第七話 長考
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初日と同じ界隈で山賊相手に狩りを続けていた三人だが、色々と問題点が浮き彫りとなっていた。
昨日と同じくエレノアがARPSを担当し、キースが車両を担当してたのだが……。
「あまり人がいないから穴場かと思ったら、意外な落とし穴があったな」
「そうですね。自分は修復スキルを上げられるので嬉しいですが、コストパフォーマンスは良く無いですね」
トレーラーがあるため、機体燃料の節約や移動時の負担が減らせるので人が少ない奥へと来ていたが、実は奥は複数のARPSの出現率が高かった。二機はまだ辛うじて勝負になってはいるものの機体の損傷が激しく、極稀にARPSが三機現れる事もあった。そうなるとお手上げで逃げの一手しかない。そんな場所で何とかやれているのも、全てはスヴァローグⅡの索敵能力のお陰であった。相手の探索外から先に状況を判断し、狩りの対象を選り分けているのである。
「相手がARPS一機だと連戦出来ますが、流石に二機の相手を同時にとなるとまだ厳しいですね」
「そうだな。一対二だと機体性能かスキルの差がもっとないと難しそうだな」
今後の課題を話し合いながら、カグツチが修復されていく過程を眺めている。
「修復が終わったら、一旦街へ戻るか」
「そうですね」
「えー、もう帰るのー」
まだ物足りなかったのか、早く直れといわんばかりに機体に被りついて眺めていたエレノアが、二人に振り向き睨んでくる。
「今日はここまで十機は倒したんだから、もう充分だろ」
「それに損傷も多いから、補修材料がもう無いよ」
「そろそろ換金もしておきたいしな」
他ゲーム同様、『鋼鉄の新世界』でも敵を倒すと様々なものが手に入る。まずは金銭。討伐報酬の意味合いなのか、敵によって額は違うが倒した人に対し金銭が振り込まれる。次に略奪。倒した機体からパーツが獲れる。いわゆる剥ぎ取りというシステムだ。因みにここの山賊から取れるのは、バギーから『古びたオフロード用LSD』、ロケットポッド付バギーからは『古びたロケット発射装置』、80式からは『80式制御回路』だ。今の所用途は不明だが、何かしら使い道はあるのだろう。二日で貯まった物はLSDが二十七個、ロケット発射装置が十三個、80式制御回路が十二個だ。
各自二日の山賊狩りでスキルも上がったので一緒に紹介しよう。
先ずキースから。【スキャン】Lv8、【解析】Lv5、【ジャミング】Lv4、【チャフ】Lv1、【マシンガン】Lv3、【ダッシュ】Lv3、【ムーブ】Lv2
次にエレノア。【パンチ】Lv6、【ショルダーチャージ】Lv4、【タックル】Lv2、【バランス】Lv2、【ダッシュ】Lv5、【ムーブ】Lv2、【フェイント】Lv3
最後にビエコフ。【補修】Lv7、【改修】Lv1、【目利き】Lv3、【応急処置】Lv1、【交渉】Lv1、【運転】Lv4、【重機】Lv3
三人は一度街へ戻ると、傭兵ギルドへ略奪品の換金をして貰うべく向かう。
ギルドに入ると受付は誰も使用しておらず、数組のプレイヤー達がカウンターで依頼を探していた。三人は階段から一番近くの受付へと行き、早速略奪品の換金を頼む。
「申し訳ありませんが、ギルドではその様な換金は致しておりません」
「えー、何でよ」
「何でと申されましても……」
「では、どこへ行けばいいか教えてもらえませんか?」
「すいません、そちらに関してもこちらでは把握しておりません」
換金を簡単に考えていたのだが、ギルドであっさりと断られ当初の目論見が覆された。ならばと依頼を検索中のプレイヤーにも聞いてみるが、まだ誰も把握しておらず、逆に尋ねられるあり様だ。
一度トレーラーへと戻り、対処を検討していく。
「まだ開始から二日だから、あまり情報が出回ってないのか」
「でも武器屋とか補修品を扱っている店とか、それらしい所は行ったみたいですね。そうなるとこの街の広さも問題ですよ」
「こんなガラクタ誰が買ってくれるのよっ」
「普通回路なんかはジャンク屋に……。そうか、解体屋ですよ」
物は試しとアイバンに街にある解体屋を探させる。すると何店舗か判明したので、早速そこへ向かうことにする。
そこはトタン板で敷地が覆われたかなり大きな区画で、遠目からでも囲いの上部にはみ出た機械の山とクレーンの腕が見える。いかにも解体屋といった場所だった。
トレーラーを敷地に乗り入れ、停めた途端にエレノアが山と積まれた部品や機体を覗きに飛び出して行った。その後をキースが慌てて追い掛けて行くと、一人残ったビエコフが交渉をすることとなる。
