第八話 苦境
5/16 漢字変換率修正
5/25 誤字修正
キースは寝不足気味な状態のまま、操縦席に収まっていた。
一応形の上では六時間の睡眠時間が確保されてはいるが、現代人の申し子であるキースは夜の九時からなど寝られる筈も無い。ようやく寝付いた直後にエレノアに叩き起こされた状態である。
――マスター、もう二時間になりますよ。いい加減シャキッとして下さい――
「あー、頑張ってみる」
あまりやる気の感じない返事をしつつ、キースは変らず気だるそうに操縦席に着いてる。
すると、その瞬間が訪れた。
――方位0-2-5、距離18.6kmにアンノウンを三つ感知。この反応は恐らくARPSです――
一瞬にして張り詰めた空気を纏いつつ、アデリナが敵発見の報を告げる。
キースもその報告を聞き、眠気を一気に吹き飛ばすと思考を切り替え対処を開始する。
「アデリナ、方位0-1-0から0-4-0まで重点探索。敵の機種、武装、後続の有無を調べろ」
――了解です。方位0-1-0から0-4-0の範囲で探索を開始します――
アデリナへの指示の後、急いで寝てる二人を叩き起こす。
「エレノア、ビエコフ起きろ。敵が来たぞっ」
音量を上げて通話をすると、トレーラーの座席部で寝ていた二人の飛び起きた気配を通信先で感じた。
起きた二人に状況説明をして、三人で今後の対応を検討する。
探索によって判明した敵機種はレーシィ・チティーリ。冬季にはかなりの積雪量があるシュネイック共和国。その冬季に於ける仕様に重点を置いて開発されたのがレーシィ・シリーズである。チティーリは三世代前となる古い設計の機体だが、それでも敵の台数が上回るため決して楽な相手ではない。武装はマシンガン装備が二機と弾数六発のショルダーミサイルガンポッドを持ったのが一機だ。
判明した唯一の良いニュースは、後続が戦利品収拾用のトラックが一台かなり後方に待機しているだけなので、ARPS三機を相手にすればいいことだ。
「ミサイル持った後衛が厄介ですね」
「ああ、俺が一機の相手をしながらミサイル持ちを牽制。エレノアが一機倒した後、ミサイル持ちも相手にするのが良さそうだがどう思う?」
到底作戦と呼べるようなものではないが、取り敢えず対処の提案をキースが出してみる。確実性を取るなら、一機を倒した後二人で協力して残りを一機ずつ倒した方が良い。だが、それには僅かなプライドと大きな経験値的な意味でキースの選択肢にはない。
「私はそれで良いよー」
「そうですね。これは早急に機関砲辺りを付けたい所です。牽制位にはなるでしょうし」
「その辺は無事終わった後にな。ビエコフは商隊の方の対応を頼む」
打ち合わせを終えると、キースとエレノアは敵を迎え撃つべく行動を開始する。
迎撃予定地は北北東へ8km程行った所にある、左右を小高い岩場に挟まれた場所だ。挟まれたといっても間は幅が30m以上はあり、ARPSが二機位余裕で通れる。しかし予想経路上だとこの後ろには平原しかなく、またこの先では迎撃に時間が足りずとベストではないがベターな選択肢になる。
そこにゆっくりと敵が視界に現れた。冬季仕様とはいえ外装は塗り替えたらしく、白では無くウッドパターンとなった機体は高さが6.3m程。アイカメラにも保護用カバーが取り付けられ、可動部である関節には凍結防止のためにダウン素材の様なもこっとした布で覆われている。
マシンガンを持った二機はほぼ横並びの状態でこちらへと向かってくる。センサーには反応があるが、ミサイル持ちはまだ視界には入って来ない。
「エレノア、早い所片付けてくれよ」
「キースこそ、あっさりと墜ちないでよね」
