閑話 初期機体導入編
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初期機体は街中にいくつかある指定場所に向かい、その中から各自一台選んで受け取ることが出来る。
公式サイトで事前に紹介されていたため、開始前の段階で既に各自希望の機種を選び終えていた三人。その中で、近所といってよい程の近さにあったビエコフとエレノアの二人は、当然のように一緒に取りに行くことになった。
「じゃあ、早速機体を貰いに行くわよ」
すぐにでも駈けだしそうなエレノアを慌ててビエコフが引き留める。
「ちょっと待って。まず最初に自分のから取りに行きたいんだけど」
「なんでビエコフが最初なのよっ」
不満を隠すことなく顔に出して、掴み掛らんばかりに近づいてくるエレノアを何とか押し留める。
「取り敢えず、ちょっと落ち着いて。自分はトレーラーを選んだから最初にそれを受け取れば、一緒に乗って移動出来るでしょ。エレノアが先だと、自走する機体を追いかけて自分は走る破目になる」
専任メカニックを希望するビエコフはARPSではなく、それらを運搬するためのトレーラーを初期支給品として選択していた。あくまでメカニックとして操縦よりも弄る方を優先させ、戦闘時には裏方に専念するつもりだ。そしてこの時点では機体の受け取りにばかり考えが及んでいて、二人は街中でのARPSの自走禁止を忘れていた。
「むー、まあトレーラーの受け取りなんてすぐ終わりそうだから良いけど……」
不満なのか、唸っているエレノアを宥め賺してまずはトレーラーを受け取るべく二人は歩き始める。
着いた所は車のショールームといった場所だった。
「本当にここでいいの? 誰も来てないんだけど」
「ある意味予想通りともいえるけど、殆どの人はトレーラーを選んでいないみたいだね」
ロボットの操縦がメインの売りであるゲームで、ロボット以外を開始から選択する人など殆どいないのは当然ともいえる。
少し寂しげな表情を浮かべるビエコフとそんなやり取りをしつつ、二人は店内へと足を運んで行く。
「すみません。トレーラー見たいんですけど」
人が見当たらないため、少し大きめの声を出すと店舗の奥から返事が返ってくる。
「おう、悪いがそのまま店突っ切って奥まで入って来てくれ」
展示されている車を興味深げに眺めているエレノアを引き剥がして、奥に続いてるであろう開け放たれたままの扉を潜る。
そこは整備場になっていて、今も一台のトラックが修理を受けている所だった。
車体を覗き込むようにしながら、今も手を動かしている男に開始時の支給品としてトレーラーを希望している旨を伝える。
「ここに新規入国者が来るのは珍しいな。もうちょっと待っていろ。で、どっちの奴が見たいんだ?」
いかにも整備者という油染みの目立つつなぎを着た男は、一旦顔を上げ訪問者を確認するとまた整備へと戻りながら聞いてきた。
「えーと、積載上限が二機で整備用重機が付いたタイプです」
「おう、あっちか。でもいいのか、二機積載出来るといっても降着状態でだぞ。荒っぽい運転すると牽引フックが外れて落ちる事もある」
それを聞き一大事とばかりに、今まで無関心で静かにしていたエレノアが声を上げる。
「ちょっと、そんなのはダメよ。もっときちんと積める車にしなさい」
「こっちのねーちゃんはそういっているがどうする」
ビエコフは選択理由をエレノアに説明し説得に掛かる。
もう一台の積載上限が三機のタイプは、二機積載時には仰向けに固定出来るため落下の心配は減る。但し運搬専用なので、メカニックであるビエコフには整備重機の付いたタイプを必要としていた。
「落ちないように気を付けて丁寧に運転はするからさ」
「……約束よ」
理由を聞き納得をしたエレノアは、再度念を押し了解した。
