#03 食材との出会い
ダンジョン目指し、廃墟と化した町から北西へ向かうと、それはあった。
いや、だからおかしいだろ絶対。
みなさんの心に問います。
ダンジョンとはなんでしょうか?
ダンジョンとは岩や土で囲まれながらに、迷宮のような通路が入り組み、魔物が跋扈し、最奥部にはダンジョンのボスがいる。
「いらっしゃいませー」
自動ドアを潜った瞬間、自動音声がそう応えた。
「……ってか、ここスーパー!」
正面に真っ直ぐ続く通路。
左右には商品の陳列棚が並び、色とりどりの野菜がビッシリと敷き詰められて並んでいる。
「なにを言いますか。これこそがダンジョンですよ」
「確かに小さい頃、よく迷子になったよね」
リュウカの言葉にハヅキは昔を懐かしむように言うが、実際に俺もよく迷子になって、店内放送で何度も親を呼んでもらった。
「いや、だからってこれは……」
店内は明るいものの、普通のスーパーにつき物の音楽や音の類がまったくないため、薄気味悪さを感じる。
「でもほら、じゃがいももたまねぎもあるよ」
野菜売り場に並ぶのは、見慣れた野菜の数々だが、畑育ちのハヅキにとっては土のついていない野菜は物足りないだろう。
陳列棚に並ぶ野菜にハヅキが手を伸ばした瞬間、その手は空を切る。
「あれ?」
「立体映像?」
不思議に思うハヅキに続いて、俺も野菜に手を伸ばすが空を切るばかり。
「ここはスーパーの入り口ですよ。すぐに食材が手に入れば、私の住んでいた町も滅んだりはしませんよ」
「そりゃそうだが」
「そもそもお金ないもんね」
「ここにある食材がこれから向かう地下ダンジョンにいるんです。まあ、これは入荷状況がわかるシステムですね」
「親切だな、魔物」
「いえ、作ったのは私たち人間です」
そもそもこのカッティングボードという異世界に、なにがあって、なにがないのか、そこら辺の線引きも曖昧だ。
「なにがいるともわからないダンジョンに無作為に入ってくのは危険ですから、そのリスクを少しでも軽減させるために、こういうシステムを開発しました」
便利なもんだ。
これなら、いざダンジョンに入っても、目当ての食材がなかったなんてことはないんだな。
「私たち人間は食材はスーパーで買うというのが常識ですから」
「私の住んでるところ、近所にスーパーないけどね」
北海道の田舎には小さな商店や無人の販売所が多く、大きなスーパーやコンビニなど、最近できたばかり。
しかも車を出さなきゃ簡単には行けない、所謂、買い物難民というやつである。
「私の住んでいるところも、商店街がシャッター通りとなっていますからね。世知辛いものです」
「需要と供給のバランスとか、そういうのがあるんだろうな」
「その点、このダンジョンには過剰なまでに魔物がいますから、ご安心ください。攻略できる実力があれば、食い倒れることはあっても、餓死はしませんから」
リュウカが先人切って歩き出すので、俺とハヅキはその背中を並んで追いかける。
野菜売り場は結構なんでも揃っているように思えるが、大根やホウレン草といった定番の野菜がなかったし、キノコ類はなに一つとして見つからない。
ないものは当然のように棚が空になっている。
野菜売り場だけでなく、肉や魚売り場も空で、保存食や調味料の棚なんかも全部空。
俺が毎日のように世話になっている冷凍食品だってなにもない。
「ここは野菜メインなのか?」
「おかしいですね? ここなら豚もいたと思ったのですが……とりあえず入ってみましょう」
食物連鎖なんかが関係しているのか知らないが、あのニンジンが外に出てきてハヅキを襲っていたように、豚もどこかに隠れているかもしれない。
「豚ってなにを食べるんだっけ?」
「今の日本の家畜は配合されたものを食べますけど、自然界にいるのはトウモロコシや大麦なんかを食べますね」
料理の迷宮に精通しているだけあって、その生態系にまで詳しいようだ。
「有名なイベリコ豚なんかはドングリだけを毎日大量に食べることで、あの独特の味わいを出しているんです」
「食べたことないからわからない」
「そんな高級なもの、ないよね」
都会の金持ちは高級料亭でいい物を食べるかもしれないが、俺たち自然の中で育っていると、山から食物を調達して、それを料理してもらって食べるものだ。
野生のニワトリとかいれば捕獲できたかもしれないが。
スーパーの中を散策していると、ちょうど中央付近に、地下へと続く暗闇が大きな口を開けて存在していた。
底から冷たい風が吹き付けてくるような気がするし、風通りがあるのか顔に微風を感じ、底からは怪しい声が聞こえる。
「ここから先、いくらでも魔物が出てきますが覚悟はいいですか?」
「全滅を目指すわけじゃなくて、目的の食材だけを手に入れればいいんだろ?」
「そうですね。攻略も壊滅もまず不可能だと思いますから、食事を作れる環境を整えて、人を集めましょう」
それが不動産屋としての、リュウカの仕事だろう。
「よし、覚悟を決めよう。行くぞ」