互いに健闘を祈ると行動を開始する。徐々に夜が明け始め、差し込んで来た朝日を浴びて、伸びた四機の影が徐々に近づき、そして重なる。
飛び出したエレノアは、二機の内僅かに突出している右の機体へと向かう。左手の盾を翳し、撃たれた銃弾を防ぐ。キースが後方から援護を入れているお陰で、今までよりも少ない被弾で接近することが出来た。その勢いのままフェイントを入れ、相手に一撃を与える。敵も多少よろめいたものの、あまりダメージにはなっていない。そのまま今度は拳で牽制を入れつつ、ローラーを使い徐々に後退を開始する。
「さあ、良い子だからこのまま付いておいで」
――エレノア、あまり相手との距離を離さないように注意しろよ――
「分かってるわよ」
相手に連携を取られ倒すのに時間が掛かると状況が悪化するので、まずは一機釣り上げ敵を分断させる。
「ここら辺で大丈夫でしょ。さあ、やっつけるわよ」
一機を上手いこと釣り上げ、元の位置から100m程引き離し、再び合流させないように位置取りを確認して仕留めに掛かる。
「あまり時間掛けられないんだから、大人しくやられてよね」
相手に接近するべく試みるが、何れも銃で牽制されふらふらとかわされていく。
その後何度も挑戦するが、一定の距離を取られ中々接近することが出来ない。
「エレノア、まだ掛かるか? そろそろヤバそうなんだが……」
「泣き言言わないで、もうちょっと待ってなさい。すぐ行くから」
キースからの通信を受け、表情に焦りを浮かべ始める。
――で、どうするんだ――
「決まってるでしょ。いつもと一緒よ」
――やはり、そうなるか……。現在損傷率28%、もう一戦あるんだから極力壊すなよ――
「まかせてよ」
再びローラーダッシュを掛け接近し始めると、敵のARPSも距離を取ろうと後退をしていく。但し、今度は一定の方向にのみ逃げるよう仕向ける。右側に位置する岩場を上手く利用し、回り込みながら相手の退路をコントロールして追い掛け続ける。
――そのまま、後ろへと追い込んで行け――
「おっけー」
GARPの指示に従い、エレノアは相手を追い詰める。敵のARPSは距離を一定以上保とうと、銃撃による牽制を盛んにしつつ誘い込まれた。
そこは岩場にあるちょっとした窪地であった。40cm程の段差があり、ARPSにとっては問題にならない高さである。正面でさえあれば。
エレノアが盛んにフェイントを入れながらローラーダッシュを掛け、正面に注意を向けさせつつ相手を後退させると、思惑通りに片足を落としバランスを崩す。
「ちゃーんす、まずは一機目っ」
相手の懐に素早く潜り込み、左の盾を相手の腹部に叩き付けると同時にパイルバンカーを撃ち込む。
一撃を受けた敵のARPSはそのまま後ろへと倒れ込んだ。
キースは飛び出したエレノアを援護すべく、カグツチが向かった相手へと銃撃を開始した。
当然キースの対面にフリーな状態の敵がいるため、いくつもの銃弾を浴びることになる。
「こりゃ、思った以上に大変だ」
――マスター、まだ始まったばかりですよ――
キースの呟きにアデリナは律儀に返答を返す。
キースの役割は敵を倒すことでは無い。まずはエレノアが釣り上げた敵を分断すること。もう一つはロケット持ちの足止めだ。相手を倒すのは優先順位の最後である。
マシンガン持ち一機であれば、スヴァローグがいくら性能が劣るとはいえ、三世代前の機体にはそう負けるものではない。
ただ目的は自分が相対する相手に勝つことではなく、全ての敵の殲滅だ。ならば、撃破役はエレノアに譲って自分は目的のために動くべきとキースは考えている。
とは言え、一機位は倒したいが想像以上の状況に早くも泣きが入る。
――マスター、ロックオンされました。ミサイル来ます――
「チャフ発射っ」