「すいません、この様な部品の買い取りをやってませんか?」
敷地内に在る、屋根の付いた作業場にいた年老いた男へと声を掛ける。
「なんだ、買い取りか? こっちのなら良いぞ」
どうやら当たりを引いたようで、持ってた内の二つは買い取って貰えた。
「これは何でダメなんですか?」
「こいつは車の部品だからな。うちはARPSと関連装備しか扱ってねーんだよ」
同じ車両系から獲れた物だが、どうやら色々と細かい種別が存在しているようだ。
ようやく戻って来た二人へ説明をして、また振り出しへと戻り再考する。
「何でこれだけダメなのよ。同じジャンク品なんだから、一緒に買ってくれてもいいのに。ケチんぼめっ」
「これだけ車のパーツだから専門外か。検索しても車両系の解体屋は無かったし、どうするか」
「車か……。トレーラー受け取った所にでも持って行ってみましょうか」
車両関係ということで、唯一知っている場所を訪ねることにする。
「おう、扱っているぞ」
以前トレーラーを購入した場所へやって来ると、これまたあっさりと売ることが出来た。
キース達は何とか全ての換金を終えて一息吐くも、自分達の今までのセオリーが通用しない現状に少し警戒心を滲ませる。
「これ、機体や兵器系はすぐ判明すると思いますけど、車両系は当分見つからないでしょうね」
「そうだな。まず車両を販売してる所なんて、一体何人が来たことあるのか」
「まあいいじゃない。うちらは全部売れたんだからさ。さあ、補修品買って狩りに戻るわよ」
二人の憂慮した発言に対し、早くもエレノアは次なる戦闘に瞳を輝かしている。
「いや、ちょっと気になることがあるから、一度拠点に戻らないか?」
三人は補修品を補充したのち、キースの提案を受け直接狩りへは戻らずに一旦拠点へと場所を移す。
勢い込んで出鼻を挫かれたエレノアは物凄い勢いで憤慨していた。
「もー、何で狩りに行かないのよっ」
「狩りには行くけど、その前に狩場とかの情報を集めよう。さっき気付いたんだが、このゲーム現状では情報が物凄い価値がありそうなんだよ」
「どういうことよ」
今回の換金の件で気付けたことだが、開始から僅か二日とはいえ他のプレイヤーとの接触や交流が全くといって良い程無い。こちらから積極的に交流を持とうとはしていないが、相手側からも話し掛けられるどころか挨拶すらも無い。なにせ殆どの時間をお互い機体の中で過ごしている訳だから。生身での状態と違い、他の機体を見かけても相手の顔が見えず、容易には声を掛け辛い心理的要因にも起因するのだろう。
「二日しかやってないけど、何人のプレイヤーと会話したか覚えてるか?」
「そう言えば……。ギルドとさっきの補修の店で話した位ですね」
「意識して増やさないと、他のプレイヤーと会話する機会が物凄く少ないんだよ」
現状数万人という大勢の人達が参加しているが、横の繋がりが物凄く薄いとても歪な状態となっていた。
「こまめに掲示板とかで、出ている情報だけでも取らないと不味いことになりかねない」
「今の所、車両系の換金場所知ってるのは、私たち含めてもそんなにはいないでしょうし」
「そういうこと。人が自然と集える様な状況が整うまでは、口コミ含め情報はかなりの価値を持つことになると思う。だからこそ、今表に出ている情報は把握しておかないと」
その後、ゲーム内の掲示板で主だった情報を手分けして集める。すると案の定、自分達の知らない情報が色々と判明する。
「やっぱり山賊は手前じゃないと二機じゃきつそうですね。現状では損傷率も高く、収支もトントン位ですし……」
「金額的にはギルドの依頼が美味しいみたいだな。内容を選べば敵が少ないのもあるみたいだ」
「それにギルドランクを上げるには、依頼をこなさないといけませんからね。一度受けてみるのも良さそうです」
「それより、面白い噂があったわよ。謎のライダーよ、ライダー」
どうやらエレノアだけは情報収集というよりも、ネタや噂などを中心に探していたようだ。
エレノアの嬉々とした話によると、街外でバイクに乗った人物を目撃したというプレイヤーがいるようだ。当初はプレイヤーかと思われたが、そもそもバイクは売られていない。ならレアMOBかと思ったが、見た目はどうもプレイヤーぽく、敵とも様子が違うことから判断が付かないらしい。今では見間違いだの、デスゲームでの犠牲者の亡霊だの、見かけたら御利益があるなど様々なことが言われ始めている。
「またお前は一人でそんなものを……」
「だって、まだ開始から二日だからそんなに量無いし、二人にお任せでもいいかなって」