やる気だけはあるものの、実力が伴わないので、先頭はリュウカに任せて、いつもの定位置と並びでダンジョンへと突入する。
中は洞窟のような岩や茶色い土で囲まれた、広い空間だった。
「声が結構反響しそうだね」
「なあ、なんか土から変な糸みたいの生えてるんだが」
ハヅキと一緒に周囲を見回しての感想を漏らしていれば、先を行くリュウカが振り返る。
「ここは野菜メインのダンジョンです。野菜は普段、どこになっていますか?」
「土の中だな」
「はい、正解です。ニンジンもじゃがいももたまねぎも土の中から出てきて、ある程度成長した後、外に出てきて、あのように徘徊します」
「あのように?」
リュウカの指差す先を見れば、1匹と称すのか、1体と称すのか、それとも1個なのかわからないが、目の前をたまねぎが歩いている。
ニンジンの件があったので、そう驚きはしないが、たまねぎはたまねぎらしく丸まると太っていて、あれが本物の野菜ならおいしそうだ。
「おいしいたまねぎは生で齧ってもおいしく食べられるんだよ。すごく瑞々しくて、齧った時に口の中に、水気がじゅわって来るの」
「ハヅキ、あれを生で齧る勇気あるか?」
「ううん、ない」
だろうな……。
大人が4人か5人いなきゃ抱きかかえられないぐらいに大きな体をしている。
「ナルキさん、たまねぎ倒してみますか?」
「俺が? お玉で?」
おもちゃのようなセラミック包丁もあるが、あんなでかいたまねぎを切るのには、マグロ解体用の大きなノコギリ包丁が必要だ。
「刀、貸します」
「いいの?」
「はい、使えるのでしたら」
もう装備とはなんだったのかと問いたくなる、簡単な装備基準だが、あんな格好いい刀を使えるというのならば、男として喜ぶべきだろう。
「ナルキさんの装備がしょぼいのは、鍛冶師もなにもいないからですよ」
「しょぼい。ぷふっ」
お玉とセラミック包丁の勇者なんて、歴史に変な名前を残しかねないぐらいにダサいからな。
ここでいっちょ俺の勇者像の名誉挽回だ。
「っておもっ!」
「本物以上に重いですよ。なにせ、人間を斬る江戸時代の刀よりも、ああいう大きな食材を倒すための武器ですから」
外で見たニンジンも、目の前を暢気に歩いているたまねぎも、何個分あるのかわからない。
「たまねぎは大人しいので、初太刀を浴びせれば逃げられることもないと思います」
「任せろ」
両手に余る重たい刀を構えて、俺は駆け寄る。
「ナルキ、がんばれー」
背中にハヅキのやる気のない声援が聞こえてくる。
一家の大黒柱のサラリーマンは外で汗水垂らして戦うものだから、こういう戦いだって間違えではない。
「くらえー!」
「ところで、リュウカさん」
「なんですか、ハヅキさん」
「ここにいる大きな食材たちって、私たちが普段使っているのと同じ性能というのか、性質なんですか?」
「ええ、大きさは違いますし、手や足や顔がありますが殺しちゃえば消えます。まあ、化け物が巨大野菜に乗り移ったと思ってもらえばわかりやすいですか?」
「それはそれで不気味だけど」
ハヅキの呟きも尤もだ。
俺は目の前の巨大たまねぎに向かって重たい刀を振り上げて、その体を真っ二つにしてやろうと、重力に従って振り下ろしながら、女2人の会話に耳を傾けていた。
ざしゅっ
重たい刃は確実に、たまねぎの巨体を真っ二つに引き裂いた。
知覚の鋭敏化とでもいうのか、今の一瞬が長く感じる。
「本物と一緒ってことはですよ、生たまねぎを切るのはまずいんじゃ……」
「あ……」
ぶしゅぅぅぅぅっ!
勢いよくたまねぎから飛び散る、白い汁。 いや、そういう卑猥な意味のものではなくて、濃厚たまねぎ成分が、水道管を割ってしまった時のように、飛び散る汁。
これが赤ければ、返り血を浴びた暗黒勇者みたいで格好良かったかもしれないが、たまねぎの辛味成分のある汁。
たまねぎを切る時に目が痛くなって涙が出るのは、辛味成分が目を刺激するからです。
しかしその飛来した汁は目に直接入らなくても、鼻を刺激しても、つーんと鼻の奥を刺激して涙を流させます。
「だけど、これはもう関係ない」
俺の攻撃はたまねぎにクリティカルヒット。
だがたまねぎの最後っ屁は、俺の想像するたまねぎの威力を遥かに凌駕していた。
自然界でハリネズミは弱いのに生きていけるのはなぜかご存知だろうか。
弱く、小さくても、背中にある無数の針が外敵から守ってくれているからである。
またスカンクなども同じだ。
体格や爪や牙の明確な武器などなくても、敵を殺すほどの力はなくとも、敵に手出しをさせない術や特性を、弱者は持っている。
「うぎゃああああああああ!」
「……ナルキがやられた」
「でも、たまねぎはゲットしましたね」
俺がどんなにたまねぎ成分に苦しめられようとも、ハヅキもリュウカも近づいてこない。
真っ二つに割れたたまねぎは綺麗で瑞々しい色をしているのだから、これで不味かったら訴えてやる。
「いいたまねぎですね」
涙の末、たまねぎをゲットした!