話がまとまったと踏んだのか、しばらくすると整備場の奥にあるガレージから一台の銀色のトレーラーを出して来た。その姿は現実には目にしたことがない程の、想像以上の大きさに二人はしばし呆然と立ち尽くしていた。高さこそ平屋建ての高さ(約3m)位のため驚きは少ないが、幅はゆうにキース二人分(約3.5m)はありそうだ。その長い運転席は楽に四人並んで座れるだろう。そして運転席のすぐ後ろには整備用重機が載っている。クレーンやアームが折りたたまれていることから、簡単な修理などはこの一台でも行えそうだ。荷台も機体を寝かせて運べるようにと一機分(約7m)の長さになっている。それらの大きさを地面へとしっかり伝えるタイヤも1m程の大きさのものが、前後合わせて八ヵ所付いている。
「すごーい。大きいねー」
完全にその存在に呑まれた感じで、見たままの単純な感想しか思い付かないようだ。
「初期支給品だから、これでもまだ小さい方なんだよ。機体を格納出来る装甲付で、武装なんかも取り付けれるのもあるらしいから」
一応事前に予測していたビエコフが、口を開け呆然とするエレノアに対し簡単な説明を入れる。
「ここでAIの設定もしていくか」
呆然と突っ立ったまま、それぞれ感想を言い合っている二人に対し、男は運転席のドアを開け放ち聞いてきた。
「いえ、この後はまだ機体を取りに行かないといけないので後にします」
既に立ち直りつつあるエレノアが、頻りに目を輝かせ訴えかけて来るのを横目に返事をする。
「そうか。動かすだけなら可能だが、ナビや修理にはAIが必要になるから早めに設定しとけよ」
「分かりました。ありがとうございます」
そんなやり取りをしながら、端末による受領確認を行う。
その後二人並ぶように座席へと乗り込み、次の目的地であるエレノアの機体を受け取りに向かった。
次に着いた場所はビルの手前に広い駐車場を持った、十階建ての近代的で真新しいビルだった。
着くまで駐車出来るか不安だったが、奥に大型車両スペースがちゃんとあり無事に停める事が出来た。
「もう、ちゃんと運転してよね。約束したんだから落とさないように練習しなさいよ」
着く早々エレノアから文句が飛び出す。
「しょうがないじゃないか。免許取ってまだ一年も経ってないし、それに取ったのも普通免許なんだから大型なんか動かしたことないよ」
「泣き言言わないでしっかりしなさい。私は先に行くからね」
いくらVRだといってもゲームなんだからと簡単に考えていたのだが、どうやらそれは甘かったらしい。ここまで約3km程の道のりだったが、それは考えの甘さを痛感させられる時間となった。ギアはATなので動かすには支障は無かったが、工場を出て早々その大きさに愕然とする。その車幅から走行中には取り回しで気苦労を強いられ、車体の長さから来る強烈な内輪差も発生した。更にその大きさから一定以上の広さがある幹線道路しか通行出来ないので、ルート選択にも気を配り最短経路を単純に選ぶことは出来なかった。唯一の救いは、これらの大きな車両の移動を考慮された都市設計になっていることだけだろう。
「なんか、教習場で聞いたことを初めて実感した。……内輪差怖い。ただでさえメカニックは不遇なのに、止め差されてないかな」
手に入れるまでの期待と興奮が一転、僅かな時間の間に哀愁を漂わせ始める。
「いや、慣れればきっと平気なる。現実にも大型トレーラーを運転している人は沢山居るんだ。それにAIをセットしたら、その辺もサポートしてくれるかも知れない」
先行したエレノアを追いかけるべく、自己暗示ともいえる台詞を呟き回復を図りながら入口へと向かっていく。
「来るの遅いよ」
ビルに入って早々脇からお叱りが飛んでくる。目を向けると奥の受付の前に待合用らしいソファーがいくつも並んでいるのが見える。ソファーにはプレイヤーらしい人達が四、五組固まって座っていた。その中の入り口に程近い隅にエレノアが一人ポツンと座っている。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
「ビエコフの時とは違うみたい。受付に行ったら注文だけさせられて、準備が出来次第担当者が来て案内してくれるんだって」