「こっちに重要そうな情報がありましたよ。オープンチャンネルがあるそうです」
今まで搭乗中の三人での会話は、チームを組んでいることもあってAIが自動でチーム限定の設定にしていた。それとは別に、自機から無差別に自身の映像と会話を発信出来る、オープンチャンネル設定が存在するらしい。今まで会話以前に、相手へ話掛ける手段すら知らなかったことが判明した訳だ。
「これで遭遇したらライダーに話掛けられるね」
「バイクにはAIも通信機も付いてないと思うけど……」
「じゃあ、一度ギルド依頼を受けるってことでいいな」
強引に話を纏め、依頼を受けるべく一路傭兵ギルドへと向かうことにする。
三人はギルドに到着早々受付へと向かう。
保留にしてあったチーム名を登録するためだ。結局はエレノアの提案を、キースとビエコフが厳選に厳選を重ねて何とか了承した形となった。
「それでは、チーム名は『オレンジ・ブロッサム』ということで登録させて頂きます」
「よろしくー」
因みに由来はエレノアの「最近飲んで美味しかったから」というものだった。
登録後は受ける依頼を探すべく、カウンターに設置してある端末で内容を一件ずつ確認していく。
最低ランクである無印の依頼の多くは近場への護衛か、簡単そうな近郊への討伐依頼ばかりだ。事前に収拾した情報によると、多くの人が討伐を受け品薄でその討伐依頼を取れなかった人が日帰り護衛を受けている様だった。因みに獲得ポイントは討伐が150Pで日帰り護衛が100Pだ。
「それでだ、俺達は手薄な1泊2日の護衛依頼をあえて受けようと思うんだが」
「泊まりですか……」
VR内と現実時間は同一ではない。VR内で過ごす約十日程が現実での一日に相当する。
護衛や配達依頼受注時の注意は、依頼遂行中のログアウトは失敗扱いになることだ。今後ランクが上がり、依頼日数が増えるに連れ、内容と共に時間の束縛が難易度を上げる要因となっていくであろう。
1泊2日の護衛は無印で受けられる最高ポイントの300P貰える。討伐を二回受けた扱いだ。一番の利点は、この依頼は異様に余っている買い手市場ということだ。理由は明確で護衛対象者の多くは自身で所持している車両で移動する。その移動に合わせてこちらも動くことになるが、実はARPSの歩行(時速15km/h)や走る速度(時速30km/h)では付いて行けないのだ。そうなるとローラーダッシュ(巡航走行速度は時速45~60km/h、限界走行速度で時速80~110km/h)を使用すればいいのだが、それも二日間も連続で使用すると機体の燃料代と部品の耐久性を戻すメンテ代で割に合わないのだ。
「その点はアイバンが使えるから問題ないですね」
「長期依頼は拘束が長い分報酬も高い。それにスヴァローグのセンサーも有効に使えるから、かなり美味しいと思うぞ」
始めたばかりということもあるが、今までの山賊狩りは金銭的には全然儲からなかった。倒して得られる金銭も僅かで、略奪品の売却額も低く、現状では雑魚MOBといえどそれなりの損傷を受けるので、補修費用を払うとどうにか赤字にはならないという程度だ。仲間にメカニックがいるキース達でこの状態なのだ。整備や補修を一切外部に委託しているプレイヤー達は、もっときつい状況であろう。
「ねー、テントとか買うの?」
「一応護衛役だから、夜もローテーションで見張りをするんだぞ」
「えー、寝ちゃうよー」
受ける依頼を決めると、備付の端末から整理番号の紙を発券する。印刷した券とギルドカードを受付に提出して依頼を受領する。
その後は護衛者との待ち合わせの前に、必要な道具を買い揃えに店に寄る。
「なんかさー、こう釈然としないものを感じるよねー」
道具を買い揃えてからエレノアはずっとこの調子である。話を聞いてる二人も心境的には同意している。
『鋼鉄の新世界』ではアイテムボックスが存在しない。一応あるにはあるのだが、入れられるのは金銭、AI及びギルドカードなどだけだ。それ以外の物は全て所持しなければならない。なので、道具を買いに行き、まずは入れ物である30Lサイズのバックパックを購入したのだが、そこで判明したのが某四次元的な収納力であった。機体部品など入れられない物も設定されてはいるが、それでも説明を聞いた三人は唖然とした。
「まあ、便利だから良いじゃないか。重さも変らない訳だし」
「だったら、アイテムボックスでいいじゃん」
「そこは拘りなんだよ、きっと」
そんな会話を交わしながら、待ち合わせ場所である郊外との境界線にある広場へと到着した。
待っていたのは、大型のワゴン車が一台と荷台がコンテナになっているトレーラーが二台の商隊であった。
