
『僕が悪いことするから、怒るの』
『それじゃ真君が悪いな?』
『うん。あのね、僕、ママ怒るから居なくなっちゃえばいいって、思ったんだ。そうしたら、本当に居なくなっちゃった』
『君の母さんは病気だったんだ。君のせいじゃない』
『でも、僕、居なくなれって思ったから…』
『俺も君位の時に思ったことがあるよ?いつもガミガミ怒ってたし。俺もやんちゃ坊主だったんだ』
『うーん…。ねぇ、お兄ちゃん…』
『どうした?』
『ママにごめんなさい謂いたい』
『そうだな、けど、ちゃんと届いてるさ』
話している時だった。
また、あの時と同じく頭がずっしりと重くなる。
傘を持ったまま、一度足を止めた。
だが真をおぶさっているので、すぐ、歩き出した。
背中にいる真が、どうしたの?と訊くが彼はなんでもないよ。と応えた。
コートの中の勇は何かに気付いた様子でいた…。
横断歩道を渡り始めると赤信号で車が次々ととまる。向こう側から中学生が歩き出し、恭祐の隣を横切る。
何も変わらない光景だ。
だが、渡りきった時”おしてください”と書かれたボタンが急にガチャガチャと激しく動き出した。
『なんだ?』
『どうして勝手に動いてるの?』
真も気付いた。
恭祐は”眼”を使った。
そこには、黒い霧の様な影が居た。鬼ではない。ポケットの中の勇がテレパシーを使い、恭祐に話しかけた。
(お兄ちゃん!此処から早く離れるピヨ!)
(え?)
(早く!急ぐピヨ!)
恭祐は走り出しその場から離れた。
一体、なんだったのか?家に戻る間、勇に訊きたがったが真もいるので諦める事にした。
さっきの黒い霧の様な影(悪霊)は何をしようとしていたのか?
彼は、真の着替えの服を思い出し近くの衣服店に入ると
雨が強く降ってきた。
びしょ濡れになりながら恭祐の家になんとか着いた…。
『ただいま…』
『お帰り〜って!二人ともびしょびしょじゃん!』
茜はバスタオルを取りに洗面所へ向かってくれた。冴も茜とすれ違いに玄関まで来るや否や同じ行動をとろうとしたが、茜がバタバタと戻ってきた。
二人はバスタオルを受け取る。
『お風呂、すぐ沸かすから、まこちゃんも風邪ひいちゃうわ』
冴は風呂場へ向かった。
『お兄ちゃん、コート、ありかとう』
『どう致しまして』
コートを受け取ると、ポケットから勇を出した。
勇は恭祐の異変に気づく。明らかに顔色が悪い。
『顔色が悪いピヨ…』
二人は靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、脱衣場の籠へ入れた。
勿論、服も濡れているので一緒に脱ぎ、また籠へ入れる。真には、恭祐のシャツを着せ、ヒーターの前に座らせ
恭祐はソファへ腰掛けた。
十分程経つと風呂が出来た。冴が二人に声をかけ早く入るよう促す。真がホットミルクを飲んでいたカップを恭祐が受け取り、冴へ渡すと風呂場へ向かった。
二人は冷えた体を湯船に浸かり暖めた。
『味は違うけど、母さんが作ったグラタン、食べるか?』
『え?』
恭祐の、向かい側で体を、暖める真が恭祐を見る。彼は入る前に冴へ一言伝えていた。”真君にグラタンを作ってあげてくれ”と。頼んでいたのだった。恭祐は洗面器に湯を入れる。
すると、勇はプカプカと浮いた。
『うん!食べる!』
『ウチの鮭が入ってるけど、いいかな?』
『さけぐらたん?うん!楽しみだなぁ!』
『じゃ、ちゃんと暖まらなきゃだな?』
『うん!…お兄ちゃん…』
『ん?』
『ありがとう。公園で声をかけてくれて』
『もう、雨の中一人で出歩いちゃ駄目だぞ?』
『うん!』
『背中、洗ってあげるよ』
『じゃ、僕はお兄ちゃんの背中とピヨちゃんを洗うよ!』
『ピヨ?』
『任せるよ』
『うん!』
真は、タオルを握り締め浴槽から出た。
どうやら勇を先に洗うらしい。
勇も生きていたら、きっと、真君の様だったんだろうと勇を洗う真を見て思った。
今は、姿をひよこに変えた勇。自分を守ってくれている。
一緒になってから、勇には沢山不思議な力があることが判った。
鬼を跳ね返す力、あの力には正直驚かされた。
ツキビトとしてではなく、動物の姿だが、弟の様に思える。
時々、ワガママな事を謂ったりもする。
が、恭祐は勇にいけない事はちゃんと教える。だが、こうも思う。
本当なら今頃、大好きな友達と外で目一杯遊んでいるはず。そう考えると、ワガママを受け入れたりもする。
そんな事を思っていたら、勇を洗い終わったらしい。
『お兄ちゃん!』
『いや、俺が先に真君の背中、洗うよ』
『うん!』
『9日が入学式だっけ?』
『う〜ん?よく分からないや』
『そっか、何組だろうな?