迂闊な一言を発したため、復活しかけたビエコフがまた落ち込み始める。フォロー無く、放置したままエレノアがしばらくビルの中を見回していると、セールスマン風の男から声が掛かった。
「お待たせ致しました。本日エレノア様を担当させて頂くミツヅカと申します。早速ですが受け渡しのため、奥のハンガーへとご案内させて頂きますので皆様付いて来て下さい」
そのまま建物の奥へと通路を進んで行く。
「ほら、ビエコフも何時までも落ち込んでないの。さっさと行くわよ」
先に向かった男の後をビエコフを引っ張りながら追い掛け始めた。
辿り着いたハンガーには左右に五ヵ所ずつ設置スペースがあり、現在はその内左右二ヵ所に機体が置いてあった。その中の左奥へと向かって歩いている。
「うわー、ロボットだよ、ロボット」
「失礼ですが、これはロボットでは無く全領域用装甲兵器(All Round Panzer System)といい、通称ARPSと呼ばれているものです」
「へー、そんな名前で呼ばれてるんだ」
公式サイトでもきちんと書かれ説明されていた設定だが、あまり興味が無いのか「ロボットはロボットだもん」などといいながら自分の機体の周りを歩き始める。
「こちらがエレノア様がご指定されました、カグツチ・シリーズの壱型になります。セッティングはSタイプで宜しかったでしょうか」
「うん、それでお願い」
カグツチ・シリーズは速度と操作性に優れた機体として開発され、その壱型と呼ばれる機体は全長が5.5m程の全体的に細めのシルエットだ。標準色であるライトグレーに塗られた機体は、左右をハンガーに取りつけられたまま佇んでいる。Sタイプと呼ばれる物はより速度を重視したセッティングになり、速度が上がる分装甲が薄いといった諸刃の仕様だ。肩の部分だけ申し訳程度に若干重厚な装甲が付けられているが、それ以外の個所は腕といい搭乗者が乗り込む胴体といいかなり薄めの装甲となっている。
「それでは、装着装備の確認をお願い致します。アイアンナックルが一つ、ライトスピアシールドが一つ、バックパックがターボタイプのT-04B型が一つ、以上で宜しいでしょうか」
「間違いないわ」
腕にはアイアンナックルと呼ばれる打撃用武器が右に、左腕の前腕部に小型の盾にパイルバンカーが付いたライトスピアシールドがそれぞれ装着されている。更にバックパックと呼ばれる背面装備だが、弾薬や補修品が収納できるタイプなど様々な種類が存在する。今回エレノアが選んだものは、機体出力を上昇させ速度を上げることが出来るターボタイプだ。
「姉ちゃん、そんな無茶な設定の機体で平気なのかよ」
「姉ちゃんじゃなく、エレノアよ。それと平気よ。当たらずに避けて、相手倒せばいいんだから」
ビエコフの心配をどこ吹く風と吹き飛ばし、本人満足げほくほくとした顔で微笑んでるのを見たら、もう誰にも止めることは出来ないだろう。
「では、こちらに受領確認をお願いします」
差し出された端末に本人条項と受領確認を入力する。
「これで受け渡し終了となります。運搬の方はどうされますか」
「トレーラーを持ってきてるから平気」
「それでしたら、当社正面左手からこちらのハンガーまで回ってこれますので。それと積み込み位でしたらAIを設定しなくとも出来ますが、なるべく早く設定されますようお薦め致します」
「色々ありがとう」
「では、これで失礼します」
挨拶を終えるとすぐにビルへと戻って行った。
その後を追うようにビエコフもトレーラーを取りに向かったが、まだ乗り慣れていないせいかその表情は若干の憂鬱さを滲ませていた。
「そう言えば、AIの名前何にしたのよ」
「自分のは男だったしトレーラーだから『アイバン』にしたよ。個人的には前期型の方が好きだけど、愛称が無いから型番で呼ぶのもおかしいし。エレノアは?」
「私も男だったからGARPにしたわ。かっこいいでしょ」
「うん。生真面目そうな良い名前だね。是非、多脚化しないと……」
「何か気になる言いぐさね……」