対面の敵後方300m程に位置するミサイル持ちから、こちらへと一発のミサイルが誘導を受け煙を引いて飛んでくる。
ミサイルの発射と同時に自機の周りに撒かれた妨害用フィルムの破片が、夜明けの光を浴びキラキラと舞い散る中、ミサイルは破片の雲霞を抜け、自機の横を通り過ぎ岩場へと当たって爆発を起こす。
――敵ミサイル残弾、残り五発です――
どうやらエレノアの方までは飛んでいないようだが、これからは射線を注意しないといけないと反省をしつつ報告を聞く。
その後も対面の敵ARPSを相手しつつ、後方からのミサイルに晒されるという苦行のような時間を過ごす。左右から同時に狙われるのを避けるため、片側に岩場を置くよう左に動きつつ対処する。
「エレノア、まだ掛かるか? そろそろヤバそうなんだが……」
「泣き言言わないで、もうちょっと待ってなさい。直ぐ行くから」
あちらの状況を聞いてみるも、どうやらこの苦行はまだ当分続きそうだ。
――マスター、損傷率23% レーダー機能も18%低下しています――
こちらはシールドなどは持ち合わせてはいないので、かなり損傷しているようだ。
「チャフはまだあるな?」
――チャフは残り七回、敵ミサイル残弾は三発です。最後まで持ちます――
今回のミサイル持ちレーシィ・チティーリは、BPを背負ってないので弾の補充は無い。この状況下での唯一の救いである。
「機体は兎も角、なるべく頭部への負傷を避けてくれ。レーダーがやられたら、ここを超えても先がヤバい」
――了解しました――
この状況下で先のことをとも思うが、依頼を遂行するには必要な処置だと思い直す。
なるべく被弾を避けるため岩場近くへと機体を動かす。案の定、多少は岩での遮蔽が取れ被弾による損傷が減っていく。
一息つけるかと思ったのも束の間、考えが浅はかだったらしい。
――マスター、またミサイル来ます――
「チャフ発射っ」
狙い撃たれたミサイルを回避すべく、こちらもチャフを放出して対抗する。しかし、今度はミサイルを上手く避けるも左側面に背負った岩場に直撃し、崩れた岩の欠片が横から銃弾のように降り注いだ。
「くそっ、やられた。アデリナ、損害報告」
――損傷率37%、レーダー機能は23%の低下に押さえましたが、その影響で左腕は関節部に損傷、作動不能のため動力供給を遮断します――
痛恨の一撃を与えられ、キースは苦虫を噛み潰すもここで一本の通信が入る。
「待たせたわね。大分やられたみたいだけど……」
ここで状況が進展した。一機を倒してこちらへとエレノアが戻って来たのだ。
「とっととミサイル持ちを倒してこい。残弾は後二発だ」
「りょーかーい。帰って来るまでちゃんと生きてるのよ」
キースはエレノアの走路を開けるため牽制射撃を入れ、カグツチを奥へと通らせた。
「もう一踏ん張り、あいつを倒してみようか」
――マスター、敵機もかなりのダメージを負っています。特に左足の破損が酷く、左へのターンに不具合が生じています――
今までキースも漫然と相手にしていた訳ではない。特に途中からは左手に岩場を置いたことから、対面に向かい合わせとなる敵ARPSの左側に弾を集中させていた。それがここへ来て、一筋の光となり顕在したのだ。敵の損害は外観からも見て取れる。関節部を覆っているカバーが左側は殆ど裂け、切れ端が残るのみで駆動個所の大部分が露出しているのだ。
「よし、勝負を掛けるぞ」
――了解です。マスター――