『う〜ん?いっぱい!』
『なんだそれ?』
『いっぱい組さん!』
『いっぱい組さんか…』
『次、僕がお兄ちゃんの背中洗う番だよ!』
『それじゃ、頼むよ』
『うん!ごしごし…あれ?お兄ちゃんの背中おっきい傷があるよ?』
『格好いいだろ?』
『えー?痛そうだよー?』
『あははは』
勇は洗面器の中ですいすい泳いでいた。
気持ち良さそうだ
その頃、茜とモチスケは一緒にテレビを観ていた。
茜は何度もモチスケを見た。
(なんか、この仔、動物らしくないのよね〜?ってあの日絶対お兄ちゃんデートよ!変な動物二匹居たけど。二人よ!人間は!)
『茜?恐い顔してるわよ?』
『え?そうだった?』
『何考えてたの?』
冴はグラタンをオーブンにセットした。
『あの日お兄ちゃんデートだったのかなぁ?って』
『あぁ、奈留ちゃんとの遊園地行ったって、あれ?』
『デートだよね?』
『デートかしらね?男と女だもの。それにしても、茜?二人の仲、壊さないでね?』
『私のお兄ちゃんだもん!』
『ワガママなお兄ちゃん子ね?』
『ブッラッラッラッラッ♪』
『モッチー?今私の事馬鹿にしなかった?』
『何の事でしょうかぁ〜♪さっぱり意味が分かりませんねぇ〜♪』
『…………』
『………?』
茜は急に立ち上がり、恭祐が入る風呂場へ向かった。バタバタと此方に向かって走ってくる足音が聞こえてきたので、恭祐は湯に浸かりながら槽を手に取る。
そして、風呂場のドアを茜が力任せに開けた。
バンッ!
『お兄ちゃん!』
バシャァッ!
『入ってるんだ。開けるな変態』
『あはは!お姉さんびしょびしょーっ!』
『彼氏にもやってるのか?茜は?』
『えっちーぃ!』
『んなぁっ!ち、違う違うっ!』
『何だよ?』
恭祐は少しだけ不機嫌そうだ。
『モッチー!モッチーが喋った!人の言葉…話した…』
『羊さんはメーメーだよ?』
『じゃなくて、喋ったの!』
『いつまで人の裸見ながら話してるんだよ?』
そう謂われた茜は恥ずかしくなり、ドアを閉めた。すっかり男らしくなった兄の体とはいえ、上半身だが、また、見てしまった。
中から話し声が聞こえたが、そのままリビングへ戻った。そして、モチスケか座るソファーへ座り直した。
『どうしたの?びしょ濡れじゃない?』
『お風呂場のドア開けたらお兄ちゃんにお湯かけられたの…』
『馬鹿ね…茜…どれだけ恭祐の事好きなの?』
『………違うってばっ!』
数分後、真がお風呂場から出てきた。
脱衣場から恭祐が真に何か謂っている声が聞こえてきた。どうやら裸のまま出てしまったらしい。
一応、真の手には恭祐が買った下着とパジャマを持っていた。
パタパタと足音がリビングまで聞こえる。
彼の居る脱衣場まで、戻ったらしい。
服を身に付けた恭祐は真を脱衣場まで連れ戻していた。
下着とパジャマを着せた。
『おばちゃん、お風呂、ありかとう御座いました』
『あら良い子ねぇ〜?どう致しまして』
『ふぅ。ったく、茜、もう覗きに来るなよ?』
『だから、覗きじゃないってば!』
『貴女も早く入ってきなさい』
『はぁい』
『ピヨ?』
『恭祐さぁ〜ん!』
モチスケが小声で彼を呼ぶ。
恭祐はモチスケの方を見ると、手招きをしている。
真は冴と話に夢中だったので、二人をそのままにし、彼の方へ近づいた。
『茜さんに、私の言葉が通じるみたいなんですよぉ〜』
『そうらしいな。さっき風呂場まで来て謂ってたよ』
『多分、さっきの影のせいピヨ。それに、家に着いたときのお兄ちゃんの顔色明らかに悪かったピヨ』
『…確かに…酷く頭が重たかったな…』
『強い者同士影響されたピヨ』
『何かあったんですかぁ〜?』
『帰りに悪霊を視たんだ。信号の下に居たよ』