依頼主である商隊のリーダーへと三人で挨拶に向かう。出迎えたのは、四十代の少し小太りないかにも商人な容貌の男性だった。その後、四人で打ち合わせと確認を行う。
目的地はここレニンスキから二日程東へ向かった所にあるキレンスクロフという場所だ。どうやら途中に盗賊団が出るらしいとのこと。移動時の連絡は専用回線を商隊リーダーが乗車するワゴン車と結ぶ。護衛車は殿に位置して警護して欲しいと指示を受けた。途中一泊を挟み翌日の昼過ぎ到着予定だ。
打ち合わせも終わりワゴン車を先頭に、その後をコンテナ車が続き、そして最後にARPSを乗せたトレーラーが付いて行く。
キースは降着状態でトレーラーに載せたままのスヴァローグⅡに搭乗し、全方位に索敵を常時掛けていた。
「今の所は問題無しだな」
――範囲15km圏内には、反応ありません――
「当たり前よ。まだ出発から一時間も経たないのに、こんな近場じゃそう簡単には現れないわよ」
「でも盗賊団以外にも出るかもしれないし、注意はしてた方が良いよ」
「ビエコフの言う通りだぞ」
「解ってるわよ。二人してGARPみたいな台詞を……」
三人はそんな会話を続けながらも順調に街道を進み、昼の休憩まで午前中は一度も襲撃を受けずに過ごせた。
昼休憩では昼食を一緒にと商人達の輪に招待され、その際に目的地であるキレンスクロフについての話を聞くことが出来た。
キレンスクロフは開始時の街であるレニンスキの1/3程の大きさで、近郊で良質の鉄が取れる鉱山の街らしい。
昼食後、再び街道を東へと進んで行くと、午前中とは違い二度程襲撃を受けた。襲撃者は今まで狩って来た山賊と同じ機体構成で、ARPSが一機と車両が二、三台のユニットだった。
いずれもスヴァローグに因ってかなり事前に察知され、商隊を安全な場所に残して迎撃に出たエレノアとキース二人にあっさりと撃退された。
二度の襲撃を退けた後は、本日の宿泊予定地まで何事も無く無事に到着した。
宿泊地は街道沿いだが、珍しく広範囲に渡る平原地帯だった。傾斜も無く、足首程の長さの草がなだらかに広がっている。昼寝をするには中々気持ちの良さそうな場所だ。
そこに車両を停車させたら、事前に購入したランタンの明かりの元、GIストーブで三人分の食事のための湯を沸かす。今晩の食事はアルファ米にフリーズドライの牛丼の素、そして味噌汁だ。
テーブルや椅子と言った家具などは無いので、各自二つ折りになるクッション式座椅子を地面に置き座っている。
「ハンモック欲しかったなー」
エレノアは道具を準備した店でハンモックを見かけて以来、頻りに欲しがっているのだ。
「今回は護衛なんだから、我慢してくれ」
「でもあれは良さそうでしたね」
「でしょー」
それはハンモックの上の面がメッシュ地で覆われ虫などを防ぎ、その更に上にはタープが張ってあり雨をも防げる作りになっていた。
「まあ、今回の依頼が成功したら報酬で買ってもいいんじゃないか」
「おー、キースも実は欲しかったんじゃん」
エレノアがしたり顔で指摘してくるが、キースはばつが悪そうに視線を逸らす。
「俺は色々と便利そうだから……」
図星を隠すかの様にいくつか理由を上げていく。
曰く、個々に使用するため、他者に睡眠が邪魔されない。吊るして設置するので傾斜や岩場、水溜りなど地面の状況に左右されないなど色々と訴えてく。
「はいはい、ちゃんとキースの分も買ってあげるわよ」
子供をあやしているかのような態度であしらいを受け、その後もエレノアがキースをからかいつつ三人は談笑しながら食事を済ませた。
夜間警戒はスヴァローグの索敵能力を軸に、三人でローテーションを組むことにした。キース以外の二人が担当時には、リンクを各機体に接続して探索結果を共有出来るように設定する。ローテーションは二十一時から三時間毎に六時まで、ビエコフ、エレノア、キースの順で行うことに決める。
念のためにと思って開始した夜間警戒だが、特に何事も起きずに時間だけが過ぎていった。
予定時刻となりエレノアから起こされたキースは、まだ寝不足気味の状態で操縦席に座り夜間警戒を行っていく。
自分から言い出しては見たものの、夜間襲撃などやはり杞憂かとキースはここまで何事も無く過ぎたことで、ぼんやりと思い始めていた。
キースが警戒担当を開始してから、二時間が過ぎた夜明け直前の午前五時頃、それは突如現れた。
――方位0-2-5、距離18.6kmにアンノウンを三つ感知。この反応は恐らくARPSです――
それは初となるARPS三機を相手にした壮絶な戦いの始まりであった。