岩場から一気にローラーダッシュを掛け飛び出す。足下からは砂埃が舞い、先程の岩の破片がいくつも撥ね、飛び散っていく。センサーを確認するとエレノアはもう相手との交戦距離に位置しているので、ミサイルがこちらに来る可能性は低いだろう。今までの対戦で相手より速度、それも瞬発力はこちらの方がかなり性能が高いことは判明している。ならば、速度差による一撃で倒すしかないとキースは考え、敵ARPSの左側に回り込むよう進路を取る。予想通り相手は対応が遅れ、損傷の影響でもたついている。そこを突き、一気に頭部へと狙い撃つ。アイカメラをカバーしているレンズが割れて飛び散った。三点バーストによる三連射で止めを差せたようで、レーシィ・チティーリは静かに左側へと崩れ落ちていった。
「やっと終わった……」
――お疲れ様でした、マスター――
一気に緊張が途切れ、安堵と疲労がどっと押し寄せて来た。当初の睡眠不足も手伝い、眠りに落ちそうになるのをぐっとこらえる。
一機を倒すのに大分手こずった感があるエレノアは、その遅れを取り戻そうとローラーダッシュを掛け急ぎキースの元へと向かっていた。
「ちょーっと、遅れたかなあ」
――接近するのに手間取ったからな――
「手間取って無いっ。ほんのちょーっと予定より遅れただけだもん」
キースに近づくにつれ、地面に岩の欠片が所々散乱している。それ程大きなものは進路上には落ちてないため、そのまま進みローラーで小石へと粉砕していく。
ようやく視認距離に辿り着き、スヴァローグの状態を見て慌ててキースへと通信を入れる。
「待たせたわね。大分やられたみたいだけど……」
一刻を惜しむかのように駆け抜け、スヴァローグと擦れ違い様にキースより返信が来る。
「とっととミサイル持ちを倒してこい。残弾は後二発だ」
「りょーかーい。帰って来るまでちゃんと生きてるのよ」
一気に二機を背後へと置き去りにして、ミサイル持ちレーシィ・チティーリへと迫っていく。
相手も僚機を追い抜いたことで危機を察知したのか、こちらへと標的を変更したようだ。
――ロックオン確認。ミサイルが来るぞ――
「避けるわよっ」
エレノアが敵のARPSを視認した直後、轟音と共にこちらへとミサイルが向かって来た。カグツチはチャフを装備していない。撹乱による回避が出来ない以上、対応は限られてくる。
誘導によって迫りくるミサイルに対してカグツチは、ローラーダッシュを掛けたままフェイントによる回避を選択する。
依然と進路を変えず向かってくるミサイル。フェイントもあまり効果を見せてはいない。ミサイルは右肩に当たるコースを取っている。自機まで1mを切った瞬間、右足を下げ左半身の形で直進しミサイルと擦れ違った。
背後で爆発音と岩の崩れる音が聞こえて来る。
「あっぶなかったー」
――後一発残っているぞ――
「もう、撃たせないもんねー」
敵ARPSの攻撃手段はショルダーミサイルガンポッドしかないらしく、特に銃撃など受けずにすんなりと懐への侵入に成功する。
左半身のまま、今までの勢いでタックルを入れて相手を転倒させる。どうやら転倒の際肩に構えていたミサイルポッドが地面とぶつかり、その衝撃で手から取りこぼしたようだ。倒れた機体の3m程上にミサイルポッドが落ちているのが見える。
「へっへーんだ。もう武器は無いみたいね」
馬乗りになり下でもがく敵に対し、頭部と胸部に右手のアイアンナックルを叩き込む。一撃を受け、頭部のアイカメラカバーは粉砕され、胸部も大きく凹んでいる。
「これで終わりよ。あーんぱーんち」
抵抗が徐々に減った相手に対し、止めとばかりに大きく振り被ったカグツチの一撃を胸部に受け、最後のレーシィ・チティーリも完全に停止した。
「今日は寝起きから疲れたー。もう一回寝るぞー」
――護衛はまだ終わってはいないぞ……――
疲れ果て、眠りに落ちそうになる度にGARPはエレノアを起こす羽目になった。
こうして初となる機体数が負けている状態での不利な戦いが終わった。