『もしかしたら、何か悪いことが起きるかも知れないピヨ』
『う〜ん…』
モチスケは窓の外を見た。
カーテンを少しだけ開け、強く降りつける雨を不気味に感じた。
昨日まで晴天だった空。今日は黒い雨雲に覆われている。
『恭祐、真君の髪の毛、乾かしてあげて?』
『うん。ここで、待っていてくれるかい?』
『はーいっ!』
恭祐は自分の部屋からドライヤーを持ってきて、真の髪の毛を乾かし始めた。
冴は自分の髪も乾かす様、付け加えた。
勇はヒーターの前で、何故か口を、開けながら乾かす。
子供の髪の毛は大人より柔らかかった。
『すぐ、乾くからな』
『え?何か謂った?』
ドライヤーの音で恭祐の声が聞こえなかったらしい。真は首を傾げた。彼の髪が乾くと、自分の髪も乾かした。
冴を前にして濡れたままだと煩いからだ。
『あ、メーちゃんもお風呂に入ってきましょうね?』
冴がモチスケを両手で抱き上げると、茜の入る風呂場へ連れて行った。
『茜?メーちゃんもお願い』
『はーい』
モチスケ、気まずい沈黙。
茜は両腕を浴槽から出すと頬杖をつき、マットの上に座るモチスケを見る。
『モッチーさ、ぜっっったいお兄ちゃんと言葉交わしてるよね?』
『………』
『ねぇ、もう騒がないからお兄ちゃんと喋ってるみたいに接してよ?』
『………』
『だぁー!もう!ねってば!』
『………』
『いいわよ。北海道産の美味しいメロン、モッチーに食べさせてあげないからっ!』
ぴくっ!
茜は見逃さなかった。
”美味しいメロン”に反応したモチスケを。
『私一人で全部食べちゃうからね!』
(メロン…私の愛おしいメロンちゃん…たぁ〜べぇ〜たぁ〜いぃ〜ww!)
『お兄ちゃんはメロン苦手だしぃ〜?買わないだろうなぁ〜?』
(買って下さぁ〜い!恭祐さぁ〜ん!)
『あー、本当に食べたくなってきた』
(それは私の台詞だぁぁっ!)
『モッチー、洗うよ!』
ザバァ…
キッチンでは、オーブンの出来上がりの音がなっていた。
冴は、熱くないよう手にはめる。
一つ一つ、皿の上にグラタンがのせられる。同じく、ブロッコリー、人参、ポテトも。
そして、オニオンスープ。
『うわぁ!美味しそう!』
『真君、こっちで待ってな?グラタンは逃げないから』
『はーいっ!』
真は何故か恭祐の脚の間に座った。
そんな真を、見て愛おしく思う。恐らく勇と重ねているのかも知れない。
鮭グラタンが運ばれてきた。
冴は熱いから気をつけて食べるよう、真に謂う。真は口で冷ます仕草をする。そして、食べ始める。久し振りのグラタンは美味しかった。母の作るグラタンとは少し違うが頬張る。
一滴涙が、零れ落ちた。
母親の作るグラタン。それはシーフードグラタンだった事に気づいた。
海老、イカ、ホタテが入っていた。
思い出しながら口を上下に動かす。
いくら我慢しても、涙が出てくる。
泣きながら食べる。後ろから恭祐が頭を撫でている事に彼は気付いているのかいないのか…。
母に会いたい。会って抱きしめてもらいたい。そんな気持ちを、小さな胸に留めていた。泣きながら食べるグラタンは、少し、しょっぱかった。
全て食べ終わる頃、涙が沢山溢れ出ていた…。恭祐が買ってくれたパジャマの袖は涙で濡れている。
『…真君…』
恭祐が思わず名を呼ぶと、真は涙でぐちゃぐちゃになった顔で振り返り、我慢が出来なくなり、彼の胸でわんわん泣いた。久し振りのグラタンに嬉しくて、そして、母を思うと悲しくて、切なくなった。
『ママぁぁぁぁっ!ママ…会いたいよぉー!ぅっぅぅ…!』
また、恭祐と勇も切なくなる。
勇は、貰い泣きをしていた…。
彼も真の寂しい気持ちが
理解出来るから…。