#05 ポテトの目
リュウカのとんでも発言のせいで、やる気というものが損なわれた俺。っていうか、まだハヅキとリュウカから距離を開けられていて、孤独感が半端ない。
「ハヅキさん、この刀の使い方ですけど、大きな包丁と違ってですね」
などと、今度はハヅキを俺の二の舞にしようとしているのかリュウカは刀の使い方を教えている。
しかし、マグロ解体用の包丁と違って~と説明されても、俺たちは北海道出身でも海側ではなく海ではなく山のある地域に住んでいるんだ。
「なんとなくわかった」
受け取った鞘から抜いた刀を振り回すハヅキ。
「結構力持ちですね」
「大根のダンボールよりは軽いよ」
そうだ、忘れていたが、ハヅキはそこらの女の子のような非力ではない。
むしろ、俺よりも腕力の部分ではあるかもしれない。
農家のお年寄りがコツを掴んで重たいダンボールを持つのとは違い、ハヅキの二の腕は結構いい筋肉がついている。
「大根は振り回したことないけど、刀は軽いし長いから強いんだね。江戸時代の人たちが持っていた理由がわかるよ」
だが、歴史上では後に海外からやってきた鉄砲に武器が取って代わり、主流となってしまい、刀を使う武士は衰退した。
「そんなこと言っている間に、あそこにじゃがいもがいますよ!」
「そんなに大きな声を出したら見つかっちゃうんじゃ」
リュウカの指差す先に、ぼてっとしたじゃがいもが、のそのそと歩いている。ぼてっとしたって別にギャグのつもりじゃなく。
当然手足が生えていて、右手には先端が3つに分かれたフォークみたいなものを持っている。
「あれをじゃがバターにしたら、すごく美味しそうだな」
生唾が口の中に溢れる。
「大丈夫ですよ、じゃがいもは目はいいですけど、耳は弱いですから」
「ねえ、そういう大事なことはもっと早く教えてくれないかな!」
ハヅキが怒鳴った。
何事かと思って、じゃがいもを見れば、芽が出る小さな窪みに、ぎょろりとした目が出ていて、そのすべてがこちらを見つめている。
「もう見つかってるんだけど!」
「じゃがいもは男爵でありながら、騎士ですから……果敢に立ち向かってくる、便利な食材です」
「それは戦う覚悟があって、経験を積んだ人間にはだろうけど、ハヅキは初めての戦闘だぞ!」
じゃがいもは芽の部分の目を剥いて、なにをするのかと思いきや、体を転がして、広くも狭くもない通路を突進してきた。
「これってよく、アニメとかである迷宮に入った探検者を押し潰す罠の典型じゃんか!」
鉄球じゃなくて、じゃがいもっていうのがマヌケであるが、目玉がある分、不気味さは鉄球以上。
「この刀、あれ斬れますよね?」
「ええ、大丈夫ですけど、あの回転を止めないと」
リュウカも焦りだしている。
それだけやばいことなら、なぜにもっと慎重にならない!
「八百屋の娘が野菜から逃げるなんてこと、あっちゃいけないんですよ!」
「ハヅキ、無茶するな!」
ゴロゴロと音を立てて転がってくる巨大なじゃがいもは近づいてくると、その大きさが異様であることがわかる。
ニンジンよりも、たまねぎよりも大きい。
「じゃがいもは色んな品種がありますから、変異種が生まれちゃったんでしょう」
「味大丈夫なのか?」
「じゃがいもです」
気のせいか、リュウカといればいるほど、リュウカに対する信頼やなんかが、目減りしていく。
「てぁー!」
じゃがいもに振りかぶったハヅキの一撃――しかし、回転しながら突っ込んできたじゃがいもがギリギリのところで体を横に回転させて、真っ二つになることだけはどうにか避けた。
「端っこしか切れなかった」
じゃがいもはハヅキの直線状から逸れて、壁にぶつかった。
「気をつけてください! じゃがいもの今の攻撃はただの移動手段でしかありません」
「転がる攻撃ってか?」
「じゃがいもは足が速いですから」
「……そうだな」
ギャグなのかなんなのか一瞬わからなかった。
「ついでに、じゃがいもの芽には毒があります!」
「気のせいか、じゃがいもの目が変態のそれなんだが」
よく漫画なんかで下心を露にした時に見せる、卑猥な目をしている。ある意味、あれは子供の目には毒かもしれない。
しかし、その目が閉じ、次に開いた時には、うねうねと触手のような、じゃがいもの芽が出てきた。
「あれで触手プレイができるのか?」
「そういうの好きなんですか? ちなみに、あれには毒があるので触れたら、死にはしませんが、大変なことになります」
じゃがいもの芽には毒があり、ここのじゃがいもは色んな種が混合したものであれば、その毒性もそうだろう。
「こんなの野菜につく虫に比べれば、簡単に払えるよ」
最初は全然乗り気じゃなかったハヅキも、刀を持って食材と相対すれば、そのやる気もどこからか出てくるようで、俺以上にちゃんと戦えている。
刀を振るい、襲い掛かる芽を斬り落としていけば、その芽も有限らしく、見るからに数が減って、じゃがいもの攻勢が衰えた。
「今です!」
「じゃがいもの下処理は手早く行うこと!」
本物の調理と同じように、長い刀を縦横無尽に動かして、じゃがいもをぶつ切りにしていく。
「これ1個で鍋がひっくり返るな」
「当然、これを加工して使いますよ」
たまねぎのようなことには、当然じゃがいもなのでならない。
最初のニンジンのようにぶつ切りの塊として、転がり落ちる。
「ここで、レシピノート!」
ジッパーつきのビニール袋の中に、たまねぎと同じようにじゃがいもが吸い込まれていく。
「じゃがいもも調達完了です」
こうしてじゃがいもも、難なく手に入れることに成功したが、俺はどこか腑に落ちない。
「もしよければ、次の豚肉も私がやろうか?」
俺がまったく活躍していないから!